中野「はぁ…田井中先輩遅いなぁ…」
  「てか、平沢先輩も寝ちゃったし。せっかくギター持ってきたのに…」
平沢「Zzz…」
中野(なんか、私も眠くなってきた…。)
  (あ、なんか平沢先輩温かい…)
  「ちょっとだけ…」ピト



琴吹「あーあ、正式に退部届だしてきちゃった。」
  「周りに打ち解けようと思って染めてたこの黒髪も意味が無かったわね。」
そう言って琴吹紬は廊下をトボトボ歩く。
琴吹「!」
  (あれ?私のセンサーが何かを感知したわ!)
黒髪の少女は、引き寄せられるように音楽準備室の方へ歩いていく。
琴吹「ここ…かしら」
ガチャ
扉を開けると、そこには
琴吹「ワーォ」ズキューン
女の子が二人、くっついて眠っていた。
琴吹(なにこれ、すごい将来性を感じる。投資したい。)ドキドキ
食い入るように二人を見つめ続ける少女。
彼女は心底幸せそうな顔をしていた。

律「あーあ、結局収穫無しか…」
 (名前も分からないんじゃ、キツイな…)
明日また早起きして、登校する生徒を観察するか、と考えながら暗い校内を歩く。
階段を登ると、音楽準備室の前に人影が見えた。入部希望者だろうか。
律「あのー…」
??「へっ?」ビク
こちらに気づいていなかったのか、びっくりした顔でこちらを向く。
律(あれ?この顔見覚えが…)
??「いや、あの…すいません!」
律「あ、ちょっと待って!」
 (分かった!あいつ夢の中のキーボードのやつだ!黒髪だったから分からなかったんだ!)
逃げようとする少女のカバンをとっさに掴む。

しかし、少女の引っ張る力のほうが強かった。
律「あ、ちょっと!!」
ドガガガーン
バランスを崩した、私と少女は階段を転げ落ちた。
律「いてて…お、おい大丈夫か?」
黒髪の少女は私の下でグッタリしている。彼女がクッションになったのだ。
律「もしかして死んだか…?」
さーっと血の気が引いていった。

が、そんな心配はいらなかった。少女はパッと目を覚ますとドダダダっと逃げ去ってしまった。
私はというと、ひざをすりむいてしまったらしく、追いかける気力がなくなってしまった。
逃がしてしまったが、部員集めは一歩前進した。
平沢「部長!大丈夫でありますかー!」
中野「さっきの人は誰ですか?」
律「ははは、獲物を取り逃がしてしまったよ。さっきのやつが最後の一人だ。」
 「もう一回生徒の集合写真を見に行こう」

律「ちょ、ちょっと大げさだって!」
平沢「だめであります!部長は私が助けるであります!」
中野「平沢先輩それつまんないから、やめたほうが良いですよ?」
平沢は私に肩をかして支えており、さながら負傷した戦友をかばう兵士のようだ。恥ずかしい…
そんなバカをしながら廊下を歩いていると、前から澪がやってきた。一人だった。
文芸部ってこんな遅くまで部活やってるのか。
澪を見かけるのは久しぶりだったから、一瞬心のしっぽが振れたが
律「…」
気まずくて声がかけられない。なんだか、自分には澪に声をかける資格もない気がした。

顔も正視できなくて目を背けてしまう。
先に声をかけてきたのは澪だった。
澪「…田井中…ケガしたのか?」
律「あ、うんダイジョブ」
 「ちょ、もういいって平沢!」
澪「本当か?消毒はしたのか?絆創膏持ってこようか?」
澪の顔を見ると、とても心配そうな顔をしている。
律(私を心配してくれているのか…)
なんだかぐっと来てしまって、
律「あ、本当に大丈夫だから…ありがとう」
くそ、こんなことで涙声になる自分が嫌だった。
泣きそうになっているのが恥ずかしかった。私は少しびっこを引きながら澪から離れていく。
せっかく話しかけてくれたのに「うん」とか「大丈夫」とかしか言えない自分が嫌だった。



……

澪「私って嫌なやつだな…」
律がケガをしているのを話しかける口実にしてしまった自分が嫌だった。

自分を嫌いになるのはこれが初めてじゃない。
高校に入ってからは自己嫌悪ばかりだ。
4月に律が一人で部員集めに走り回っていたのに私は何も助けなかった。この時点で友達失格だ。
しかも、焦っている律の気も知らずに文芸部でチヤホヤされていることの自慢ばっかり話してしまった。
もっと他に声を掛けることがあったろうに… 嫌われて当然だ。
そんなことに気づいたあとからではもう遅かった。

律に話しかけても、冷たいそぶりしか見せなくなってしまった。
5月に入り、律のカチューシャが嫌な意味で目立ち始めると、律はカチューシャを外してしまった。
この時だって私が庇えば、カチューシャを外す必要も無かったのに。
律がカチューシャを外すことを嫌がるのは、私が一番知ってたというのに…
私はただオロオロするばかりだった。

そんな私に天罰が下ったのだろう。
文芸部に本入部すると先輩の態度が変わった。

「あなたさぁwwwwちょっと書くことがメルヘンすぎwwww」
「ちょっとwwwwこれはwwwww」
4月にチヤホヤしていたのは部員集めのための嘘だった。私ってバカだよな。
私の書く詩や小説はことごとく馬鹿にされ、全否定された。
それからは、私は本当に書きたいことは書かずに、あたりさわりのないことばかりを書いた。
文章を書くのが好きな私にとって書きたいことを書けないことは、かなり辛かった。
そんな生活を1年も続けると、生きることの意味なんてことも考えるようになってしまった。

リストカットの真似事なんてことも時々した。毎回、薄皮をちょっと切っただけで倒れてしまったが。
そんなことをした夜はいつも律の夢を見た。
私は夢のなかでバンドを組んでいて、振り向くと律がいる。
夢の中の律が中学のころの活発な雰囲気のままだった。
結局、心が弱った私はいつも律に助けを求めてしまうのだ…
なんという自分勝手。自己嫌悪の連続だ。
現実の律は私よりも遥かに弱っていたのに…

最近律は軽音楽部の部員集めを再開したらしい。
そして今日私が会った、律に肩を借していた子とツインテールの子がその部員なら…
私が何回も見た夢で見てきたバンドを、律は作ろうとしている…
そのバンドが誕生するとき、私がその場にいられたらどんなに良いだろうか。
澪「馬鹿だな、私にはそんな資格無いよ…」
一人で帰るのも…慣れてしまった…


……

律「あー、いたいたこの人か。」
集合写真に写るキーボードの子は、夢のなかとは違って黒髪だった。
表情もかなり硬い。というかしかめっ面に近い。
律(夢のなかではもっとポワポワしてたんだけどな…)
中野「ふーん、3組ですか。明日捕まえに行きましょう!」
律「あぁ。それにしても写真で見つけられればかなり簡単にことが運ぶな。」
 「平沢もこの写真で見つけられれば苦労はしなかったんだが…」
平沢「私はこの写真には写ってないよ~。この日は早退したからね!」フンス
律「…」
中野「偉そうに言わないでください!」

「ちょっと生徒会室の前で騒がないでくれる?」
律「あ、真鍋さん。ごめん…」
真鍋「まぁいいわ。私がひとり寂しく生徒会の仕事をしてただけだから。」
  「それよりどうしたの?集合写真なんか見て」
平沢「この女の子を次の部員にしようと思うんだ!」
真鍋「あぁ、琴吹さんね。でも、この子ちょっと不登校ぎみよ?」
  「合唱部も退部したらしくて、明日から学校来るかしら…」
中野「なんとかなりますよ!部長がなんとかします!」
律「私だのみか…」
真鍋「頼りがいのある部長さんね。それじゃあ、私は作業に戻るわ」
  「もう下校時間よ?帰りなさい。」
平沢「バイバーイ」

真鍋さんの予想は的中した。
琴吹さんは翌日も翌々日も登校しなかった。
中野は
「死んだんじゃないんすかねww」
とか言ってたが、琴吹さんはああ見えて意外とゴツイ体つきをしていた。死ぬはずない。
4月もあと少しで終わってしまう。指をくわえて学校で待っていてはゲームオーバーだ。

放課後…
律「今から、琴吹さんの家に行こうと思う。」
中野「え!?突然私たちが行って大丈夫ですか?」
律「うーん、それは行ってから考える。とりあえず住所は平沢が入手してある。」
平沢「生徒会パワーなめんなよ!」フンス
中野「あぁ、真鍋さんパワーか…」
平沢「レッツゴー!」

律「…デカイナ…」
平沢「これ個人が所有してる不動産なの?」
琴吹家に着くと、あまりの家のでかさに二人とも口調がおかしくなってしまった。
律「な、中野、お前がインターホン押せ…」
中野「えぇ!なんで私なんですか?部長としての責任を果たせ!」
律「いや、私は…なんつーか不審人物に見えるから…」
中野「自覚があるならその髪型直せよ!」
律「お、お願いします…中野様…」ブルブル
中野「チッしゃーねーな!」
律(あとで覚えてろよ?クソが。)

「はぁ…私がわがまますぎるのね…きっと」
真っ暗な自分の部屋で琴吹紬は寂しげにひとりごとを言う。
広い部屋だが、気分が沈むとよく部屋の隅っこのほうで体育座りをする。
最近はこの状態の時間のほうが多いかもしれない。
夢は女の子どうしで楽しく遊ぶことだった。
紬「そんなこと夢見た私がバカだったんだわ…」
すべてを投げて、引きこもろう。そして、自分の頭の中だけで楽しく暮らそう。
そんなことを考えていた。

ピンポーン
紬「誰かしら」
窓から外を見ると、そこには先日見かけた将来性を感じる方々が居た。
紬(キター)

ピンポーン
「はい、琴吹家でございます。どなたですか。」
中野「えっと…真鍋と言います…生徒会から手紙を届けに参りました。」モシ゛モシ゛
律「おいモシ゛モシ゛すんな」コソ
平沢「偽名使うとか、どういう神経してんだ」コソ
「ありがとうございます。郵便受けにどうぞ。」
中野「あの…紬さんに会って話したいんですが…」
「お嬢様は現在面会謝絶でございます。」
中野「そこをなんとか…」
「お嬢様は現在面会謝絶でございます。」
中野「…」

走って一階に降りると執事の斉藤が手紙を持って立っていた。
紬「今の方々は?」
斉藤「はっ 生徒会のものと申しており、お嬢様と面会したがっておりました。」
  「ただ、お嬢様は現在面会謝絶ですので…」
紬「で?帰したの?」
斉藤「…はい。この手紙を置いていきました。」
紬「バカバカ!このマニュアル人間!」
そう叫ぶと紬は手紙をひったくって部屋に戻っていった。

斉藤(フヒヒw また怒られちった、しびれるわいwwww)


手紙は軽音楽部の勧誘ビラだった。
紬「あの子たち…軽音楽部だったのね」
 (これがラストチャンスなのかしら。)
部屋の明かりを点け、隅で所在なさげに佇むキーボードの電源を入れる。
紬「出番よ『TRITON Extreme76』」
TRITON Extreme76の青い画面が一瞬揺れる。
(かしこまりました。お嬢様。)


翌日、音楽準備室
律「は~、昨日は失敗だったな。」
中野「何が失敗だったな、ですか。田井中先輩は何もしなかったじゃないですか。」
  「なんであんなビクビクしてたんですか!」
律「お前らが来るまではずっとぼっちだったんだよ…そのへんも考慮してくれ…」
平沢「私たちとは普通に話せるのにおかしいね!」
律「確かに。なんだか昔からの友達と話してるみたいなんだよ。」
中野「まぁそれは私も感じていますけどね。」
平沢「私も~」
律「はぁ、それにしてもどうするよ。琴吹はあんな城みたいな家に引きこもっちゃうのかね~」
 「もう4人集まらないかもなぁ。」
中野「1年生でベースの子なら入っても良いって言ってますよ。誘いますか?」
律「う…ベースは…」

ガチャ
「その必要は無いわ。これ見て。」
突然入ってきた真鍋和は一枚の紙を机の上に置いた。
琴吹紬、と名前が書いてある入部届だった。
律「おぉ!これは…!」
真鍋「来週から、軽音楽部に来てくれるそうよ?」
  「これで軽音楽部も廃部しないで済むわね!おめでとう!」
目標は達成できた。しかし、あまり心は踊らなかった。
律(やっぱり…やっぱり澪がいないと…)


下校時、下駄箱
中野「田井中先輩!なにボーっとしてるんですか!」
律「お、すまんすまん。…って、うわ!」
おもいっきりズッコケてしまった。バッグの中身が散乱した。
中野「何やってるんですか!?先輩浮かれすぎですよ~」
律「いてて、部長もいろいろ考え事があるんだよ。」
 (澪のことだけどな…)
そう言って立ち上がると、平沢がバッグを渡してくれた。
平沢「部長の持ち物は全部拾ってあるよ!はい!」
律「お、ありがとうな。さ、帰るか~」
平沢「うちの近所においしいアイス屋さんがあるんだ~」
中野「行ってみたいです!」


……

書きたくない文章を書くというのは大変な労力と時間が要る作業だ。
澪(今日も、ずいぶん遅くまで残ってしまったな…)
一人、下駄箱で靴を履いていると棒のような物が床に落ちているのが見えた。
澪(これは、スティック?)
RITUと書いてある。律のものだろうか。
落とし物を届ける職員事務室はすでに閉まっている。
澪(明日届けるか…)
バッグにスティックを入れる。

家に帰ったあと、バッグからスティックを取り出す。
澪(これってやっぱり律のスティックかな…)
もしかしたら、このスティックを律は探しているかもしれない…
自分が持っている、と知らせた方が良いんじゃないか?
澪「はぁ… ケガの次は落とし物を口実にするつもりか」
 「私はつくづく最低な人間だな。」
制服のままベッドに倒れこみ、うさぎのぬいぐるみを抱きしめる。
澪「しょうがないだろ?私はこういう人間なんだ…」
ぬいぐるみを抱きしめたまま、携帯でメールを打つ。
書きたいことはたくさんあったけれど、なるべくそっけなく。
打ち終え、送信ボタンに指を乗せる。
目を閉じ深呼吸をする。

私は送信ボタンを押した。


Fm澪
添付1件
Subスティック
これって田井中のスティックか?下駄箱に落ちてたんだが…

Fm律
Subありがとう!
それ私のだ!ありがとう!
下駄箱でこけた時に落としたんだと思う。

Fm澪
Subいやいや
たまたま拾っただけだから(笑)
いつ渡せば良い?
ていうか、またこけたのか。ケガはしてない?

Fm律
Sub放課後
音楽準備室にいるから持ってきて!
あ、嫌だったら職員事務室に投げといてもいいよ(笑)
ケガはしていないよ!秋山は優しいな。

Fm澪
Sub優しくなんか
優しくなんかないよ、私は。
放課後、音楽準備室に届けに行くね。
ケガしてなくてよかった…
それじゃあまた明日。

Fm律
Sub優しいよ。
私が保証する。
音楽準備室で待ってます。
じゃあね。





律澪(はー、めちゃくちゃドキドキした…)



翌日、放課後の音楽準備室

中野「それでーその子、純っていうんですけど、ちょっとカッコいい部長が居るっていったら食いついてきてー」
律「…」
中野「ちょっと!聞いてます?」
  「純っていうベースの子が軽音楽部に来てくれるんですよ!?もっと喜んでくださいよ!」
律「いや、ベースのことなんだが、もう少し考えさせてくれ…」
中野「? 前に田井中先輩が言ってた、目星はついてるけど入ってくれるか分からないベースの人のことですか?」
律「そ、そうだ…」
中野「そんな不確かな人をアテにできません!」
  「今日来る琴吹さんはキーボードなんですよね?」
  「ベースは誰がやるんですか?私やりませんよ?」
律「う…」

平沢「ちょっと中野ちゃん興奮しちゃダメだよー」
中野「ふぅ…なんで入ってくれるか分からないんですか?」
律「それは…私が悪いからだ…」

私は澪のことを話した。幼なじみで仲がよかったことと、
高校に入ってから澪と自分との仲が悪くなった理由を話した。

律「全部…私が悪いんだ」
 「自分で突き放しといて、今はアイツと仲直りしたくてどうしようもないんだ…」
 「本当に私って馬鹿だよな…」
 (あぁ、私がバカやった時はよく澪が馬鹿律とか言ってたけど、今は誰も言ってくれない…)
 (ダメだ…涙が出てくる…)
手で顔を覆う。

律「馬鹿だ…私は馬鹿律だよ! うぅ…」ボロボロ
平沢「田井中さん?大丈夫?」オロオロ
一度感情が溢れると、次の瞬間には冷静になっていた。
律(ダメだ。せっかく部員が集まってくれたのに、こんなところでわがままを言っちゃ…)
 「ご、ごめん…わがまま言って…」
中野「いや、私は、そんな……」

ガチャ!
勢いよく扉が開いた。



ぎっぎっ
キーボードを携えて、階段を上り音楽準備室へ向かう。
琴吹(もし、軽音楽部も合唱部みたいに裏切ったらただじゃおかないわ…)
  「フアンダワー」

階段を登り切ると、音楽準備室の扉の前にはスティックを持った女の子が立っている。
泣いているのだろうか、肩が震えている。
琴吹(可愛いわね~この子も軽音楽部?)

「…馬鹿律…」
スティックを持った女の子はボソっと言う。
そして、ドアノブに手を掛けると勢いよく扉を開ける。


「馬鹿律!なんで言ってくれなかったんだよ~!」
「私だって律とまた仲良くしたかったんだ!いっつも律のことを考えてたんだ!」
「うわぁーん!律ー!」
そう言って彼女は律と呼ばれた子に抱きつく。
律「み、澪…」
 「うぅ、ごめんね。ごめん…」
澪「律…!」
律「澪…!」
二人は泣きながら抱きしめあう…

琴吹「ナニコレ?ガチ? 最高だろ、最高すぎる!Good!Good Job!」
鼻血が出るのも構わず、私は彼女たちに拍手を贈った。

純「はー、ここを登ると音楽準備室なんだ」
ぎっぎっ
純(なんだか騒がしいなぁ)
 (って!なんだアレ…なんであの人は鼻血を流しながら拍手してるんだ?)
 (しかも奥の方で2年生が泣きながら抱き合ってる…あー梓がポカンとしてる…)
なんつーか…地獄絵図だな…私には向いていない…
そう悟ると私は静かにその場を去った。


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最終更新:2010年09月24日 02:36