律「と、いうわけで騒がせちゃったけど、無事全員集まったな!」
5人が集まると、ガランとしてた音楽準備室も少し賑やかだ。
中野「そうですね!これでやっとまともに軽音楽部として演奏が…「できないわ」
え? 振り返ると真鍋さんが立っていた。
真鍋「軽音楽部として演奏するこはできないの。ゴメンなさい…」
真鍋さんはそういって、悔しそうな顔をする。初めて見る表情だ。
律「ど、どういうこと?」
真鍋「軽音楽部の復活は生徒会が先行してやったことなの。」
  「無事に4人以上集まれば、教師側も納得してくれると思ったんだけど…」
  「説得できなかったわ…本当にごめんなさい…」
平沢「そ、それじゃあここも出て行かないといけないの?」
真鍋「えぇ…山中先生が『うるさいからどっかいけ』って言ってたわ…」
  「私、唯のために何にもしてあげられないわね…」
そう言うと真鍋さんは走り去った。

みんな無言だ。
律(ちょっと待てよ…何だ?またバラバラか?そんなの、そんなの…)
律「嫌だ!」
澪「り、律?」
律「先生が認めなくたって軽音楽部は軽音楽部だ!」
 「なぁ、平沢。学祭ライブまで居るって言ったよな?」
平沢「う、うん」
律「みんな!学祭ライブに一緒に出ようよ!お願いだよ!」
中野「そうです!せっかく集まったんだから、もったいないですよ!」
平沢「私もバリバリやるよ~」フンス
澪「私は律に着いて行くよ!」
琴吹「私も頑張りますわ!」

こうして、5人の非公式軽音楽部の活動が始まった。


当初、音楽室を追い出された私たちは演奏できる場所を求めて放浪した。
ウロウロしているうちに学校の隅にある使われていないボロボロの倉庫を発見すると、琴吹が何か電話をした。
翌日、夜のうちに工事したのか、ボロボロの倉庫の中は外見からは想像がつかない立派な防音室になっていた。
律「エアコンまで付いてるぞ!琴吹…やっぱりただものじゃないな…」
琴吹「うふふふ」

非公式軽音楽部の非公式部室を手に入れた私たちは夢中で演奏をした。
楽しかった。曲も少しずつ作っていった。話す時間より音を出している時間のほうが遥かに多かった。
毎日毎日放課後が来るのが楽しみだった。
そうやって、毎日を過ごしているうちに夏休みが近づいてきた。

私達の倉庫でのバンド活動は既に教師達には気づかれていた。
正規な部活動ではない私達が勝手に倉庫を改造して使っていることを学校サイドは良く思わないだろう。
止めるよう指導された場合どうしようか、と私達は心配だったが、驚いたことに私達の活動を支持し全力で擁護してくれている教師が1人いるらしかった。
それに続くように体育会系の教師達も私達をしばらく様子見しようとやんわり支持してくれていた。
きっと体育会系の方々から見れば私達のような行動は「熱血」とか「青春」とかの分類で見られているのだろう。

彼らが私達を庇ってくれたのは嬉しかったが、その時点ではすでに私達の活動はそういう爽やかなものではなくなっていた。。
溜め込んだストレスをぶつけるための活動になっていた。もっと言えば自傷行為だ。
中野はともかく、2年生4人は1年間溜めた鬱憤が爆発していたのだ。
夏休みが始まってから毎日、朝から晩までメチャクチャに練習し続け、栄養補給は琴吹さんの用意したスポーツドリンクをがぶ飲みするのみだった。
この行為は私達の体をガンガンに痛めつけた。
しかし、朝起きると体中ギシギシ言うことに、鏡を見ると顔が日に日に痩けていくことに、制服から出た腕が細くなっていくことに、私達は達成感を感じていた。
メチャクチャに演奏して体が痛くなるほどに生きていることを強く意識できた。幸せだった。
中野は単純に私達がしっかり練習することに対して喜んでした。

今のバンドでの演奏を経験してしまうと、もはや普段の生活は全て虚構であり、演奏している間だけが現実の用に感じていた。
その現実を少しでも長引かせたかった。

こうも私達の体の中に不満が溜まっていたのか、と皆で苦笑したが自覚した後も一度溢れ出したものは止まらない。
私達は1日も休まなかった。休みたくなかった。
しかし、夏休みも残り半分というところで5人とも3日間ほどどうしても外せない用事で練習が出来なくなってしまった。
この3日間は5人にはあまりにも長かった。
練習を再開すると、この3日間を取り戻すように、今まで以上にメチャクチャに演奏した。
もうみんな自分勝手に音を爆発させていたが、ふと気付くとまるで5人の音が一つの生き物のように合っていた。今までにない心地よさだった。

私は思わず
「セックスってきっとこういう気持ちなのかな…」
と呟いてしまった。
このメンバーでそんなこと言っても誰も分からないか。
「女の子どうしでセックスなんておかしいね」
平沢さんがそういうと5人で赤面してしまった。
その後はひたすら、私達は演奏という名のセックスを堪能し続けた。
カンカンの夏の太陽はすぐに沈み、気付くとまた上っていた。
そうしてそれがまた沈むころには、疲労、寝不足、熱中症、貧血等々の症状で一歩も動けなくなっていた。

中野「き、救急車…」

琴吹「ダメですよ…救急車なんか呼んだら大事に…」

平沢「…う、憂ー…」
虫の息で平沢さんが携帯で呼んだ平沢2号は、呆れ顔の山中先生と共に現れた。
涙目の平沢2号は必死で私達を介抱し、山中先生は私達に何か説教をしていた。
説教を理解する体力は既に私達には残されていなかったが、山中先生が先頭に立って私達を擁護してくれていたことと、
ちょっと自重しろよという警告だけは辛うじて理解した。
私達を音楽準備室から追い出した山中先生が、私達の味方をしただなんて意外だなとぼんやりした頭で感じていた。



その後の活動は、平沢2号及び山中先生の監視下で行われ、幸か不幸か私達の自傷行為には一定の歯止めができた。
スポーツドリンクのみだった栄養源も平沢2号の持ってくる弁当で大分改善された。

今までの狂気的な練習は私達の演奏技術を底上げするのに多少役立ち、また曲もいくつかできていた。
中野はよく
「私達は今なかなか良い音出してますよ、こんなバンド初めてです」
と評価していた。あいつが私達の中で音楽に一番詳しいのだから信憑性はあると思う。

ただ、いつもその後に
「でも、なんだか音のベクトルが違うんですよね。私達の本当の方針とは違う気がするんです」
と付け足した。
私もそれには心の中で賛成した。多分中野の言いたいこととは違う意味で。
私が1年生のころ軽音部に対して何となくイメージしていたのは、練習そっちのけでダラダラする感じの部であり、
こんな体育会系を超えた狂気会系の部じゃなかった。

中野以外のメンバーも、こんなハードな練習が好きそうなイメージではない。
それでも5人が練習を続けるのは、やはり楽しかったからなのだ。

歯止めの効いた練習では今までのようなメチャクチャさは無くなった。
メチャクチャな練習をしない分の体力で、私達は山中先生がいないときに密かに作戦を練っていた。
学園祭でのゲリラライブの作戦を。
軽音楽部を立ち上げることが出来なかった私達が学園祭で正規に演奏することは不可能だった。
しかし、私達は学園祭で演奏することが当初の目的であり、非公式軽音楽部の存在理由であった。

ただし、作戦会議の進展はあまり芳しくなかった。
生徒会や教師達を出し抜いて演奏まで持って行くのは不可能に近い。夏休みが終わってからも、この作戦会議は続いた。
もう学園祭まで1月を切っていた。

琴吹「ステージを乗っけたトラックで講堂に突っ込むのはどうですか?」
律「琴吹?それは冗談なのか?」
琴吹「え?」
律「え?」


真鍋「ちょっとあんたたち!悪だくみはよしなさい!」

マズい!
倉庫の入り口に真鍋さんが立っていた。

平沢「でもでも、あたし達は学園祭に出してもらえないんでしょ?もうこうするしかないんだよ~」
真鍋「その辺は心配しないで。全ての発表が終わったら、シークレットゲストとして最後に演奏をさせてあげるわ。
  「私の独断でね」
平沢「え!そんなことしたら和ちゃん生徒会長になれなくなっちゃうよ!ダメだよ!」
真鍋「良いのよ。唯。大切な幼なじみのために何もしてあげられない人が生徒会長になっても格好悪いわ」
  「練習頑張ってね。それじゃあ、私生徒会に行ってくるね」

そう言って真鍋さんは倉庫を去っていった。


学祭ライブにゲリラ出演する計画を考えなくてよくなった私達は、本番の演奏をどうするかに集中した。
作った曲の中から良さそうなものを選んで、平沢2号に聞いてもらうことにした。第三者の意見が欲しくなったのだ。


演奏終了

平沢「どうだい?」
平沢2号「?…お姉ちゃん達歌わないの?」

忘れてた!歌詞書いてねぇ!


律「参ったな。歌詞書くのって難しいんだよな」
澪「律。私が書いてくるよ」
律「そうか!文芸部だもんな!澪は頼りになるよ」
澪(もう元文芸部だがな…)


澪の自宅…

澪(書くって言ったけど、自分の書きたいものをそのまま持って行くと、文芸部の時みたいに全否定されそうで怖い…)
 「とりあえず2つ持って行くか。好きな歌詞とそれっぽい歌詞」
 「なんかこの歌詞って前にも書いたことあるかも…」


翌日…

澪「一応持ってきたんだが…」
平沢「すごーい!これカッコイいね!」
澪(それっぽく書いた歌詞はまずまずだな)
律「こっちは?」
澪「えっと、そっちは気分で書いてみたんだけど…」
律(うっは!相変わらず全力でファンシーしてんなww ふ、ふわふわ時間wwww)
 (…でも、文芸部でこういうのを書きたくても書けなかったみたいだし… ここでも否定されたらかわいそうだな…)
澪「な、なに黙ってるんだよ。どうせ、変な歌詞だよ…」
律「いや、なかなか可愛らしくて良いと思う。琴吹も見てくれ。」
琴吹「まぁ!(ギャップが)良いですね!」ニコ
澪(文芸部の時とは反応が違う)パァァ
律「いや~澪は才能があるよ!」
中野(なんだこの空気…)


律「それじゃあ、さっそくそれっぽいのから行くか」

ジャーン♪

中野「しっくり来ますね!良いと思いますよ!これで決定!!」
中野(多分一曲しか演奏できないから、ふわふわ時間より絶対こっちをやりたい!!)

律「まぁちょっと待てよ。もう1つの方もやってみようぜ」
1、2、3、4…!

ジャーン♪

律(う、何だかこの曲すごく懐かしい感じがする… つか泣きそうだ…何でだ?)



5人とも何か話せば、すぐにでも泣いてしまう状態で、しばらく沈黙が続いた…
みんなこの歌がどうしようもなく懐かしかった…

律(すごく特別な歌な気がするぞ、この歌は。ただ、本番でこれを演奏して泣いたら逃げられないな…)

結局、本番で演奏するのはそれっぽい方に決まった。


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最終更新:2010年09月24日 02:37