『それは見渡す限りの紅の乱舞』

憂「雰囲気出てるね、梓ちゃん」

梓「…また声に出してたのね、私」

憂「うん、出てたよ」

まるで冬の訪れを拒むように、暖色の紅葉に染まる山間の道

ちょうど暮れ始めた少し早い秋の夕暮れの茜色も相俟って、まるで見知らぬ世界に迷い込んだ旅人の気分

でも、憂と二人なら彷徨い人になるのも悪くないかも

「例えそれが続くはずのない永遠でも?」

梓「それでも、だよ」

憂「え?」

梓「なんでもないよ、なんでも」

憂「ふふっ、変な梓ちゃん」

こんな楽しそうな憂の笑顔が見られるなら、くだらない杞憂なんて吹っ飛ぶよね、私

憂「今度は何を考えてるのかな、梓ちゃん」

梓「うん、幸せだなって」

憂「…そうだね」

なんでだろう、これまでは伝わってこなかった、憂の心の声が聞こえる気がする

梓「…憂」

寄り添い歩く憂の手にそっと触れてみる
つないだ手はいつだって温かくて柔らかい憂の手だ

憂「…もしかして、分かっちゃったのかな?」

梓「どうかな?ただなんとなく、だよ」

そんな私を見て、いつもと同じようでいて、ちょっぴり違う微笑みを浮かべる憂

憂「そっか。梓ちゃんも分かっちゃったんだね、女の子の魔法」

梓「女の子の魔法…なるほど」

概念として捉えるなら、以心伝心って感じかな?

梓「でも、これってMagicでもTrickでもなく、Logicだよね」

憂「そうだね。相手の事を知り理解すれば、自ずと考えている事が分かる、これが答えかな」

梓「でもなんで今更なんだろう?これまでだって私は憂の事…」


『それは、本当の私を見てくれるようになったからだよ』

聞こえたかな、梓ちゃん?

梓「…そうか」

何かな?期待しちゃうね

梓「今なら分かるよ。憂の言ってた『本当の特別』の意味が」

うん、あなたはやっぱり特別だよ、梓ちゃん

憂「もしかしたら、それはこの紅葉の魔法かも知れないね」

梓「紅葉の?」

憂「落葉樹の名前でしょ、梓は」

梓「なるほど…考えた事もなかったよ」

幸せだよ、私


『やっと旅館が見えたよ』

梓「送迎車があんな手前で降ろすから、結構歩いたよね」

かれこれ10分くらいは歩いて、やっと旅館の前に到着

でも、あそこが乗降場所になってたのは納得
お陰で紅葉に染まる山をたっぷり堪能出来たし

憂「なかなか味なお出迎えだよね」

梓「うん、旅館の前まで車だったら、あんな綺麗な景色をゆっくり見れなかったよね」

憂「旅館の建物も雰囲気あるよね」

実は父さんのおススメの宿なので、見るのは初めてだったりする

木造のどこかひなびた雰囲気を醸し出す、旅館のたたずまいも実に素敵

しかし父よ、こんな素敵な所に一体誰と来てるんだ?
少なくとも、家族旅行では来てないぞ

そんな事を考えながら、旅館に入ると実に大人な美人女将が出迎えてくれた

…まさか、これが目当てじゃないだろうな、父よ

憂「さっきからどうしたの、梓ちゃん?」

梓「え?」

憂「ほら、早くお部屋に行こうよ。女将さんも待ってるよ」

…思わず考えに耽ってしまってたよ
まさか…私が幸薄いのは父よ、あなたも原因なのか?

通された部屋もまた渋い
木造畳敷きの和室ってなんでこんなに落ち着くのかな

憂「ねぇ、梓ちゃん!露天風呂があるよ」

各間毎の露天風呂まであるのか
なんていい宿なんだろ、やっぱり父に少し感謝だね、うん

憂「でも先に食事かな?」

梓「だね。正直おなかペコペコだよ」

憂「あはは、実は私もだよ」

いくら土曜日でも、学校が終わってから出かけると結局夕方過ぎになるから、これは仕方ない

腹が減っては戦は出来ぬ、だよ
別に戦はしないけどね

食事も充分期待に応える美味しさで満足

憂「これ美味しい。帰ったらお姉ちゃんに作ってあげようかな」

…妬いてないもん

梓「そう言えば、唯先輩の晩ご飯は大丈夫なの?」

ほらね、妬いてない証拠に私から言ってやったよ
…負け惜しみじゃないもん

憂「大丈夫だよ、ちゃんとレンジでチンするだけにしてあるから」

梓「…それが出来るのかすら、若干怪しいんだけど」

憂「…メールしてみようかな」

梓憂「…ふふっ」

何故か顔を見合わせた途端に笑ってしまったよ、まったく

梓「ふう、ご馳走さま」

憂「美味しかったね」

うん、確かに美味しかったよ
お陰で食べ過ぎて、女の子としてはちょぴりピンチかも…

憂「ねぇ、梓ちゃん。お風呂!お風呂入ろうよ」

梓「あ、うん。ちょっと待って…もらえると嬉しいかも」

憂「ん?」

…だって、今おなか出てる気がするし
恥ずかしいもん

憂「もしかして、梓ちゃん…」

うっ、その瞳に踊る色は間違なく、悪戯っ娘憂!

憂「えいっ!」

梓「にゃーっ!」

いきなり押し倒されてしまった…

憂「にひひ、やっぱりだね。梓ちゃんおなかぷにぷに」

梓「だ、だって美味しかったからつい…って、ぷにぷにしないでーっ」

憂「…やだ!」

ううっ、屈辱…幼児体型の自分が怨めしい

憂「ふふっ、嘘だよ。許してあげよう」

梓「はぁ、なんか最近押し倒されキャラだよ、私」

憂「…誰にそんな事をされてるのかな?」

…墓穴を掘った予感

下手にごまかしが通じる憂じゃないし、ここは正直に言おう、私

梓「あの、誕生日の夜に母さんにね…」

素直にあの日の件を説明
…少しだけ話せない事は省いたけどね

憂「仲良しだもんね、梓ちゃん家は」

梓「うん、でもさぁ、いつまでも子供扱いするんだよ。この年齢になって、まさか耳をはむはむされるな…ん…て…」

…マズい…最悪の墓穴掘りモードじゃない、これって

憂「…はむはむ」

梓「…えーっとね、お、お風呂!お風呂行こう、ね?」

慌てて憂を私の上から起き上がらせようとしたけど…遅かりしだったりする

憂「因みにお母さんはどっちの耳をはむはむするのかな?」

梓「…そっ、それを聞いてどうしようと?」

憂「それだけ教えてくれたら、許してあげる」

穏やかな微笑み、いつもの憂だ…助かる予感

梓「左…かな」

憂「そっか」

梓「え、えっと、取り敢えずちょっとだけ離れようか、憂?」

憂「そうだね。約束通り、左だけは許してあげよう」

梓「…え?」

いつの間にか、また悪戯っ子憂な瞳に戻ってるよ…大ピンチ、私!

憂「では、私は右の耳を…はむはむ」

梓「にゃー!ダッ、ダメー、はむはむしないでー」

ジタバタしても、何故か逃げられない不思議
…なんて余裕はないぞっ、私!

梓「にゃーっ!はむはむ禁止ー!」

憂「…ぷっ、あはははは、あっ、梓ちゃん、可愛すぎるよぉ」

…そんなおなかを抱えて転げ回らなくても…グスン、いいもん!拗ねてやるもん!

梓「…憂のイジワル」

憂「ごっ、ごめんね、梓ちゃん。でも…ぷっ」

梓「もう、いいもん!お風呂入るっ」

憂「あ、待って、梓ちゃん。せっかくだから大浴場に行こうよ」

梓「…うん」

浴衣に着替えて、大浴場に向かう間も拗ねてやるモードの振りをする私

憂「梓ちゃん、まだ怒ってる?」

梓「…怒ってないけど拗ねてる」

憂「ごめんね」

梓「…もうはむはむしないって約束してくれたら許す」

憂「うん。もうしないから、許してくれるかな?」

梓「なら、許す!」

はぁ、取り敢えずはむはむの脅威から逃れたよ
…実は残念、なんて思ってないもん!


『私は今夜もやっぱりする事がない』

だから芋虫ゴーロゴロ

純「…なんか私こればっかりだし」

なんて思ってたら携帯がメールの着信を告げる

純「部活の連絡メールだし」

内容は…明日の部活はおやすみ、だってさ

純「…むー、梓ぁ、憂ぃ、暇ぁー」

と、叫んだところでなーんにもならないし

仕方ないから、芋虫ゴーロゴロ続行

純「…幸薄いのって、実は私じゃない、梓?」


『仰ぎ見るは満天の星空』

梓「昼は紅葉、夜は星空、もう文句なしだよ」

憂「うん、今のも雰囲気出てたね」

梓「…因みに今のは普通に言ってみたんだからね」

露天風呂につかりながら、二人で見上げる夜空は綺麗すぎて

幸せすぎるのも、ちょっぴり怖かったりする

わがままで臆病な私は相変わらずなのかも知れないね…

憂「ねぇ、梓ちゃん」

梓「なに?」

憂「さっきのお詫びに髪洗ってあげようか」

梓「でも、結構大変だよ?」

憂「平気だよ。それにね」

梓「それに?」

憂「今度の旅行の楽しみの一つだったんだ。梓ちゃんの髪を洗うの」

梓「…じゃあ、お願いしよう、かな」

洗い場で髪を纏めていたタオルを外すと、少し冴えた外気をはらんで気持ちいい

憂「相変わらずツヤツヤだね、梓ちゃんの髪」

梓「結構手入れも大変なんだけどね」

憂「だよね。えっと、普通に洗って大丈夫なのかな?」

梓「あ、これ使って」

使いつけの洗髪ブラシを渡すと、憂は興味津々で見ている

梓「あのね、柄の部分のタンクにシャンプーをお湯で少し薄めて入れるんだよ」

憂「へぇ、これでいいのかな?」

梓「うん。それで、柄の背中の部分のボタンを押すと…」

憂「うわぁ、泡々になったよ」

梓「うん。後はそれで普通に櫛削るようにしてくれればいいよ」

憂「うーん、これは便利だね」

梓「これだけ長いと普通に手で洗うと、もつれたりして大変だからね」

それにしても、髪を洗ってもらうのって、凄く幸せな気分だよ…

憂「…くしゅん」

梓「あ、ごめん。すっかり冷えちゃったね」

憂「ちょっぴりね」

秋の夜の露天で髪を洗うのは少し無謀だったかな

梓「お湯につかろう、憂」

憂「うん」

二人寄り添い入る温泉は、心も身体も温かくて…

梓「ねぇ、憂。幸せ…なんだよね、私達」

そう呟いた私を、いつもの優しい微笑みを浮かべて見つめる憂

憂「そうだね…幸せだよ」

その言葉は幸せと同時に、消えたはずの不安を揺り動かす…

梓「憂は本当にこれでいいの…」

私の問い掛けに答えずに、ただ満天の星空を仰ぎ見る憂

月明りが写し出すその姿が滲んで見えるのは…なんでだろうね

梓「続くはずの無い永遠でも…いいの?」

口にした途端に激しく湧き上がる後悔…

こんなの…憂にだって答えが出せる訳ないよ

私自信が欲しい答えすら見出だせないのに…「今だけあればいい」なんて、安い台詞も聞きたくない

これじゃ、まるで駄々をこねる子供だよ…最悪だ、私

憂「…それは難しい問題だね、梓ちゃん」

それはいつか聞いた言葉

ただあの時とは違う戸惑いを隠さずに、憂はただ一言だけ

憂「少しだけ…時間をもらえるかな」

憂は本当に優しいね
こんな愚かな私に、まだ真剣に向かいあおうとしてくれるんだね…

ずっと、大好きだよ

でも…この先に待っているのは、きっと少女時代の幻想の終わる時だけ

絶望しかない永遠の終わる世界

それでも…


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最終更新:2010年09月25日 21:13