唯「……ムギちゃん?」

隣で歩く唯ちゃんの声で私はふっと我に帰った。

唯「どうしたのぉ~?」

紬「ううん……空を見てたの」

今、私が言った事は嘘だ。
本当は隣で歩く唯ちゃんの手をずっと見ていた。
その、唯ちゃんの手を見ながら私は考えていた。

一緒に唯ちゃんと手を繋いで下校したいなぁ……。

不意に唯ちゃんの手が動きだして私の顔の前で小さく動いた。

唯「お~いムギちゃーん」

紬「あ……」

思わず小さな声をあげてしまった。
どうやらまた、ボーッとしていたみたい。

唯「私の手ずっと見てるね~どしたの~?」

紬「ううん……唯ちゃんの手可愛いなぁ……って」

唯ちゃんの質問に対して私は無意識に言ってしまった。
途端に顔が赤くなる。

唯「えへへ~そうかなぁ?」

唯ちゃんは笑いながら自分の手をマジマジと見詰めている。

唯「可愛いかなぁ~?」

紬「可愛いわよ!」

本当に今にも握り絞めたいぐらいに可愛い。

唯「ムギちゃんの手の方が可愛いよ~?」

唯ちゃんの手が私の右手を掴んだ。
右手から伝わる唯ちゃんの体温がとても暖かい。

唯「ムギちゃんの手は美人さんだねぇ~」

紬「うふふ。ありがとう唯ちゃん」

唯「えへへ~」

唯ちゃんはよく笑う。
その笑顔を見ると私の心は暖かい気持ちになる。

私の右手から暖かさが消えた。
唯ちゃんが私の手を離したのだろう。

唯「ムギちゃん!お空を見て!」

唯ちゃんが指を差した方向を見る。

紬「綺麗な夕日ね~」

本当に綺麗な夕日だった。
鳥りなって、二人で一緒にあの綺麗な空を歌いながら飛び回りたいと思った。

唯「空って美味しそうだよね~」

視線を空から唯ちゃんに向ける。
唯ちゃんは未だにキラキラとした目で空を見上げている。

唯「ほら、あの生クリームみたいな雲とか美味しそう!」

また、唯ちゃんが指を差した方向を見る。

紬「本当に美味しそうね~」

雲は苺の形をしていた。

唯「美味しそ~あの雲ケーキみたいだね~」

苺の形の雲を凝視する。
とてもケーキには見えない……が唯ちゃんがそう言うのなら、あの雲はケーキだ。

紬「そうね~」

明日は苺ケーキを持って行く事に決めた。
唯ちゃんやみんな喜んでくれるといいな。

しばらく二人で話しながら歩いていると私が、毎日学校に行く時や帰る時に使っている駅が見えた。

もう、唯ちゃんとお別れか……寂しいな。

唯「駅に着いたね~」

紬「そうね……」

私があまりにも元気の無い返事をしたらしく唯ちゃんは私を心配してくれた。

唯「ムギちゃん元気無いね。大丈夫?」

紬「えぇ!大丈夫よ」

両手でガッツポーズをして私が元気な事を証明して見せると、唯ちゃんは笑って「よかったぁ」っと言ってくれた。

唯「じゃあムギちゃん私家に帰るよ~」

紬「うん、わかったわ……」

自分の表情が暗くなっていくのを感じ、唯ちゃんに心配をさせるといけないから無理矢理、笑顔を作った。

紬「バイバイ!」

唯「うん、バイバイ!」

唯ちゃんは笑顔で私に手を振りながら帰って行く。

唯ちゃんの姿が見えなくなるまで目で追い掛けた。
そして、姿が見え無くなった後、ゆっくりと駅の切符売り場へと歩き始めた。


駅のホームへと辿り着いた私は、電車が来る時間を調べそれからベンチに座り電車を待った。

電車を待っている時間って何時も何をしようか迷ってしまう。

私の肘に何かが当たった。隣を見ると私と違う制服を着た女子高生が、うるさいぐらいの声を出してケータイで何かを話している。

私もケータイで唯ちゃんにメールをしようとしたけど止めた。

今日は電車が来るまで空を見上げていよう。

空はさっきよりも綺麗な赤に染まり西を見てみると太陽は沈みかけていた。

東を見てみる。
コンクリートの地面に自分の影が長く尾を引いていた。

不意に何処からか鳥の泣き声が聞こえた。

赤色の空に一羽の鳥が大きく旋回しながら飛んでいる。

『まもなく2番ホームにて電車が到着致します。白線の内側までお下がりください。』

アナウンスが終わると私は空を見るのを止め立ち上がった。
ポンポンっとスカートに着いた埃を払いながら、遠くの方を見た。
銀色の塗装の電車がこちらへ向かって来るのが見えた。

電車が止まり扉が開く。
電車の中へと入り空いてる席が無いか確かめる。

紬「よかった……」

この時間帯にしては電車に乗っている人が少なかった為、空いてる席は沢山あった。

駅から乗って来た人も少なかったので、イス取りゲームをする事も無くゆっくりと席に座る事が出来た。

電車の窓からまた空を見る。
徐々に黒が混じり始めている。

紬「はぁ……」

深くため息をつく。
三年生になってから帰り道がツライ。

特に一人きりの時は心の中にぽっかりと穴が開いてるような感じがする。

夏も終わり秋が来る。
季節の移り変わりが私をより寂しくさせた。

そう言えば夏に放課後ティータイムのみんなで唯ちゃんの家に泊まる事があった。

凄く楽しかった。
みんなで夜更かしをしてはしゃぎみんなと一緒に寝た。

その夜に私が寝ていると背中に柔らかな感触がして目が覚めた。

唯ちゃんが私に抱き着いたまま寝ていた。

あの時は本当にびっくりした。
唯ちゃんが私に抱き着きながら寝ているなんて夢でも見ているんじゃないか?って疑いもした。

心の奥から温かい感情が込み上げて心臓は今までに無いぐらいに早く動いていた。


そして、今までに無い感情が私を満たした。

私は唯ちゃんの事が好きだ。
友達として人間としてでは無く私は唯ちゃんに恋愛感情を抱いてしまった。

同性である彼女に私はいけない感情を抱いてしまった。

あの日を思い出す度に心が紐で締め付けられるような感覚がする。

唯ちゃんごめんなさい。

空は完全に暗くなってしまっている。

光が無くなったのか外の景色はあまり見えなくなり変わりに窓に写る私の顔が見える。

前髪が少し乱れていたので手で整える。
それを終えるとアナウンスが聞こえ始めた。

あと少しで私が降りる駅に着く。
もう一度、窓から空を見上げた。

暗い空には小さな星が瞬いている。
暗い空には微かだけど光がある。

星を繋ぎ自分だけの星座を作る、電車が止まり扉が開いた。


翌日の朝、学校へと到着した私は苺ケーキを大事に持ちながら教室へと急いだ。

唯「あ、ムギちゃんおはよ~」

教室の扉を開けると唯ちゃんがすぐに私に挨拶をしてくれた。

紬「おはよう唯ちゃん」

唯ちゃんの頭は少し寝癖が立っていた。
心がキュンとする。

紬「唯ちゃんここの所、寝癖があるわよ」

苺ケーキが入っている箱を机に置き、バックから手鏡を出して唯ちゃんに渡す。

唯「ムギちゃんありがとぉ~」

唯「あれーおかしいなぁ~ちゃんと朝セットしたのに!」

必死で寝癖を直そうとしている唯ちゃんに、くしを渡した。

唯「ありがとぉ~」

手鏡を見ながらくしで寝癖を直す唯ちゃんはとっても可愛らしい。

私が手伝ってもよかったんだけどこの唯ちゃんの姿をずっと見ていたかった。

唯「やっと直ったよ~ありがとう」

紬「ううん、全然いいのよ~」

律「おっはよーっ!」

教室の扉が勢いよく開いた。
教室に大きな音が響き渡り私と唯ちゃんは大きく体を飛び上がらせた。

澪「みんなびっくりしてるだろ!」

澪ちゃんは平手でりっちゃんの頭を軽く叩くとテクテクと私達の元へ向かい始めた。

澪「おはよう」

唯「おはよーっ!」

唯ちゃんの後に私も澪ちゃんに挨拶をする。
りっちゃんは扉の前で頭を押さえながら私に小さく手を降ってくれた。

しばらくしてさわ子先生が教室に入って来た。

苺ケーキはこのまま放置して置くと美味しく無くなってしまうから、さわ子先生に職員室の冷蔵庫に入れて貰うように頼み、さわ子先生は心良く了承してくれた。

それから5分後、ホームルームが始まり、私はさわ子先生の話を聞きながら苺ケーキを食べる唯ちゃんの顔を妄想していた。


放課後になりクラスのみんなにさようならを告げた後、私は一人職員室へと向かった。

紬「失礼しまーす」

扉を開けると冷気が私の体を包んだ。
夏が過ぎたとは言えまだ暑いって言うのは分かるんだけどクーラーを効かせ過ぎじゃないのかな?

さわ子「あ、ムギちゃんこっちよ~」

私に気付いたさわ子先生が声を掛けてくれた。
中に入り扉を閉めてから私はさわ子先生の元へ歩き始めた。

さわ子「はい、どうぞ。苺ケーキよ」

お礼を言った後に苺ケーキが入っている箱を受け取る。
それより寒い……ブルブルと体が震える。

さわ子「やっぱり寒いわよね~」

紬「はい……」

私がそう言うとさわ子先生は小声で呟いた。

さわ子「凄く暑がりの先生がいるのよ……」

怪訝そうな顔を浮かべさわ子先生はため息を付いた。

紬「大変ですね~」

さわ子「まったくよ……あ、後でケーキ食べに行くわね」

紬「はい!じゃあ用意しておきますね!」

さわ子「ありがとう!」

職員室を出た後、早足で部室へと向かった。

受験生なのに唯ちゃんの苺ケーキを食べる顔を授業中ずっと想像していた。

ケーキを口に運んだ後に笑顔で美味しいと言って、唯ちゃんの頬っぺたにクリームがついているのに気付いた私はハンカチでそれを拭い取ってあげる。

そんな想像ばかりしていたから勉強が全くはかどらなかった。

今も想像をしている。
唯ちゃんが私の頬っぺたについたクリームを拭い取る想像を……逆もありよね。


部室の扉を開ける。
まだ、みんなは来ていないみたい。

私より先に部室へ行ったたはずなのに……。

とりあえず苺ケーキが入った箱をテーブルに置く、みんなが来るまでキーボードの掃除をしよう。

何か楽しみな事がある時は掃除をして待つのが1番だ。

鞄から眼鏡拭きを取り出す。
普通の布じゃキーボードを傷付けてしまうからキーボードを掃除する時は眼鏡拭きで掃除をしている。
これなら私の大事なキーボードが傷付ついてしまう心配は無い。

キーボードを掃除してる途中で大きな布に被せられているピアノがある事に気が付いた。

キーボードの掃除をしている間、みんなは来なかったし……あのピアノを弾いてみよう。

みんなが来るまでの時間を潰すには丁度いいし、たまにはキーボードじゃなくピアノが弾いてみたい。

被せられた布を取ると大きく埃が舞った。
長い間使われていないのだろう。

私も長い間、このピアノに気付いてあげる事が出来なかった。

鍵盤のカバーを開き椅子に座る。
何を弾いてみよう?

紬「あの曲を……」

私が昔見た映画で聞いたあの曲を弾こう。
映画のタイトルは忘れてたけど……メロディーは覚えている。

曲名は何とか覚えている。確か……愛を奏でてって曲だったと思う。

鍵盤に指を置いて……それから深呼吸。

指を舞い踊らせ私はピアノを弾き始めた。

紬「ふぅ……」

弾き終わり、小さく息を吐く。
後ろからパチパチと音がし振り返るとみんながいつの間にか私の後ろで拍手をしていた。

紬「ど、どうしたの?」

びっくりした私はみんなの顔を一人一人ジッと見詰めた。

律「ムギも私達に気付か無いぐらい夢中になってピアノを弾いてどうしたんだ~?」

りっちゃんが悪戯っぽく笑う。

紬「ううん、ただ弾いてみたかっただけなの」

律「そっかぁー」

梓「でも、いい曲でしたね!」

紬「梓ちゃんありがと~」

紬「あ、私紅茶とケーキの用意するわね!」

立ち上がろうと腰を上げた瞬間、唯ちゃんと目があった。

唯「ムギちゃん凄くいい曲だったよ~」

紬「あ、ありがと~」

思わず目を逸らしてしまった。
ダメだ唯ちゃんをどうしても意識してしまう。

唯「あ!ムギちゃんに問題です!」

紬「問題?」


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最終更新:2010年09月27日 02:06