【教室】
律「それでさ、そん時に見たカブトムシがまたでっかくてさ!」
紬「へぇ~、りっちゃんすごいね!」
律「今度ムギにも見してやるよ。近くの森にたくさんいるからな」
紬「本当?!私カブトムシ見たことないから楽しみ♪」
紬「あっ、そうだ!この前りっちゃんから借りた漫画なんだけどね―――」
澪「………」
最近ムギと律はやたらと仲が良い。
律は色んなことをムギに教えているし、
ムギはそのひとつひとつに目を輝かせていた。
【廊下】
唯「りっちゃんりっちゃん!」
律「んー?どしたー?」
唯「ほら見て!100円拾った!」
律「うお、マジで?!よーしジュース買いに行こうぜー」
澪「こら、勝手に使っちゃダメだろ。泥棒だぞ」
律「澪。きっとこの100円は私たちに使われるべくして拾われたものなんだ」
唯「おぉ、なんかかっこいいよりっちゃん!」
律「だろ?んじゃそういうわけで…」
律「さっそく自販機に突撃だ!!」だっ
唯「了解しましたりっちゃん隊員!」
澪「………」
この2人の仲は相変わらず。
時々手がつけられなくなるぐらいだ。
まるで小さい時からずっと一緒だったような、そんな仲だ。
【音楽室】
梓「あ、ジュリエット先輩!」
律「おい中野。私は律だ」
梓「そうでした、ごめんなさい」
梓「………」ぷるぷる
梓「………ジュ、ジュ律エット。なんちゃって」
律「おい中野。うまいこと言ったつもりかも知れないがな…」
律「それは散々既出のネタだぁー!!!」ガシッ
梓「や、やめてくださいよ先輩…ぷぷっ!」
律「まだ笑うかこんちきしょー!」
澪「………」
梓とも最近よくじゃれあうようになった。
梓は律によく懐いている。
私や唯といる時の梓とは違って、
さながらやんちゃないたずらっ子のようだった。
季節は秋。文化祭のシーズン。
みんな仲が良いのはいいことだ。
軽音部の魅力のひとつはそこだと私も思うし。
けど、ここ最近私はもやもやしている。
これを何と表現していいのか自分でもわからないけど、
とりあえず律が気になって仕方がないのだ。
【教室】
律「なぁームギー。ここの問題がどうしてもわかんないんだけど…」
紬「この問題はね、この解法を利用して…」
律「おぉ、なるほど!やっぱムギは頭いいなぁ」
紬「そんなことないわ。わからないところがあったらどんどん聞いてね?」
律「ありがとう!頼りにしてるよ!」
紬「うふふ」
澪「………」ぎりっ
なんだよムギのやつ。
あんなに律にデレデレしちゃって。
そんな問題ぐらい、私にだって教えられるぞ。
律も律だ。
付き合いが長いんだから私に聞けばいいのに。
わざわざムギのところまで向かって…。
唯「ねぇー澪ちゃん、澪ちゃんってば」
澪「な、なんだ唯?!」
唯「さっきからりっちゃんとムギちゃんのことばっか見てるけど、どうかしたの?」
澪「えっ?!そ、そんなことはないぞ!はは…」
唯「…?変な澪ちゃん」
何日か経って、そのもやもやがはっきりとしたものとなってきた。
律が他の誰かとしゃべってたりするのを見ると、すごく嫌な気分になるのだ。
【休み時間】
律「ムギお願いっ、英語のノート見せて!今日私指されるのに予習やるの忘れちゃって…」
紬「もうりっちゃんったら…。いいわよ、えっと―――」
澪「なぁムギ。ちょっとここがわからないから教えてもらってもいいかな?」
律「あっ、なんだよ澪!私が先だぞ!」
澪「ほら、今日の分の予習は私のノートに書いてあるから」
澪「ムギはこの文どうやって訳してる?」
紬「えっ?あ、うん。ここは…」
【放課後】
律「なぁ唯!昨日のドラマ見た?!」
唯「あっ、見た見た!あれすっごくおもしろかったよね!」
律「もうあのヒロインが超かわいくてさ…」
澪「律。今週は掃除当番だろ?行くぞ」ぐいっ
律「おい何すんだよっ!今唯と話してるところなのにー!」
澪「ごめん唯、ムギと先に音楽室行っててくれ」
唯「んー、わかったー。いこっムギちゃん」
【音楽室】
梓「先輩、口にクリームついてますよ」
律「えっ、どこどこ?」
梓「右のほっぺのとこです」
律「んー…(ごしごし)取れた?」
梓「全然とれてないですよ。いま私がとりますから、じっとしててください」
澪「よし、みんな。練習するぞ!ほら律、早くセッティング」
律「ちょっと待てって澪!これ食べてからでいいじゃん」
澪「だーめだ、もう文化祭も近いんだから」
こんな日が続いていた。
私は律が他の誰かと話したり何かしていないか見張っていた。
ムギや唯、梓はもちろんのこと、
和や他のクラスメイトにもそんなような様子だった。
家に帰ったあとも、特に用も無くメールや電話をしたりしていた。
もしかしたら私以外の人とメールや電話してるかも知れない、
と不安に駆られたからだ。
特にムギに関して私はすごく敏感だった。
最近の2人は特に仲が良かったからかも知れない。
律の口からムギの話が出てくるたびにとても不快だった。
ムギといる時の律はとても楽しそうで、ムギもとても楽しそうだったからだ。
そして後でこれがムギに対する嫉妬だってことに気づいた。
ムギだけじゃない、私は律に近づく人みんなに嫉妬していた。
ある日、部活が終わりいつものように片付けをしていた。
文化祭の準備で時間が合ったので、憂ちゃんも一緒に帰ることになった。
【音楽室】
唯「じゃあ、私とあずにゃんは先に下に憂のとこ行ってるね」
律「おう、わかった」
音楽室は私と律とムギの3人になった。
ムギは戸棚で何かしているようだった。
律「ムギ、何してんだ?」
紬「ごちゃごちゃしてきちゃったから片付けついでにちょっとティーセットの整理してるの」
紬「すぐ終わるからりっちゃんたち先に行っててもいいわ」
律「そんなこと言うなって。私も手伝うよ!」
紬「本当?ありがとうりっちゃん。じゃあこれもってくれる?」
澪「………」ぎりっ
まただ。
またそうやってムギと…。
私の心の中は濁った感情でいっぱいだった。
澪「2人とも。下で唯たちが待ってるから早く行こう」
律「すぐ終わるから待ってろって。なんなら先に一人で行ってていいぞ」
澪「なに言ってるんだ!憂ちゃんもいるんだぞ。あんまり待たせたら申し訳ないじゃないか!」ぐいっ
そんなのこじつけだった。
本当はムギと律を一刻も早く引き離したかっただけ。
私は律の腕をつかんだ。
律「お、おい!いきなりそんな引っ張るなって―――あっ!」
パリーン
いきなりつかまれて体勢を崩したのか、律の手からムギのお皿が落ちて割れてしまった。
律「割れちゃった…」
紬「2人とも大丈夫?!」
律「あぁ、私らは平気。それよりもお皿割っちゃってごめん。これ、見るからに高そうだし…」
紬「ううん、もらいものだから別にいいの。また明日新しいのを持ってくるわ」
律「ごめんな、ムギ…。おい澪!!お前がいきなり腕引っ張るからだぞ!」
なんだよ、律のやつ。
そうやってムギのこと庇うのか?
くそっ、くそっ…。
どす黒い感情が私を覆った。
澪「ふん、律が私の言うことに耳を貸さないからこうなったんじゃないか」
律「…澪。お前、いい加減にしろよ」
律の目が変わった。
律「お前、最近おかしいぞ。何かにつけて私の間に入ってくるし」
律「用もないのに電話とかメールまでして…。何のつもりだよ!私に対する嫌がらせか?」
律「これだってそうだ。まずムギに謝ることが先だろ?!」
紬「いいのよりっちゃん、別に気にしてないから―――」
律「そういう問題じゃないんだよ、ムギ。これは大事なことだ」
律「謝れよ、澪」
澪「そうやっていつもムギムギムギって…」
律「なんだよ」
紬「ちょっと2人とも…」
理性は完全に崩壊していた。
嫉妬で狂ってしまいそうだった。
澪「律の馬鹿!!このわからず屋!!!」
律「はぁ?!なんだよいきなり。お前の方が何考えてるか全ッ然わかんねーよっ!」
澪「うるさい!うるさいうるさい!!」
澪「そんなにムギがいいなら、ムギとずっと一緒にいればいいだろ!!!」
律「………」
澪「あっ……」
律「…もういい」
律「もういいよ。行こうぜ、ムギ」ぐいっ
紬「ちょ、ちょっと待ってりっちゃ―――」
バタン
澪「………」
律はムギを連れて音楽室を出て行ってしまった。
私は音楽室に一人取り残された。
しばらくして失っていた理性を取り戻した。
そして、今頃になって嫉妬の理由に気づいた。
私は、律が好きなんだ。
どうしようもないぐらい、好きなんだ。
誰にも渡したくないんだ。
だけど、もう遅かった。
自分の想いを伝えることが出来ないまま、私は律との関係を壊してしまった。
私はその場に崩れ落ちた。
澪「律…っ。りつぅ…」
私は音楽室で一人泣いた。
不器用な自分が哀れで、惨めだった。
【廊下】
紬「りっちゃん、今のはあんまりよ。澪ちゃんがかわいそう」
律「…なんだよ、ムギまで。私が何か間違ったこと言ったか?」
紬「………ごめんなさい」
律「謝るなよ。ムギは何も悪くないじゃん」
紬「私が余計なことしてないですぐに行けばこんなことには…」
律「………唯たちが待ってる。急ごう」
【校門】
梓「あ、来た」
律「いやー遅くなって悪い!」
唯「あれ?澪ちゃんは一緒じゃないの?」
律「あ、あぁ…。ちょっと先生に用事があるとかで、先行ってていいってさ。な、ムギ?」
紬「う、うん」
梓「どうしたんですかね…」
唯「えぇー、待っててあげようよ」
律「大丈夫だって。澪に気を遣わせるのも悪いし。帰ろうぜ」
【帰り道】
紬「じゃあ私はここで…」
律「おう、また明日」
唯「ばいばいムギちゃん!」
梓「さようなら」
律「私らもここでお別れだな」
唯「うん!りっちゃんもあずにゃんもまたね~」
梓「はい、失礼します」
憂「………」
憂「………」
律さんと梓ちゃんと別れ、私とお姉ちゃんは家に向かっていた。
帰り道、ずっと私は校門での律さんと紬さんの言動が気になってしょうがなかった。
澪さんが一緒に来なかったのは何か別の理由があるんじゃないか。
憂「お姉ちゃん、私このままお買い物に行ってくるね」
唯「えっ?じゃあ私も一緒に行くよ!」
憂「ううん、大丈夫。すぐ済むから」
唯「んんー、わかったぁ」
そう言うとお姉ちゃんは家に向かっていった。
律さんたちはおそらく嘘をついている。
私は踵を返し学校に向かった。
【音楽室】
あたりはすっかり薄暗くなっていた。
私の予想では、たぶん澪さんはここにいる。
私はおそるおそる真っ暗な音楽室の扉を開いた。
ガチャ
憂「………」
やっぱりだ。
澪さんは崩れたように座り込み、誰もいない音楽室で一人泣いていた。
憂「澪さん」
澪「憂ちゃん…どうしてここに…?みんなと帰ったんじゃないのか…?」
憂「律さんたちと一緒に来なかったから、少し不思議に思って引き返したんです」
澪「そ、そっか。ごめんな変な心配かけて…」
憂「何かあったんですか?」
澪「だ、大丈夫。何もないって!ちょっと眠くて寝ちゃってただけだよ」
憂「……嘘」
澪「えっ?」
憂「だって澪さん、泣いてたじゃないですか」
澪「………」
澪「な、泣いてなんか…」
憂「じゃあどうしてそんな悲しい顔をしてるんですか?」
澪「こ、これは――」
憂「話してください。私に出来ることがあれば、協力しますから」
澪「憂ちゃん…」
憂「大丈夫ですよ、私は澪さんの味方です」
澪「……ありがとう」ぽろぽろ
話を一通り聞いた。
澪さんは律さんのことが好きで、嫉妬していた。
特に紬さんにはひどく嫉妬していたようだ。
そして律さんを無意識に束縛するようになってしまい、
今日の放課後に事が起こった、といったものだ。
澪「ははっ、馬鹿だよな私。こんな不器用な真似しか出来なくて…」
澪「好きなのに…。こんなに、好きなのに…」
澪さんは涙を流していた。
憂「そんなこと、ないですよ」
憂「私、澪さんの気持ちすごくわかります」
憂「私もお姉ちゃんのことが好きだから」
憂「でもお姉ちゃんは梓ちゃんのことが好きなんです」
憂「私は不器用な真似も出来ない。ただ、指をくわえて見てるだけ…」
私は泣いている澪さんの中に自分を見ていた。
お姉ちゃんのことが好きな自分。
梓ちゃんに嫉妬している自分。
でも、何も出来ない自分。
だって、私たちは姉妹だから…。
最終更新:2010年09月28日 23:40