【律の部屋】

律「…くそっ」

私は家に帰ってからもずっといらいらしていた。
原因はわかってる。
今日の放課後での一件のせいだ。
最近の澪は明らかに変だった。
私がムギを連れて音楽室を出て行く時、
なんで澪はあんな哀しい目をしていたんだ?
怒っているなら追いかけていつものように拳の一つでも振るえばいいのに。

どうして、泣きそうな顔をしていたんだ?

律「だぁーもぉー!!ちっともわからん!!!」ばふっ

ベッドに飛び込んだ。
考えててもしょうがない、寝よう。
明日になれば、何かわかるはず。
そう思って眠りについた。


【翌日】

唯「あ、りっちゃんムギちゃんおはよー」

紬「おはよう」

律「おいーっす」

澪「………」

律「…澪。おはよう」

澪「あ、あぁ…おはよう」

唯「澪ちゃん元気ないね、どうかしたの?」

澪「ちょっと寝不足でな…」

唯「ダメだよ澪ちゃん!ちゃんと寝なきゃ」

律「お前は授業中ですら寝てるもんな」

唯「寝る子は育つって言いますから!」フンス

律「いや、ほめてないほめてない」


唯の言うとおり澪は確かに元気がなかった。
いつもならケンカしたって次の日には何事もなかったかのように接してるのに。
今だってそうだ。いつもの澪なら絶対に私にツッコミを入れるはず。
あからさまに私は避けられている。
澪の目は腫れぼったくなっていた。
寝不足というより泣き疲れた、といった様子だった。

ガラッ

さわ子「みんなおはよう、ホームルーム始めるわよ」

たくさんの疑問を残したまま、私は席についた。
その日の授業は、まったく頭に入らなかった。


数日が経った。
私と澪は相変わらずまともにしゃべっていない。
教室にいる時も、部活のときも必要最低限のこと以外は澪と会話しなかった。
これにはクラスのみんなや軽音部のみんなも驚いていた。
何人かは心配して声をかけてくれたが、何でもないよと軽く流した。

キーンコーンカーンコーン

午前の授業が終わった。

とんとん

律「ん?」

紬「りっちゃん、ちょっといい?」

律「どうかしたのか?」

紬「ここじゃ話せないから、教室を出ましょ」

私はムギに連れられ、教室を出た。


【音楽室】

律「どうしたんだ?こんなとこまで連れ出して」

紬「ごめんなさい急に。実は澪ちゃんのことで…」

律「澪のこと?」

紬「あの時のこと、ずっと考えてたんだけどね」

紬「澪ちゃん、りっちゃんのことが好きなんじゃないかな…?」

律「…はぁ?」

あまりに突飛なことを言われたので、拍子抜けしてしまった。

律「そ、それはどういうことだよ」

紬「どうもこうも、言葉の通りよ」

紬「最近の澪ちゃんを見てれば、誰だってそう思うわ」

紬「気づいていないのは、りっちゃんぐらいなものよ?」

律「………」

澪が?私を?そんな馬鹿な。

澪『そんなにムギがいいなら、ムギとずっと一緒にいればいいだろ!!!』

でも、もし本当にそうだったのだとしたら…
あの時の澪の意味不明な言葉にも、最近の言動のおかしさにも納得がいく。
ムギは話を続けた。

紬「たぶんだけど、澪ちゃんはずっと前からりっちゃんのことが好きだったんだと思うの」

紬「でも最近りっちゃんは他の人と一緒にいる時間が多くなった」

紬「それで、不安になったんじゃないかしら。りっちゃんが誰かにとられてしまうのではないかって」

紬「まぁ、私が言えたことじゃないんだろうけどね。その不安の一端を担っていたわけだし」

つくづくムギの洞察力に感心した。
本当にこの子は色々と見ている。

律「…そっか」

紬「りっちゃんは、澪ちゃんのことどう思っているの?」

律「ど、どうって…?」

紬「もしも、澪ちゃんがりっちゃんに想いを伝えてきたらどうする?」

律「………」

ムギの目は真剣だった。
そんなこと考えたこともなかった。
澪が、私のことを好き…?
友達としてじゃなく、本当の意味で。
私は?私は澪のことを…

律「私は…その…」

律「よく…わからない」

これが今の正直な答えだった。

紬「りっちゃんは澪ちゃんが好きじゃないの?」

律「…というか、よく実感がわかないよ。そういう対象として見たことがなかったわけだし」

律「ましてや、そういう風に見られてるだなんて思いもよらなかったから」

紬「そっか。ごめんね、答えづらいこと聞いちゃって」

律「いや、いいよ」

紬「ねぇりっちゃん。もうひとつだけ聞いてもいい?」

律「あ、あぁ…」

本当は勘弁してほしかった。
ただでさえ予想外の事実に頭を抱えているんだ。
これ以上余計な考え事を増やさないでくれ、そう思った。

紬「りっちゃんは、私のこと好き…?」

律「えっ…?」

律「ムギ、何言ってんだ…?」

紬「…なぁんて、冗談よ。さ、いきましょ」

律「おっ、おいムギ!」

そう言うとムギはそそくさと階段を下りていった。
なんだよ。澪もムギも何考えてるかわけわかんねぇよ。
私の持つわだかまりは、さらに大きくなっていった。

私は、どうすればいいんだよ…。


【同じ頃 教室】

澪「…はぁ」

律とはあの日から会話していない。
まったく話してないってわけじゃないけど、
どことなくぎこちないし、律が怖くて無意識に避けてる。
今日も昼休みになった途端ムギとどこかに行っちゃったし。
もう、前みたいに戻れないのかな…。

唯「みーおちゃん!お昼食べよ?」

澪「…あぁ、そうだな」

唯「ってあれ?!」

澪「どうしたんだ?」

唯「お、お弁当…忘れた…」

澪「えぇっ?!まったく…私のお弁当食べるか?」

唯「えっ?いいよ澪ちゃん食べなよ!私一食ぐらい抜いたって平気だよ!」

ぐぅ~っ

唯「…やっぱりちょっとだけいただいてもよろしいでしょうか?」

澪「ふふっ、わかった。さ、食べよう」

唯は底抜けに明るかった。
その明るさに、少し救われた。

憂「おねえちゃーん!」

唯「憂?それにあずにゃんまで」

梓「こんにちはです」

唯「あーずにゃーん!」ぎゅっ

梓「や、やめてくださいこんなところで///」

唯「ちぇ~っ」

憂「はい、お姉ちゃん。急いで家出ちゃったから机の上にお弁当置きっぱなしだったよ?」

唯「おぉ…!!ありがとう、ありがとう…」うるうる

梓「どんだけですか…」

憂「あれ、教室にいるのお姉ちゃんだけ?」

唯「澪ちゃんはあそこにいるよ!ムギちゃんとりっちゃんは2人でどっか行っちゃった」

梓「律先輩とムギ先輩がですか?めずらしいですね」

憂(澪さん…)

あの様子だと律さんとは仲直りしてないのだろう。
澪さんを見てすぐわかった。

唯「憂、どうしたの?澪ちゃんの方ばっかり見て」

憂「へっ?!そ、そんなことないよ!ほら、澪さんが待ってるよ」

唯「あ、うん!憂、ありがとう。澪ちゃーん!食べよー!」

そう言うとお姉ちゃんは教室に入っていった。
本当にかわいいなぁ、お姉ちゃん。
でも、お姉ちゃんは梓ちゃんに夢中だ。
そして、梓ちゃんもお姉ちゃんが好きだと思う。

梓「唯先輩、相当お腹空いてたみたいだね…」

憂「………」

梓「憂?」

妹としてお姉ちゃんを支えてあげることが出来れば、それでいい。
私の分まで澪さんにはうまくいってほしい。

私は澪さんにメールを打った。


brrrr brrrr

澪「…メール?」ピッ

――――――――

From:平沢憂

Subject:こんにちは

本文:
澪さん、大丈夫ですか?
すごく元気がなさそうでしたので…。
今日もし暇でしたら少しお話しませんか?
これからのこと、一緒に考えましょう。

――――――――

泣きそうになった。
こんな私に手を差し伸べてくれる憂ちゃんの優しさに。
くよくよしてても仕方がない。
律にちゃんと想いを伝えなきゃ。
すぐに…というわけにはいかないけど。



【放課後】

部活が終わり、帰り道。
私は憂ちゃんと連絡を取った。

prrrr prrrr

ピッ

憂『もしもし』

澪「あぁ、憂ちゃんか?どうすればいいかな」

憂『お疲れさまです。じゃあ、駅前の喫茶店でどうですか?』

澪「わかった。それじゃあまたあとで」

ピッ

足早に喫茶店に向かった。

憂「…さて」

夕食を作り終えた私はエプロンを外し支度を始めた。

ガチャ

唯「ただいまー」

憂「あ、おかえりお姉ちゃん」

唯「ん?憂これからどこか行くの?」

憂「うん、ちょっとね。ご飯はもう作ってあるから、お腹空いたら先食べちゃっていいからね?」

唯「はーい」

憂「それじゃ、いってきます」


【喫茶店】

喫茶店に向かうと、澪さんはすでに待っていた。

憂「すいません、待たせてしまって」

澪「いや、私も今来たところだから」

私と澪さんは喫茶店に入った。
適当に飲み物を注文して、本題に入った。

憂「それで、律さんとはあれからどうなんですか?」

澪「うん…全然話せてない。話したとしても、本当に業務的なことだけ」

澪「やっぱり、嫌われちゃったのかなぁ…」

澪「他の人には相変わらず嫉妬しちゃうし、でも律とは話せないし」

澪「もう私、どうしたらいいのか…」うるっ

憂「………」

やっぱり律さんとは気まずいままのようだ。
私の中でかっこいいイメージしかなかった澪さんに、
こんな女の子らしい部分があることに少し驚いた。

憂「澪さん、少し考えすぎなのかも知れませんよ?」

澪「考えすぎ?」

憂「はい。澪さんが思うより、律さんはそのことを気にしてないかもしれないってことです」

澪「でもそれって、律が私に興味ないってことじゃあ…」ずーん

憂「あっ!ち、違いますよ!そういう意味じゃなくて!」

憂「律さんが一番この状況に困惑してるんじゃないかってことです」

憂「もしかしたら、律さんも今までみたいに普通に澪さんと接したいと思ってるのかもしれません」

憂「だから、今までみたいに普通に律さんに接してみたらどうですか?」

たぶん一番わけがわからないのは律さんだと思う。
ちゃんとした原因も分からず、澪さんと気まずい関係になっているのだから。
それにしても、律さんも鈍いなぁ。

澪「でも、もしそうじゃなかったらどうしよう。本当に嫌われちゃうかも…」

憂「大丈夫ですよ、勇気出してください。想いを伝えるときはもっと勇気が必要になるんですよ!」

澪「…うん、それもそうだな。頑張ってみるよ!ありがとう憂ちゃん」

憂「いえ、こんなことでよければいつでも」

澪「なんか年下には思えないよ…。本当にありがとう」

澪「長くしちゃってごめんな。帰ろうか」

憂「はい」

私と澪さんは喫茶店をあとにした。


【平沢家】

ガチャ

憂「ただいまー」

唯「お、おかえり…」げっそり

憂「お姉ちゃん、まだご飯食べてなかったの?!」

唯「う、うん…」

唯「だって憂と一緒に食べたかったから。一人で食べてもおいしくないよ」

憂「お姉ちゃん…」

憂「今、用意するからね!」

唯「いっぱい待ったんだから、アイスもだよ!」

憂「はいはい」

あぁ、私はお姉ちゃんのこういうところが大好きなんだなぁ。
同時に、もどかしさも感じた。


【澪の家】

澪「…ふぅ」

お風呂から上がった私は今日一日を振り返った。
憂ちゃんと話して少し気が楽になった。
そして、これからどうすればいいかわかってきた。
待ってろよ、律。
私はお前を諦めないからな。
もう泣かない。泣くもんか。
絶対に振り向かせてやるんだからな。

澪「いよぉーし、頑張るぞぉー!!!」

澪「………」

澪「うわあぁぁぁ。大声で何を言ってるんだ、恥ずかしい…」

恥ずかしさのあまり布団の中でじたばたしていた。


【翌日】

澪「おはよう、唯」

唯「おはよう澪ちゃん。今日は元気そうだね!」

澪「そうかな?」

唯「昨日全然元気なかったから心配だったんだよ~?」

澪「ごめんな、心配かけて。今日はちゃんと弁当持ってきたか?」

唯「だいじょーぶ!」フンス

紬「おはよう」

澪「ムギもおはよう」

律「…ういーっす」

唯「あ、りっちゃんおはー!」

澪(……よし!)

澪「律、おはよう」

律「へっ?!あ、あぁ。おはよう」

澪「なんだよ律。おはようぐらいでそんなびっくりすることないじゃないか」

律「び、びびびっくりなんかしてねーやい!」

唯「今日はりっちゃんが変な日だねぇ」

紬「あらあら」

律「………」

そりゃあびっくりするさ。あまりに自然に挨拶されたんだから。
ここ数日の澪は何だったんだろう、そう思わせるぐらい普通の澪だった。
まぁ色々疑問に思う部分はあるけど今はいいか。
私はこれまで通り澪と接していればいいんだ。


結局今日一日何事もなかったかのように澪と過ごした。
多少のぎこちなさはあったけど…。
なぜか私よりみんなの方がほっとしていた。
そんなに私たち心配かけたのか…?


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最終更新:2010年09月28日 23:41