【平沢家】

憂「えっ?澪さんが休み?」

帰ってきたお姉ちゃんはそう言った。

唯「うん、なんか体調がよくないみたい」

憂「そっか…」

澪さんに何があったのだろう。
お姉ちゃんと食事を食べ終わった後、
私は部屋に行き澪さんに電話をかけた。

prrrr prrrr

prrrr prrrr

出なかった。
何があったんだろう…。


【澪の家】

澪「…はぁ」

怒鳴り散らしてしまった。
ごめん、律。
でもお前にはもうムギがいる。
私に構う必要なんてないんだよ。
頭ではわかってても辛かった。
明日も学校、休もうかな…。

brrrr brrrr

澪「ん…?」

憂ちゃんからだった。
たぶん、唯から今日私が学校を休んだことを聞いたのだろう。
心配して電話をかけてくれているのだ。
私にはその心遣いがうれしかった。
でも、今日は一人にしてほしい。
ごめんな、憂ちゃん。

私は携帯の電源を切り、部屋で一人うずくまっていた。



【学校】

律「………」

翌日、澪は昨日言った通り学校に来た。
しかし、とてもじゃないがまともな様子ではなかった。
和や他のクラスメイトも心配で声をかけていた。
そのたび澪は『大丈夫』『何ともないよ』と言っていた。
見え見えの嘘だった。

澪にごめんと言いたかった。
言いたいことがたくさんあった。
しかし澪との間に出来た溝はあまりに大きく、深かった。

澪…。



【平沢家】

私は夜ご飯を作りながら澪さんのことを考えていた。
結局昨日はあの後澪さんから何の連絡もなかった。
それどころか携帯の電源を切ってしまっていたようだ。

brrrr brrrr

電話が鳴った。
画面には澪さんの携帯番号。
私は間髪入れず通話ボタンを押した。

ピッ

憂「澪さん?」

澪『…もしもし』

澪『昨日はごめんな』

憂「いえ、大丈夫です」

澪『私が休んだって唯から聞いて、電話してくれたんだろう?ありがとう』

憂「何かあったんですか…?」

澪「………律とムギが付き合ったんだ」

憂「えっ…?」

澪さんは淡々と言った。

律さんの馬鹿…。
どうして澪さんの想いに気づかないんですか?
あんなに、あんなに好きなんですよ?
律さんの挙動に一喜一憂して、いつも律さんのこと考えてて…。
それなのにどうして…。

澪『なぁ、憂ちゃん…。今から、会えないかな…?』

澪『ちょっとだけ、甘えさせてほしい…』

憂「…待っててください」

ガチャ

私は家を飛び出した。
澪さんの家に向かって。



【澪の家】

ピンポーン

ガチャ

澪「いらっしゃい。ごめんな、忙しいのに」

憂「いえ、大丈夫です」

澪「さ、あがって。少し汚いかもしれないけど」

憂「はい、おじゃまします」

私は澪さんの家にお邪魔した。
澪さんは右足に包帯を巻いていた。

澪さんの部屋に入る。
無駄なものがない、シンプルで澪さんらしい部屋だった。

澪「………」

憂「澪さん…?」

澪「………」

ぎゅっ

憂「わわっ…」

澪さんは私に抱きついてきた。

澪「憂ちゃん。もう、つらいよ…。嫌だよ…。何もかも…」

憂「澪さん…」

私は、澪さんを抱きしめた。


どうして報われないんだろう。
こんなに好きで、あんなに頑張っているのに。
澪さんには私と同じようになってほしくない。
どうあがいても報われることのない私のようには…。

憂「澪さんの想いは、いつかきっと律さんに伝わりますよ」

憂「だって、こんなに好きじゃないですか」

薄っぺらい言葉だ。
そんな確証はどこにもない。
だけど、今の私にはそれくらいしか出来ない。
そう言って、澪さんを抱きしめることしか。

澪「憂ちゃん…憂ちゃん…」

憂「はい。私はここにいますよ」

澪「うっ、ううっ、うわあああああああん」

澪さんは大声で泣いていた。



【平沢家】

憂「ただいま…」

私の足取りは重かった。
澪さんから電話があってすぐに家を出たからご飯もまだ作りかけだったし、
何よりお姉ちゃんが帰ってくる前に家を出たから心配させたに違いなかった。

唯「あっ、憂!どこ行ってたの?!」

お姉ちゃんはいつもより声を荒げて言った。

憂「…ごめんなさい」

唯「んもう、どっか行ったならちゃんと連絡してね?私すごく心配したんだから」

憂「お姉ちゃん…」

唯「罰として、今日はアイス2本だからねっ!」

唯「お腹空いたよ、早くご飯食べよう?」

憂「……うん」

お姉ちゃんは怒らなかった。
むしろ私のことを心配していた。
涙が出そうになった。
ごめんね、お姉ちゃん。
そして、ありがとう。
そんなお姉ちゃんが、私は大好きです。

唯「いただきまーす」

憂「はい、どうぞ」

今日はちょっと遅めの晩御飯。
お姉ちゃんは余程お腹を空かしていたのか、
あっという間にご飯をたいらげてしまった。


食後、お姉ちゃんはアイスを食べながら私に話しかけた。

唯「ねぇ、憂」

憂「なぁに、お姉ちゃん?」

唯「今日どこに行ってたの?」

憂「…!」

憂「それは…」

唯「言えないようなところに行ってたの?」

憂「そ、そういうわけじゃないよ!」

唯「なんか最近の憂、よく携帯いじってるし出かけたりしてるし…」

憂「………」

確かにお姉ちゃんの言うとおりだ。
最近はもっぱら澪さんとメールや電話のやりとりをしているし、
ちょくちょく会っていた。
お姉ちゃんが不思議に思うのも当然だった。
しかし、澪さんのことをお姉ちゃんに言っていいのだろうか…。

唯「なにか私に隠し事してない?」

憂「………」

唯「うい…?」

お姉ちゃんにずっと黙っていたのには理由があった。
あまりこのことを他言したくはなかったのだ。
澪さんにかえって負担になると思ったから。
だけど、今の私はお姉ちゃんにたくさん心配をかけている。
お姉ちゃんにはいつだって笑っていてほしいし、のびのびと毎日を過ごしてほしい。
余計な不安を持ってほしくなかった。
それに、もしかしたらお姉ちゃんも色々力になってくれるかも知れない。
私は澪さんのことをお姉ちゃんに話すことにした。

憂「…実は―――」



唯「………」

唯「そっか、そういうことだったんだね」

憂「うん…。黙っててごめんね?お姉ちゃん」

唯「いいよいいよ。なーんかりっちゃんもムギちゃんも澪ちゃんも最近変だったからさー」

唯「普通なのはあずにゃんだけだね!」

憂「そう、だね…」

胸の奥がチクッとした。
違うよお姉ちゃん。
梓ちゃんは…
梓ちゃんは、お姉ちゃんのことが好きなんだよ。


【学校】

憂「あ、お姉ちゃん」

唯「お、憂にあずにゃん!」

梓「こんにちは、唯先輩」

憂「お姉ちゃん、澪さんの様子はどう?」

唯「う~ん、相変わらず…」

憂「そっか…」

梓「澪先輩、大丈夫ですかね…」

澪さんが学校に来てからすでに数日が経っていたが、
相変わらず元気がないようだった。

唯「大丈夫だよあずにゃん。なるようになるって!」

梓「その自信はどこから出て来るんですか…」

唯「まぁまぁ。はい、あずにゃん!こんにちはのちゅ~」

梓「ひっ!ち、近づかないでくださいっ」ずいっ

唯「んもう、あずにゃんのいけずぅ」

梓「だ、ダメなものはダメです///」

唯「ちぇーっ、まぁいいや。また後でね!」

梓「は、はい」

憂「ばいばいお姉ちゃん」

梓「………」

梓「…ねぇ、憂。ちょっといいかな」

憂「…?」

そう言うと梓ちゃんは私を人気のない廊下に連れ出した。

憂「どうしたの?梓ちゃん」

梓「ごめんね、いきなり」

梓「憂には言っておきたくって…」

憂「?」

梓「…私ね。唯先輩に告白しようと思うんだ」

憂「えっ…?」

梓「私、唯先輩のことが好き」

梓「さ、さっきのだって…ほ、本当はしたかったなぁなんて…////」

梓「って、そんなこと言いたいんじゃなくて!!!」

梓「そ、そりゃだらしないし、お菓子ばっかり食べてるし、すぐ抱きついてくるけど…」

梓「でも、そんな唯先輩のことがずっと好きなの」

憂「そう…なんだ…」

憂「大丈夫だよ…。梓ちゃんなら」

憂「きっと、うまくいくよ…」

梓「うん、頑張る。ありがとね、憂」

憂「実ると、いいね…」

予想は出来たのに。
いつかこんな日が来るってわかってたのに。
お姉ちゃんのこと…梓ちゃんに渡したくない。
でも私は割り切ったんだ。
姉妹なんだから、好きだって伝えたところでどうすることも出来ないって。
だからお姉ちゃんの幸せを、傍で支えてあげようって。
そう決めたのに…。
どうして、こんなに胸が苦しいの…?


【放課後】

梓「…ふぅ」

今日は久しぶりに部活をした。
全員が揃うやいなや、さっそく練習を始めた。
会話も全然なかった。
ティータイムのなかった部活なんて初めてかも。
けど、練習はとてもじゃないが楽しいと言えたものではなかった。
澪先輩も律先輩もムギ先輩もどことなく元気がなくて、演奏にもそれが出てた。
練習がたくさん出来たのはよかったけど、なんだろうこの重たい空気…。

部活が終わると澪先輩はそそくさと帰った。
それに続くように、律先輩とムギ先輩も一緒に帰って行った。

音楽室には、私と唯先輩の二人きりだった。
今しかない。そう思った。
部活がこんな状態で想いを告げるのはどうかと思ったが、
唯先輩とこうして二人きりになれる機会なんてめったになかったし、
何よりもう我慢出来なかった。この気持ちを、伝えたかった。

梓「あの、唯先輩…」

唯「ん?どうしたのあずにゃん」

梓「お、お話があるんです…」

唯「おぉっ、あずにゃんお悩みごとかい?いいよ、私が聞いてしんぜよう!」

梓「ま、真面目に聞いてください!」

梓「すぅー…っ、はぁーっ…」

私は大きく深呼吸をした。

梓「私、先輩のことが好きです」

唯「どうしたの急に?私もあずにゃんのことは大好きだよ!」

梓「そういう、好きじゃないんです」

唯「…?」

梓「私と、付き合ってほしいんです。そういう好きなんです」

唯「………」

私は先輩に想いを告げた。
ずっと先輩のことを見ていたかった。
先輩にも私のことをずっと見てほしかった。
ただそれだけだった。

梓「………」

しばしの沈黙。
実際には数分も経ってないのだろう。
しかし私にはそれが永遠のように感じた。
そして、唯先輩は口を開いた。

唯「…ごめんね」

梓「えっ…?」

先輩の口から「ごめんね」の一言。
その言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。
私、フラれたの?
私の恋は、実らなかったの?
頭が真っ白になった。

いつの間にか頬に涙が伝っていた。

唯「あずにゃん…?」

梓「………」

梓「どうして…ですか…」

梓「私を、弄んでいたんですか…?」

梓「先輩、ひどいです…。私を、こんな気持ちにさせておいて…」ぽろぽろ

むちゃくちゃだった。
何を言っているんだ私は。
先輩を責めているわけではない。
ただ、先輩にフラれたという現実を受け入れたくなかったのだ。

梓「私じゃ、ダメなんですか…?」

梓「唯先輩…好きなんです。私、すっごくすっごく好きなんです…」

諦めきれなかった。
こんなに誰かを好きになるのは初めてだから。
見苦しくても、みっともなくてもいい。
唯先輩に応えてほしかった。

唯「ごめんね、あずにゃん」

二回目の「ごめんね」
あぁ、もう本当にダメなんだな。
私は事実を受け入れた。
そのあとのことはあんまり覚えてない。
泣きながら音楽室を飛び出したことぐらいしか。


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最終更新:2010年09月28日 23:43