【憂の部屋】

憂「………」

梓ちゃんの話を聞いてからの私は、何もする気になれなかった。
ただぼうっと授業を受け、家に帰り、部屋にこもっていた。
お姉ちゃんが帰ってきたら、どんな顔をすればいいんだろう。

こんこん

がちゃ

唯「憂、ただいま」

憂「…おかえり、お姉ちゃん」

お姉ちゃんが帰ってきた。
今できる精一杯の笑顔で迎えた。
きっと引きつっているだろうけど。

唯「憂、あのね…」

唯「今日ね、あずにゃんに告白されたんだ」

知ってるよ、お姉ちゃん。
それを伝えに来たということは、
梓ちゃんと付き合うことになったんだね。
おめでとう。お姉ちゃん。

憂「そっか…。よかったね、お姉ちゃん。梓ちゃんを幸せにしてね?」

唯「…違うよ。私は告白を断ったんだよ」

憂「えっ…?」

お姉ちゃんが梓ちゃんを振った?
そんなわけない。何かの冗談だ。
認めるのは辛いけど、二人はお似合いだよ。
なのに、どうして?

憂「どうして振ったの…?お姉ちゃんだって梓ちゃんのことが好きなんでしょ?」

憂「梓ちゃん、お姉ちゃんのこと大好きなんだよ?」

唯「――――うい!」

憂「おねえ―――?」

何が起きたかわからなかった。
目を開けると、お姉ちゃんの顔がすぐ近くにあった。
そして、唇にはあたたかくてやわらかい感触。
私はお姉ちゃんにキスされたのだ。

憂「…んっ」

唯「そんなこと、言わないでよ…」

唯「私が、好きなのは…憂なんだよ」

憂「えっ―――?んんっ…」

私はもう一度お姉ちゃんにキスをされた。
さっきよりも強く、深く、そして長く。
心臓がすごい速さで鳴ってる。

お姉ちゃんが本当に好きなのは、私…?

憂「お姉ちゃん…」

唯「澪ちゃんのところに行かないでよ」

唯「私だけを見ててよ…」

澪さんとのことを話した時お姉ちゃんの顔が一瞬曇っていたのを思い出した。
その時は気のせいかと思っていた。
うれしい、本当にうれしい。
でも、ダメなんだよお姉ちゃん。

憂「…ダメだよ。私たち、姉妹なんだよ…?」

憂「梓ちゃんと付き合いなよ…。きっと、うまくいくよ…」

唯「そんなの…」

唯「そんなの、関係ないよ」

憂「…!」

唯「憂は、私のこと好きじゃないの…?」

好きに決まってる。
ずっとずっと好きだった。
届かないと思ってても、叶わないとわかってても、
お姉ちゃんが大好きだった。

憂「私、お姉ちゃんのこと好きでいていいの…?」

唯「なに言っているの、憂」

そう言うとお姉ちゃんは私をベッドに押し倒した。

唯「憂は、誰にも渡さない」

唯「ずっと、私のものだから」

憂「お姉ちゃん…」

憂「んっ………」

――――――
――――
―――
――


【翌日】

澪「………」

みんなとは少しずつ、少しずつだけど話すようになった。
それでも話はぎこちないし、すぐに避けてしまう。
学校に行くことが苦痛以外の何物でもなかった。
だけど、文化祭も着実に迫っている。
クラスの劇だってライブだって精一杯やりたい。
最後の文化祭なんだから。
そう思って頑張れる根底には憂ちゃんの存在があった。
憂ちゃんが私の支えとなっているから、頑張れるんだ。
最近憂ちゃんとは連絡をとっていなかったし、憂ちゃんからの連絡もなかった。
私に気を遣ってくれているのだろうか。

今日学校から帰ったら、久しぶりに連絡をとってみよう。
律とのことも、色々話したいし…。

唯「澪ちゃん、おはよう」

澪「あぁ…、おはよう」

こうして私に気兼ねなく挨拶してくれるのも今は唯だけだった。


午前の授業。
私はいつものようにペンを走らせていた。
唯は寝息を立てて寝ているし、
律は机に突っ伏していた。(寝ているのかわからないけど)
ムギは時折律のことを目にやりながらも、真面目に板書を写してる。

憂ちゃんと話しがしたい…。
そう思いながら授業を受けていた。

キーンコーンカーンコーン

唯「澪ちゃん、ちょっといい?」

澪「ん…。どうしたんだ唯?」

授業が終わったのと同時に私は唯に呼ばれた。
何の話だろう、めずらしく唯の顔が真剣だった。
そして私は唯に空き教室に導かれた。

澪「唯。こんなところまで連れてこなくてもよかったんじゃないのか?」

唯「澪ちゃん」

唯「もう、憂に近づかないで」

澪「えっ…?」

唯「憂はね、私のものなの」

唯「私は憂のことが大好きだし、憂だって私のことを誰よりも愛してる」

唯「だからもう憂に関わるのはやめて」

わけがわからなかった。
憂ちゃんに近づくな?
憂ちゃんのことが好き?

さっきから何を言ってるんだ唯は。
唯は梓が好きで、梓も唯が好きで。
そういう関係だったんじゃないのか?

澪「どういう…ことだよ…」

唯「私と憂は結ばれたの」

唯「好きな人には自分だけを見ていてほしいって思うのは当然でしょ?」

澪「…梓は」

唯「え?」

澪「梓はどうしたんだよ。梓は唯のこと、好きなはずだろ?」

唯「昨日あずにゃんに告白されたよ。でも断った」

澪「唯は、梓のことが好きだったんじゃないのか…?」

唯「あずにゃんのことは確かに好きだけど、それはあくまで後輩として」

唯「あずにゃんには悪いことをしたと思ってる」

澪「………ひどい」

唯「私は、自分の気持ちに正直に動いただけ」

淡々と語っていた。
こんなに冷たい目をした唯は見たことがなかった。

唯「憂も澪ちゃんにはお世話になったと思う」

唯「澪ちゃんと同じような境遇にいたからね」

唯はここ最近の私と憂ちゃんのことを知っていた。

唯「でも今の憂は澪ちゃんのことなんか頭にないよ」

やめろ、やめてくれ。

唯「昨日の晩、澪ちゃんのことを忘れてしまうぐらい私が憂を愛したから」

奪わないで…。

唯「もう憂は澪ちゃんのところには来ない」

私の支えを。

唯「そういうことだから、じゃあね」

ただ一つの拠り所を、奪わないでくれ…。



そう言うと唯は教室に戻っていった。

もう私は一人で立つことが出来ない。
支えが、なくなってしまったから。
頑張れる理由も失った。

教室には戻らなかった。
そのまま、宙に浮いたように家に帰った。
もう9月も半ばだというのに、照りつける日差しが眩しかった。

さようなら、みんな。



律…大好きだよ。


ガラッ

さわ子「誰か、秋山さんのことを見ていない?」

教室でさわちゃんがそう言った。
もう5時間目は始まっていた。
澪の机は空いていた。

さわ子「早退かしら?でも保健室には来ていないみたいだし…」

澪が早退なんて中途半端なことをするわけがない。
何より荷物がまだある。
どこで何してんだよ…。
私は澪が心配でならなかった。

紬「………」



【放課後】

部室に来たのは私とムギだけだった。
唯は用事があるからとそそくさと帰って行った。
梓も来なかった。聞いたところによると今日は学校を休んだらしい。
そして澪も戻って来なかった。。

重苦しい空気が流れた。

律「…帰ろうか」

ムギにそう呼びかけ音楽室を出ようとしたときだった。

紬「…待って」

ムギに腕をつかまれた。

律「どうしたんだよ、ムギ」

紬「ねぇ。りっちゃんは今、どこを見てるの…?」

どこを見てる?
私はその質問の意味がわからなかった。

律「ど、どういう意味だよ?」

ムギは答えなかった。
そして、また口を開いた。

紬「りっちゃんは、私のこと好き…?」

あの時と同じ言葉を口にした。

紬「私たち、付き合ってるんだよね…?」

紬「今度は答えてくれてもいいでしょ…?」

律「………」

ムギは目に涙をためていた。
不安でしょうがない様子が手に取るようにわかった。
それもそのはず。
ムギと付き合って以来…
いや、正確にはあの時澪の涙を見てから。
私は澪のことで頭がいっぱいだったからだ。

律「………」

紬「…やっぱり、言ってくれないのね」

紬「そうよね、りっちゃんが本当に好きなのは…」

紬「澪ちゃんだもんね」

律「……!!!」

――私が、澪を好き。

そっか。だからこんなに胸が苦しかったんだ。
私はずっと好きだったんだ、あいつのこと。


紬「…やっぱり」

紬「そういう顔をするってことは、そうなのね」

今の私はいったいどんな顔をしているのだろう。

紬「私、りっちゃんが本当は澪ちゃんのことが好きなんだってこと気づいてた」

紬「りっちゃんは、本当に鈍感だよね…。人にも、自分にも」ぽろぽろ

まったくその通りだった。
人の気持ちにも、自分の気持ちにも気づかない。
情けない。本当に情けなかった。
傷つけなくていい人まで傷つけて。
何かを失わなければ気づかない。
本当に私は間抜けだ。

紬「…馬鹿。りっちゃんの馬鹿」

律「…ごめん」

謝ることしか出来なかった。

紬「馬鹿、鈍感、分からず屋、いい格好ぶり」

律「ごめん…」

紬「でも…」

紬「私はそんなりっちゃんが好きで好きでしょうがない…」

紬「1番じゃなくてもいいから、澪ちゃんの次でいいから…」

紬「私を…りっちゃんの傍にいさせてください…」

律「………」

律「………」

ムギは大粒の涙を流しながら訴えていた。
もしここで私がムギの願いに応えてしまったら、
また振り出しに戻ってしまう。何も変わりはしない。

でもそれじゃあダメなんだ。
私が本当に好きなのは、澪なんだから。

律「…ごめん、ムギ」

紬「いやよ、そんなの…!絶対に、嫌…!!!」

ムギは力を込めて私の腕を掴んだ。

律「…私、行くよ。澪のところに」

律「澪のことが、好きだから」

律「…ありがとう」

私はムギの手を払った。

紬「待って!!!」

紬「行かないで…!行かないでよりっちゃぁん…」

律「…ごめん」

バタン

紬「うっ、ううっ…。りっちゃん…、りっちゃぁん…!」


泣き崩れるムギを後ろに、私は音楽室を駆け出した。


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最終更新:2010年09月28日 23:44