11月27日
医学部模試の結果が返ってきた。
理Ⅲ志望者の中では私が一位だった。
まさかトレーニングがこんなに凄いものだとは思わなかった。
学校の先生もやたら誉めちぎってきたけど、手の平返しな気がして、むしろ気分は悪くなった。
何で自分より頭の悪い人にものを教わらなきゃいけないんだろう。
12月5日
和ちゃんが、急に勉強できるようになったけどどうしたの?と聞いてきた。
いつもみたいに誤魔化す事も出来たはずなのに、私は塞きが切れたように泣いてしまった。
今まで隠しててごめんね。
和ちゃんは私が障害を克服する前から仲良くしてくれていたから、私は和ちゃんを信じて、この日記を見せた。
和ちゃんは日記を読み終わると、「今まで大変だったね。話してくれてありがとう。」と言って私の頭を撫でてくれた。
和ちゃんと友達で本当に良かった。
和ちゃんがいなかったら、私はずっと一人だった。
本当にありがとう。
平沢 唯
1月26日
センター試験の自己採点。
試験の日は、憂がやたら心配してくれたけど、私はもう大丈夫。
私はセンター試験始まって以来、初の全教科満点だった。
さすがに先生も引いていた。
多分、不正行為があったと思っているのだろう。
クラスの人達もどことなく私と距離を置いている。
それでも軽音部のメンバーはいつもと変わらず接してくれている。
ありがとう。
平沢 唯
2月1日
今日、病院の先生と口論になった。
私が理Ⅲに合格したら、私の事を学会で報告するつもりらしい。
今までの事も、論文に纏めていたようだ。
私の存在が世間に知られたら、友達がいなくなるのは明らかだ。
それが分からない程、今の私は馬鹿じゃない。
私は頑なに拒否し続けた。
先生がこんなに醜く見えたのは初めてだ。
私は実験用のマウスじゃない。
平沢 唯
3月4日
澪ちゃんが志望大学に落ちてしまった。
正直、私なら絶対に落ちないような大学だ。
澪ちゃんもそれを理解していて、複雑な顔をしていた。
和ちゃんも澪ちゃんもムギちゃんも、私より勉強しているのに、私のほうが成績は上だ。
罪悪感で胸が痛い。
私は手術のおかげで勉強ができるようになっただけの卑怯者だ。
まるでロボットだ。
酷く憂鬱なので、今日はもう寝たほうがいい。
平沢 唯
3月15日
今日で私は桜高を卒業した。
和ちゃんとも、軽音部のみんなとも、もう毎日会えなくなる。
悲しい。
悲しいけど、ほっとしている自分が嫌だ。
結局、みんなには私の頭の事は話せなかった。
ごめんなさい。
いつか私が強くなったら話します。
来月からは王子で一人暮らし。
理Ⅲトップ合格は嬉しかったけど、罪悪感は拭えない。
平沢 唯
4月20日
軽音サークルの新歓コンパ。
さすが最高学府だけあって、話していて楽しい。
特に、3年の男の先輩とは意気投合して、ギターの話で盛り上がった。
初めてお酒を飲んだ。
美味しくない…けど楽しいから良しとしよう。
でも私は姑息な手段を用いたから、この場にいられるだけだ。
私の過去が知られたら、きっと軽蔑される。
隠し続けるのは嫌だ。
でも知られるのはもっと嫌だ。
平沢 唯
5月5日
GWに、先輩に告白された。
私は彼と付き合う事にした。
初めての恋人。
彼にはいつか私の過去を打ち明けようと思う。
今日は久しぶりに幸せな気持ちでベッドに入れそうだ。
平沢 唯
5月20日
正直、このサークルの演奏はレベルが低い。
軽音部に戻りたい。
あずにゃんの上手なギター
澪ちゃんの丁寧なベース
ムギちゃんの綺麗なキーボード
りっちゃんの力強いドラム
もう一度みんなと演奏したい。
平沢 唯
5月29日
恥ずかしいけど書きます。
今日、初めて彼に抱かれました。
痛かった。
本当に痛かったけど、幸せだった。
この気持ちを忘れないように、詳細を書きます。
彼の部屋で、彼は私にキスをした。
そのまま私の上着の中に手を~
澪「ちょっ、ちょっと待て!ここは読み飛ばそう!」
和「そ、そうね…」
律「いや、もう私ら70だし、恥ずかしがる事でもないだろ」
紬「りっちゃん、女はいくつになっても女なのよ?」
澪「そうだぞ律!さ、次いこう次!」
律「ちぇー!」
ペラッ
6月10日
窓の外では、まだ雨が降り止まない。
洗濯物が乾かない。
昔、憂が嘆いていた気持ちがよくわかった。
今日は一日中私の部屋で彼と寝ていた。
彼は何度も私にキスをして胸~
澪「って、またかよ!」
和「…大学一年生なんて、大体こんなもんよね…」
澪「赤裸々すぎだろこれは…」
和「唯は昔から一つの事に夢中になると他の事は忘れちゃう子だったから…」
律「なんだよ、また読み飛ばすのかよ」
澪「当たり前だ!全く、頭が良くなっても、唯は唯だな…」
紬「あ…と、とりあえず続き読もう?///」
ペラッ
6月29日
明日、彼に全てを話そうと思う。
物凄く怖いけど。
彼ならわかってくれるはず。
りっちゃんや和ちゃんみたいにわかってくれるはず。
神様、お願いです。
私に勇気を下さい。
平沢 唯
6月30日
彼に日記を見せた。
私は初めて、能動的に過去を話した。
彼は笑って、大丈夫だよと言ってくれた。
でもその笑顔が引き攣っている事に私は気付いてしまった。
やはり見せるべきではなかったのだろうか。
怖い。
不安だ。
和ちゃんに会いたい。
りっちゃんに会いたい。
澪ちゃんに、ムギちゃんに、あずにゃんに会いたい。
久しぶりに憂に電話した。
憂、ありがとう。
平沢 唯
7月5日
最悪の日。
彼が別れ話をしてきた。
彼は「障害が理由じゃない」と何度も言っていたが、それは欺瞞だ。
私は彼より頭がいい。
それくらいは見抜ける。
今日は一日中ベッドの上で泣きながら過ごした。
平沢 唯
7月14日
最近、ネットを弄るようになった。
そこは、かつての私のような人間…つまり知的障害を持った者に対する、批判、侮蔑、差別で満ちていた。
表面上は皆、優しい。
でも腹の底では私の様な人間を蔑視している。
事実、今の私がそうだ。
出来の悪い人間を見下し始めている。
最低だ。
平沢 唯
8月2日
今日、私が実験に選ばれた理由を先生が明かした。
私は人の幸せを願える綺麗な心根を持っていたから、知能が発達しても問題ないと判断されたかららしい。
先生は見当違いもいいところだ。
今の私は人を見下し、侮蔑している最低の人間だ。
実は和ちゃんやりっちゃんも、腹の底では私を疎ましく思っていたのではという疑念が渦巻いてしまう。
友達は信用したいのに。
そもそも、友達の定義わからなくなった。
私は一方的に甘えるだけで、人の役に立ったことがかつてあっただろうか。
平沢 唯
9月1日
久しぶりにりっちゃんに会った。
りっちゃんはトレードマークだったカチューシャを外して、前髪をおろしていた。
最近彼氏ができたらしく、イキイキしていた。
こんなにかわいいりっちゃんを見たのは始めてだ。
それが私を苛立たせた。
自分の卑屈さが嫌になる。
吐き気がする。
頭が悪いままだったら、こんなに悩む事もなかったのかな。
平沢 唯
10月4日
今日も大学を休んだ
平沢 唯
10月6日
ギター…ギー太をしばらく触ってなかったので、弾いてみる事にした。
メンテナンスをしていなかったので、コンディションは劣悪だ。
あずにゃんが見たら怒るだろうな。
不細工な音色が今の自分にはよく似合っていた。
高校時代を思い出して泣いた。
私はギー太を床に放り投げて、今、日記を書いている。
最低です。
平沢 唯
10月10日
一年前のこの日、私は軽音部を引退した。
あの時は最高の相方だったギー太が今は歪な音を立てるだけだ。
ギー太までが私を嫌う。
平沢 唯
10月11日
イライラしてギー太を投げた。
ネックが折れた。
酷く錯乱しているのが自分でも分かった。
ごめんねギー太。
平沢 唯
11月2日
平沢 唯
11月7日
平沢 唯
11月10日
死にたい
平沢 唯
11月20日
今日、先生と相談して、トレーニングはやめる事にした。
知能の向上に対して精神が追いついていなかったらしい。
そのため、ある程度知能を下げたほうが、私にとってはいいようだ。
先生は残念そうだった。
でも今の状態が改善されるなら、私は馬鹿になっても構わない。
平沢 唯
12月9日
トレーニングをやめてからは気分が良くなってきた。
昔の日記を読み返すと、ちょっと私やばかったなーと思う。
いっそ馬鹿なほうが人生楽しいのかな。
でも馬鹿になったらまた独りだ。
このジレンマはいつまで私を苦しめるのだろう。
平沢 唯
1月10日
大学の講義についていけなくなってきた。
今までは知能の高さでカバーしていたに過ぎず、コツコツ勉強していたわけではない。
人並みの知能になったらそりゃこうなるよね。
なんで医学部なんて入ったのかなあ…。
平沢 唯
4月19日
大学をやめた。
憂も和ちゃんもわかってくれた。
それだけは救いだった。
平沢 唯
最終更新:2010年07月03日 05:10