紬「梓ちゃん、整理運動きちんとした?

梓「はい、バッチリです」ズズズズ

紬(やっぱり……足引きずってる)

梓「どうしました?」

紬「梓ちゃん、靴下脱いで足を見せて」

梓「?……どうぞ」スルリ

紬「……」ジー

梓「あんまり見られると恥ずかしいんですが……」

紬「梓ちゃん、靴見せて」

梓「これですけど、なにか私の足にありますか?」

紬「梓ちゃん、自分の足の形なんか変だと思わない?」

梓「え?別に特には……」

紬「梓ちゃんの足の指、ほとんど隙間なくくっついてるでしょ」

梓「言われてみると」

紬「これは『ハンマートゥー』って言って靴のサイズが合わない人に起こる病気なの」

梓「なにか問題があるんですか?」

紬「今はまだいいけど、そのうちもっとひどくなると血の巡りが悪くなるわ」

梓「はあ……」

紬「靴のサイズが少し大きいのね。だから足が無意識に踏み止まろうとして変形しちゃうの」

梓「じゃあ靴のサイズ変えれば解決ですね」

紬「待って。梓ちゃん、最近よく足つってるでしょ?」

梓「そ、そんなにつってないです」

紬「ここのところ、特に寝ているときによくつっる。そうでしょ?」

梓「ま、まあちょっとは……」

紬「……梓ちゃん。少しの間走るのやめない?」

梓「え?」

紬「まあいいわ。食事にしましょう。食事しながらでも会話はできるわ」

梓「……」

紬「それでね梓ちゃん、さっきの続き」モグモグ

梓「……はい」

紬「たとえ、走れなくても筋トレはできるし、踏み台昇降もできるわ」

梓「で、でも走らないと……」

紬「ダメよ。今のまま走り続けるのは梓ちゃんの足によくない」

紬「きちんと足にも休息させなきゃ」

梓「……」

梓(走らなくなる?私が走らなくなったら……)

梓(体重が増えるかもしれない……!)

梓(踏み台昇降や筋トレだけじゃ絶対また太っちゃうよ……!)

紬「とにかくたまには休養も必要よ」パクパク

梓「どうしても?

紬「ええ、どうしても」

梓「……」

紬「ほら梓ちゃん、今日もシェフの方々が作ってくれた料理、美味しいわよ」

梓「……はい」モグ

梓(食べたら、太っちゃう)

梓(でも食べないと、明日から走れない)

梓(でも走れないから食べたって……)

紬「梓ちゃん?きちんと食べて。明日だって朝早いんだから」

梓「でも、明日は走っちゃダメなんですよね?」

紬「それは……」

梓「じゃあ残しちゃダメですか?」

紬「それはダメ。絶対に食べて」

梓「はい……」

梓(運動できないのに食べたら……)パクパク

梓(いや、だったら食べたあとに……)

梓「ご馳走様」

紬「ご馳走様」

梓「じゃあムギ先輩、私部屋に戻ります」

紬「また明日ね、梓ちゃん」

梓「おやすみなさい」

紬(大丈夫、よね?)

………

梓「体重計は……風呂場にある」

梓「今のでなんキロになったんだろ?」

梓「……0.6キロ」

梓「もう0.6キロも増えてる……服脱いだら……」ヌギヌギ

梓「……0.5キロ……」

梓「どうしよう、このままじゃまた増えちゃうよ……!」

梓「トイレも出ないし……」

梓「ああ!もう!」ドン!

梓「やだよ!太りたくないよ……走りたいよぉ……」

梓「……トイレ」

梓(そういえば、食べた直後なら吐き出せるんだよね?)

梓(……って私、なに考えてるの?そんなことしたら拒食症になっちゃう……!)

梓(でも、ちょっとだけなら……)

梓(……口に手を突っ込んで吐き出す)

梓(手を入れて……)

梓「うぁえっ……ゲホッゲホッゲホッ!」

梓「はあはあ……そんな簡単には吐き出せない、か」

梓「……寝よう」


紬「朝からずっと踏み台昇降やってたけど、大丈夫?たまには休憩してもいいのよ」

梓「別に……」

紬「梓ちゃん、焦らなくていいの。順調に痩せているんだから」

梓「わかってます」

ガタンガタン ガタンガタン

紬「……梓ちゃん、そうだ今日から市民プールに行かない?泳ぐのは走る以上に……」

梓「こんな体型でプールなんて入りたくないです!!」

シーン

紬「ご、ごめんなさい……」

梓「……す、すみません」



梓「純、昼ご飯食べる?」

純「私はいいよ。ていうか梓、昨日もお昼ご飯食べてないじゃん」

梓「いいよべつに」

憂「梓ちゃん、食べたほうがいいよ。身体によくないよ?」

梓「……うるさいなあ」ガタッ

純「梓どこ行くの?」

梓「一人で外で食べる」

憂「梓ちゃん……」

純「どうしちゃったんだろ、昨日まであんなに機嫌よさそうだったのに……」

憂「うん、なにかあったのかな」



紬「今日はケーキみんなの分ももってきたの」

律「全員?梓の分も?」

紬「うん」

唯「あずにゃんのダイエット中なのに?」

紬「たまにくらいはいいじゃない?今日は久々に梓ちゃん走らないし」

澪「え?さっきグラウンド走ってたぞ」

紬「……梓ちゃん」

律「ん?どしたムギ?梓になにかあったの?」

紬「ううん、たまには休憩したほうがいいんじゃないかなって思ったから」

唯「あずにゃん頑張ってるもんね……」

ガタンガタン ガタンガタン

紬「梓ちゃん、どうして今日も部活に来なかったの?」

梓「グラウンド走ってました」

紬「でも足痛いはずよね?」

梓「少し……」

紬「今日はもう走るのはやめときましょ?」

梓「……はい」

紬「……!」

紬(あっさり私の言うことを聞いた。やっぱり相当足が痛いのね……)

紬「今日、病院に寄って行きましょ?足見てもらったほうがいいわ」

梓「……はい」


……

紬「いただきます」

梓「いただきます」

梓(病院の医者が言うには利き足である右足首が内出血で、左股関節も内出血。そしてハンマートゥー)

梓(さらに両足の筋肉が張ってつりやすくなっているからしばらく走らないほうがいい、とのこと)

梓(走るな……走るなって……)

梓(じゃあどうやって痩せればいいの!?)

紬「梓ちゃん、今日マッサージの人に入念に足マッサージしてもらったから大丈夫よ」

梓「でも内出血のほうはどうしようもないですけどね」

紬「それは三日くらい安静にしておくしかないわ。股関節のこともあるし踏み台昇降もやめましょ?」

梓「……」

紬「ほら、梓ちゃん元気出して。早く治してそれからダイエットをまた頑張りましょ」

梓「……そうですね」



梓「体重がまた0.5増えた……」

梓「どうしよう、今日運動してないから減ってないよぉ……」

梓「いやだよ、いやだよまたもとに戻っちゃう……」

梓「……そうだよ、出しちゃえばいいんだ!」

梓(昨日は上手くいかなかったけど……)

………

梓(昨日よりもっと喉の奥に手を突っ込めば……)

梓「うぉあ……ゲホッゲホッゲホッ……ゲホッゲホッ!」

梓(ダメだ……まだ足りない、もっと手を奥に……)

梓「ぉおぇ……おええぉあえおぁぇ……!」

ピチャピチャ

梓「はあはあはあはあ……はあはあ……やった、出た……ぉえ」


これがたぶんいけなかったんだと思います。

私は食べ物を吐き出すコツをつかんでしまい、それから一週間、夜ご飯はほとんど吐いていました。

とくによく噛まないと余計に吐きやすいということを知った私はたやすく戻すようになりました。

ムギ先輩は夜ご飯を吐きだしていないかについて何度も追及してきました。
彼女には私がなにをしているのかわかっていたのかもしれません。

純や憂も私を心配してくれました。
軽音部の先輩方も心配してくれました。

でもこのときの私にはそんな気遣いは鬱陶しいというふうにしか受け止められませんでした。


しかし叫ぶ気力も後半の私にはありませんでした。
ペットボトルのキャップを開けるのにも苦労し始めました。


でも学校は休みませんでした。気力で持ちこたえました

休んでベッドで寝ているだけの生活なんて怖くてできなかったのです。


そして運命の今日の放課後がやってきました。

私はなぜか部活にも行かず外を歩いていました。


梓(あれ、私なんでこんなとこ歩いてるんだろ……)

梓「…………はは」

梓(まあいっか。よくわかんないし)

このときの感覚を説明する語彙を私は持ち合わせいません。
頭の中が今の私の胃の中と同じように空っぽになっているようなそんな感じでした。
歩いてるのに足が地面についていないような。
まるで空を飛んでいるかのような感覚。

梓(まあいいや、帰ろう。あー、どこに帰ろう?)

すでに私はこのとき、回転しない脳みそで聞いていたのかもしれません。

トラックのタイヤが地面を削る音を。

梓(あれ?なんでトラックが?)

梓「あはははは……」


気づいたときにはトラックが目の前にいました。
そんなにサイズは大きくありません。たぶん軽トラでしょう。

私が道路に飛び出していたのか、トラックが道路を飛び出していたのか定かではありません。

「あぶない!」


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最終更新:2010年09月30日 02:36