平沢家のインターホンを鳴らしたのは、純だった。

憂「あ、純ちゃん」

純「やっほー、憂。元気にしてた?」

憂「うん。あがってあがって~」

純「お邪魔しまーす」

憂以外誰もいない平沢家は、どこか広く感じられた。

純「もう慣れた?」

憂「うん。三ヶ月も経ったしね」

唯が一人暮らしを始めて三ヶ月――憂達が高校三年生になってから、三ヶ月が経過した。

一人だけじゃ寂しいんじゃないか、と純は週に三日、こうして平沢家に来ることがあった。

純「はい、今日の差し入れ。ケンタッキーね」

憂「レッドホットチキン?」

純「うん。好きでしょ? これ」

憂「大好きだよ」

純「よかった」

憂と純はリビングへ入る。

憂「待っててね、お茶持ってくるよ」

純「さんきゅ」

憂はぱたぱたと、台所へ向かった。

憂は慣れた手つきで紅茶を淹れ、数分後、純の前に紅茶が運ばれてきた。

純「憂の淹れたお茶は、香りが違うね」

憂「そうかな?」

純「うん。コクがあるよ」

憂「えへへ」

純「あ、そういえば、もう夏休みだね」

憂「うん。あと四日後だね」

純「また、プール行こうよ」

憂「いいね。梓ちゃんも誘ってかぁ」

純「うん、三人でプール!」

憂「梓ちゃん、また肌焼けるんだろうね」

純「うん。まっくろけっけになるだろうね」

憂「あ、夏になったらお姉ちゃん、帰って来るんだ」

純「へえ、いつ?」

憂「うーん、まだ教えてもらってないけど……8月上旬って言ってたよ」

純「久しぶりに会うなー」

憂「うん。今から楽しみでさ、胸がどきどきしてるよ」

純「そっか」

憂「あ、そうそう。模試どうだった?」

純「私は……まあ、いつもどおりかな。N女はB判だったよ」

憂「へー」

純「憂は?」

憂「私はA判だよ」

純「え、マジ? すごいじゃん!私も頑張らないとなぁ」

憂「今回は調子が良かっただけだよ、たまたま」

純「それでもすごいよ、おめでとう」

憂「いや~、それほどでも」

純「ねえ、今のうちから夏休みの計画立てない?」

憂「あ、いいね。それ」

純「でしょ? まず一日目はさ……」

そして、夜が更けていく。


翌日

純が目を覚ましたのは、平沢家のリビングだった。

純「あれ、なんで憂ん家に?」

純「ああ、そうだ……昨日この家に上がって、夏休みの計画立てて……」

純「そのまま寝ちゃったんだ……」

憂「ふわぁあ……? 純ちゃん?」

純「あ、お早う。憂」

憂「今何時?」

純「えーと、今は……十……時半」

憂「え?」

純「あれ?」

憂「今日って平日だよね」

純「うん」

憂「学校あるよね?」

純「うん」

憂「今十時半なんだよね?」

純「やばいね」

憂「遅刻したね」

純「どうしよっか」

憂「うーん、いっそ休もうか?」

純「あ、たまにはいいかもね」

憂「でしょ?」

純「うーん、こうやって平日の昼からのんびりしてるのって、何だか新鮮」

憂「だよねー」

と、そのとき。二人のお腹がぐうぅぅ、と鳴った。

純「お腹減ったね」

憂「うん。なんか食べに行こうか?」

純「うん。そうしよう」

二人は外に出た。


街中!

純「どこ行こうか?」

憂「うーん、喫茶店でいいんじゃない?」

純「あの『喫茶・スワロウ』でいいかな?」

憂「うん。そこにしよう」


スワロウ店内

純「私はチョコパフェがいいな。憂は?」

憂「うーんと、私はジャンボホットケーキで」

店員「かしこまりました」

純「いやー、昨日どこまで計画決めたんだっけ」

憂「十日目くらいまでだと思うよ」

純「そっか、後はその日その日で行動しようよ」

憂「それもそうだね。いろいろ決めすぎちゃうと、かえって混乱しちゃうかもだし」

純「うん、でしょ」

憂「あーあ、夏休みが待ち遠しいよ」

純「私も。早く学校終わってくれないかな?」

憂「あと、あと二日学校に行けば、夏休みだからね」

純「うん。でも、まだ二日もあるんだね」

憂「今日入れたら三日だけどね」

純「一年が経つのは早いのに、こういうのは遅く感じない?」

憂「うん。感じる。楽しいときなんて特にね」

純「あー、そうそう。逆にテストのときとかは、時間が遅く流れるんだよね」

憂「理不尽だよね」

純「うん。たしかに理不尽だね」

店員「お待たせいたしました」

純と憂の前に、パフェとホットケーキが運ばれてきた。

純「あー、脳が糖分欲してるよ。いただきまーす」

純はパフェを食べる。

憂「うん、とても美味しそう……」

憂も口にする。

純「ねえ、一口頂戴? 私のもあげるからさ」

憂「いいの?」

純「うん。いいよ」

憂「じゃあ、はい」

フォークに突き刺したホットケーキの一片を、純の口に近づけてくる。

憂「あーん、して?」

純「あ、あーん」

純の口に入れる。

ムグムグ 純「お、意外とイケる」

憂「美味しいでしょ?」

純「うん。かなり」

憂「じゃあ、私にパフェ食べさせて」

純「うん。いいよ」

純はスプーンで、パフェをすくう。

純「はい、あーん」

憂「あーん」

憂の口に入れ込む。

憂「冷たくて美味しい。夏にはぴったりだね」

純「でしょ」

憂「それにしても、今日はやけに暑いね」

純「夏って感じがするね」


数分後

憂「あー、美味しかった」

純「だね」

憂「まだお昼前かー。暇だねー」

純「どこ行こう?」

憂「ぶらりと、外歩いてみる? 行きたい場所見つかるかもしれないし」

純「そうしよっか」

支払いを終えた二人は、真夏の太陽に照らされている外に出た。


街中

憂「うーん、暑いね」

純「もうすっかり夏って感じだね」

憂「まったくだよ」

と、その時、純の携帯がヴーヴーと振動した。

純「あ、メール」

憂「誰から?」

純「梓から……何々、『二人ともサボり?』だって」

憂「そうだよって返信しとけば?」

純「写真も添付しようか? 私と憂の二人の写真とってさ」

憂「いいね、撮ろう!」


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学校  休み時間

梓「あ、メール帰ってきた」

梓「純からだ。『そうだよ』って、やっぱ憂も一緒なんだ。いいなぁ」

梓「私も休めばよかった」

梓「はぁ……」

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純「それにしても、本当に暇だねー」

憂「うん。学校行く方が、案外楽しいかもね」

純「かもね」

憂「あ、そうだ。純ちゃん。水着買わない?」

純「いいかも。駅前の店、結構品揃えいいからさ、そこにしない?」

憂「うん。そうしよっか」


駅前、水着店

純「私たち、補導されたりしないかな?」

憂「大丈夫だよ、きっと」

純「そうかもね……あ、この水色の水着、かっこよくない?」

憂「うん、素敵! あーでも、純ちゃんにしたらちょっと地味じゃない?」

純「そうかなー」

憂「うん。そうだよ」

純「じゃあさ、私はどんなのが似合うと思う? 憂?」

憂「うーんとね、あ、このオレンジ色の何てどうかな?」

純「うわー、背中がぱっくり開いてるよ」

憂「なんか大胆で良くない?」

純「憂がそう言うなら……買ってみようかな」

純「憂は何にするの?」

憂「私は――……純ちゃんに決めてほしいな」

純「私? 私でいいなら、うん、まぁ」

憂「じゃあ、お願いするね」

純「うーん、憂に合う水着かぁ」

憂「どんなのがあるかな?」

純「あ、この白のビキニなんてどうかな? 純白って感じで」

憂「純ちゃんが似合うと思うなら、買うよ」

純「似合うよ。だって憂だもの」

憂「えへへ、ありがと」

純「じゃあ、買おっか」

憂「うん」

二人はレジに向かった。


街中

純「今何時?」

憂「1時」

純「うーん、そろそろ帰ろうか?」

憂「え、もう少しだけ遊びたいな」

純「うー、じゃあどこで?」

憂「えーっと、特には思いつかないんだけどさ」

憂「こうやって二人で歩きながら、談笑でもしていたいなって」

純「なるほど。いいかもね」

憂「うん」

純「あ、そういえばさ――」

会話が始まった。



平沢家

純「あー、ずっと歩きっぱなしだったから、足が痛いよ」

憂「私もー」

純「ま、楽しかったからよしとするかな」

憂「うん。そうだね」

純「じゃ、私は家に帰るよ。お母さんも心配してるだろうしさ」

憂「夜帰りだね」

純「いやー、今日ばかりは大目玉を食らいそうな気がするよ」

憂「私もついてこっか?」

純「ううん、いいよ」

純「じゃ、明日また学校で」

憂「うん。ばいばい」

純は平沢家の玄関から出て行く。

憂「……あーあ、なんか寂しいなー」

憂「うーん、もう少し話してたかったけど」

憂「ま、いいや。ご飯作ろう」

憂は台所へと向かった。

足取りは軽い。


夏休み当日

駅前

純「ごめん、おくれちゃったー」

憂「いいよ。私たちも今来たとこ。ね、梓ちゃん?」

梓「うん」

純「何だ、よかった。早くプール行こう?」

憂「うん、行こっか」


市民プール

梓「あれ、純のも憂のも、新しい水着?」

憂「うん。この前買ったんだ」

純「へへー、似合ってるでしょ」

梓「うん。意外と可愛く見えるよ」

憂「えへへ」

梓「あ、私ウォータースライダーやりたいな」

純「あ、私も」


ウォータースライダー

梓「じゃあ、行ってくるね」

憂「うん」

梓は一気に、ウォータースライダーを滑る。

純「じゃあ、次。私行くね」

憂「いってらっしゃい」

純が滑った後、数秒して憂も滑る。

真下のプールに、どぼん、と落ちる。

憂「ぷはっ、楽しいね」

純「うん。童心に帰った気がするよ」

梓「なーに、言ってるの。まだ子供じゃない」

純「高校三年生はもう立派な大人じゃない?」

梓「そうかなぁ?」

純「そうだよ。ただ選挙権がないだけでさ」

憂「ねえ、次は流れるプール行かない?」

純「あ、いいね」

流れるプール、温水プール、ジャグジー式プール、と様々なプールで遊んだころ、時刻は正午を過ぎていた。

憂「お腹減ったね。何か食べない?」

純「いいね。あ、焼きそば買ってくるよ」

梓「私、ちょっと休んでる。私の分も買ってきてー」

純「もう、しょうがないなあ」


数分後

梓「お、いいにおい」

純「お待たせ。はい、梓の分」

梓「サンキュー」

憂「こういうところで食べる焼きそばって、格別だよね」

純「うん、わかるわかる」

梓「あーあ、もう肌焼けちゃったよ」

憂「明日になったら元に戻るんだからいいじゃん」

梓「ま、そうなんだけどね」

純「そういえばさ、唯先輩たちいつ帰ってくるの?」

憂「八月一日って言ってた」

純「あ、じゃあさ、その日憂ん家で焼肉でもしようよ!」

梓「あ、いいね、それ」

純「でしょ?」

梓「澪先輩や律先輩も誘ってかぁ、何だか騒がしくなりそう」

純「うん。でも楽しみだなー」

憂「久しぶりに会えるからね」

和「あら、憂じゃない」

憂「和ちゃん!」

和「素が出てるわよ」

憂「あ」

和「梓ちゃんも。もう夏休みなの?」

梓「あ、はい」

和「えーと、そっちの子は……」

純「あ、鈴木純っていいます」

和「そう。純ちゃんね」

憂「和さん。もう帰ってきてたんですか」

和「ええ。うちの大学、夏休みがはやいの」

梓「へえ、いいなあ」

和「そういや、憂たちは志望大学決めたの?」

憂「あ、はい。みんなN女です」

和「そう。頑張ってね」

梓「あれ? 和先輩一人ですか?」

和「うん。懐かしくなっちゃってね。一人よ」

梓「あの、彼氏とかできたんですか?」

和「まさか。私には縁遠い話よ」

和「そうそう、唯たちはいつ帰ってくるの?」

憂「お姉ちゃんは八月一日です」

和「そう。何かするの?」

憂「あ、焼肉パーティなんか開こうかなーって」

和「いいわね。私も行っていい?」

憂「あ、はい。もちろんです!」

和「ありがとう」

和「あ、ごめんね。お昼ごはん邪魔して。じゃあね、また今度」

憂「あ、はい」

和の姿が、やがて見えなくなる。


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最終更新:2011年10月18日 01:54