赤い空。
烏は鳴かない。

耳にはイヤホン。
曲の繋ぎ目、暫しの空白。
プレーヤーが選曲するその一瞬。

私は無音の海を泳いだ。

そして流れてくるのはドラムのフィルイン、ギターのリフ。
泣きたくなるよな懐かしさを感じるのはなんでだろう。
歩くペースを曲のテンポに合わせて気分は大統領。

‐Without You, I don't want anybody

夕暮れ時にぴったりの選曲に私の心は少し躍っていた。
サビのメロディを口ずさみながら暫しの間、目を瞑る。

今日はこの曲にお世話になろう。
そう決めてランダム再生からリピートに切り替えた。


風が吹く。
木々は靡かない。

気分屋の風、西から東へ意味なくそよぐ。
そう、意味のないもの。ご都合主義の私は件の風をそう片付けた。
そしてくしゃくしゃに丸めて頭の中のゴミ箱にポイ。

簡単だよね。
そうやってさらりと全てのことを流してしまえれば。
行く当てもなくゆらゆらと歩みを進めながら私は思う。

嫉妬、柵(しがらみ)、社会、嫌いなもの全て。
大人を取り巻いているのは面倒なものばかり。
俯いたり、余所見したり、寄り道したり、立ち止まったり。
どうしてあんなにつまらなさそうに生きているんだろう。

夕飯前の散歩道、そんなことを考える。
早めに終わってしまった部活も、有り余った自分の時間も嬉しくない。

珍しく一人になりたくて家を出た。
本当はわかっていた。
家を出なくたって私はひとりぼっちなんだって。
最近はね、誰といても何をしていても寂しくて虚しくて空っぽなんだよ。
ごめんね、憂。そういう意味じゃないよ。


私らしくないけどね。
見えない何かに背中を押されている気がしてちょっと焦ってるんだ。

高校一年生。
みんなが輝いていた。
これからの生活、進路、人生、全てに希望を抱いていたと思う。

高校二年生。
みんな一生懸命だった。
恋愛、部活、勉強、その他の趣味、遊び。
欲張りだった私達は色んなことにチャレンジして、知らないことを知った。

なのに、最近はどうだろう?

高校三年生。
進路を目前にして誰もが少し先の未来ばかり見る。
そうやって一分一秒、一瞬、今を蔑ろにしている。
二年前に抱いていた夢なんて現実との狭間に落っこちて消えた。
それでもすました顔で痛くないフリをする。

大人ぶって背伸びしてまで大きく見せた背丈。
そんな偽りの大きさに、いつの間にか追いついちゃって。
気付くと足元を見ると踵は地面にくっついたまま。


こうやって大人になるのかな。
カッコつけてた自分がいつの間にか『周りから見た本当の自分』になっちゃって。
理想の自分を取り繕いながら、息苦しく生きていくのかな。

落ちる方向へ続く道。
駄目駄目スパイラル。

私達は少しずつ大人になっていく。
それはきっと仕方のないこと。

だからその前にけりをつけなくちゃ。
大人になっちゃうと言えなくなると思うから、今のうちに。

-ギター抱えて、スリーコード
-理論も理屈もリズムも気にせずやりたいように
-ワン、ツー、スリー

そんな風に終わりにしたい。
そこから何かが始まればいいな、とは思うけど。
私の理想に現実がついてきてくれるとは到底思えない。


それでも。

世界中が敵になっても、好きなものは好きだと言いたい。
いつになるかはわからないけど、きっと近い将来。
あなたと過ごした時間の中で芽生えた気持ちを風化させてたまるもんか。

つまらない世界、さようなら。
言葉で引き金を引くよ。
スリー、ツー、ワン。
ばきゅーん。
なんちゃって。

-商店街のおいしい匂いに誘われながら何を考えているんですか。

不意にあの子のつっこみが聞こえた気がした。


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夕暮れ。
捻くれた視線に映るは斜傾した景色。

太陽が沈んでいるんじゃない。
太陽が地球の裏へ引っ張られているんだ。

なんてくだらない妄想。
馬鹿な考えはもうよそう。

「あー…。暇、かも。」

かも、じゃない。
これは誰がどう見ても明らか。
できる事なら背負っているギターを取り出して掻き鳴らしたい。

何故私がこんなに暇を持て余しているか。
夕陽を拝んでいるか。

それに意味はない。
家に帰りたくない、それだけ。
誰もいない家に帰っても虚しさがつのるだけ。
受け手がいないとわかりきった状況では私の口も開かない。
静寂を切り裂くのはメトロノームが刻む単調なリズムと
それに合わせた一人ぼっちのギターだけ。


だからこうして待ちぼうけ。
何を待っているわけではないけど、待ちぼうけ。
暇そうにだらだらと商店街を歩くギターを抱えた女子高生。
不審者一歩手前のその風景がショーウィンドウに映り、急に心細くなる。

漠然と行き交う人々を眺めながら、私もそれに混ざる。
考えるのは律先輩のこと。

正確に言うと、律先輩と澪先輩のこと。
もう一年くらい前になるだろうか。
ある日突然、付き合っているとカミングアウトされた。

もちろん女子高だからそういう話に免疫があったつもりではいたけど。
それにしても驚いた。
だって、二人はそんな素振りを一切見せなかったから。
あくまでも『親友』『幼馴染』の範疇から逸脱せずに接し合えた二人に感心さえした。
そういうのは普通隠していても出てしまうものだ、とばかり思っていた私の考えを根底から覆された気分だった。

だけど最近、私は気付いてしまった。
あの二人の表向きの関係が偽りのものであることを。
子供みたいな飯事(ままごと)じみた恋愛ゴッコじゃなくて、本気で愛し合っているんだと。

というよりも依存し合っていると言った方が正しいかもしれない。
だけどムギ先輩も唯先輩もそんなことには気付いていないようだった。

本当のところはわからないが、二人ともそんな素振りは見せない。
まるで律先輩と澪先輩がカミングアウトする前のように。

だから私も知らないふりをした。
時には鈍感な後輩を演じたりもした。


私は軽音部が好きだ。
あの二人の関係に口出しをしてしまえば、絶妙に保たれているこのバランスを壊してしまいかねない。
だから私は口を噤む。

なんであの二人がこんなに気になるかって。
カミングアウトされたとき、驚いたと同時に羨ましくもあったから。

何故そう感じたかはわからない、ということにしておく。
今もまだ謎のまま、ということにもしておく。

この感情には気付かない方がいいんじゃないかと
もう一人の私が警笛を鳴らしているような気がしてならない。
そのせいでこのところずっと頭の中がもやもやしているから、いい加減尻尾を掴んでやりたい気もするけれど。
ずるりと引っ張り出したものが猛獣である可能性は高い。
自分にもコントロールできないようなものと関わるなんて馬鹿のすること。


家に居たくない理由。
本当は寂しいからなんて子供みたいな理由じゃない。
黙ってギターを弾いてる時間、嫌いじゃない。
それが嫌ならとうにギターなんて辞めている。

気を抜くと知りたくないはずの自分の中のモンスターを探してしまう。
それが嫌。

もっと簡単に言おうか。
唯先輩で頭の中がいっぱいになる。
それが怖い。


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授業中に出てくる未来の話。
それは近い未来の話。

卒業を控えた私達が目の当たりにする現実の話。
それはギターを弾いていても、お風呂に入っていてもたまに思い出す寂しい事実。

三年生になったんだから勉強もちゃんとしなさい。
耳にタコができたよ、もういいよ。

楽しい筈の高校生活。
果たしてそうやって消化されるべきなのかな。
もう一年あるよ、ギリギリまで一緒に居させてよ。

でもそれが私の我が侭だって、最近気付いたんだ。
私の一年を返して。
そんな風に訴えても周りには頭のおかしい子だと思われるだけ。

まだ大人になんてなりたくない。
そんな想いが止まらない。
きっと、私は少しずつ大人になっているんだ。
だからこんなにも切ないんだ。

悪あがきなのはわかってる。
だけど目の当たりにした現実に頭の中がぐしゃぐしゃだよ。

全部音楽で片付けられたらいいのに。
全部感情で片付けられたらいいのに。

形のないそれらが認められない世界なんて間違えてるよ。
楽譜が全てじゃないよ、本に記しただけの心が全てじゃないよ。

そんな私の主張を鼻で笑って、誰かがまた大人になる。
踏み台にされるだけ。
だけど足跡のついたそれを私は捨てようとはしない。


「あはは、うんうん…」
「ねー、だよねー…」

すれ違う誰かの声が聞こえる。
名前は知らないけど、同じ高校の子みたい。
リボンの色からあの子と同じ学年だという事がわかる。

「あーあ、いいな…。」

何が。
今更だけど、それは内緒。


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「はぁ。もうそろそろ帰ろうかな。」

数分前から思っていたことがついに口をついて出た。
結局、どこにいても私の考えることは変わらなかった。
ギターを無心状態で弾いていれば流石にあの人のことを考えずに済むかもしれない。

夕立でも降ってくれればいいのに。
そうすればなんの躊躇いもなく家路につける。

ここにいてもいいし、帰ってもいい。
そんな自由が私を翻弄している、本当に些細なことだけど。

何かに夢中になるのは素敵なことだと思う。
例えばギターの上達やバンドの成功のために努力するのはとても有意義なこと。

だけど、報われもしないことに思考を巡らせるなんて時間の無駄だと思う。
例えばあの人に触れられたことを思い出して赤面したり、
人懐っこく誰にでも飛びつくところを見て苛立ってみたり。

そんな一喜一憂。
ふと冷静になると酷く馬鹿馬鹿しく感じることばかり。

報われる可能性なんて万に一つもありもしないのに。
せめてこれが異性間のことであったなら私も少しは前向きになれたかもしれないけど。

この気持ちが異常なものであることは間違いなくて。
自分だけが良ければそれでいいなんて簡単に割り切れるようなものではなくて。

律先輩と澪先輩を見ていると羨ましく思う反面、
私はまだ一線を超えていない、安全地帯に立っているんだと少しホッとする。
そんな自分が臆病で汚いと感じることはあるけれど、
それが身も心も小さな私の本音であるから仕方がない。

こうやって昨日も一週間前も考えたことを反芻する間も時間は流れる。
同じ高校の生徒で居られる時間は今もこうして少しずつ削られているんだ。

焦って結論を出すような問題じゃないのはわかってる。
そもそも結論を必要とするような問題じゃないのもわかってる。

だけど私はあの人との未来が知りたい。
怖いけど、知りたい。

あと半年もすれば通う学校すら変わってしまう。
同性に抱くべきではない気持ちだからと割り切って捨てるべきか、
開き直って受け入れるべきか。
どうすればいいのか、私にもわからない。

「う、うーん…。」

疾走感だとかを求めるたびに背景は淡白なものになっていくし、
焦燥感だとかを感じるたびに背景は背景ですらなくなる。

「…。」

足元に名前も知らない白い花が咲いていた。
しっかりと目に写っている筈なのに、それを見ても私の心は動かない。

冷静じゃない。
つまりはそういうこと。

ここで出会えたなら。
呼び止められたら、最初で最後。
私は運命っていうものを信じるだろう。


-あー!あずにゃんだー!


幻聴が聞こえるとはまさに末期。
家に帰る前に耳鼻科に行こうかな。


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当てもなく歩いてきたけど、そろそろ夕飯の支度ができてるだろうし帰ろうかな。
くるりと反転、綺麗な夕焼け。」

「……。」

この景色が綺麗だと思えることが少し切なかった。
昔は怖かった。
夕暮れ時は友達と私を切り離す無情な時間帯だった。

懐かしいな、そんな風に過去を振り返る。
やはり私も少しずつ大人になっているんだと自覚せずにはいられなかった。

そうして前を向き直して視界に映るのは見慣れた後ろ姿。
声を掛けるよりも先に可愛いな、反射的にそう思った。

「おーい!あずにゃーん?」


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最終更新:2010年10月02日 00:34