唯「……いきなりなに言い出してるの、和ちゃん」
和「なに言ってるもなにも、相談に決まってるでしょ。
そのためにわざわざ部活帰りの唯を捕まえて、近くの喫茶店に来てるんだし。
ここなら軽音部のみんなが来る心配も無いでしょ?」
唯「まぁそうだけど……というか、相談したいことがあるから、って連れてきたのに、相談したいことって、そんなこと?」
和「そりゃ唯にとっては“そんなこと”かもしれないけど、私にとっては死活問題なのよ」
唯「死活問題とまできましたか」
和「二学期が始まってからずっとなんだけど、どうもムギに目がいっちゃうの。あの子ホント可愛いわ」
唯「なんだかいつもの和ちゃんじゃない……」
和「いつもは頑張って抑制しているからね。いつも冷静に見えるけど、心の中ではいつもこんなこと考えてるのよ」
唯「今までずっと?」
和「いえ、ムギばかり見るようになってからね。どうも最近感情の抑制が出来なくなってきて……だから死活問題なの」
唯「いつ今みたいに口から言葉が出ちゃうか分からないってこと?」
和「そういうこと」
和「私も自分が考えてることはおかしいと思うわ。だからこそ頑張って抑制しているんだもの」
唯「確かにそうだよね。和ちゃんがそんなこと考えてるだなんて誰も想像してないもんね」
和「ええ。でもそんなことを考えて爆発寸前なのもまた事実なの。それだけムギが可愛いって事なんだけど」
唯「あっ、すいませ~ん。いちごショート追加で」
和「あえての無視なのかどうかが気になるところね」
唯「で、どうして突然ムギちゃんのことが可愛いだなんて思うようになったの?」
和「突然じゃないわよ。だってムギって可愛いじゃない。
ああもう、どうせだったら私もムギちゃんって呼びたいわ」
唯「それぐらいムギちゃんなら『どんとこいっ!』で終わると思うけど?」
和「じゃあ抱きしめて髪の匂いとか嗅いでも大丈夫かしら!?」
唯「それはさすがに……どうだろう……」
和「どうして!? あっ、言い方の問題か。
髪の匂いじゃなくて髪の香りよね、ムギの場合」
唯「そういう問題じゃないよ、和ちゃん。ちょっと冷静になろうか」
和「そういえば……唯って平気で誰彼構わず、所気にせず抱きつくけど、ムギにもしたことあるの?」
唯「う~ん……あっ、そういえば去年の冬頃かな? ムギちゃんの手が暖かいって話になって、手を繋いで抱きついて胸に顔を埋めたりとかしたかな……?」
和「なんですって!? なんて羨ましい! さすが唯ね! 計算された行動だわっ!」
唯「そんなことを大声で褒めないでよ。というかココ喫茶店だから恥ずかしいよ、和ちゃん」
和「そうか……だったら私も、唯と同じ方法を取れば手も繋げるし抱きつくことも出来る……!」
唯「いやいや和ちゃん、今まだ九月で割りと暑いよ?」
和「心頭滅却すれば火もまた涼しって言うし、いけるわよ」
唯「意味が分からないよ、和ちゃん」
和「どうして無理だって言うの?」
唯「そうだね……だって和ちゃんのキャラじゃないし……同じ方法は難しいんじゃない?」
和「そっか……確かに、抱きついた時、私のメガネがあったらムギが痛いものね」
唯「そういう意味じゃないし。と言うか和ちゃんのキャラがメガネだけとか言ってないじゃん」
和「じゃあどうすればムギを抱きしめられるの!?」ドンッ!
唯「落ち着いて。机叩かないで。あともう一回冷静になって。
私が私らしくなくなるぐらい、今日の和ちゃんはおか――冷静じゃないよ」
イチゴショートニナリマース
和「そうね……ちょっと冷静さを欠いちゃってたわ。ごめんなさい。
店員さんが来てくれなかったらあのままおかしくなりそうだったわ」
唯「今も十分おかしいけどね」
和「唯に言われても仕方が無いと思えるぐらい、私も自覚あるわ。
でもそれほどまでに、ムギが可愛すぎるのよ」
唯「……で、なんかウヤムヤになってたけど、何かきっかけがあってムギちゃんのことが可愛いって気付いたんだよね?
だって同じクラスになったばかりの時とか、その前とか、そんなこと言ってなかったもん」
和「言ってなかっただけで、その頃から内に秘めていたかもしれないわよ」
唯「えっ? そうなの?」
和「いえ、違うけど」
和「ごめんなさい。ちょっとした冗談のつもりだったの。
ほら、私って冗談の一つも言えないでしょ?」
唯「そうだね。さっきのも笑えなかったもん」
和「手厳しいわね。でも本当のことだし、仕方が無いわ。
でももし、ここで笑える冗談の一つでも言えれば、私ももっとムギと近づけるし話せるようになると思うの」
唯「確かにそうかもね。軽音部って、なんかそういうところがあるし」
和「でしょ? 確かにソレは私のキャラじゃないかもしれないけれど……でも、そんなものが関係なくなるぐらい、ムギと仲良くなりたいの、私は」
唯「…………」
唯「……ねぇ、和ちゃん」
和「ん?」
唯「和ちゃんってもしかして、ムギちゃんのことが好きなの?」
和「? ええ、もちろん。そうじゃなければ、こんな相談を唯に持ちかけたりしないわ」
唯「えっと……そうじゃなくて……その、恋愛感情として好きなの?」
和「え? ああ、それは無いわ」
和「別にソレ自体を否定するつもりも無いし、その趣味を持っている人を軽蔑するつもりもないわ。
でも、私のこの感情は、恋愛感情じゃないの。
ただ単純に、友人として、もっとムギと親密な関係になりたいだけなの」
唯「和ちゃん……」
和「だから抱きしめて胸に顔を埋めて髪の香りを嗅いだりしたいの」
唯「ちょっと話の繋がりが分からないなぁ」
和「ほら、唯がよく私に抱きついたりするじゃない? ああいうのを、私もムギにしたいのよ。
友人として、とは言ったけれど、確かに他の皆との今の関係よりも、一歩先に出た関係であることに変わりは無いわね」
唯「じゃあ、他の皆にはムギちゃんみたいなことしたくないの?」
和「まさか。律だって抱きしめてオデコにキスしてみたいし、澪にだってあの胸に顔を埋めたりさらさらの髪を指で梳き続けたいと思ってるし、梓ちゃんのあの小柄な体を全身で圧迫するぐらい抱きしめて私の胸に逆に埋めさせてみたいとさえ思っているわ」
唯「あれ? 和ちゃんがただの変態さんにしか見えない」
和「もちろん安心して。唯にだって、私に抱きついてきたタイミングで思いっきり抱きしめ返したいとさえ思ってるのよ」
唯「何がもちろんでどれに安心したら良いのか私には分からないよ」
唯「えっと……じゃあもし、私も含めた皆が、さっき和ちゃんが言ったようなこと誰にでも何回でもしても良いって言われたらどうするの?」
和「もちろん全員にするわよ? でも軽音部のメンバーで一人となると、断トツでムギね」
唯「…………」
和「それでも、一番の友人は誰かって訊かれたなら、私は唯の名前を挙げると思うけど。そうじゃなかったら、こんな相談出来ないものね」
唯「和ちゃん……」
和「あくまでも、今の関心がムギに向いてるだけよ。
それに、さっき言ったことと矛盾しちゃうけど、私は友情に一番も二番も無いと思ってる。
だから私にとっては、唯も含めた皆が友達」
唯「そっか……」
和「そうよ。で、今はその横並びの中で、一番輝いて見えてるのがムギなの。
あの唯とは違ったポワポワとした雰囲気に時々見せる天然のような言動、常に皆を癒す軽音部の治療手(ヒーラー)……本当、可愛いわ」
唯「……というか、友達としてなら、本人に言えば良いんじゃないの?」
和「確かにそれが一番手っ取り早いけれど、恥ずかしいじゃない」
唯「この期に及んで……?」
和「それになんだか……私って、軽音部との繋がり、結構薄いじゃない?」
唯「そうかな……?」
和「そうよ。なんていうのかな……唯を経由して知り合ったせいか、私と皆の立場って、友人の友人、みたいな感じじゃない?」
唯「う~ん……後輩のあずにゃんはともかくとして、りっちゃんと澪ちゃんとムギちゃんは違うんじゃない? 同じクラスなんだし」
和「同じクラスでも、友人の友人という立場は成り立つわ」
唯「ん~……マイナス思考になりすぎじゃないかな……?」
和「じゃあいきなり、こんな相談を皆にして大丈夫だと思う?」
唯「それはさすがに無理だよ」
和「でしょ? そういう訳だから、この気持ちをどうしたら良いのか分からないのもあって、こうして唯に相談してるって訳」
唯「そっか~……まぁ、和ちゃんが私に相談って言うのも、なんだか珍しい気もするし、どうにかしてあげたいんだけど……」
和「こんなキャラだから今まで誰かに相談なんてしてこなかったものね。
と言うより、皆から相談される立場だから、誰にも相談なんてしたことが無かった、っていうのが正しいんだけど」
唯「……もしかして和ちゃん、寂しかった?」
和「まさか。皆に頼られるのって、悪い気もしなかったし。
それだけ私の力を認めてもらえてるって事でもあるんだもの。寂しくはなかったわ。元々、他人に頼られたい性格なんでしょう、私自身。
だから、唯が気にすることじゃないわ。今まで私に頼りっぱなしだったのを気に病んでるんなら、気にしないで。
それよりも、私のこの気持ちをどうにかすることだけを考えて欲しいの。
唯「……なんだか珍しい和ちゃんの相談事がこんなのだって思うと、ちょっと複雑かな?」
和「あら。こんなのとは心外ね。これでも本当に悩んでるのよ?
今までみたいに、一人で解決出来る気もしないし、このまま一人でなんとかしようとしていたら暴走してしまいそうだったしね」
唯「暴走って……大げさだよ、和ちゃん」
和「大げさなものですか。今みたいに自分を抑えていられないのよ?
そうね……今みたいに落ち着く少し前の状態――喫茶店に入ったばかりの私が常に現れてる状態かな?」
唯「それは一大事だね。今までの和ちゃんの頑張りが全て水の泡になるところだったよ」
和「それだけ崖っぷちだったのよ」
和「本当、唯みたいに人懐っこい性格に生まれてきてれば良かったのにな……そしたらいつでもムギに抱きつけたのに」
唯「そんな和ちゃんは私がイヤだよ……」
和「あらどうして? もしかして唯、私が今の私らしくなかったら、友達になってくれなかったの?」
唯「それはないよ。和ちゃんは和ちゃんだし、どんな和ちゃんでも友達だったよ」
和「嬉しいことを言ってくれるわね。さすが唯」
唯「えへへ~」
和「本当、抱きしめたくなっちゃう」
唯「前言を撤回したくなっちゃうよ、和ちゃん」
和「冗談よ」
唯「私も。冗談だよ」
唯「それじゃあ、大好きな和ちゃんのために、ムギちゃんに抱きつくための方法を考えるよ」
和「あら、別に良いわよ」
唯「え? どうして? その方法を一緒に考えて欲しいから、私に相談したんじゃないの?」
和「違うわよ。あっ、あくまで唯に期待してない訳じゃないのよ?
ただ私は、爆発し始めてたこの思いを打ち明けて、楽になりたかっただけなの。
まぁ言ってしまえば、愚痴を聞いてもらったようなものね」
唯「ん~……でも和ちゃん、ムギちゃんともっと仲良くなりたいんだよね?」
和「まぁ、仲良くはなりたいわね」
唯「軽音部との皆とも、なんか壁を感じてるんだよね?」
和「確かにその通りだけど……唯、一体どうしたの?」
唯「どうしたもこうしたもないよ。
こうなったら私が、いつもお世話になってる和ちゃんのために、これから一晩中考えてそれら二つをどうにかする方法を考えてあげるよ!」フンス
和「……あ、唯。ずっとケーキに手をつけてないけど、食べないの?」
唯「どうしてそこで話題を逸らそうとするのかな……ってケーキは食べるんだけどさっ」
翌日・放課後
唯「という訳で和ちゃん、昨日の話、覚えてる?」
和「ええ。昨日はああして止めたけれど、なんだかんだで今日一日、結構期待しちゃってたからね。
お昼休みの間に今日急いでしないといけない生徒会の仕事、済ませちゃったわ」
唯「さすが和ちゃん! 準備万端だね!」
和「そりゃそうよ。昨日唯があれだけ張り切ってくれたんだもの。期待していたことが出来るかと思うと、胸も躍っちゃうわ。
で、どうやってムギに抱きつかせてくれて、軽音部の皆ともっと仲良くなれるの?」
唯「それはね……今部室にいる皆に、ババーンと! 昨日和ちゃんが私に話してくれたことを全部話しちゃいまーすっ!」
和「さてと、明日でも大丈夫な仕事も今日中に片付けちゃいましょうか」
唯「待って待って待って! どうしてどうしてどうしてなの和ちゃん!?」
和「あのねぇ唯、どうしたもこうしたも、そもそも私はあんなことを皆に言えないからあなたに愚痴ったのよ?
それを皆の前で言えって……考えた結果がそれとか、期待外れすぎるわよ」
唯「じゃあ和ちゃんは、どうして皆に昨日のこと言えないの?」
和「皆が私を見る目が変わるからよ」
唯「それのどこがいけないの?」
和「どこがって……」
唯「私ね、昨日必死に考えたの」
唯「和ちゃんが昨日、そのことを私に話してくれたのは、私なら話しても大丈夫だと思ってくれたからでしょ?」
和「まぁ、そうね。今までずっと我慢してきたものを吐き出しても、付き合いの長い唯なら受け入れてくれると思ったの」
唯「でしょ? そしてそれは、軽音部の皆も変わらないよ」
和「いえ、でも……」
唯「壁を感じる? それは和ちゃんの勘違いだよ。
部室にいる皆は――私の仲間は、そんなことで、私の大親友を嫌ったりしない。
だってそもそも、皆にとっても、和ちゃんは大事な仲間なんだもの」
和「……そうかしら?」
唯「そうだよっ。だからさ、話しても大丈夫!
気を遣われるとか、そんなことは絶対に無い!
見る目が変わったって、それは今より、和ちゃんを見る角度が変わるだけ!
目は変わらないよっ!
絶対……ぜ~ったい! 和ちゃんと友達のままでい続けてくれるよ!」
和「……本当、唯には敵わないなぁ……」
唯「和ちゃん……?」
和「たぶん私、どこかで怯えてたんだと思う。皆に友達だと思われてなかったら、思われてても、それはちょっとしたことですぐに崩れてしまうものじゃないのかって。
だから、あんなことを言ったんだと思う。
でも……そうよね。私が軽音部の皆を友達だと思ってるなら、私を見る目なんて変わらないって、信じるべきよね。
だって、友達なんだもの」
唯「…………」
和「良いわ、唯。唯の考えの通り、皆に打ち明けてみる」
唯「和ちゃん……!」
和「それにまぁ、絶対に無いって思うけど……信じてるけど……もし皆に、これがきっかけで本当に避けられるようになっても、勘違いしていた壁を本当に感じるようになっても、私には、唯がいるものね。
……そう思ったら皆に打ち明けることぐらい、どうってことないわ」
唯「じゃあ早速行こう! 和ちゃん!」
和「ええ。……あっ、そうだ、唯」
唯「ん?」
和「話すときは、出来れば隣にいてね? やっぱり、不安なものは、不安だから」
唯「それぐらい、全然お安い御用だよ~」
和「……ありがとう、唯」
唯「お礼を言われることじゃないよ。だってこれがきっかけで、和ちゃんが軽音部の皆と、もっと仲良しになれれば私も嬉しいもん」
和「そうね……皆と今以上にもっと近づけて……勘違いして感じていた壁を感じなくなれば、それは……とても、素敵なことよね」
唯「うんっ!」
最終更新:2010年10月02日 22:31