唯「みんな、おまたせ~」
澪「おう、遅かったな」
律「どうしたんだ? 掃除当番でもなかっただろ?」
唯「えへへ~、ちょっとね」
梓「ちょっとね、じゃありません! もうすぐ文化祭なのに遅れてくるなんて、唯先輩からやる気が感じられません!」
唯「はうっ、あずにゃんが怖いよ~」
紬「うふふ、すぐお茶の準備するから、ちょっと待っててね」
梓「ムギ先輩、遅れてきた唯先輩のお茶なんて準備する必要ありません! 今日はこれから早速合わせ練習です!」
唯「がーん!」
律「あははっ、張り切ってるな~、梓は」
梓「当然です! 去年のようなことにはなりたくありませんから!」
澪「確かに、今年で最後の文化祭だもんな。絶対に成功させたい気持ちも分かるよ」
梓「澪先輩……!」
唯「ああ~……でも今日はちょっと、練習始めるのを待って欲しいんだよ」
梓「なっ、唯先輩! そんなにお茶がしたいんですか!? 練習よりもお茶ですかっ!?」
唯「違うよ~……いや、うん、確かにお茶も飲みたいけど……今日はちょっと、皆とお話したいんだよ」
梓「いつもしてるじゃないですか!」
唯「私じゃなくて、和ちゃんが」
律「和が?」
唯「うん。和ちゃん、入ってきて」
和「ごめんね、皆。練習の邪魔しちゃうみたいで。
特に梓ちゃん、とても練習したがってるのに、私の我侭で練習を止めてしまって。
ごめんなさい」
梓「あっ、いえ、そんな……真鍋先輩の用事なら、仕方ないです」
和「ふふっ、今更苗字で呼ぶことも無いわ。
軽音部の皆に呼ぶように、下の名前で呼んで頂戴」
梓「はぁ……分かりました。ま……の、和先輩」
和「ありがとう、梓ちゃん」
澪「それで和、話ってのはなんなんだ?」
和「ああ、そうね。ただでさえ練習時間を割いて話を聞いてもらうんだものね。早く済ましてしまわないと
律「いや、それは別に構わないんだけど……もしかして、また部活関係のことか?」
梓「まさかまた律先輩が書類出し忘れてるんじゃ!」
律「いや、今はまだ書類とか無いから。文化祭までなんだかんだで結構あるし」
和「そうね。だから今日来たのは、私個人のことよ」
澪「和個人?」
和「ええ。ちょっと皆に聞いてもらいたいことがあるの」
律「聞いてもらいたい事?」
唯「和ちゃん、逸る気持ちも分かるけど、まずはお茶飲まない? せっかくムギちゃんが準備してくれてるんだし」
和「え?」
紬「うん。ちゃんと和ちゃんの分も用意してあるわよ」
和「あれ? どうして私が来るって分かってたの?」
紬「う~ん……なんとなく、かな?」
梓(また乙女電波ってやつですか……)
和「さすがムギね。思わず抱きしめたくなっちゃうわ」
澪律紬梓「「「「え?」」」」
唯「和ちゃん、嬉しさのあまり興奮してない? 本音が出てるよ」ボソッ
和「あらいけない。自重しないとね」ボソッ
和「ごめんなさい。とりあえず、お茶を頂くことにするわ」
律「あ、あ~……うん」(聞き間違いかな?)
澪「そうだな」(聞き間違いだろ)
梓「とりあえず、立ち話もなんですしね」(聞き間違いですよね)
紬「好きなところに座ってちょうだい」(聞き間違えたのかな?)
和「ありがと。でも席は、出来れば唯の隣がいいかも」
律「おっ、それなら私の席と変わろうぜ~! 私はさわちゃんの席に座るから」
和「ありがとう、律。そういうさり気ない優しさ、私は好きよ」
澪律紬梓))
唯(和ちゃん相当テンパってるな……嬉しさとか緊張とか、そういうのが混ざってるから、いつもみたいに言葉が自重出来てないや。
……まぁ手っ取り早いからこのままでいっか)
和「ふ~……やっぱりムギの紅茶はおいしいわね」
紬「ふふっ、ありがとう。和ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいわ」
律「で、和。改めて、話ってのはなんなんだ?」
和「そうね……本当、今更、って言われるかもしれないし、呆れられるかもしれないけれど……実は今まで、皆に対して思っていたことがあるの」
澪「思ってたこと?」
律「なんだなんだ……もしかして、私たちがだらけ過ぎだとか、そういうのか?」
和「そうじゃないわ。ただ、ね……私、微妙に軽音部の皆と壁を感じてるの」
紬「壁?」
和「そう、壁。
なんていうのかな……私、皆と仲良くなったきっかけって、唯繋がりでしょ?
そりゃ、そういう友達から友達って形で、友達は増えていくもんなんでしょうけど……やっぱり、皆とは妙に距離を感じじゃってね」
律「え~っと……つまりはだ、和は私達と友達じゃないかもしれない、って思ってるってことか?」
和「思ってる、のとはちょっと違うわね。
だって私は、皆と友達だと思ってるし、そうでありたいとも思ってる。私の独りよがりで勝手な思い込みだったしても、そうであってほしいと思ってる。
なら、その時点で友達でしょ?
だから、そうじゃないの。
そうじゃなくて、なんとなく、私が皆に遠慮しちゃってるの」
澪「なるほど……遠慮か……確かにそれなら、私だって和に感じてるかもな。律には出来ることでも、和には出来ないしな」
律「でもそれって、それぞれのキャラだろ?」
紬「でも付き合いの長さってのもあると思うわ。ほら、私を叩いてってりっちゃんにお願いした時、私を叩くのかなり躊躇ったでしょ?」
律「っつかそもそも、私はツッコミじゃないしな。そういうのは元々澪の専売特許みたいなものだし」
澪「勝手に人を軽音部のツッコミ代表みたいに言うなっ」
律「でもそれなら、和だってそうじゃないのか? 唯にしか出来ないこととか、唯に一番しやすいことってあるだろ?」
和「そうね。確かに昨日唯に相談したのだって、唯に一番話しやすいと思ったからだもの」
律「だろ? だから今のそれぞれの距離が、それぞれのキャラと付き合いの長さでピッタリなものなんだよ」
和「でも私、皆ともっと仲良くなりたいの。
唯にしか出来ないこととか、唯に一番しやすいことも、皆に同じぐらい出来るようになりたいの。
軽音部の皆と、もっともっと、仲良くなりたいの」
紬「和ちゃん……!」
律「ん~……私は今でも十分仲良しだと思うんだけど……っつか、和は具体的に何がしたいんだ?」
和「そうね。まず第一に、皆に抱きつきたいわ」
澪律紬梓「「「「」」」」
唯「和ちゃん、それじゃ言葉足らずだよ」
和「ああ、そうね。確かにこれだけだと、昨日唯がしてた勘違いをさせてしまうわね。
ごめんなさい。正確に述べるなら、唯や皆がしているような、抱きつくようなスキンシップをしたいの。
具体的には力強く抱きしめた後に、ムギならその髪を――」
唯「和ちゃん、ちょっと落ち着こうか。それ以上は口外しない方が良いよ」
和「え? そうかしら?」
律(口外しない方が良いって……)
澪(どんだけだよ)
梓(でもこういうの、ムギ先輩好きそうだなぁ)
紬「まあ!」キラキラ
澪律梓(やっぱり……)
律「……」い、いや~……和からそんな言葉を聞くことになるとは、思わなかったな~……」
和「そうね。律が言うように、私はそういうキャラだって、皆に固定されているものね。
でも、本当の私は、割とこういう友達同士の触れ合いとか、頭の中で沢山考えてるのよ。
ただ、面や口に出さないようにしているだけで」
律「そ、そっか~……そうだったんだ~……」
和「引いた?」
律「いや、っつか、今もそうだけど、ビックリしてる」
和「ま、そういう訳で、私がしたい話というのは終わり」
紬「な、なるほど……! ……と、時に、和ちゃん!?」
和「どうしたの? ムギ」
紬「の、和ちゃんは、女の子同士とか、好き?」
和「そうね……唯にも言ったんだけど、否定するつもりは無いわ。
ただ私は普通で、ただ友達同士のスキンシップがしたいだけなんだけど」
紬「ひ、人肌恋しいってやつですか!?」
律澪(違うだろ……)
和「そうね。……うん、きっとそうだわ」
律澪(違ってなかった!)
和「手っ取り早く、かつ、一番他人との繋がりと温かさを実感できるものだから、私は、その人を抱きしめたいと思ってるのかもしれないわね」
紬「そ、それ! 私もなの!」
和「ムギも?」
紬「そう! 私も!」
紬「私、昔からお金持ちのせいで、お嬢様だお嬢様だって言われて、他人とよく距離を置かれてて……他人との繋がりの温かさとか、距離の置き方とか、良く分からなかったの。
そのせいで、昔は軽音部の中でも敬語を使ってたし」
澪「ああ……そう言えばムギ、最初はずっと敬語だったな」
紬「そうなの。でもね、今は違う。
気がついたら敬語なんて使わなくなってた。皆と仲良しになれた。私が望んでた、理想だった友情関係が結べた。
……でもね、そしたら次は、私の距離の取り方が正しいのかどうか不安になって……」
和「それで、正しいことがすぐに分かる――仲良くなれていることが実感できる、私が今求めてるような、そんなスキンシップを求めるようになったと?」
紬「そう! 特に私の場合、他の皆がその方法で仲良くしてるのを見るだけで、とっても幸せな気分になれるの!」
和「そっか……きっとそういうのは、ムギの優しさよね」
律澪(いや、たぶんただの趣味だよ)
梓(和先輩、それはたぶんムギ先輩のただの性的嗜好ですよ)
和「だからきっと私は、ムギを一番に抱きしめたいのと思ったのかもしれないわね」
紬「えっ!?」
和「じつはこうして話すことになったきっかけって、ムギを抱きしめたいって思いが爆発した結果なの」
紬「そ、そうだったの!?」
和「ええ。きっとムギに惹かれたのは、私と同じものを感じていたり持っていたりしたからかもしれないわね」
紬「じゃっ、じゃあ和ちゃん! 早速抱きしめあいましょう!?」
唯(ムギちゃんもぶっ飛びだしたなぁ~)
和「そうね。でもさすがに、皆の前だと、さすがの私も恥ずかしいわ」
澪(そういう感情はまだ残ってるか)
紬「私はそうでもないわ!」
梓(ムギ先輩はもう色々と終わり始めている……)
和「ふふっ、面白いわね、ムギは。
でもお願い、隣の部屋で抱きしめあいましょう。
二人きりの方が、回りも気にせず、もっと体温を感じられるでしょ?」
紬「そ、そうね!」
ガチャッ
パタンッ
~~~~~~
律「……で、だ。唯、和たちがいなくなったから改めて聞くが、さっきの和の話はマジなのか?」
唯「うん、本当だよ。昨日相談されたことをほぼそのまま言ってた」
澪「そうか……和も妙なことを心配するんだな」
梓「と言うか、軽音部ということは、私も入ってるんですか?」
唯「入ってるよ。あずにゃんとも仲良くなりたいって言ってたし」
梓「う~……私、和先輩とそんなに話したこと無いです」
律「まぁ確かにな。っつか、梓がイヤだって言えば、和も無理強いはしないと思うぞ?」
梓「べ、別にそこまでイヤって訳でもありませんが……ただ、理由が知りたいんです」
澪「理由、か……そうだな。たぶん、和は不安なんだと思う」
梓「不安、ですか?」
澪「うん。ほら、今の時期って、もうそろそろ生徒会の引継ぎとかで、色々と卒業を意識させられる時期だろ?
私達はまだ文化祭も終わってないし、そんな気もしないけどさ」
律「ああ~……なるほどな。それで不安が募って、今まで制御できてた感情が制御できなくなったと」
澪「と言うより、卒業したら私達と今まで通り会って話しが出来ないかもしれない、ってことに、不安を感じてるんじゃないのか?」
梓(卒業に対しての不安……そっか、私とおんなじなんだ……)
唯「でもその不安をぶつけてもらえるのが私達で良かったじゃん」
律「ま、唯の言うとおりだな。それだけ私達と仲良くなりたがってたって証でもあるんだし」
澪「確かに。それに、あの和の内面が知れたのは、私としても嬉しいしな」
唯「で、澪ちゃんとりっちゃんはどうするの?
ムギちゃんみたいに、和ちゃんのお願い聞いてあげるの?」
律「ま、私は聞いてあげても良いかな。
それで和の抱えてる不安は無くなるんだし、それに、今よりもっと和と仲良くなれし、今まで世話になった恩も返せるもんな。
……まぁ確かに、結構恥ずかしくはあるけどさ」
澪「私も。た、確かに、抱きつくとか、そういうのは恥ずかしいけど……和が不安を感じるのも、分かるから。
私だって、軽音部の皆と今みたいに仲良くなかったら、同じような不安を抱えてたと思うし」
唯「そっか……ありがとう」
律「なんで唯がお礼言うんだよ。っつか、今日の唯はなんかしっかりしてるな」
唯「私だってしっかりする時はするよ。そうじゃなかったら、ずっと和ちゃんと一緒にいる意味がないじゃん。
ずっとずっと、頼ってばかりじゃ親友でも幼馴染でもないもん」
梓「唯先輩がまともだ……」
唯「む? 失礼なこと言うね、あずにゃんは。
私だって、皆のためだったら色々と考えるんだよ。
それで、その肝心のあずにゃんはどうするの?」
梓「私は……どうしましょう。正直、先輩方と違って、私は和先輩とそんなに話したことがありませんので……戸惑ってます」
律「ま、そりゃそうだわな」
澪「梓の場合、無理はしなくて良いと思うぞ?
和だって、それが分からないぐらい、不安に押しつぶされそうって訳でも無いだろうしな」
最終更新:2010年10月02日 22:33