梓「でもさすがの律先輩もここで働き出して半年は毎日泣いていたそうです」

澪「イジメ・・・か・・・?」

梓「イジメ?ああ、オヤジさんのはイジメじゃないですよ」

澪「いやあれはイジメだろう。梓ばかり優しくして、律にはあんなひどい仕打ち・・・」

梓「ん~私の予想ですけど、オヤジさん、律先輩にあの店譲るつもりなんじゃないかな」

梓「だからあんなに厳しくしてるんだと思いますよ。多分律先輩もそれをわかってる」

澪「律が店長に?いよいよ夢物語だぞ」

梓「いえ、本当に律先輩は変わりましたよ。幼馴染の澪先輩が信じられないのも無理はないけど」

澪(嘘だろ・・・なんで私だけみんなから置いてけぼりなんだよ・・・こんなの嫌だよ。みんなと私、一体何が違うって言うんだ)

澪「休みの日は?あいつまだドラムをやってるんだろう?」

梓「いえ・・・従業員が3人しかいないですから・・・私が休みの日は律先輩がレジをやってますから年中無休状態なんですよ」

澪「それであいつは納得してるのか?ドラムしたいんじゃないのか?」

梓「どうですかね・・・私には今の律先輩はお寿司しか見えてないように思いますけど」



深夜2時、厨房

ガララ

律「うう、さむさむ・・・」

律「今日は澪に会って興奮したせいで1時間しか眠れなかったな」

律「まあいいや。掃除掃除っと」ゴシゴシ

河岸に行く1時間前には起床し、厨房の掃除をするのが毎日の日課だった。

律「あいつ・・・またこないかな」ゴシゴシ


深夜3時

ガララ

オヤジ「おう」

律「うす」

オヤジ「行くぞ。準備しろ」

律「へい」

律は愛用の黄色いカチューシャを外し、代わりに手ぬぐいを巻いた。
さらに薄汚れ、黄ばんだ白のツナギに着替え、長靴を履き軽トラックの運転席に座った。

律「しゅっぱーつ!」

オヤジ「うるせえ。黙って運転しろ」

律「へい」


飲み屋

澪「あの律が毎日泣くほど辛いんだな。職人って」

梓「バイトの私なんかじゃ想像もつかないですよ。このお店でこんなに長く働いてるのは律先輩だけです」

澪「みんな辛くて辞めちゃうんだな」

梓「ええ、だからオヤジさんも律先輩にはずいぶん期待してると思います。口では絶対に言いませんけどね」

梓「というか、ずっと律先輩の話ばかりですね。澪先輩のことも聞きたいです。大学のバンドはどうなんですか?」

澪「・・・」

澪「私の話はいいよ・・・別に大したことしてないし」

サークル仲間はただ自分を繋ぎ止めておきたいだけの存在。

梓「謙遜しないでください。澪先輩あんなにベース上手だったじゃないですか」

ただ孤独になりたくなくて。

梓「先輩くらいだったら週1でライブができるレベルですよ」

みんなに見下されたくなくて。

梓「先輩聞いてますか?」

聞きたくない。
もうみんなが輝いてるところを見たくない。

澪「梓、私はとんでもないクズだよ」ポロポロ



澪「もう嫌だ・・・なんで私だけこんな惨めなんだ・・・」

梓「せ、先輩!?どうしたんです」

やっぱり私は放課後ティータイムで・・・

澪「梓・・・」

梓「は、はい」

後輩にこんなことをお願いするのか?
とことん惨めなことだ。

澪「もう一度、みんなでバンドを組もう」

梓「・・・」

梓「ごめんなさい・・・私には今のバンドがあるから」

澪「そ、そっか。急に変なこと言ってごめんな」

澪(律ならきっと・・・)

澪「そうだ、唯は!?唯は何してるんだ?むぎは!?」

梓「ああ、唯先輩なら」


梓「唯先輩なら時々お店に来ますよ」

澪「なんだって!?まさかあいつもあそこで働いているのかっ」

梓「まさか…唯先輩があんなきつい仕事続くわけないでしょう」

澪「じゃあなぜ?」

梓「じ、人生相談…かな…?」

澪「人生相談?」

河岸

律「おやっさん、着きましたよ」

オヤジ「ん、おぉ。最近全然だめだな。すぐ眠くなっちめぇよ」

律「歳には勝てないっすね」

オヤジ「生意気な口聞いてんじゃねぇよ。てめぇは鮪見てこい。おらぁ烏賊を見てくっからよ」

律「あいよ」スッタカッター



オヤジ「あぁよっこらせっと。そろそろ後続にゆずらにゃなんねぇなぁ」

次の日、寿司屋の前

澪「律と梓に会いたくてまた来ちゃった」

澪は外から中の様子を伺った。

澪「お、律は今日も握りか」

澪「梓もパタパタしてて可愛いな」

澪「ん?カウンターに座ってるのは…唯!?」



ガララ

梓「いらっしゃいませー。あ、澪先輩」

唯「りちゃあん。ア~ガ~リ~」ゴロゴロ

律「お前な…」


律「注文しないならさっさと帰れよ…床でゴロゴロすんなよ」

唯「ア~ガ~リ~。ア~ガ~リ~」ゴロゴロ

澪「唯!」

唯「へぁ?あぁ澪ちゃ~ん。おっす~、久しぶり~」

澪「随分軽いな…」

律「いらっしゃい。ほいアガリ」

澪「ん、ありがと」

澪(本当に律は2時間しか寝ていないのだろうか?)

澪(それにしては随分元気みたいだが)

澪「そんなことより唯、久しぶり。元気だったか?」

唯「ゴロゴロ~」ゴロゴロ

オヤジ「おい律、いい加減その嬢ちゃんを摘まみ出せ」

律「へい」


唯「冗談冗談。よっこらせ」

澪「唯は今何してるんだ?確か大学進学はしなかったよな?」

唯「うん、毎日家でゴロゴロしてるよ」

澪「へ?」

唯「穀潰しだね!」

律「こうやってニートが出来上がっていくんだな」

唯「働いてないだけでニート!?;;」

オヤジ「そりゃあニートだろ」

梓「完全にニートですね」


梓「唯先輩、バイトでもしたらどうです?憂もきっと喜びますよ」

唯「面倒くさ~い!りっちゃんも働きたくないよねぇ?」

律「ばっ!私は今まさに働いてんだろ!」

唯「え~、りっちゃんのくせに」プー

律「私なら働いてなくて当たり前みたいな言い方す・る・な」

唯「ほーい、仕方ない。コンビニでアルバイトでもするか」

律「そうしろそうしろ。あともうここには来るな。2日に1回も来られたんじゃ仕事になんねぇよ」

唯「嫌だよ~。ここはゴロゴロするのに最適なんだから」ゴロゴロ

澪「まあ、ある意味人生相談…なのか…?」


なんだか、高校の音楽室にいるみたいだ。

唯と律がふざけあって、
梓が正論を言って、

むぎはニコニコしてて、
私が律をぶん殴る。

やっぱり私は

澪「みんなと一緒にいたい」

唯「へ?澪ちゃん何か言った?」

もう一度みんなで

澪「バンドがしたいんだ!」


澪「なあ!?唯もそうだろ!?」

唯「え?ああ・・・んー」

澪「律だって私たちともう一度バンドを組みたいよな!?」

律「・・・」

澪「毎日仕事も大変だろう。ストレスも溜まるだろう。時々は思いっきりドラムを叩きたくなるんじゃないか!?」

唯「澪ちゃん、押し付けがましいよ。一体どうしちゃったの?」

澪「・・・」

澪「え?」

澪「今なんて?」

唯「押し付けがましいよ澪ちゃん。みんな今の生活があるの。私だってこんなでも就職活動してるんだよ」

律「唯は面接の日はこうやってここで気持ちを落ち着けに来るんだ」

澪「だってさっきは穀潰しだって・・・」

唯「今はね。いくら私でもバイトくらいいつでも受かるよ。でもやっぱりそれじゃあ憂に申し訳ないから・・・」

梓「正社員になろうと頑張ってるんですよね」

唯「うん」

唯「だから申し訳ないけど、ギターなんてしてる暇・・・ない」


唯「それにもう一度バンドを組みたいと思ってるのは、澪ちゃんでしょ?」

澪「・・・」

唯「私たちをダシにしてバンド再結成させようとしてるのが見え見えだよ。それってすごく・・・卑怯だと思う」

律「唯、もういいだろ。澪だって色々悩みがあるんだ。昔に戻りたいって気持ちは私にもわかるよ」

唯「ううん、言わせて。澪ちゃん、私たちいつまでも子供じゃないんだよ?澪ちゃんは結局一人で一歩踏み出すのが怖いだけなんだよ」

律「もういいって言ってんだろ。その辺にしとけ」

店は静寂に包まれた。


唯「・・・」

唯「じゃあ私面接に行くから」

梓「あ・・・頑張ってくださいね」

唯「ありがとうあずにゃん」

唯「りっちゃん、また来てもいい?」

律「ああ、いつでも来い。熱いお茶を用意しとく」

唯「澪ちゃん、嫌なことから逃げ出してばっかりじゃダメだよ。大学で何があったか知らないけど今の澪ちゃんはすごく格好悪いよ」

澪「・・・」

唯「・・・」

唯「じゃあね」

澪「…」

律「許してやってくれ。あいつも切羽詰まってるんだよ」

梓「いつもここに来てはフザケてるけど、家ではすごく暗いらしいですよ。憂が言ってました」

澪(だからってあんな言い方ヒドイよ。私が逃げている?何から?新しいことを始めようとしてるじゃないか)

澪(やっぱり唯はいつまでたってもガキだな)

澪「じゃあ律、唯抜きでバンド再結成しよう。いいだろ?」

律「お前な…唯が言った意味わかってるか?」


澪「唯の言った意味?唯はもう音楽を捨てたってことだろ」

律「…お前馬鹿だろ?」

律「唯はみんなそれぞれ音楽以外に大切なことを見付けたって言いたいんだよ!」

律「澪はいつまで昔に縛られて生きれば気が済むんだ」

澪「なんだよ!お前も音楽を捨てるのか!」

律「とことん馬鹿だなお前は。私はもう寿司しか見えないんだよ。おやっさんの寿司に一歩でも近付きたくて毎日へとへとになるまで働いてるんだ」

律「働いてわかったよ。毎日怒られて泣いて、それでも諦めないで握りの練習して、3年かかってやっと客に出せるようになったんだ。適当に練習して適当にうまくなったドラムと比べて、どんだけ充実感があったと思う?」

澪「そんなの…」

わかるわけがない。
澪は孤独を埋めるためだけに音楽を続けているのだから。



澪「変わったな律…私の知ってるお前はそんなこと言う奴じゃなかったよ」

律「…」

澪「私が練習しようって言ったら嫌々でもやってくれた。なんだかんだ言いながら私のことを一番に考えていてくれていた」

わかっている。

澪「律…変わったよ律…」

本当はわかってるんだ。

律「…」

律「お前が変われないだけだろ」

澪「――!」

図星。
私は変わるのが怖いんだ。
一人で一歩踏み出すのが怖いだけなんだ。

律「いつまで高校生気分でいるつもりだ?なあ、澪。私にここまで言われて悔しくないか?何も感じないならマジでただの馬鹿だよお前」


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最終更新:2010年10月05日 01:29