「―――ねぇ、和ちゃん」


「なに?」


「私たち、大学では離れ離れだね」


ざざーん……


「……そうね」


「けいおん部のみんなとは一緒だけど、和ちゃんと別の学校に行くのは寂しいなぁ……」


「仕方ないわよ、いつかは進路が別れることになるって、それが今だったってだけよ」


ざざーん……


「和ちゃん」


「海、綺麗だね」


「そうね、春に海に来るのもなかなか良いかも」


ざざーん……


「でも、私たちしか居ないね」


「静かでいいじゃない」


「うん、そうだね」


「………少し寒いね」


ざざーん……


「唯は相変わらず寒がりね」




ぎゅっ




「えへへ……ありがと」


「手、あったかいや……」


「ええ、あったかいわね」


ざざざーん……


「もうどれだけこうしてるのかな?」


「わからないわ、時計もケータイも持ってきてないもの」


「そろそろ帰る?憂も心配するんじゃない?」


ざざーん……


「ううん、まだこうしてたいよ」


「……そう」


「―――ねぇ、」


「なに?」


ざざざーん……


「覚えてる?昔、三人で海に行ったときのこと―――」


――
―――
―――――


がたんごとん

がたんごとん


和「すー………すー………」

憂「むにゃ………」

唯「…………むぅ」

唯「みんな寝ちゃって………つまんないっ………」

唯「ういなんて私のこと枕にしちゃってさっ………」

唯「…………」ツンツン

憂「んぅ…………」すやすや

唯「……かわういのう……」なでりなでり

唯「……もうすぐ海についちゃうよ―――」

唯「―――おぉっ………」

唯「きれい………!」

唯「和ちゃん起きて!ほらっ、窓から海が見えるよっ!」

和「ぅ、うん………?」

和「わぁ………」

唯「ほら憂も!」ゆさゆさ

憂「ふぁ………海……?」くしくし

憂「ひろーい……あおーい………!」


私達が中学三年生、憂が中学二年生の夏休み。
私達は誰にも内緒で海に来ていました。

発案者は私、平沢唯です。
和ちゃんには「受験生なんだから」と咎められてしまいましたが、憂と二人がかりで説得して、なんとか折れてもらいました。

受験生と行っても、進路もまだ決まっていないので本当に遊んでる暇はないんですけど……。

だからこそ、あることにけじめをつけに来たのです。


がたん……ごとん……

がたん……ごとん……


唯「あっ、切符!切符どこやったっけ!」

和「はい」さっ


唯「あ………そういえば和ちゃんに預かってもらってたんだ……」

憂「ありがとう和ちゃん」

和「どういたしまして」

和「さ、降りるわよ。忘れ物はないかしら?」


ぷしゅー


唯「とうっちゃーくっ!」

憂「なんだか遠いとこまできちゃったねー」

唯「私達ももう大人だね!親が居なくてもここまでこれちゃうんだもん!」

和「おおげさよ……」


この時の私達は、初めての子供だけの遠出に心を弾ませていました。
親にも内緒で来た海は、これからの楽しい一時を約束するかのような素晴らしいコンディションでした。

磯の香り、潮っぽい風、波の音、焼けるような砂浜。

海の家もやっています。
お昼は焼きそば……かき氷も食べよう!


唯「早速着替えに行こうよ!」

和「……待って唯、憂」

和「水着はどんなの持ってきたの?」

唯「え?上と下で分かれた青のセパレートのだけど……」

憂「私は白のワンピース……」

和「………そう、そうよね……」

何故か和ちゃんは俯いて落ち込んでいます。
なにかまずいことでもあったのかな?

唯「和ちゃーん!着替え終わったー?」

和「お、終わったけど、その」

唯「早くいこーよー!」

和「うぅ………」


ガチャ


和「さ、早く行くわよ!」

唯「………」

憂「………」

唯「スク水………」

和「うっ」

唯「スク水だ」

和「ううっ」

和「仕方ないじゃない、急な話だったんだもの……」

憂「べ、別に変じゃないよ!むしろかわいいよ!?」

和「憂………ありがと……」

唯「うんうん、和ちゃんらしいって感じがするよね!」

和「それは褒めてるのかしら……?」

―――――
―――
――


「和ちゃんったらスクール水着持ってくるんだもん、フォローが大変だったよー」


「全然フォローできてなかったわよ……」


「でも、スクール水着、懐かしいね。中学以来………あれ?今年部室で着たっけ」


「部室でなにやってるのよ………」


「いやぁ、あの日は暑くて暑くて……」


ざざーん……


「そういえば、あの時も、この海だったね」


「そうね」


「海の家で食べた焼きそばがさ、砂混じってたんだよね」


「あぁ、その割に高いのよね。まぁ、そういうものなのだろうけれど―――」


――
―――
―――――

唯「遊んだ遊んだー!」

憂「やっぱり夏は海だね!」

ぐぅ~………

和「………えっと、お昼食べましょうか」

唯「私じゃないよ!」

憂「お姉ちゃんずるい!私でもないもん!」

和「やれやれ……」


唯「あ、せっかく海に来たんだから、海の家で食べようよ!」

和「いいわね」

憂「さんせーい!」




唯「みんな、焼きそばでいいよね?」

和「えぇ、いいわよ」

憂「うん」

唯「おじさん!焼きそば三丁!」

和「………って、800円……っ!?」

憂「た、高い………!」

唯「まぁまぁ、きっと新鮮な海の幸がふんだんに………」

おじさん「焼きそば、おまち」こと、こと、こと

唯「……………」

憂「具が………」

和「玉ねぎとキャベツにソーセージのみ………」


唯「………いやー!おいしそうな焼きそばだなー!いただきますっ」ずぞぞっずぞっ

唯「うん、味はおいしいよ、うんうん」もぐもぐ

ガリッ

唯「ん?ガリ?」

唯「………砂入ってた………うえー……」

和「………」

憂「………」


和「ま、まぁ、800円もするんだし、もったいないから……」

憂「うん、食べよっか………」


和「」ガリッ

憂「」ガリッ

和「弁当持ってくればよかった………」

憂「800円………」

唯「…………」

唯「こう考えようよみんな!」

唯「大人な私たちは焼きそばそのものじゃなく……そう!海の家で焼きそばをすするという風情あふれるなにがしかを買ったんだよ!800円で!」

憂「それだ!さすがお姉ちゃん!」

唯「えっへん」

和「さっきから店の人ににらまれてるわよ………」

―――――
―――
――

ざざーん……


「そういえば、あの海の家はどうしたんだろうね?」


「海開きまで、休業中なんじゃないかしら」


「あ、そっかぁ」


「不況だし、潰れちゃってるかも」


「えぇ………それは残念だなぁ……」


「………でも、この海は昔と変わらないね」


「海なんて簡単に変わるものじゃないわよ」

ざざーん……


「和ちゃん、私たちは変われたかな?」


「高校生活で?」


「うん、女子高生ライフで、ちょっとはレディになれたかな、って」


「唯は、あんまり変わらないわね」


「そうかなぁ?」


ざざざーん……


「ええ、でも、今の唯の方が好きよ」


「えへへ………私も……今の和ちゃんの方が好き……」


「………和ちゃん」


「和ちゃんと同じ学校に行って、本当によかった。和ちゃんと幼なじみで本当によかったよ」


「……そう、ありがとう」


「明後日だっけ、引っ越し」


「うん、親に無理言って、向こうに部屋借りてもらったんだけど……」


「忙しいときに、ごめんね。海に行こうだなんて」


「唯に振り回されるのには、慣れてるわ」


「えへへ………今までお世話になりました………」


「なにいってるの、これからもよろしく、でしょ」


「………そうだね、これからもよろしくね、和ちゃん」


「ええ、こちらこそ」


最終更新:2010年10月06日 03:50