ざざざーん……
「だいぶ日も傾いてきたわね」
「そうだね」
「夕日が眩しいわ」
「でも、きれいだね」
ざざざざーん……
「そういえば、あの時の帰りも―――」
――
―――
―――――
がたんごとん
がたんごとん
唯「あー、楽しかったね!」
和「ちょっとはしゃぎすぎちゃったかも」
憂「うん………疲れた……ふわぁ……ぁあ…」
唯「ほれほれ、お姉ちゃんの膝、空いてますよ」ぽむぽむ
憂「ん………お姉ちゃん………」とさっ
憂の髪の毛からは潮の香りがしました。
更衣室のシャワーで洗い流したつもりでも、まだ匂いが残っています。
唯「憂ったら一番はしゃいでたもんね」
和「唯も負けてなかったわよ」
唯「そういう和ちゃんだって」
和「まぁ、最近遊んでなかったし」
唯「そういえばそうかも」
和「――で、今日はなんで急に海に行こうなんて言い出したの?」
………そうでした。
受験生として、あることにけじめをつけに来たのでした。
別に忘れてはいません、タイミングがなかっただけです。
そう、私は今日、和ちゃんに私の本当の気持ちを伝えに来たのです。
唯「………えっと」
唯「その………」
いざ、そういう場面に直面すると、なかなか言い出せないものです。
「好き」
そのたった二文字が、口からでません。
列車の中は、知らない人たちの雑談と、がたんごとんと線路を踏み付ける音が支配しています。
膝で眠る憂の寝息もかすかに聞こえます。
息を吸って、吐いて、落ち着こうと思っても、和ちゃんの目を真っすぐ見ることが出来ません。
何度目か和ちゃんの目を見据えようとして、目を逸らしたときのことです。
私が視線を逃がした先では、車窓から見える海が夕日を眩しくキラキラと反射して、オレンジ色に染まっていました。
朝見たときとはまた違った美しさに、私たちは目を奪われました。
唯「わぁ………」
和「本当にきれいね………」
しばらく窓から見える景色に見とれていると、なんだかタイミングを逃したようで、とうとう言い出せなくなってしまいました。
でもそのかわり、今日一日で、一つ決めたことがあります。
唯「和ちゃん、あのね」
和「あぁ、話の途中だったわね」
唯「うん、志望校決めたんだ」
和「へぇ、どこにするの?」
唯「えへへ……和ちゃんと一緒のとこ!」
和「…………」
唯「………あれ?ダメだった?」
和「いや………嬉しいわ」
和「でも、今の唯の学力じゃ少し難しいわよ」
唯「うっ………頑張るよ………」
和「ええ、もちろん厳しくいくわ」
唯「教えてくれるの?」
和「明日から毎日みっちりね」
唯「お、お手柔らかに………」
和「絶対に、一緒に合格するわよ」
唯「……うん!」
唯「高校生になっても、よろしくね」
和「受かってから言いなさい………と言いたいとこだけど」
和「そうね、これからもよろしくね、唯」
――私のこの思いは、まだ伝えないことにします。
いつかまた、この海に来て伝えよう。
唯「和ちゃん、いつまでも友達でいようね!」
がたんごとん
がたんごとん
―――――
―――
――
ざざざざーん……
「そういえば、今日はなんで海に行こうなんて言い出したのよ?」
「んと………それは……」
ざざざざーん……
「その………」
「まぁ、特に理由がないっていうなら、それでも良いんだけど」
「ううん………ちゃんと理由はあるよ」
「そう」
「…………」
ざざざざーん……
「和ちゃん……えと……」
「その………あのねっ……」
ざざざ………
「………和ちゃん………あのっ、私、和ちゃんのことが―――」
ざざざざ―――
―――だいすき。
―――ざざざーん……………
「なに?」
ざざーん……
「―――……ううん、なんでもない。………あはっ、足、ちょっと濡れちゃった」
「……そう。………もう帰りましょう、暗くなっちゃうわ」
ざざーん……
「……うん、そうだね。お腹すいちゃった」
がたんごとん
がたんごとん
唯「結構遅い時間になってたね」
和「春になって、日が長くなったのね」
―――結局、私の思いは伝えられませんでした。
私のばか。いくじなし。
でも、もしかして、これがあるべき結果なのかも知れません。
あのとき私の声が和ちゃんに届いていたとして、和ちゃんはどう受け取るでしょうか。
友人として?それとも恋愛対象として?
そもそも女の子同士です。
初めから、おかしくて………おかしいんです。
どちらにせよ、私達は明後日には離れ離れ。簡単には会えなくなります。
これからは「また、いつか」なんてことも簡単に言えなくなるのはわかっています。
今まで、どうにかしてこの恋心を伝えようとしてきました。
でも、私はこの気持ちを封印することにします。
私は、ずっと和ちゃんが好きでした。
何度も思いを伝えようとしてきたけれど、今日、終ぞ思いを伝えることは出来ませんでした。
きっとそれは、私の恋が叶わぬものだから、波の音で神様が邪魔をしてくれたのでしょう。
ふと窓の外を見ようと目を向けると、太陽はすっかり沈んでしまって真っ暗でした。
いつか同じ窓から見てた海の代わりに、鏡映しの私の顔がうっすらと見えます。
なぜか窓に映る私の顔はぐしゃぐしゃに歪んでいて、その時初めて自分が泣いてることに気づきました。
唯「うっ………ぐすっ………うええ………」
和「ゆ、ゆい、どうしたの?」
和ちゃんが心配しています。
泣くつもりなんてなかったのに。
みっともないなぁ、私。
唯「なんでもない………なんでもないよ……えぐっ………」
和「………なんでもないわけないじゃない。ほら、ハンカチ」
唯「うぅ………ありがどう……」
和ちゃんの差し出してくれたハンカチは柔らかくて、良い匂いがしました。
私の涙で汚すのがなんだか忍びなく感じて、手が止まります。
しかしいつまでも泣いているわけにもいかないので、さっと涙を拭きました。
和「……そのハンカチ、しばらく貸すわ」
唯「え?………ちゃんと明日にでも返すよ」
和「いいえ、すぐに返さなくてもいいわ」
唯「………どういうこと?」
和ちゃんの言っていることの意味がわかりません。
和「そうね、そのハンカチは私と唯の縁、よ」
唯「えん………?」
和「私が唯にそのハンカチを貸し続けてる限り、唯はいつか私にハンカチを返しにこなくちゃいけないでしょう?」
和「だから、そのハンカチは、私達の縁。借りパクは許さないんだから」
唯「……そうかぁ………縁かぁ………うふふ」
和「まぁ、そんなハンカチなくたって、私達はずっと親友だけどね」
唯「……えへ………そうだね」
和「ふふ、何度目かになるけど、改めて。これからもよろしく」
唯「うん、和ちゃん、いつまでも親友でいようね!」
がたんごとん
がたんごとん
ごめんなさい。神様。
私はまだ、この恋をあきらめられそうにありません。
もう一度窓の外の海に目を凝らしてみると、暗い波に揺れる水面には、きれいな月が浮かんでいました。
おしまい。
最終更新:2010年10月06日 03:51