りびんぐ!

紬「――でもね、もう言い逃れできないわよ。ここにいる“犯人さん”」

梓「……」

唯「……」ごくり

澪「だ、誰なんだよ。こんな…こんなことしたのはっ」

律「おいおい、私たちには全員アリバイがあっただろ? 今さら何を…」

紬「これを見てちょうだい」すっ

澪「これは……さっき私たち三人が撮った海の写真か?」

紬「そう。これらは全部この別荘の窓ごしに撮った写真のはずでしょう?」

律「だよなー…撮影時刻も入ってるから、誰のアリバイも崩せそうにねーな」

紬「でもね、この写真に注目して」

唯「――ムギちゃん、これって!!」

律「おっおい唯、そんな写真で何が分かるっていうんだよっ」

紬「唯ちゃん正解よ」

澪「ムギ、どういうことだ?」

紬「たしかにみんなが撮った写真はぜんぶ、同じ『窓から見てた海』に間違いないわ」


紬「でもね……この写真だけは違うのよ!」ばんっ


澪「そうか、確かにこれだけガラスに反射した光も、水滴も映ってない!」

唯「ってことは…」

紬「犯人は――

  りっちゃん、あなたです!」

律「――くそっ! 計画は途中まで完璧だったのに!!」



梓「いや、バナナタルト食べちゃったの私だって最初から言ってるじゃないですか……」

唯「あずにゃん、いまいいとこだからお口チャック」

梓「えっ」

   ◆  ◆  ◆

 話は半日ほど前に戻ります。

 三月二十五日、金曜日。天気はあいにく弱い雨でした。
 きょう私は「放課後ティータイム☆春合宿!」ということでムギ先輩の別荘に来ています。
 一年半ほど前の夏に来たところと同じ、思い出深い別荘ですね。

唯「わあっ、変わってないね!」

律「相変わらずすげえなあ…」

紬「梓ちゃん、狭いところだけどゆっくりしていってね?」

 いや、十分すぎるほど広いですから!
 ムギ先輩があの時借りたかった別荘ってどんだけ大きいんだろ……。
 もしかして、島一個分とか? ってまさかそれはないか。

紬「島というより半島ね。フィンランドにあるんだけど」

梓「だから人の心を読まないでください?!」

澪「お前ら、合宿の目的分かってるんだろうな?」

 あきれた声でいさめるのは、少し遅れてたどり着いた澪先輩。
 青い傘と弱い風になびく黒髪がとてもきれいです。

律「わーかってるって! ほら、ちゃんとトランプも持ってきたしなっ」

澪「遊ぶ気まんまんだろ!」

律「いたっ?! ……冗談だってばぁ」

唯「えっ澪ちゃんウノのがよかったの?」

律「そうじゃねーよ!」

 降り注ぐ雨も気にかけずにじゃれあう唯先輩と律先輩。
 なんだか犬みたいでかわいらしいです。

紬「あっでも梓ちゃん、りっちゃんはネコだと思うの」

梓「そういう意味じゃありません!」

唯「ねこはあずにゃんだよ!」

梓「どっちの意味でですかー?!」


 こほん。失礼しました。
 とにかく今回の合宿の目的はトランプでもウノでもありません。

澪「じゃあムギ、ビデオカメラの用意はできてるか?」

紬「うん、心配ないわ。でも私たち、まだ着いたばっかりよ?」

唯「そうだよ~! 荷物多くて疲れちゃった…」

 スーツケースに旅行カバンとたくさんの荷物を別荘の事務員さんから受け取った唯先輩が言います。
 ていうか、荷物多すぎ……持ってくもの減らせないタイプだもんなあ、唯先輩って。

紬「じゃあ撮影の準備できるまで、ちょっとこの辺りを見て回ってみない?」

澪「ロケハンってことか……いいかもな!」

 今回の合宿は練習もそうなのですが、もう一つ大事な目的もあります。
 それは、放課後ティータイムのプロモーションビデオを撮ることです。

 唯先輩たちから今回の合宿に誘われたのは卒業式の一週間後からでした。
 高校の卒業旅行がてら、どこかに遊びに行きたい。
 ついでだから私に「新勧に役立つもの」を何か用意しておきたい。
 唯先輩が思いついたアイデアをもとに律先輩と澪先輩が内緒で企画を練って、ムギ先輩がロケ地を用意してくれたそうです。
 二週間前の金曜日に先輩方はそう明かしてくれました。

唯『あずにゃん、すっごいビデオ作っちゃおうね!』

 そう言って、手を引っぱってくれた唯先輩の笑顔が忘れられません。
 それなのに。


唯「ええ~! ちょっとお茶にしようよぉ」

律「そーだそーだ! 腹が減ってはイクサはできーん!」

 この二人、サボる気満々でした。

梓「ビデオ撮るって言ったの唯先輩じゃないですかー!」

唯「だって高校生活最後の合宿だよ? お茶したいじゃん!」

梓「……う」

 高校生活、最後。
 それ言われちゃうと、なんか言い返せないよ……。

梓「……でも、唯先輩には期待してたんですよ」

唯「えっそうなの? じゃあ私がんばっちゃおうかなっ」

梓「わ――ちょっとあぶないです!」

 傘も放りだして次第に強くなってきた雨も気にせず私を抱きしめる唯先輩。
 いろいろ言いたいことがあった気がするけど、やっぱいいかな。
 ……私、やっぱ甘くなったのかも。


律「おっ、てことは部長の私にはもっと期待してたってことか?」

梓「いえ別に」

律「なかのぉーっ!」


 そんなわけで私たちはロケハンに出かけようとした、のですが。

澪「……雨、強くなってきちゃったな」

律「これじゃあ出歩くのは無理そうだなー」

 私たちはリビングで窓を叩くような雨と向こうの海を眺めながら、結局ぼんやりお茶を飲んでいました。
 あーあ、明日には帰るのに大丈夫かなあ……。

唯「ねえ、あずにゃんは七並べのとき逆流あり派?」

 そりゃもう当然ありです。
 ナシにしたせいで純にスペードの7止められてひどい目にあった覚えがあります。
 ってそんな話じゃなくて!!

梓「雨上がるまで練習でもしましょうよ…って、ムギ先輩?」

 ふと見ると、ムギ先輩は窓辺に手を乗せてじっと外を眺めていました。
 きっ、と外をにらんだ瞳。トレードマークの太い眉毛も心なしかつり上がっています。
 先輩は何か来るべきものを期待して待っているかのようです。
 犬だったら振ってるしっぽがみえそうなぐらい、子供みたいに。

 ――はっ。
 もしかして、この雨を効果的に使った演出を考えてるのかもしれない!

紬「ねぇ梓ちゃん」

梓「な、なんですか? 雨のなか演奏するんだったらシートとか用意しなきゃですけど――」

紬「なんだかどしゃ降りの雨の中に別荘にいると、殺人事件とか起こりそうな気がしてくるわよね!?」

 目をきらきら輝かせて物騒なことを言われました。
 期待した私がバカだった……。


梓「そんなことあったら困りますよ。ていうか無意味なフラグばらまかないでください」

律「いーやわっかんないぞー?」

 乗ってきたのはやっぱり律先輩です。

律「ムギ、こういうビデオはどうだ。合宿中に風呂で梓が何者かに殺されて、残った部員で死体を――」

梓「いやですよそんなの!! っていうか私を勝手に殺さないでくださいっ」

紬「それってもしかして倒錯もの? 犯人が最初から分かってるやつよね! すっごく面白そうじゃない!」

 私が死ぬ話に乗らないでください。
 っていうか澪先輩が後ろで震えてるんですけど……。

律「じゃあこういうのはどうだ? ある日突然澪がゾンビ化する薬飲んでゲロ吐きながら襲い掛かってきてー」

澪「やっやややめろぉおぉおりつううっ!!!」

 ぼかっ。
 動転した澪先輩に殴られた律先輩が30cmほど飛ばされました。

紬「うーん、パニックホラーだと推理要素が薄いわね……」

梓「ゾンビの話まで真剣に検討しないでください!」

梓「とにかく、別荘の中でもできることしましょうよ」

唯「んー、じゃあゲームでもやる? なぞなぞ大会とか英語しか使っちゃいけないゲームとか」

梓「プロモーションビデオの話をしてるんです!」

澪「そうだな……じゃあ別荘の中でも撮影に使えそうな背景とか探してみないか?」

 ようやくまともな意見がでてきました。さすが澪先輩。
 澪先輩はインスタントカメラを取り出して、家の中から見える景色だけでも撮っていこうと提案しました。
 たしかにこの別荘は窓も多くさまざまな場所からいろんな景色が見られるので、PV構成のいいアイデアも出るかも知れませんね。

律「まあな……写真そのものも記念になるしなー」

澪「ムギ、こういうすぐ形になるカメラはほかにある?」

紬「それが、たぶんあと二台ぐらいしかないの」

 気づくと話を聞いていたらしい執事さんがカメラを持ってきてくれました。
 空気が読めすぎてちょっと怖いです。

唯「じゃあ私行ってくるね!」

律「私も! この別荘どうなってるか気になってたんだよな~!」

 えっと、じゃあ私は――

紬「梓ちゃんはちょっと私の方を手伝ってくれるかしら?」

梓「――あ、はい。じゃあ澪先輩、撮影の方お願いしますね」

澪「うんわかった。梓、ムギ、頼んだよ」

 結局、カメラを持って出かけたのは唯先輩、律先輩、澪先輩の三人でした。
 澪先輩、一人で二匹も抱えて大丈夫かなあ……。

律「おい中野」

唯「あずにゃん。なんか変なこと思ったでしょ」

梓「変なとこでするどいですよね、二人とも…」

 そうしてリビングには私とムギ先輩の二人が残りました。

梓「じゃあ私はなにしたらいいですか?」

紬「えっと……なんだったかしら? あまり考えてなかったわ」

 ええー。

紬「そういえば梓ちゃん、前にお茶の入れ方教えて欲しいって言ってなかったかしら」

梓「あー…そうですね。いい機会ですし、お願いできますか?」

紬「どんとこいです!」

 そんな訳で私はムギ先輩にお茶の入れ方を習いました。
 茶葉の適量、抽出、お湯の量、手鍋での入れ方……思っていたより奥が深く、人によって味も変わるものみたいです。
 音楽でもそうですけど、同じ楽器を使っていても演奏者によって音色は変わるものですね。

紬「……どうしたの? ぼーっとしちゃって」

梓「あっすいません。もうそろそろですか?」

紬「まだもうちょっと待った方がいいわね。……ないしょで、先にお菓子いただいちゃう?」

梓「えっ、いいんですか?」

 ダメだ、条件反射で顔がほころんでしまう。
 こんなんじゃ後輩持ったら形無しだよ……カムバック、あたし!

紬「無理しなくてもいいわよ、バナナタルトでしょ?」

 負けました……。

紬「それでさっき、梓ちゃんはどんなこと考えていたの?」

梓「えーっと……なんか、ムギ先輩ってすごいなあって」

紬「すごい? どんなところが?」

 ムギ先輩は謙遜するわけでもなく、本当に分からなくて首をかしげます。

梓「私、今まで紅茶の味も入れ方や茶葉によっていろいろあるって知らなかったんです」

 でも、ムギ先輩が入れるお茶はいろいろな味があって。
 まるでその時のみんなの気持ちに合わせて音色を変えてコーラスしているみたいで。

梓「……なんだかキーボードみたいだなって思いました」

紬「ふふ。そんなこと言われたのはじめて」

 先輩は口元を白い指で隠すようにして、ちょっと照れたようにほほえみました。

 いつしか雨はまた弱まり、窓越しにさらさらとした雨音が響いていました。

梓「私、心配なんです。ムギ先輩みたいに、その場にあわせて支えたりとか、出来ないし…」

 思えば私たち五人を、後ろでそっと支えてくれていたのはいつもムギ先輩でした。
 唯先輩はふらふらしてるし、律先輩は走りすぎちゃうし、澪先輩もテンパるとあれだし。
 でも、私が一番頼りなかったです。迷惑、かけてばかりでした。
 だから――

梓「ムギ先輩が、いなくなったら、私一人でまとめられるのかな、って……」

紬「梓ちゃんなら大丈夫よ」

 言葉も選べずつっかえつっかえになっていた私に、ムギ先輩は優しく声を掛けてくれました。

紬「梓ちゃんは楽器に詳しいでしょう。それに、演奏する人によって音が変わることもわかってる」

 いろんな音があって、どの音も好きでいられるなら、梓ちゃんは心配しなくていいと思うわ。
 ムギ先輩はそう言って程よく温まった紅茶を差し出してくれました。

梓「……なんだか甘いですね」

紬「梓ちゃん、猫舌で砂糖多めでしょう?」

 先輩のほほえみにつられて、こちらも頬がゆるんでしまいます。
 紅茶のやわらかい熱が雨に冷えた身体の奥までしみ込んで、なんだかちょっとほっこりした気分になりました。

 しばらくしてバナナタルトも食べ終わったころ、食器を片付けに二人で台所に向かうと廊下の方から騒がしい足音が聞こえました。
 律先輩たちが帰ってきたみたいです。
 食器洗い機にティーセットを入れてから私たちはリビングに戻りました。

律「おーっし写真とってきたぜーっ! って、あぁあああっ!!」

唯「ど、どうしたの? りっちゃんっ」

律「唯、見てみろ。梓の分のバナナタルトが――」

唯「ああっ?! 私たちのいない間に、何者かによって食べられてしまってる!」

 なんですかその小芝居。

澪「そこら辺にしとけよな……じゃあ、私たちもちょっと一休みしようか」



紬「これは――事件のにおいね!」

 えっ。
 っていうかムギ先輩、一緒に食べてましたよね?!

澪「ちょ、ちょっとムギ、一体なにを」

紬「澪ちゃん、これは大事件よ。かわいい後輩のお菓子が勝手に食べられてたんだもの!」

唯「そうだねっ、あずにゃんの笑顔を奪うやつは私が許さない!」

梓「だから私が自分で食べたんですってばあ!」

 するとムギ先輩は何か澪先輩に耳打ちしました。
 澪先輩は長いため息を一つ付いた後、こういいます。

澪「はぁ……じゃ、梓のタルトを食べた犯人を探すか」

 えぇえええ!
 ムギ先輩、いまなに言ったの?!

律「え、澪しゃん大丈夫なの」

 最初に言い出したはずの律先輩まで若干引き気味でした。
 なのにムギ先輩の目はらんらんと輝くばかり。
 なんだかこのままだとムギ先輩がFBIか何かを動かしてまで犯人を探しそうで怖いです。
 犯人私なのに。

紬「その心配は要らないわよ、梓ちゃん」

紬「なにせ私は琴吹の血を――地を――そして智を受け継ぐ者。

  私の名前は琴吹紬。灰色の脳細胞と百合色の心を持った、名探偵よ!!」

 ばん、と音を立てて歌舞伎のように見栄を張るムギ先輩。
 そしてどや顔。


唯「なんかかっこいい……」

律「すげえ、事件解決してるのに名探偵が出てきた」

澪「っていうかその台詞、あたためてたんだな」

 全員、若干引いてました。
 こんなことならタルト食べるんじゃなかったです……。

 そんな訳で私たちはバナナタルトを食べた犯人探しをすることになりました。
 食べたのは私なのに。
 ムギ先輩はどうやら現場に証拠が残されていないか調べ始めたようです。
 勧めたのはムギ先輩なのに。

紬「あの時私たちは台所にいた。唯ちゃんたちはそれぞれ窓の外を撮影していた」

律「ムギの話によるなら、梓とムギにはアリバイがあるな」

紬「部屋は完全に密室ね。だけどもし脱出したとしたら、窓からに違いないわ」

 いやここ二階ですし。
 それに窓、カギかかってたじゃないですか。

紬「……むぅ」

紬「えいっ」

 するとムギ先輩は次の瞬間、あろうことか自分でカギを解錠して窓を開けました。

梓「ムギ先輩、今開けたら部屋に雨が入ってきますって」

紬「逃げた形跡は……ないわね」

 ムギ先輩は頭を出して辺りを眺め、しばらくして窓を閉めました。

紬「あら、足元が雨で濡れてるわ。やっぱり脱出ルートはここだったのね!」

律「おまえが今開けたんだろうがー!!」

 耐えかねた律先輩がついに突っ込みました。
 なんというマッチポンプ。


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最終更新:2010年10月06日 20:45