斎藤「全く騒がしいですね」
背中に紬を背負った斎藤が見かねてかそんなことを言った。
紬「りっちゃん…」
りっちゃん「ムギ!!! 意識が戻ったのか?」
紬「えぇ。これからですもの、死んだりしたら勿体ないわ」
りっちゃん「ふふ、だな」
唯「りっちゃ~~~ん、和ちゃ~~~ん~~~みんな~~~」
梓「早く乗ってください! 憂の情報だと後数十分でまた爆撃がくるそうです!」
憂「律お姉ちゃん!!!」ギュッ
りっちゃん「憂ちゃん……」
唯「あれ? お姉ちゃん?」
憂「ありがとう……お姉ちゃんを助けてくれて」
りっちゃん「約束したからな」
唯「あずにゃんりっちゃんに憂とられた~~~!!!」
梓「はいはい」
和「行きましょう、時間がないわ」
りっちゃん「……」
りっちゃん「みんな、先に行ってくれ」
斎藤「なに言ってるんですか! この島にもうやり残したことなんて…」
唯「あるよ」
斎藤「えっ…」
紬「あるわね」
梓「あるです」
和「あるわよ」
憂「澪さん…ですか?」
りっちゃん「うん。私はあのわからず屋を説得してから一緒に脱出するよ。だからみんなは先に」
その中にいる誰もが彼女を信じていた。
斎藤「そういうことなら…。気をつけて行ってらっしゃいませ、律様」
梓「言っても聞きませんから言いません。澪先輩をよろしくお願いします。律先輩」
唯「澪ちゃんを助けられるのはりっちゃんだけだよ!」
暗闇から助けられ、
紬「必ず二人で戻って来てね、りっちゃん」
和「澪のこと、よろしくね。あの子もああ見えて頑固だから」
行く道を照らしてくれた彼女は…彼女達にとってたった一人の…
憂「行ってらっしゃい、律お姉ちゃん」
りっちゃん「ああ、行ってくるよ。みんな!」
英雄だった。
梓「あのっ…」
りっちゃん「ん? まだ何かあるのか? 梓」
梓「いえ……」
他のみんながヘリに乗り込んだのに一人だけ残り何か言いたげにしている。
りっちゃん「じゃあ早く行けよ。澪のことなら任せとけって」
梓「そうじゃないんです…。いや、その……。そうですよね……わかってます」
りっちゃん「??」
梓「澪先輩を、よろしくお願いしますね」
そう言って梓はヘリに乗り込んでしまう。
一体何が言いたかったんだろう梓のやつ…。
ヘリはみんなを乗せて飛び立って行く。
私はそれを笑顔で、手を振りながら見送った。
誰も私に一緒に行こう、とか、無理だよ、なんて言ってこなかった。
それが何よりも嬉しくて、私は知らない間にみんなに力をもらってるんだなって思った。
信頼されるってことはこんなに心地良くて……仲間がいるってことはこんなにも暖かいものなんだ。
それを誰かさんにも教えに行こう。
一人じゃ何も出来なくても……みんなで協力すれば何だってやれるんだ。
お前もわかってるだろう、澪。
だってお前はそのやり方を少し間違えただけなんだから。
「急げっ!!! 早く搬入しろ!」
「そんなものはいい!!! それより人員の避難を優先させろ!!!」
りっちゃん「なんだ…?」
研究所の方からおらび声が聴こえてくる。気になってそちらの方を向いて見ると、どんどんと人が溢れて出ているのが見てとれた。
りっちゃん「一般兵の人達かな。脱出の最中か」
もう壊滅したと言ってもいいもんな。蜘蛛の子を散らす様にこの島から逃げ出すのは当然か…。
私はその人達にどう対応していいかわからず、ただ見呆けていた…が、
あるものが目に入ると私の足は咳を切ったように急に回転を始めた。
「お、おい……大人しくしてくれよ」
「グルウゥゥゥ……」
「こ、こんなの放っといて逃げようぜ?」
「バカ野郎! そんなことしたら俺のあずにゃんが泣くだろう! 小型だが輸送機もあるんだ。こいつらぐらい何とかなる!」
「でもさ……」
「ここを軍が爆撃するって斎藤さんが言ってただろ! 周りは海だ、逃げ場もない。幹部クラスはもう脱出したって話だがきっとあずにゃんはこいつらのことを気に病んでる筈だ……なら俺が何としても連れ出してやる!」
「お前……、へへっ、お前のそういうところ……嫌いじゃないぜ?」
「なら手伝えよ。こいつらをこの輸送機に入るな!」
「わかってる! ちっ、この際少し銃で脅かして……」
りっちゃん「やめろおおおっ!!!」
「なっ」
「お前はあの時の!!!」
ライオン達に銃口を向けている男の関節を捻るように螺挙げる。
「あい゛た゛た゛た゛た゛」
後は痛がって体を戻そうとしてるのを利用して足を払い、薙ぎ倒す。
「ま、待てっ! お前は誤解をっ」
男が何か言ったがそんなことはお構い無しに飛び膝蹴りをお見舞いしてやる。
「がはっ……話を……聞い……て」バタン
やっとそう耳に気付いた時はもう男は地に伏していた。
りっちゃん「…えっ?」
─────
りっちゃん「な~んだ……こいつらを乗せようとしただけか」
「だから話を聞けって言っただろう!」
「それなのにいきなり関節キメとは随分だよな~?」
りっちゃん「だから悪かったってさっきから言ってるだろ~? お詫びと言っちゃなんだけど私も協力するからさ」
「ちっ……まあいい。もう俺達は敵でも何でもないんだ。とっととこの島からおさらばして後は……」
「……」
ただ項垂れるだけの二人を見て、私は言いたいことがわかってしまった。
彼らも澪達と同じなんだ。ただ、取り返したかっただけ…何を犯してでも…音楽を。
ライオンの群れ、その一匹に近づく。梓が一番可愛がっていた老獣のライオン、むすたんぐだ。
猫のように寝転んでるむすたんぐの元へ行くと目線を合わせるように私はしゃがみこんだ。
りっちゃん「むすたんぐ、みんなにあそこに入ってくれるよう言ってくれないか? 梓もお前達にはきっと生きて欲しいって願ってるはずだから」
「グルゥゥゥ……」
むすたんぐは低くそう唸ると、ゆっくりと立ち上がり輸送機の方へと歩いて行った。
それを見た仲間達もむすたんぐの後を追う。やはり彼らのリーダーはむすたんぐなのだろう。
いや、梓……か。
りっちゃん「そうか…」
さっき梓はこいつらのことを言いたかったんだ。でもこんな時にそんな悠長なことを言えないからって…。
りっちゃん「バカ梓」
そんな気なんて遣うなよ。何だって私に言えばいいんだ。
じゃないと次に私が梓に頼りづらくなるだろう?
なーんて
「よ~し準備は出来た。忘れ物はないな?」
「思い出…ぐらいかな」
「はいはい。じゃあ俺らはこれで。あんたも早く脱出した方がいい。爆撃機が来るまで時間がないぜ」
りっちゃん「私はまだやることがあるから」
「…澪さん達の仲間ってのは聞きました。ジョニーから」
りっちゃん「!! あいつは?」
「さあ? 風のようなやつだからな。今頃どこにいるのやら」
りっちゃん「そっか…」
「澪さんのこと、よろしくお願いします」
りっちゃん「えっ…」
私は何でビックリしてるのだろう。
「必ず助けて…皆さんで一緒に幸せになってくださ」
そうだ、私は勝手にこの人達は澪達を恨んでいると思い込んでたんだ。
でも…そうじゃなかった。
「じゃあ、これで」
輸送機に乗り込む二人。唯一切り開けた滑走路のような場所を車輪が滑り、ゆっくりとスピードを上げて進んで行く。
このまま彼らに何も告げぬまま行かせていい……わけがない!
ただ一言、それだけを言うために私は走った!
りっちゃん「必ず!!! 必ず音楽を取り戻して見せるから!!! 今度はみんなが笑っていられるやり方で!!! 何年かかっても!!! きっと!!!! きっと!!!!」
それが聞こえたのかどうかは、一瞬見えた彼らの笑顔で判断するしかなかった。
とても、とても良い笑顔だった。
───研究所内部───
『総員退避、総員退避。繰り返す、総員はただちに……』
流暢な喋りのメカメカしいアナウンスが流れている。研究所は既に人気はなく私達がむすたんぐ達をどうにかしている間に退避したのだろう。
りっちゃん「さて、あのわからず屋はどこにいるのかなっと」
研究所内部は広い、ともかく澪がいそうなところをしらみ潰しに探すしかないか。
私はそう決めるとすぐさま走り始めた。
澪……。
ん……何だろう。
この匂い。
いい匂いがする…。
───研究所内部 ???───
ここはこんな時でも静かだ。
澪「いい匂い」
水仙に囲まれただだっ広い部屋の真ん中ぐらいで私は行儀よく座り込んでいる。
澪「みんなはもう行ったかな…」
澪「メタルギアはどうなったんだろう」
澪「軍の爆撃機はいつぐらいに来るのかな…」
どうでもいい。
思ってもないどうでもいいことばかり並べてしまう。
本当はこんなことは二の次だ。本当に私が考えてることは…。
澪「いつだって…」グスン…グスン…
そう、いつだって私は
「みーお」
澪「……」
律のことばかり考えてたんだ。
澪「律…。なんでここが?」
りっちゃん「いい匂いがしたから、来ちゃった」ニシシ
後ろ手に腕を組ながら笑う彼女は昔とちっとも変わってなかった。
でも…もうあの時の私達とは立ってる場所は違う。
澪「ふん…止めでもさしに来たのか?」
土をはらいながら立ち上がると私は律に向き直った。こんな時、このコートは有難い。
襟の部分で顔の半分近くが隠れるから…表情を悟られにくい。
りっちゃん「まだそんなこと言ってるのかよ…お前は」
一気に律の表情が曇る。せっかく探した相手がこの態度では当然だろう、だけど…。
澪「他のみんなに何を言われたか知らないけどな、私はテロリストだ。WORLD OF SONGのリーダーとして幕引きをしなくちゃいけない」
そうだ。私はもう…女子高生の
秋山澪ではない。
世界を脅かし、核まで使って音楽を取り戻そうとした狂人なのだ。
その事実はずっと変わらない。
だから……!
ここで律の優しさに甘えてノコノコと生き残るわけにはいかない!
これ以上みんなに迷惑はかけられない。
それが私が始めてみんなを巻き込んだことへの責任。
そして自分の道を間違いじゃなかったと言える為のプライドだ!
やっと、やっと見つけた。これで一緒に帰れるんだ。みんなで……。
そう思った私が甘かった。澪は相変わらず高圧的な態度で私に突っかかってくる。
きっとまだWORLD OF SONGの肩書きを背負ってるのだろう。
そんなもの……もう意味なんてないのに。
りっちゃん「もういいだろ、澪。終わったんだ…何もかも」
澪「終わった…? 何がだよ」
りっちゃん「メタルギアも破壊して…唯達も取り戻した。だから……」
澪「取り戻した? ふふ、悪かったな律。律の大切な友達を取っちゃったりしてさ!」
りっちゃん「…はあ?」
澪「私が上手いこと言ってこんなことに取り込んだって言いたいんだろお前は!」
りっちゃん「違う!!! そうじゃない…そうじゃなくてっ」
澪「まあいいよ。私にとってはもう過去のことだから。今の私は一人だ。それだけ」
りっちゃん「それだけって…」
澪「……もうそろそろ軍の爆撃が始まる。律、行けよ。みんなが待ってるんだろう?」
りっちゃん「…やだ」
澪「……じゃあ好きにしなよ。私はここで静かに死にたいんだ。邪魔しないでくれ」
りっちゃん「……やぁぁぁだぁぁぁああああっっっ!!!!」
澪「!?」
声帯が裂ける程に叫んだ律の声が澪の耳に驚きを届ける
りっちゃん「澪がいなきゃ嫌なんだ!!! 私には澪が必要なんだよ!!!」
澪「なにを…っ」
りっちゃん「…最初はさ、私もそうだった。みんなを殺すつもりだったんだ…。FOXDIED…世界って立場に追われて……そうしないといけないって思ってた」
澪「なら…」
りっちゃん「でも違ったんだ。梓が教えてくれた」
澪「梓が…?」
りっちゃん「梓…殺されるって時に何て言ったと思う?『躊躇わないでください』って言ったんだ。澪先輩と生きてくださいって…。自分がまさに殺されるってところで…」
澪「梓がそんなことを…」
りっちゃん「その時からだよ。私がみんなを何があっても助けようって思ったのは」
澪「……」
りっちゃん「この包帯は唯が巻いてくれたんだ」
澪「唯…」
りっちゃん「もうとっくに治ったんだけどさ。やっぱり外せなくて…。澪に色々教えてもらったんだって言ってた。澪ちゃんはもっともっと勉強してたって」
澪「……」
りっちゃん「最後はムギ。ムギにはいっぱい強さをもらった。誰よりも私達のことを考えててくれたんだ」
澪「うん…それは私も同じ気持ちだよ」
りっちゃん「ムギ……撃たれたんだ」
澪「えっ…」
りっちゃん「勿論死んだりしてない。でも…その時でさえムギは「みんなをよろしくね」って…みんなの心配してさ」
りっちゃん「みんな…自分じゃない他の人のことばっかりで…」
自然と流れる涙が頬を伝い水仙畑に落ちていく。
りっちゃん「バカだよなぁ…ぁっ」
顔をくしゃりと歪めるも、その後に澪に出来るだけ笑顔で振り向いた。
澪「それは…お前もだろう。律」フフ
りっちゃん「お前だって…」フフ
いつ振りだろう、笑い合えたのは。
これが当たり前だったのに……どうしてなくなってしまったのだろう。
澪「律…ありがとう」
その言葉が何故か遠く聴こえるのは…どうしてだろう?
澪「それでも…私は行くわけにはいかない」
りっちゃん「澪ッ!」
澪「みんなを守るためでもあるんだッ! ここで何の死体も上がらずに終われば…残党狩りが始まる。首謀者の私の死体が上がればそれで終わるんだよ…!」
りっちゃん「何でそんな考え方…ッ!」
澪「もうあの頃の私達じゃないんだッ! わかれよ律ッ! これが私の…最後の仕事(ラストミッション)なんだ…!」
澪「ここで死ぬことが…みんなを守るための一番のやり方なんだ!」
りっちゃん「……それはWORLD OF SONGの澪としての答えだろ? 秋山澪の答えを聞かせろよ…!」
澪「……」
最終更新:2010年10月09日 22:13