友人「……」ペラッ
かきふらい「……」
友人「……なるほど」
かきふらい「……どうだ?」
友人「先に断っておく。俺はお前の昔の仲間としてじゃなく、ひとりの編集者として感想を言うぞ?」
かきふらい「あぁ、頼む」
友人「この『けいおん!』は、うちの雑誌ですぐに連載してもいいレベルだと思う」
かきふらい「……ほ、本当か!」
友人「ただし、お前にその覚悟があるなら、の話だ」
かきふらい「覚悟って?」
友人「商業誌での連載は、同人誌とはまったく訳が違う。〆切を破ればどえらい損失が出るし、編集部の方針で展開を変えられる事もある」
かきふらい「……わかってるさ。原稿料をもらって描くんだから、それくらい」
友人「物分かりがいいな。そう、悪い事ばかりじゃない。それなりの収入は、編集部が保証してやるんだから」
かきふらい「……安定した、収入」
友人「お前はプロの漫画家になるんだ。もうバイト生活も疲れただろう」
かきふらい「フリーターから脱却できるなら、多少の事には目を瞑れるさ」
友人「よし、わかった。今度の編集会議で提案してみるから、楽しみに待っててくれ」
…
澪「なぁ、今日はなんか様子が変じゃないか?」ヒソヒソ
律「ふらちゃん、妙に浮かれてるよな。何かいい事でもあったんじゃねーの?」ヒソヒソ
紬「いい事って……、パーティーに行ったら偶然ビルゲイツに会った、みたいな?」ヒソヒソ
律「ムギにとってのいい事って、そういう次元なのかよ」ヒソヒソ
かきふらい「あれ、何を話してるの?」ニッコリ
唯「ふらちゃん嬉しそうだね、何かあったの?」
かきふらい「いやー、別に何もないんだけどね?」ニッコリ
澪律紬(絶対に何かあったな)
唯「ふーん……」
プルルル...
かきふらい「はい、もしもし」
澪「電話だな、相手は誰だ?」
かきふらい「……そうか、決まったのか!」
律「なんか、いい知らせみたいだな」
かきふらい「あぁ、あぁ、もちろん。全力で頑張るよ!」
紬「何かを頼まれたのかな?」
かきふらい「……みんな、重大な報告がある」
唯「何でしょう!」
かきふらい「『けいおん!』が、まんがタイムきららで連載される事になったんだ!」
紬「えっと、つまり、どういう事?」
律「まんがタイムきらら、ってのは全国で発売される雑誌だよな……」
澪「って事はまさか、私たちの姿が全国に公開されちゃうのか!?」
唯「ふらちゃん、そんな話、全然聞いてないよ!?」
かきふらい「いや~、前から話はあったんだけどね。編集会議で決定するまでは秘密にして、サプライズで発表しようかと思って」
唯「そうじゃなくて、事前に相談とか……」
かきふらい「安心してよ、軽音部の活動には何の影響もないから。ただ俺以外の人にも、みんなの日常をちょっと見てもらうだけさ」
唯「で、でも!」
澪「落ち着け、唯!」
紬「えーと、えーと……」
澪「よし、ムギも落ち着こうか」
律「……なぁ、ふらちゃん。連載は、もう決まった話なんだろう?」
かきふらい「あぁ、さっき言った通りだよ。すぐにでも原稿に取り掛からないとね」
律「それなら、今更私たちがあーだこーだ言っても、何も変わらないよ」
かきふらい「……さっきから、みんな何を言って」
律「だぁ~、気にするな! それよりみんな、素直にお祝いしてやろうぜ!」
紬「そ、そうよね。おめでたい話だもんね」
澪「そ、そうだな。連載決定、おめでとう」
かきふらい「あ、ありがとう」
律「ほらほら、ふらちゃんの人生の転機だぞ! もっと盛大に祝ってやんなきゃ、なぁ、唯!」
唯「えっ、あっ、うん」
かきふらい「……唯?」
唯「……んーとね、ふらちゃん、おめでとう!」
かきふらい「うん、ありがとう」
唯「『けいおん!』が、まんがタイムきららに連載されても、私たちはずっと一緒だよ!」
かきふらい「……?」
かきふらい「……唯たちの、あの反応は、一体何だったんだろう?」
かきふらい「連載が始まったら、何か不都合な事でもあるのかな?」
かきふらい「……考えても仕方ないや、原稿を描かなきゃ」
プルルル...
かきふらい「はい、もしもし」
友人「やぁやぁ、原稿は順調か?」
かきふらい「おかげさまで、ね」
友人「表紙用のカラーイラストも忘れずにな。〆切は原稿と同じ日だぞ」
かきふらい「了解しました、滞りなく!」
1ヶ月後
かきふらい「みんな、これが『けいおん!』新連載号だよ!」
律「おぉ、凄いじゃん。唯がカラーで表紙に載ってるぞ!」
紬「この雑誌が全国の本屋さんにたくさん並ぶのね!」
かきふらい「そうそう、読者からどんな反応が貰えるか楽しみだな!」
唯「ねぇ、澪ちゃん……」ヒソヒソ
澪「……まぁ、そんなすぐには出てこないんじゃないか?」ヒソヒソ
かきふらい「……?」
半年後
かきふらい「……新キャラ、ですか?」
友人「そうだ。思ったよりも人気が低空飛行でな、ちょっと新しい刺激を加えてみてもいいんじゃないかと」
かきふらい「それが、編集部の方針、ってやつか?」
友人「……まぁ、そう思ってくれて構わない」
かきふらい「……わかった。一応、後輩キャラをひとり考えてはいるんだ」
友人「おっ、素晴らしいね。どんなキャラだ?」
…
かきふらい「……ある程度、覚悟していた事とはいえ」
かきふらい「商業誌の連載は、やっぱり自分の描きたい通りには描けないなぁ」
かきふらい「梓の加入くらいは、まぁ前々から構想があったからいいとしても」
かきふらい「色々な注文を受けてネームを修正していくのは、何度やっても納得いかないし」
かきふらい「『けいおん!』が少しずつ、俺の手から離れていくような、俺だけのものじゃなくなっていくような、そんな気がする」
かきふらい「……俺はなんで『けいおん!』を描いてるんだっけ?」
ピンポ-ン
かきふらい「はいはい、って、今日は唯ひとりだけ?」
唯「そうなの、ごめんね。次からは、あずにゃんも一緒だから!」
かきふらい「そっか、今回の原稿で梓を描いたからね」
唯「それでね、その前に、ふらちゃんにお話しておかなきゃいけない事があるの」
かきふらい「……それが今日、ひとりで来た理由?」
唯「うん。別に私ひとりじゃなくても良かったんだけど、あんまりいい話じゃないし、ね」
かきふらい「なるほど、歓迎すべき話題じゃないんだね」
唯「なんか、ごめんね?」
かきふらい「気にしないで大丈夫だよ。それで、どんな話?」
唯「まず、質問です。ふらちゃんにとって私はどんな存在?」
かきふらい「……どんな存在、って、そりゃ大切な、娘みたいな」
唯「ふらちゃん、正直に素直に答えてよ」
かきふらい「……えっ?」
唯「最初に『けいおん!』を描いた時、ふらちゃんはどんな想いで私を創ったの?」
かきふらい「どんな想いって、そりゃ」
唯「恥ずかしがらないでいいよ?」
かきふらい「……俺の嫁、です」
唯「へへっ、ありがとう、ふらちゃん」
かきふらい「いや~、なんか照れるな、改めて言うのは」
唯「じゃあ、澪ちゃんやりっちゃんやムギちゃんは?」
かきふらい「……えっ?」
唯「みんなは、ふらちゃんにとって、どんな存在?」
かきふらい「あー、えーと、そうだな」
唯「正直に、素直に」
かきふらい「……みんな俺の嫁です」
唯「……ふらちゃんは欲張りさんだね!」
かきふらい「はい、すみません」
唯「じゃあ次の質問。ふらちゃんのお嫁さんである私たちが、もしも10股をかけていたら、どう思う?」
かきふらい「……じゅうまた?」
唯「10股。10人の男の人と一緒に付き合ってるとしたら」
かきふらい「いやいやいや、そんな事、考えられないよ!」
唯「……今度は私が、正直に素直に言う番だね」
唯「私には今、ふらちゃんを含めて、19人の旦那様がいます」
唯「10股でも信じられないのに、19人なんて、どうする?」
唯「私だけじゃないよ。りっちゃんには11人、ムギちゃんには14人、澪ちゃんなんか25人の旦那様がいるんだから」
かきふらい「えっ、えっ、えっ?」
唯「何が何だかわからない、って顔してるね」
かきふらい「そりゃそうだ、そんな話、わかってたまるか」
唯「魔法を使えるのは、ふらちゃんだけじゃないんだよ」
唯「お嫁さんの人格を創り出すイマジネーションは元々、誰でも持ってる力だし」
唯「まんがタイムきららの『けいおん!』を読んで、イマジネーションを刺激された魔法使いさんが、全国に何十人もいたんだ」
唯「そのうち19人は、
平沢唯をお嫁さんとして創り出してくれたみたいです!」フンス
かきふらい「……」
唯「ここまでOK?」
かきふらい「わかったような、わからんような話だけど、ひとつ聞いていいか?」
唯「はい、何でしょう!」
かきふらい「19人、他のやつらの家にも、こうして唯が来てるって事だよな」
唯「そうだね。ひとりひとり、性格なんかは微妙に違うだろうけど」
かきふらい「要するに、そいつらは二次創作のコピーじゃないか」
唯「コピー?」
かきふらい「オリジナルの唯は、今ここにいる唯だけだ。オリジナルを創れるのは、俺だけだ」
唯「んー、それはちょっと違うんじゃないかな」
唯「ふらちゃんの創った私も、他の誰かが創った私も、同じ平沢唯だよ」
唯「残念だけど私はもう、ふらちゃんだけのお嫁さんじゃない」
唯「連載が続く限り、きっとこれからも、旦那様の数は増えていくだろうね」
かきふらい「……そんな、馬鹿な」
唯「でもね、安心して。旦那様がどれだけ多くなっても、ふらちゃんが『けいおん!』を描き続ける限り、私たちはふらちゃんと一緒だから」
かきふらい「……俺が、描き続ける、限り」
唯「そう。その事を伝えるために、今日は私ひとりで来たんだよ。ふらちゃんが最初に創ってくれたのは、私だからね」フンス
かきふらい「……でも、俺が描き続けるって事は、他の誰かの妄想に燃料を与え続けるって事で」
唯「イマジネーション、ね。それは仕方ないよ、ふらちゃんが描いたものを誰にも見せずに、仕舞っておければいいんだけど」
プルルル...
唯「ほら、電話。きっと編集部からでしょ?」
かきふらい「……あぁ、その通りだ」
唯「〆切も近いんだし、原稿に戻らなきゃ。今日は私ももう帰るよ」
かきふらい「あっ、ゆっ、唯!」
唯「……大丈夫だよ。次はあずにゃんを含めて、5人で遊びに来るから」
プルルル...
唯「早く出ないと怒られちゃうよ。じゃあ、またね~」
半年後
友人「……梓が加入した辺りから、だいぶ人気が上がってきた」
かきふらい「それは良かった、打ち切りは当分免れたかな」
友人「それどころか、雑誌全体で見ても、かなり上位だ。俺の目に狂いはなかったよ」
かきふらい「へぇ、本当かい。ありがたい話だ」
友人「最近は読者から『けいおん!』について手紙やメールも届くようになった」
かきふらい「どんな事が書いてある?」
友人「励ましのメッセージが大半だが、今後のストーリーについての要望も多いかな」
かきふらい「たとえば?」
友人「梓の活躍をもっと増やしてほしいとか、澪と律の絡みがもっと見たいとか」
かきふらい「……そうか、考えておくよ」
さらに半年後
かきふらい「……あの時、軽い気持ちで読者の意見を取り入れたのが良くなかったか」
かきふらい「あれから要望がエスカレートしていって、あーだこーだ文句まで言ってくるようになった」
かきふらい「……俺は、誰のために『けいおん!』を描いてるのかな?」
梓「どうしたんですか、元気がないですよ?」
かきふらい「……あぁ、ごめんごめん。ちょっと仕事で疲れちゃっただけさ」
澪「お疲れのところ、お邪魔しちゃってすみません」
かきふらい「いやいや、みんなが来てくれる事が俺の生き甲斐だからね!」
律「忙しいのはわかるけど、無理すんなよ?」
紬「肩とか首とか、マッサージしてあげようか?」
かきふらい「ははっ、ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」
かきふらい(……他の誰かの家でも、こんな事が繰り返されているのかな)
かきふらい(紬がお茶の用意をしてくれて)
かきふらい(唯がダラダラしていて)
かきふらい(律がふざけていて)
かきふらい(澪がそれを叱って)
かきふらい(梓が文句を言いつつ溶け込んでいる)
かきふらい(……放課後ティータイムの日常は、もう俺だけのものじゃない)
かきふらい(やっぱり、独り占めしておけば良かったかな)
かきふらい(……いや、そうしたら、俺は今でもフリーターだったのか)
プルルル...
かきふらい「何だよもう、みんなが来てる時に」
唯「きっとまた仕事の電話だね~」
かきふらい「……はい、もしもし」
友人「突然すまない。いきなりで悪いが、今すぐ編集部に出て来れるか?」
かきふらい「今すぐ、って、そんなに急ぎの用件なのか? もう原稿は出したはずだが」
友人「原稿の話じゃない、とんでもない話が舞い込んで来たんだよ」
かきふらい「……せめて明日にしてくれ。今、取り込み中なんだ」
友人「あっ、ちょっと、おい!」
ガチャ
かきふらい「……どうせ、ろくでもない話だろう。行かなくてもいいや」
唯「本当に行かなくていいの?」
かきふらい「いいんだよ。みんなと過ごす貴重な時間を、邪魔されたくない」
梓「そんなんじゃダメです!」
かきふらい「……えっ?」
紬「こういう連絡がある時は大抵の場合、すべての予定をキャンセルしてでも行くべきだと思うわ」
律「なんか、ものすごいチャンスが待ってるかもしれないぜ。行かないと後悔するかもよ~」
澪「私たちの事は、気にしないで。また今度、みんな揃って遊びに来ますから」
かきふらい「……みんなが、そこまで言うなら」
唯「そうと決まれば、レッツゴーだよ、ふらちゃん!」
かきふらい「……悪いな、遅くなって」
友人「やっと来てくれたか、助かったよ。明日になったら、もしかしたらこの話は消えてたかもしれない」
かきふらい「どんな話なんだよ、一体?」
友人「すまんが説明は後だ、こっちの部屋に来てくれ」
ガチャ
友人「皆さん、お待たせしました。こちらが『けいおん!』作者のかきふらいです」
かきふらい「あっ、えーと、はじめまして」
友人「あちらに座っていらっしゃるのが、右から京都アニメーションのAさん、TBSのBさん、電通のCさんだ」
かきふらい「……何なの、この豪華なラインナップは?」
友人「それを今から説明する。実は……」
最終更新:2010年10月10日 22:46