かきふらい「……という訳で、アニメ化が決定した」
唯澪律紬梓「おぉ~!!」パチパチパチ
梓「すごいじゃないですか、アニメ化なんて!」
かきふらい「いや、なんと言うか、運が良かったんだよ」
紬「この前、電話を受けて急いで出て行った時?」
かきふらい「そう。きらら連載陣からアニメ化する作品の候補が幾つかあったみたいなんだけど、最終的には『けいおん!』が選ばれたんだ」
律「って事は、やっぱりあの時、行って大正解だったんじゃないか!」
かきふらい「その通り。実際『けいおん!』に決まりそうな流れだったみたいだけど、俺が直接お願いしたのが決定打になった」
紬「巨大なプロジェクトも、案外そんな感じで話がまとまっちゃうのね~」
澪「でもアニメって事は、私たちが、全国のテレビに映るって事だよな……」
かきふらい「あぁ、いや、全国どこでも放送される訳じゃないから」
梓「とはいえ、今ではインターネットがありますからね」
律「全国どころか、全世界に文化祭ライブを見てもらえるぞ、澪!」
澪「ひぃっ!」
かきふらい「……あっ、そうか」
唯「どうしたの?」
かきふらい「アニメ化されて人気が出たら、またみんなを嫁にする人が増えちゃうな、と思って」
唯「あぁ、それなら大丈夫だよ」
かきふらい「そうなの?」
唯「まんがタイムきららで連載が始まった時から、私たちの方は、その覚悟はできてるから」
かきふらい「……そっか」
唯「……でもね、ふらちゃん」
かきふらい「……あぁ」
唯「本音を言うと、ちょっと不安だよ」
かきふらい「そりゃ、そうだよな」
唯「『らき☆すた』の、こなちゃん、知ってるよね?」
かきふらい「もちろん。あの作品がなかったら『けいおん!』の連載もアニメ化もなかった」
唯「こなちゃんの旦那様、一番多い時で、5万人くらいいたんだよ?」
かきふらい「……5万人、か」
唯「優しい人もたくさんいたけど、その中には、こなちゃんに酷い仕打ちをする人もいたんだって」
かきふらい「……」
唯「でも、きっと大丈夫。私たちは、ふらちゃんと一緒だもん!」
かきふらい「……そう言ってくれて、ありがとう」
1年後
「唯の『うんたん♪』が可愛すぎて生きるのが辛い」
「澪の『萌え萌えキュン』だけでごはん3杯は余裕」
「あれ、りっちゃんの前髪を下ろすと……」
「むぎゅうううううううう!!!!」
「あずにゃんペロペロ」
「アリーナでのライブ開催が決定しました!」
かきふらい「……いつの間にか『けいおん!』は、俺の手に負えないくらい大きな存在になっていた」
かきふらい「今の『けいおん!』は、もう俺の創った世界じゃない。そんなものを、とっくに超えて、まだまだ巨大化している」
「唯憂もっと増やせ」
「蛸壺屋の設定を公式で採用するべき」
「かきふらいが描いた唯のエロ画像発見したwwwww」
かきふらい「人気が出るに伴って、変な連中も現れた」
かきふらい「ひっきりなしに寄せられるリクエストに、いちいち応えるのは大変だ」
かきふらい「しかも、無茶な要求をしてくるのは読者だけじゃない……」
プルルル...
かきふらい「はい、もしもし」
かきふらい「……また巻頭カラーと表紙ですか、これで何ヵ月連続です?」
友人「そう言わずに、今回も頼むよ。まんがタイムきららの売上、何割が『けいおん!』でもっているか、知ってるだろう」
かきふらい「わかってる、わかってるよ」
友人「それと、もう一つ。再来月掲載の話に、急遽ライブを入れてほしいんだけど、出来るか?」
かきふらい「……はぁ?」
友人「アリーナのライブ開催と
リンクさせよう、って上層部の方針でな」
かきふらい「……悪いが、断る」
友人「えっ?」
かきふらい「確かに俺は、金を貰って漫画を描いてる立場だが、何でもかんでも言いなりって訳じゃないぞ」
かきふらい「……なんて、カッコいい事を言ったわりに」
かきふらい「結局アイツの説得に根負けして、ストーリーを変更してしまった」
かきふらい「ネット上の評判はどんなもんだろう?」カチカチッ
「なんか今回のけいおんは微妙じゃね?」
「取って付けたような話だな」
「今年一番のハズレ回だったな」
かきふらい「……閉じよう」カチカチッ
かきふらい「……俺は何のために『けいおん!』を描いてるんだ」
かきふらい「誰かの望んだストーリーを描いて、誰かが得をして、他の誰かに批判されて」
かきふらい「それで結局、俺が得たものといえば」
ピンポ-ン
かきふらい「……はい、いらっしゃい」ガチャ
唯「おぉ、ここがふらちゃんの新しい家!」
澪「広くて、明るくて、いい部屋だなぁ」
律「こんなマンションに住めるなんて、ふらちゃんお金持ち!」
紬「私、引っ越し祝いにメロンを持って来たの~」
梓「お邪魔しま~す」
かきふらい「一つは、実体化した放課後ティータイムの5人」
かきふらい「もう一つは、多少の贅沢が許されるだけの金」
かきふらい「神経を磨り減らした代償としては、まぁ妥当なんじゃないかな?」
梓「唯先輩、そんなにあちこち見て回ったら失礼ですよ」
唯「だってだって、このお風呂なんか凄いんだよ!」
律「うぉっ、ジャグジーが付いてる! 毎日風呂を借りに通っちゃおうかな~」
澪「バ、バカ律! それって、つまり、その」
紬「あれ、なんで澪ちゃん顔が真っ赤なの?」
半年後
友人「アニメ2期も絶好調だな」
かきふらい「主題歌がオリコン1位・2位を独占か。ここまで来ると、まったく笑うしかない」
友人「何もかも、かきふらい先生のおかげです、ってね」
かきふらい「やめてくれ。特にオリコンの件なんか、曲を作ったのも、歌ったのも、絵を描いたのも俺じゃない」
友人「すべては『けいおん!』というコンテンツがあったからこその成果物だろう?」
かきふらい「俺が何もしなくても『けいおん!』は快進撃を続けるよ。原作者がどうだ、っていう次元じゃない」
友人「……そうそう、その原作の話なんだが」
かきふらい「あぁ、どうした?」
友人「原作の唯たちも3年生になって、部活も引退する時期だ。いずれ卒業も迎えるだろう」
かきふらい「そうだな、うん」
友人「それで、どうするんだ?」
かきふらい「どうするんだ、じゃ意味がわからん。質問は明確に頼む」
友人「……わかっているくせに」
かきふらい「……まぁ、な」
友人「終わらせるのか、連載?」
かきふらい「その質問、今ここで答えなくちゃ駄目か?」
友人「答えを急いでる訳じゃない。ただ、その様子だと、お前自身もまだ悩んでいるみたいだな」
かきふらい「さすが、長い付き合いだけあるな」
友人「編集部としては、ずっと続けてほしいのが本音だ。『けいおん!』はうちの稼ぎ頭だからな」
かきふらい「そうだろうね、当然」
友人「だが俺個人としては、こちらからは何も要請せず、お前の決断に委ねたいと思っている」
かきふらい「嬉しい事を言ってくれるじゃないか、ありがとう」
友人「……まぁ参考までに、先例を振り返ってみようか」
かきふらい「先例って言うと?」
友人「女子高生の日常を描いた4コマ漫画。大ヒットした作品は以前にも幾つかあった」
かきふらい「ふむ」
友人「たとえば『あずまんが大王』。あれは連載自体がリアルタイム進行だった」
かきふらい「4月号で進級して、7月号から夏休みで、って具合にな」
友人「そして連載3年目の3月、みんなの卒業と同時に『あずまんが大王』の連載も終わった」
かきふらい「綺麗な終わり方だったよな、あれは」
友人「他の例としては『らき☆すた』があるな」
かきふらい「『あずまんが大王』とは、真逆のパターンか」
友人「そう。高校卒業で終わらせず、大学編を今も連載している」
かきふらい「惰性で続けているだけ、なんて批判もあるなぁ」
友人「まぁ、以前よりも勢いが衰えたのは否定できない。美水先生もさっさと連載を終えて、新作を描いた方が良さそうなのに」
かきふらい「……美水かがみ先生、か」
友人「ある意味、お前の目標だった先生だよな」
かきふらい「今でも、そうかもしれないぜ?」
友人「ん、そうなのか?」
かきふらい「……なぁ、ちょっと頼みたい事があるんだが、聞いてくれるか?」
1ヶ月後
友人「そろそろ来る頃だな」
かきふらい「あぁ。この場をセッティングしてもらって、ありがとう」
友人「なぁに、お安い御用だ」
美水かがみ「……あっ、かきふらい先生ですか?」
かきふらい「はい、そうです。はじめまして、美水先生」
友人「本日はお忙しいところ、ご足労ありがとうございます」
美水かがみ「いやいや、最近はかきふらい先生の方が圧倒的に忙しいでしょう。お会いできて光栄です」
かきふらい「いえ、こちらこそ光栄です!」
友人「それでは、向こうに個室を用意してあるので、ご案内します。私は席を外しますので、しばらく2人でご歓談ください」
美水かがみ「……初対面なのに、個室で二人きりなんて、なかなか面白いシチュエーションですね」
かきふらい「すみません、私のわがままなんです。ぜひ先生とお話したい事があって」
美水かがみ「何でしょう。今が旬のかきふらい先生と違って、私はもう過去の人になりつつありますよ?」
かきふらい「……失礼を承知でお聞きします」
美水かがみ「はい」
かきふらい「私の勝手な推測ですが、美水先生は、自ら望んで過去の人になろうとしているのではありませんか?」
美水かがみ「……どういう意味ですか?」
かきふらい「もっと単刀直入に聞きます。美水先生も、魔法使いなんですか?」
美水かがみ「……」
かきふらい「……」
美水かがみ「……今、私『も』魔法使いか、と聞きましたね」
かきふらい「……はい。包み隠さずに言えば、私自身も魔法を使える人間なんです」
美水かがみ「今日、私が呼ばれた理由がわかってきました。かきふらい先生は、どうやら私とよく似た環境にいるみたいですね」
かきふらい「という事は、やっぱり美水先生も」
美水かがみ「かきふらい先生の家には、よく女子高生が遊びにやって来ますか?」
かきふらい「はい、そうなんです!」
美水かがみ「私の家にも、よく来る女の子がいるんですよ。もっとも、こちらは既に女子大生ですが」
かきふらい「こなた、かがみ、つかさ、みゆき、の4人ですか?」
美水かがみ「えぇ、その通り。そちらは唯、澪、律、紬、梓の5人で合ってます?」
かきふらい「間違いありません。美水先生も、原稿を描く事でキャラクターを実体化できるんですね」
美水かがみ「この事を踏まえて最初の質問を思い出すと、かきふらい先生の言いたい事がよくわかります」
かきふらい「いきなり失礼な事を言って、すみませんでした」
美水かがみ「いえ、大丈夫です。おっしゃる通り、私は『らき☆すた』が皆から忘れ去られる日を心待ちにしています」
かきふらい「それはやはり、ご自分の嫁を取り戻すために?」
美水かがみ「そうです。こなたが私だけの嫁だった日々を取り戻すために、今更ながら足掻いているんですよ」
かきふらい「その本音は、美水先生の言動から薄々感じていたんです。でも一つだけ、府に落ちない事があります」
美水かがみ「何でしょうか?」
かきふらい「過去の人になろうとしているのに、どうして連載を続けているんですか?」
美水かがみ「だって、私が『らき☆すた』を描く事をやめたら、こなたたちに会えなくなるじゃないですか」
かきふらい「デビューする前みたいに、誰にも見せず、1人で原稿を描くという選択肢は?」
美水かがみ「あぁ、なるほど。かきふらい先生、それは編集部の執念を甘く見ていますよ」
かきふらい「執念、ですか?」
美水かがみ「全盛期を過ぎたとはいえ、私の描く原稿は依然、編集部にとって金の成る木なんです」
かきふらい「それは、まぁ、正しいと思います」
美水かがみ「そんな原稿を、私だけの宝物にしようと思っても、許してくれませんよ。意地でも持ち帰って掲載します」
かきふらい「……そういうものですか」
美水かがみ「かきふらい先生は、こっそり1人で『けいおん!』を描き続ける生活に戻りたい、と思っていますか?」
かきふらい「はい。連載を早く終わらせて、自分のためだけに原稿を描きたいんです」
美水かがみ「それを雑誌に載せたくない理由はおそらく、編集部や読者からの干渉が煩わしいから」
かきふらい「まさに、その通りです」
美水かがみ「だとすれば、連載を終えても、お望みの静かで平和な日々は訪れないと思いますよ。申し訳ないけど」
かきふらい「……駄目ですか?」
美水かがみ「貴方は私以上に、有名になりすぎてしまった。編集部も、読者も、ネットユーザーも、連載を終えたからといって貴方を放置する事はない」
かきふらい「続編を描け、次回作を描け、というプレッシャーが押し寄せてくる訳ですか」
美水かがみ「そして、何か描いてるならそれを世に出せ、とも言われるでしょう」
かきふらい「あぁ、なるほど」
美水「山奥に失踪でもしない限り、ひっそりと自分用の原稿を描くだけの生活を送るのは難しいでしょう」
かきふらい「それじゃ私は、どうすればいいんでしょうか?」
美水かがみ「あくまで私の個人的な意見ですが、選択肢は二つしかないと思います」
かきふらい「何と、何ですか?」
美水かがみ「一つは私のように、惰性と言われようが蛇足と言われようが、連載を続ける道」
かきふらい「そして、もう一つは?」
美水かがみ「『けいおん!』を含めて、漫画を描く事を一切やめてしまう道」
かきふらい「……えっ?」
最終更新:2010年10月10日 22:48