律「で、どーしたんだ急に?」

唯「言葉で説明するよりも、体験してもらった方が早いと思うよ」

唯「まずはりっちゃん、この眼鏡をかけてみて」

 りっちゃんに澪パン眼鏡(りっちゃん命名)をつきつける。

 りっちゃんは指先をぴくりと動かしてから、ゆっくりと眼鏡を手に取った。

 まじまじと眺めて、おずおずと掛けてみる。

律「……」

 りっちゃんは絶句していた。

唯「どうなった? りっちゃん」

律「え……と」

 すこし視線を惑わせるりっちゃん。

律「なんともないけど……?」

 笑っちゃうくらい、りっちゃんらしい反応だ。

 ならばと私は、胸のボタンを2つ外した。

唯「じゃありっちゃん、私の下着の色わかる?」

 しばし目をこらしたあと、りっちゃんは意を決した顔で答えた。

律「ぴ、ピンクだっ!」

唯「残念、黒だよ」

律「わかってたさぁ、ちょっとしたボケだよ。黒ブラの唯ちゃん」

 りっちゃんは結構、往生際が悪い。

唯「そっかぁ。でも私、今日は水色なんだ」

律「参りました」

 でもやられる時はあっさりやられる。

 なんというか、いかにも「りっちゃん」って感じだ。

 私はボタンを留め直した。

律「しかし、なんなんだこりゃ?」

 りっちゃんは眼鏡を外したりかけたりして、目をぱちぱちさせている。

唯「私も細かい事はわかんないんだけど、条件に合致する人がみんな素っ裸に見えちゃう眼鏡だよ」

律「さすが澪パン……」

 りっちゃんも私と一緒で、頭は冴えないけど物怖じしない。

 あれこれと仕組みを考えたりせずに、あっさりと納得してくれた。

律「でも、その条件ってなんなんだ?」

唯「それを今さぐってるところなんだ。りっちゃんも一緒に考えようよ」

 私はりっちゃんに、現状わかっていることを伝えた。

 デパートのお客さん、店員さんや聡くんのような他人には、効果を発揮しないこと。

 憂、お隣のとみおばあちゃん、りっちゃんには効果があったことなどだ。

律「親しい人間なら効果があるってことか……?」

唯「そういう感じだとは思うんだけど」

唯「でも、『親しい』ってどこから親しいって言うのかわかんないよね」

律「む……それは確かに」

 りっちゃんは眼鏡の位置を直しつつ、『親しい』の基準について考え始めた。

唯「りっちゃん、そろそろ眼鏡外さない?」

律「なんか頭が働く気がするからもうちょっと掛けてる」

唯「あ、それ分かる。眼鏡かけると冴えるよね」

 もういいや。

律「にしても、親しいの基準か」

律「とりあえず色んな奴と比較してみないと何とも言えないな……」

 りっちゃんの言うことはもっともだった。

 私たちがあれこれ邪推してみても、

 澪パン眼鏡がもってる『親しい』の基準なんて分かりはしない。

 そもそも私たちが考えている、親しい人間だけという条件さえ、正しいかどうかは分からないのだ。

唯「そうだね……色んな人と会ってみるのがいいんだけど」

唯「今は冬休み中だからなぁ」

律「誘えば会ってくれるのもいるだろうけど、折角だしバーンと集めて試したいな」

 眼鏡のうでをペタペタ触りながら、りっちゃんは思考する。

律「あ、そだ」

律「いっそ、クリスマス会にクラスのみんなを呼んじゃうか?」


 りっちゃんの言葉に、私は戦慄した。

唯「ど、どういうこと?」

律「だから、25日はさ、クラスのみんなを集めてパーティをすることにしないかって」

律「みんなでお菓子でも持ち寄ってさ。そしたらたくさん集まってくれるんじゃないか?」

 悪気があって言ってるわけじゃないのはわかる。

 たくさんいた方が、確かに楽しいかもしれない。

 この眼鏡の効果が出る条件も、みんなと会えばわかるかもしれない。

唯「……?」

 でも、なんで25日なんだろう。

 りっちゃんが24日に予定があるって言うのは、なんとなく分かってた。

 それを責めようってわけじゃない。

 どうして、よりにもよって25日を選ぶの?

律「……唯、どうした?」

唯「う、ううん。何でもないよ」

 私はたぶん、ひどい顔でりっちゃんを睨んでいたと思う。

 表情を繕おうとした時、顔の筋肉が痛いほど引き攣った。

唯「いい提案だけど、クリスマス会は私たちだけがいいかな」

律「そうか? じゃ、別の機会にしておくか」

 意に介した様子もないりっちゃん。

 苛立ちよりも、切なさがわきあがってきた。

 私は黙って手を伸ばし、眼鏡を取り返す。

唯「ていうか、学校始まってからでいいかも」

 喋りながら、なるべく自然な動作で眼鏡をかける。

 やっぱり、りっちゃんは服を着ていないふうに見えた。

律「でも気にならないか?」

唯「気になるけど、そう慌てることでもないかなって」

 軽い嘘をつく。

 本当は、いますぐにでも澪パン眼鏡のすべてを知りたかった。

 だってこの眼鏡は、もしかしたら今の状況から私を救い出してくれるかもしれないから。

唯「あ、そろそろ帰らないと。ご飯に間に合わなかったら憂に怒られちゃう」

律「わかった。気を付けて帰れよ」

 りっちゃんは、門の前まで私を送ってくれた。

律「その眼鏡のこと、こっちでも出来る限り調べてみるからさ」

唯「うん、ありがと。あ、何か分かったらメールしてね」

律「おう。そっちもよろしく」

唯「それじゃ、またね」

 お別れを言うと、私は小走りで家路についた。

唯「あれっ……」

 小走りで帰り道を往っていると、全裸の女性が向かいから歩いてきた。

 どこかで見たことがある気がしたけれど、誰だったろう。

 すれ違う時、一瞬だけ目が合った。

 「……」

唯「……?」

 やっぱり、思い出せない。

 澪パン眼鏡が効果を発揮するって事は、ある程度親密な間柄なのかもしれない。

 けれど、相手のほうも私と目が合っただけで、特に興味なさそうにすたすた歩いていってしまった。

唯「……もしかしたら、条件ってもっと別なものなのかな」

 私はなんだか、澪パン眼鏡を過大評価しているような気がしてきた。

 家に帰って、憂の作ったご飯を食べる。

 今日は和風の献立だ。

 憂のつくる和風料理は柔らかくて味がやさしい。

 この里芋の煮物なんてもうほんとヤバい。

 お口の中がふわふわタイム。

唯「憂の料理はほんとおいしいな~」

憂「褒めすぎだよ、お姉ちゃん」

唯「そんなことないよ」

 私は口元を引き締めて、憂を見つめた。

唯「毎朝君の作った味噌汁を飲みたいな」

憂「うふふふふ」

 ツッコミすら無しですか。

唯「……同じお墓に入りたいな」

 意地になった私は、さらに続ける。

憂「ぬひひ……ふへっ」

憂「くくっ、わかった、約束だよお姉ちゃん……ひひひ」

 なんだろう。

 急に聡くんのことが心配になってきた。

 クリスマス会の時にでも、あずにゃんにはお礼を言わないといけないかもしれない。

 うちの妹と仲良くしてくれてありがとう、と。

唯「う、うん。約束……」

憂「もらった……もらったぁ……」

 この約束、しちゃって大丈夫だったろうか。

 そもそも、憂に何があった。

憂「っていうのは置いといて」

唯「あれっ」

 憂から出ていた禍々しいオーラが消えた。

憂「私はいつまでなら、お姉ちゃんにおいしいご飯を食べさせてあげられるのかな……」

 かわりに、憂はうなだれて悲嘆する。

唯「……それは」

憂「私もお姉ちゃんもすごく頑張らないと、いつまでもなんて無理だよ」

憂「つらい事もたくさんあると思う」


 私は黙ってごはんを掻きこんだ。

憂「ねぇ、聞いてよお姉ちゃん」

唯「ごちそうさまっ」

憂「私と一緒のお墓なんて、無理なんだよ?」

 椅子を立って、私は自分の部屋に駆け戻った。

憂「お姉ちゃんっ!!」

 私の気持ち、憂にはバレていたんだ。

 鍵をかけて、布団にもぐりこむ。

唯「ふうぅ、ふうぅ」

 いつから、どこから、ばれてたのかな。

 どれくらい悩んだのかな。

 憂もこんなこと伝えたくなかったと思う。

 でも、確かなんだ。

 私の恋に、不幸な未来の可能性があり得ることは。

唯「……うわああああああっ!!」


 何もしなければ、いずれ私は誰か男の人と結婚して、

 子供も産んだりして、安穏な生活をするのだろう。

 それが一般的に幸福と呼ばれるしろものだ。

 けれど、もし私が和ちゃんと一緒になれたら。

 どんな生活になるんだろうか。

 家事は憂からがんばって教わって、きっと和ちゃんが外で働く。

 大変だけど、満ち足りて幸福だ。

 だけどある日、こんなうわさが流れる。

 あそこの家の真鍋さんって、同性愛者らしいよ。

 うわさは和ちゃんの周りまで飛んでいく。

 仕事場だの取引先だので、周囲から向けられる蔑視の目。

 私も同じように、落ち着いた暮らしなんてできなくなる。

 私がこの気持ちをムギちゃんに相談した時、

紬『唯ちゃんは女の子なのに、女の子が好きなの?』

紬『……気持ち悪いわね』

紬『っていうのが、普通の人の反応よ』

 そう言われた。

 普通って何だろう。

 私の気持ちを否定できるくらい、すごいものなんだろうか。

紬『でもね、真剣な恋心を否定できるものなんて存在しないの』

紬『あるとしたら、その恋心をもらった人の気持ちくらいかしら』

紬『だから、普通の人の言葉になんて、耳を貸さなくていいの』

紬『もちろん、好きになった人の言葉は別よ?』


 言葉はちょっと乱暴だったけど、ムギちゃんは私を肯定してくれた。

 ムギちゃんの言葉を思い出しては、どれだけ救われたか分からない。

唯「ん……」

 私は枕に顔をこすりつけてから、布団をけとばしてベッドを降りた。

 ドアの近くまで行くと、憂が立っているのが気配でわかった。

唯「憂、さっきはごめんね」

憂『ううん……私がいけなかった。あんなこと言っちゃってごめんね』

 泣いていたのか、憂の声は震えていた。

唯「いいんだよ、憂。……でもね、私が幸せになることが憂の望むことだとしても」

唯「……もうちょっとだけ好き勝手やらせてほしいな」

唯「憂には辛いかもしれないけど……私がぼろぼろになるまで、待ってほしい」

憂『……わかった』

憂『でも、これ以上無理だって思ったら、すぐに止めるからね』

 憂の気配が離れていく。扉の開閉する音がした。

唯「私、ほんとにひどいお姉ちゃんだ……」

 いつもいつも、憂に辛い役割ばっかり押しつけて。

 その上、憂のお願いも聞いてあげない。

唯「……もうお風呂入って寝ちゃおっかな」

 和ちゃんとの恋が終わったら、私はぜんぶ憂のものになろう。

 その時がいつになるかは分からないけど、それからの一生は憂のために頑張ろう。

 私は厚手の寝巻を手にしてから、お風呂に入るべく階段を下りていった。




【憂】

――――

 12月23日 晴れ 36.9℃(あったかあったか)

 今日は何かといろいろあった一日でした。

 まずお姉ちゃんと買い物にいったデパートで、不思議なことがありました。

 お姉ちゃんとはぐれたにも関わらず運命的に再会を果たすと、お姉ちゃんが眼鏡をかけていました。

 さてなんと、お姉ちゃんが4階のメガネ屋さんで見つけたというその眼鏡は、魔法のメガネだったんです。

 どんな魔法がかけられていたかというと、

 この眼鏡を通して見ると、私やお姉ちゃんの服が見えなくなってしまうんです。

 思い出したくないので少し省きますが、この眼鏡のことで一悶着ありまして、

 私はお姉ちゃん二人で、同じトイレの個室に入ってしまいました。

 立ちこめるアンモニアの臭いの中で、お姉ちゃんがとっても近くて、

 それにお姉ちゃんはちょっぴり怒ってたみたいで、不覚にも私は興奮してしまいました。


 その上、うっかり魔法の眼鏡をかけてしまった私は、お姉ちゃんの裸を見てしまいました。

 耐えきれるよしはなく、されど興奮をおさめるすべもなく、

 私は鼻血を出して、お姉ちゃんに心配をかけてしまいました。猛省ですね。

 で、眼鏡のことは忘れることにして、和ちゃんへのプレゼントをふたたび探しに。

 髪型が真面目すぎるということで、キラキラしたヘアピンを贈ることにしました。

 26日になったら、スタイリングしてあげようと思います。

 和ちゃんがどんな風に変身するのか、今から楽しみです。

 誕生日の日くらい、皆さんの前だけど和ちゃんって呼びたいな。

 ひとまずはここまで。

 お姉ちゃんと喧嘩してしまいました。

 冗談のつもりだったんだろうけれど、どうしようもなく悲しくなってしまって

 お姉ちゃんにとって、一番つらいことを言ってしまいました。

 お姉ちゃんの幸せを傷つけてしまうなんて、私は最低の妹です。

 時折、妹ではなくメイドさんとかがよかったかな、と思ってしまいます。

 お姉ちゃんの生き方に口出しすることはできないのに、

 お姉ちゃんの喜ぶ顔を近くで見ていられるのですから。

 お姉ちゃんでもお嬢様でもいいから、ずっとそばにいたいです。

 そのくせ黙って見守ることもできない妹の自分が、今はいとわしく感じます。

 『憂の日記 第57巻 ~18歳になったお姉ちゃんのかわいさでベテルギウスが爆発しそう~』より


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最終更新:2010年10月12日 22:42