【唯】
――――
けだるい朝だった。
休みのうちは憂も粘り強く起こしに来たりしないが、
ここ2、3日は私の部屋の戸を叩くだけだ。
まだ私のわがままを許してくれていないんだと思う。
起きた時には、相変わらず「体温測定だよ」と抱き着いてくるけれど。
唯「……はぁ」
今日は12月25日。
待ちに待ったクリスマス会の日だ。
おしゃれをして皆を待たないと。
いつまで一緒にいられるか分からないんだから、
思い出になる日には、可愛い私を記憶してほしかった。
憂「お姉ちゃん、相変わらず寝ぐせすごいね」
苦笑しながら、憂は私の髪に櫛を通す。
何よりすごいのはこのクセを1回でサラサラにしてしまう憂だと思う。
唯「憂はぜんぜん寝ぐせつかないのにね」
憂「たぶん、お姉ちゃんは寝てる時にもぞもぞ動きすぎなんだと思うよ」
唯「えっ」
もしかして、私の寝ぐせはアレのせいなんだろうか。
いやまさかそんなばかな。
確かに昨日は終わってすぐ、そのままの体勢で寝てしまったけれど。
憂「お姉ちゃん?」
唯「なんでもごザアませんわよ、ホホホ」
とりあえず気取られるわけにはいかないので、適当にふざけて憂の気をそらした。
髪が整ったところで、憂はそっと私の頭を撫でてきた。
唯「……どしたの?」
憂「……ううん、なんでもない」
唯「そう?」
憂の手つきは優しくて、なんだか母親みたいだった。
憂「私がこんなことしても、何の意味もないよね」
唯「そんなことないよ。なんか安心する」
憂「えへへ。そうじゃないんだけど……ありがとう」
もう少しだけ憂は私の頭を撫でて、どこか切なそうに笑った。
憂「じゃあ私お料理出してくるから、お姉ちゃん着替えてきてね」
唯「はーい」
今日のコーディネートは既に決めてある。
私は机の上に畳んでおいた服に着替えた。
唯「あっ……」
着替え終わった後、机の上に置きっぱなしになっている澪パン眼鏡に気付く。
慌てて引き出しの奥にしまいこんだ。
澪パン眼鏡の存在をみんなに知られるわけにはいかない。
りっちゃんにも口止めしてある。
律『なんでだよー。みんなに教えたほうが面白いじゃんか』
唯『わかってないなぁ……この眼鏡はみんなにイタズラを仕掛けるためにあるんですぜりっちゃん』
律『なんとっ! そこに気付くとは……やはり天才か』
私でも思う。りっちゃんは扱いやすい。
思わず頬が緩んだ。同時に、ドアチャイムの間延びした音が私の耳に届く。
ついにこの時が来たか。
私は部屋を出て、みんなを出迎えに行った。
玄関のドアを開けると、マフラーを巻いたみんなが勢ぞろいしていた。
澪ちゃん、りっちゃん、ムギちゃん、あずにゃん、和ちゃん。
みんな赤っ鼻のトナカイになっていた。
唯「よく来たねぇー。上がりたまへ」
律「寒かったよーほんと」
梓「すっかり手が冷えちゃいました」
あずにゃんは無意識なのか、自然に私の手を握ってきた。
梓「はー……あったかいです」
唯「あずにゃん、手離さないと靴脱げないよ?」
梓「えっ? あ、あっ、すいません……」
私の手を包み込んでいた両手を慌てて離して、あずにゃんは赤面した。
あずにゃんが言うほど、冷たい手ではなかったと思うけれど。
あずにゃんも体温高いのかな。
唯「和ちゃんもおひさっ!」
私は軽く手をあげた。
ほんとは抱きつきたかったけど、私の気持ちはムギちゃん以外には秘密にしている。
こんな気持ち、みんなに知られたらまずい。
それに私は、今の時点でもう拒否されることが恐ろしくて仕方なくなっていた。
和ちゃんにさわったら嫌がられてしまうんじゃないかって、柄にもない事を考えていた。
和「たった2日、顔を合わせなかっただけでしょ」
唯「和ちゃんそっけないー」
和「はいはい」
せっかく会えたのに、和ちゃんはけんもほろろ。
悲しいなぁ、もう。
いつも通りの和ちゃんなんだけどね。
――――
律「そしたらムギの足元からぶわーっと風が出てきてな」
和「災難だったわね……」
紬「地下鉄の通風孔があるなんて知らなかったわ……」
澪「まぁ都会なんて行くものじゃないってことだ」
梓「でも、マリリンモンローみたいでセクシーでしたよ」
憂「梓ちゃん、フォロー下手だね」
梓「ええっ!? あ、その、サテン地ですごくきれいな下着でしたし、見られても大丈夫ですよ!」
唯「あずにゃん……」
紬「いいのよ梓ちゃん。パンツなんて穿いてた私が悪いの」
和「それも違うと思うわよ、ムギ」
お昼の間は、みんなで県外の街まで買い物に出た日の話をしていた。
澪「それでさ、ちょっと高かったけどみんなで色違いのブレスレットを買ったんだよ」
あの日買った軽音部おそろいのブレスレットは、今日も私の手首にまわされている。
他のみんなも同じだ。
りっちゃんはアクセサリーが苦手だって言っていたけれど、これだけは特別らしい。
和「そういえば唯って、最近いろいろアクセサリー買うようになったわよね」
唯「うん。なんか色々欲しくなっちゃうんだ」
なんか、なんだか、どうしてか。
私は嘘を吐いたりごまかしたりするとき、これらの言葉を多用する。
頭が悪いから、もっともらしい代わりの言葉が浮かばないんだ。
澪「けど、ちょっと使いすぎじゃないか?」
唯「いいよぉ、そんなの」
私がおこづかいを使い果たしてまで、アクセサリーを買う理由。
それは、金属製のアクセサリーは私たちを繋ぎとめてくれるからだ。
あのころ着ていたおしゃれな服は傷んでしまう。
制服もひっくるめてそうだ。
「けいおんぶ」のキーホルダーだって、いつも持ち歩いていたらボロボロになる。
だけど、金属のアクセサリーはなかなか壊れない。
もし壊れても、また直せる。
よっぽどひどい壊れ方をしない限りは。
私は壊れないものをたくさん持っているんだと思いこみたいだけ。
くだらないけど、私にとっては大事なものだ。
梓「唯先輩はハマったら止まりませんからね」
和「ほんとにね。一つのこと以外見えなくなっちゃうのよ」
和「まあ、そこが唯のいい所なんだけど」
唯「でしょ?」
和ちゃんが私を褒めてくれただけで、にやけてしまう。
和「ここで鼻高々になられるのも困るんだけどね」
調子に乗った私を和ちゃんが叱った。
それでもなんだか嬉しくなってしまう。
私、変態だったのかも。
――――
律「憂ちゃんの料理がうますぎる……」
梓「ほんと。これならお店で出せるよ」
紬「憂ちゃん、どう? 私のところでお店開いてみない?」
憂「あはは、そんな。買い被りすぎですよ」
紬「あら、本気なんだけどなぁ」
憂「へ……」
大きなお肉を噛みながら、私は動向を見守っていた。
紬「学校を卒業したら、私のところに来ない?」
澪「お、おいムギ……」
紬「ひとつのルートを提示しているだけよ。無理になんて言わないわ」
憂「私は……」
憂が横目で、私に助けを求めた。
唯「憂、いま結論を出すことでもないよ」
憂「……」
ムギちゃんの目は真剣そのものだ。
その視線のせいか、私が言っても憂は俯いたまま、返事をしない。
律「あっと……」
りっちゃんが喉を詰まらすほどの重苦しい空気が支配した。
さっきまでは、楽しいクリスマス会だったのに。
和「そのへんにしなさい、ムギ」
和ちゃんが厳しい声でムギちゃんをたしなめた。
紬「……ええ、そうね。また今度にするわ」
ひとまずこの場はおさまったけど、明らかに空気が冷えていた。
憂の料理が温かに見えない。
和「じゃあ一発芸いきます」
唯「えっ?」
どこに隠していたのか、和ちゃんは私の黒いタイツを取り出した。
そして、腰を包む部分を広げて、ふくらんだ胸からぶら下げると
和「おばあちゃん」
と言い放った。
澪「……あぁ」
少しの時間差をおいて、澪ちゃんの納得したような声。
それがみんなの堤防を決壊させた。
――――
【和】
すっかり夜も深まり、憂は眠たげに目を擦った。
もう、ムギに言われたことも忘却の彼方に去ったことだろう。
一晩で用意した一発ギャグであそこまで場が暖まるとは思わなかったけれど、
結果的にずいぶん良い方に転がってくれたらしい。
和「あら、もう11時ね」
律「ほんとだ……お肌に悪いしそろそろ寝るか」
梓「おはだっ!?」
律に似つかわしくない発言に、梓ちゃんが吹き出した。
律「中野きさまぁ!」
梓「たいなかぁ! たいなかぁ!」
この二人はまだ元気が有り余っているようだ。
律たちのじゃれ合いは、仲のいい小学生を思い起こさせる。
唯「それじゃあ、寝床の割り振りを決めよっか」
今日、唯の家には私を含めて7人が泊ることになっている。
これだけいると、流石に二人の部屋には押し込みきれない。
和「唯と憂はそれぞれの部屋にして、あとはくじ引きね」
憂「へっ……あ、そうですね」
唯「それじゃあ、私の部屋と憂の部屋とリビングかな」
和「そういうことになるわね」
順当に行くならば、二人の部屋に2人ずつ、リビングに3人。
リビングは大きな窓があるせいで、かなり冷えこんでいる。
こたつで暖をとることになるだろうから、布団を敷くこともできない。
普通に考えれば、唯の部屋か憂の部屋の争奪戦になるだろう。
紬「あっ、なら私はリビングがいいわ!」
まぁ、軽音部はイレギュラーばかりなんだけど。
律「じゃあ私と澪もリビングだな」
澪「ちょっ……」
紬「私、友達と炬燵で雑魚寝するのが夢だったの~」
寄ってたかって、雪の山小屋のようなリビングで寝たがる軽音部。
心情は理解しかねるが、おかげで暖かい寝床を確保できそうだ。
梓「それでは、和先輩は唯先輩と憂の部屋、どちらがいいですか?」
まるで私にも希望があるんじゃないかというように、梓ちゃんが尋ねてきた。
唯が何やら言いたげに私を見ている。
和「そんなこと言われてもね……」
唯でも憂でも、どちらの部屋でも私はかまわない。
和「梓ちゃんはどっちがいいとか無いの?」
梓「そんな……選べないです」
この子いったいなんなんだろう。
まぁいいか。
二人分のくじをわざわざ作るのも面倒だし、ジャンケンでもしてぱっぱと決めてしまおう。
和「じゃあ、勝った方が唯の部屋ね」
私は拳を握って突き出した。
梓「いいでしょう……楽園に足を踏み入れる者には試練がある、戦いが待っている」
梓「そういうことですね」
要領を得ない台詞を吐きながら、梓ちゃんはファイティングポーズをとる。
頭が痛い。
和「……なんかもう私の負けでいいわ」
梓「じゃあ唯先輩は私が頂戴しますね」
和「はいはい、どうぞどうぞ」
ちょっとアレな後輩に唯を任せることにして、私は憂と一緒に階段を上った。
【憂】
――――
12月25日 雪 37.1℃(ほてり気味?)
さっきの反応で確信しました。
そのことについて述べるのはあとにして、まず私の身にあったことを記します。
今日のクリスマス会で、紬さんに今後の話をされました。
最後まで話を聞くことはできなかったけれど、
紬さんの家が持っているレストランかなにかに、シェフとして招きたいという話なんだと思います。
でも、私が振舞った料理はクリスマス限りのごちそうですし、
知らない誰かが手をつける料理のために、私はこころを込められません。
折角の話かつ、紬さんには悪いですけれど、この話はお断りしようと思います。
私の道は、たぶん他にあると思いますから。
幸せな道が、きっと。
さて、私のことなんてここに記すようなことでもありません。
本題に入ります。
お姉ちゃんは、和ちゃんのことが好きです。
和ちゃんが、お姉ちゃんでなく私の部屋で寝ることになった時の表情。
お姉ちゃんが女の子を好きだというのはわかっていました。
でも、誰のことを好きなのかは、これまで確信がありませんでした。
もしかしたら私かも、という淡い期待を抱いたりもしましたが、
さっきの表情を見て、はっきりわかりました。
和ちゃんの方は、気付いた様子はなさそうです。
だから、そんな鈍い和ちゃんには、きちんと伝えてあげなきゃいけません。
和ちゃん、今夜は眠れないかもしれません。ごめんなさい。
でも、きっとお姉ちゃんのためですから。きっと、きっと。きっときっと。
『憂の日記 58巻 ~今日からずっと~』より
最終更新:2010年10月12日 22:43