アットウィキロゴ
【唯】

――――

 私と和ちゃんが出会ってから、19年が経った。


 今日は私たちの結婚式だ。

 といっても、私の部屋で小さなパーティを開くだけだけど。

 ウェディングドレスだって着れないし、昔の友達も呼べない。

 チャペルもなければウェディングベルもなく、せいぜいライスシャワーが1キロ用意されているくらい。

 あ、でもケーキだけはムギちゃんが特大のを頼んでくれたって。

律「よぉ、唯」

唯「りっちゃん」

 花嫁の控室……まぁ洗面所に、りっちゃんが顔を出しに来てくれた。

律「おっ、綺麗なかっこだな。誰かと思ったよ」

唯「えへへ……一生に一度の日だからね」

律「幸せそうだこと」

 実際そうなんだけどね。

 りっちゃんの手前、軽々しく答えることはできなかった。

唯「……澪ちゃんは、どう?」

律「まだ寝てるよ。今回は深かったらしいし」

律「ま、命に別条なしってことで、今日は呑気に来させてもらったよ」

唯「……」

律「コラ。花嫁が暗い顔してんなよ」

 りっちゃんと澪ちゃんは、すごく苦しい生活を送っている。

 二人とも宅配会社の荷運びだけれど、澪ちゃんが半年に1回くらいは自殺未遂をしているみたい。

 一度、りっちゃんも一緒に心中しようとした時もあった。

 ムギちゃんがサプライズ訪問という名の覗きを企画していなければ、どうなっていたやら分からない。

唯「ごめんごめん」

律「心配すんなよ、唯たちはうまくいくから」

 無責任な言葉ではあったけど、仲間に言われると心が軽くなる。

律「んじゃ、式が始まるまでスリープインザこたつしてるわ」

 疲れてるんだろうな。りっちゃんは腰をひねって、居間に戻っていった。

唯「うん。ゆっくりしてて」

 式が始まるまでは、まだ結構な時間がある。

 私も腰を伸ばしてだらけていると、再び洗面所のドアが開けられた。

梓「こんにちは、唯先輩」

唯「あずにゃん!」

梓「今日はおめでとうございます。……それだけ、伝えに来ました」

 あずにゃんは申し訳なさそうに肩をすくめた。

唯「え? 帰っちゃうの?」

梓「まぁちょっと、気まずいというか……」

唯「……まだ仲直りできてないんだね」

 あずにゃんと憂が付き合っていたのは知っていた。

 そして、ずいぶん前にあずにゃんの浮気が原因で別れたことも。

唯「憂が一人になった時に、支えてくれたのはあずにゃんだよ」

唯「……ありがとう」

梓「でも、私は……結局は憂を傷つけましたから」

唯「……そうかもしんないね」

唯「あずにゃん。けどさ、私は憂とあずにゃんが仲直りできるって信じてるよ」

梓「そう、ですか……ありがとうございます」

 あずにゃんはペコリと頭を下げた。

梓「それじゃこれ、おいしい鯛焼きです。電子レンジであたためなおしてもイケますよ」

唯「おーおー、めでたいやき。ありがたや……」

梓「ふふ……では失礼します」

唯「うん。また会おうね、あずにゃん」

梓「はいっ」

 あずにゃんは未練がましそうに振り返った後、駆けるような足取りで私たちの部屋を出ていった。


 30分ほどして、洗面所のドアがノックされた。

唯「はい?」

 ドアを開けたのは、和ちゃんだった。

 今日の眼鏡は昔と同じ、赤いアンダーリムにしてもらった。

和「行くわよ、唯」

和「……真鍋唯」

唯「うん、和ちゃん」

唯「私のお嫁さん」

 ムギちゃんのキーボードが聞こえてくる。

 おなじみ、ワーグナーの結婚行進曲だ。

 私は和ちゃんの腕につかまって、一歩一歩をたしかめながら歩いた。

 赤なのか茶色なのか、微妙な色の絨毯がふかふかする。

 絨毯が続く先には、いつか見たりっちゃんの照れ笑い。

 今やムギちゃん系列の高級レストラン切り盛りするほど、料理が得意な妹が作ったフレンチ。

 満面の笑みで、結婚行進曲を奏でるムギちゃん。

 私は和ちゃんの顔を見上げた。

 眼鏡越しに、視線が合う。

唯「えへへっ」

 私は前を見ることにした。

 あと一歩で、リビングとの境目。

 和ちゃんと一緒に踏み越えた。

 ――新婦、入場。


 おわり。




 湯気をたてる2杯目のココアをそっと啜って、唯は紙束をテーブルに置いた。

「なんていうか……」

 そして、やや口ごもってから意を決したように、

「メガネあんまり関係なかったね!」

 ツッコミを入れてきた。

「最後まで読んで感想がそれ!?」

「だってなんか凄く気になっちゃって……」

「この変態」

 私だって、自分の文章がけして上手でないことは自覚している。

 だから、ツッコミどころはいくらでもあって当然だ。

 ただ、唯が「この物語の唯」に自分を投影できていなかったら、それは大問題なわけで。

「……で、どうだった?」

 唯がこの物語を通して、唯自身のこれからを考えてくれなければ困る。

「だからメガネが……」

「そこ以外でだ!」

「おい、頼むぞ唯、まさかずーっとメガネのことばっか考えてたりしないよな?」

 私は唯の手を握った。

 唯は天井を見上げて、すこし唸る。

「この物語の後、私たちはどうなったの?」

 それは一応、作品のうちに書いてある。

 きっと唯には分からないだろうし、実際にそうなっていくかどうかは決まってなんかいないけれど。

「それをはっきり書いたら、唯の判断に影響を与えてしまうだろ」

「背中を押したらその先は崖だった……なんてことだってあるからな、私たちの道は」

「……そっか。私が考えなきゃいけないね」

「唯はこの二人、どうなると思う?」

「うーん」

 唯は顎を撫でてしばし考え込む。

「……まぁ、幸せになると思うな」

「ほぉ、どうして」

「私と和ちゃんだから」

 自信たっぷりに言い放って、唯はココアを飲む。

「……そう思うならさ」

 和に告白してみたらどうだ。

 続けようとした言葉は、あるイレギュラーによって遮られた。

 唯の表情を見ていると、言う必要もなかったように感じるけれど。

「あら、唯に澪。こんなところで会うなんてね」

 真鍋和である。


「あれっ、和ちゃん」

「奇遇だな」

 私は平静を装う。

 和が現れた以上、唯と和についての話は続けられない。

「せっかくだからご一緒していいかしら?」

「ああ、座っていいよ。いいよな、唯」

 私は「スペースを空けるための気遣い」みたいな感じでさりげなく紙束をバッグにしまった。

「うん、いいよ」

 唯の許可を得て、和は唯の隣に座る。

「よっと……唯、なんの話してたの?」

「私と和ちゃんが結婚したら、きっと幸せになれるよねって話してたんだ」

 バカという言葉の限界を見た。

 唯は筆舌に尽くしがたいバカだ。


「あっ、えっと和……ただの例え話だからな?」

「……唯、どういうこと?」

 和はとにかく真剣な表情をしているばかりで、思考はまったく読めなかった。

 私の声はまるで届いていないらしく、眼鏡の奥の鋭い目で唯を見ている。

「そのまんまの話で、私と和ちゃんが結婚したらどうなるかなーって考えてたんだ」

「で、よく分かんないけど……たぶん幸せになれるって思った!」

「ふぅん……」

 和は紙ナプキンを数枚引っ張り出して、鼻から下を右手で覆い隠した。

 鼻水でも垂れたのかと思ったが、いっこうにその体勢が変わらない。

「でも、どうしてそんな話に?」

「そうそう、それなんだけどさ。私、和ちゃんに恋愛感情を持ってるんだよね」

 和の手の中で、なにかがはじける音がした。

 ややあってから、真っ赤になった紙ナプキンがぼたりと机に落下する。

「血コワイ和コワイ血コワイ和コワイ……」

「え、ちょっとまって」

 無駄だ和。幼馴染なら分かるだろう。

 このバカはもう止まらないんだ。

「でもさぁ、和ちゃんとはたぶん違う大学に行くことになるから、仲良くなくなっちゃうかなって……」

「で、だったら告白して付き合って、幼馴染より強固な関係を築くべきだって、澪ちゃんがアドバイスしてくれたんだ」

 和が私のお冷のコップを奪い取る。

 一発芸、トマトジュース製造中とでも言うつもりか。

 ほんとに勘弁して。


15
最終更新:2010年10月12日 22:55