大学を中退した平沢唯は、家で転がっていた。

唯「ごろーごろー」

時間は、18時。妹の帰宅を待っているのである。

唯「お腹空いちゃったよぅ。なんか、お菓子ないかな?」

お菓子が置いてある、棚を探っていると玄関扉が開く音がした。

妹の平沢憂が帰ってきたのだ。

憂「お姉ちゃん、ただいま」

唯「あ、おかえりー」

憂「お姉ちゃん、それ」

唯「え?」

憂「夕飯の前なんだから、駄目だよ」

唯「か、観賞用だよお」

憂「今、ご飯作るから待っててね」

唯「うん」

憂「お姉ちゃん、一人で大丈夫だった?」

唯「大丈夫だよお。外出てないし」

憂「そっか」

平沢唯は、一週間外に出ていない。

そして、ニート歴がもう少しで一年だ。

その事に、憂は危機感を感じていた。

が、それと共にニートの姉が愛しくもあった。

――ニートのお姉ちゃんって、可愛い♪――

こんな風にだ。


翌日、唯宛てに電話が鳴った。

唯「はい、平沢です」

澪「あ! 唯か?」

唯「澪ちゃん! 久しぶりだねえ」

秋山澪は、マイナーではあるが地元を離れて音楽活動をしていた。

澪「久しぶり。丁度、帰ってきててさ、今晩会わないか?」

唯「今晩・・・」

澪「駄目か?」

唯「えっと・・・いいけど」

澪「そう、良かった。あとで、向かいに行くよ」

唯「向かいに?」

澪「じゃあな」

電話が切れた。

唯「どうしよ、急過ぎるよお」


夜にきた。

律「おお! 唯じゃん。久しぶりー、変わらないな」

唯「り、りっちゃん」

唯は驚いた。来るのは、澪だけだと思っていたからだ。

紬「久しぶりね」

唯「ムギちゃん!」

澪「本当に変わらないな、唯」

この時、唯は恐怖を感じていた。

ニートになった駄目な人間を、ニートだと知っても変わらず接してくれるだろうか。それとも、今までの関係を壊すように目の前から去っていくのではないか。そう考えたのだ。

律「早く行こうぜ!」


場所はファミレスだった。

紬「昔を思い出すよね」

律「そうだな」

澪「唯、大丈夫か? 顔色悪いぞ」

唯「そ、そうかな?」

動揺していた。

しかし、更なる追い討ちをかける人物が訪れる。

梓「お待たせして、すみません」

後輩の中野梓だった。

一瞬、唯は顔面蒼白となった。

梓「唯先輩、変わりませんね」

律「まあ、一年ちょっとしか経ってないしな」

紬「唯ちゃん?」

唯「へっ、なに!?」

紬「心、ここにあらずって感じだけど大丈夫?」

唯「うん! 大丈夫! 元気!」

あからさまに怪しかった。

澪「では、乾杯するか」

唯と梓は未成年だったので、ジュースである。


各々、料理を口にしながら雑談を開始。

そして、唯に向けて禁断の呪文が唱えられた。

律「唯って、今なにしてんの?」

唯の中で時間が止まったように感じられた。

今なにしてる。

そう、ニートの唯にとっては聞きたくない言葉だった。

紬「会社の秘書さんとかかしら」

律「おお! 凄いな、それ!」

唯の口元は、僅かに引き攣っていた。


澪「唯に限って秘書ってのはな」

梓「でも、大学には行ったって聞きましたけど」

律「唯は中退したんだって」

梓「そうなんですか」

唯を置いて、勝手な話が展開されていく。

唯はどう切り返すべきか思案中であった。

澪「それで、唯。なにしてるんだ?」

律「案外、ニートってこともあったりしてな!」

唯「え?」

反応してしまった。

ニートだけに。

場の空気が冷める。

律「ほ、本当にニートなのか!?」

唯「ち、違うよ! ニートなんて」

嘘を吐いてしまった。


和「お待たせ」

唯の顔は、ムンクの叫び状態だった。

というのも、和はニートなのを知っているからだ。

律「なあ、唯って今なにしてるか知ってる?」

和「え? どうして」

紬「唯ちゃん、教えてくれないの」

唯は願った。

和なら言わないでくれると。

しかし、現実は厳しかった。

和「今はね、ニートなの」

全員が固まった。


澪「嘘・・・だろ」

和「本当なのよ」

律「ご、ごめん唯」

紬「ニートだなんて、思わなかった」

梓「せ、先輩。ニートでも立派ですよ」

それは、フォローになってなかった。

唯「えへへ、平沢唯、ニートになっちゃいましたあ」

和「自慢することじゃ、ないでしょうに」

澪「どのくらいだ?」

唯「や、辞めてからずっと・・・」

律「・・・八ヶ月か」

紬「家で家事とか・・・」

唯「してないよお」

梓「でも、買い物とか」

唯「行ってないよお」


澪「憂ちゃんは、なんて言ってるんだ?」

唯「えっとねえ」

――ニートのお姉ちゃんって、可愛い♪――

唯「って言ってくれる」

律「駄目だ・・・」

紬「は、働いたりとかしないの?」

唯「わたしなんかじゃ、無理だよお」

梓「け、結婚するんですよね」

唯「家からあんまし出ないんだあ」

和「こんなっ・・・」

和は涙ぐんでいた。

そして、一種の同窓会が、ニート再生会議へと変貌を遂げていった。





後日、ラーメン屋の厨房に唯の姿があった。

唯「らっさっせー!」

働いていた。

唯「お待ちどうさんです!」

ラーメン屋は、律のバイト先であった。

律「唯、そこのテーブル拭いて置いてな」
唯「了解です!」

所変わって、コンビニ。バイトが終わって、一息いれていた。

律「お疲れさん」

唯「ふうー、疲れたよお」
律「唯にしては、順調じゃん」

唯「そうかなあ。えへへ」

先の会議で、唯にバイトをさせる決定が下された。
勿論、憂からは反対があった。

――お姉ちゃんがラーメン屋!? 危ないと思うけど・・・――

それでも、唯の熱い説得もあってなんとかバイトを始められたのだ。
バイトを始めた唯だったが、予想外の出来事が降りかかる。



憂が交通事故にあったのだ。

幸いにも、命に関わる事故ではなかったが入院する事になってしまった。

家に両親は不在で、憂が帰ってくるまで家事等は全て自分でやらなければならないのだ。

憂もそれには心配で、律達に定期的に家の状態を見て欲しいと頼んだ。

律は快諾した。

唯は絶望した。

今まで、なんでも妹任せで生きてきたツケが、やってきたと言えるのかもしれない。

家で、唯は泣いていた。

お腹が空いたからだ。

だから・・・梓に作らせてみた。


梓「お口に合うかは、分かりませんが」

唯「いただきます!」

梓は思った。

これから、自分が憂の代わりをしなくてはいけないのかと。

いや、これからは自分でやって貰わないと困る。

梓「あの、先輩?」

唯「美味しいよお、あずにゃん」

唯は、満面の笑みだった。

梓は、半笑いだった。

梓「先輩!」

唯「ごちそうさまあ。美味しかったよお、あずにゃん」

唯は、寝転がっていた。

梓は、食器を洗っていた。


毎日、家に呼ばれた梓もいずれ痺れをきらした。

梓「いい加減にして下さい!」

梓の豹変ぶりに、唯は怯えていた。

唯「どうしたの? あずにゃん」

梓「どうしたじゃありません! 少しは自分でやって下さい!」

唯「だ、だって、私じゃ・・・」

梓「最低ですよ、そういうのは」

唯「あ、あずにゃん」

梓「もう二度と来ませんから」

唯「そんな・・・」

再び唯は絶望した。

電気が止まったからだ。


唯の家の前に、律の姿があった。

憂の入院から一ヵ月後である。

玄関のポストには、新聞が溢れ出していた。

律は焦った。予想以上にヤバイと。

律「唯! 生きてるなら、開けてくれ!」

チャイムを鳴らすも、返事はない。

律は、ドアノブに手をかけた。

鍵はかかっていない。

室内は、異臭が立ち込んでいる。

律は最悪の事態も覚悟して進んだ。


きしきしと、廊下の床が軋む音だけが耳に入る。

律「まずはリビングだろう」

リビングに繋がるドアをゆっくりと開ける。

目の前に飛び込んできたのは、カップラーメンや毛布、ペットボトル等だ。

想像より、荒れてはいなかったようで律は胸を撫で下ろす。

しかし、唯の姿が見えない。


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最終更新:2010年01月26日 03:27