ども、中野梓です。
はじめに断っておきますが、これからの話は私が経験した奇妙な三日間を振り返ってみたものです。

その三日間は、三連休だったのですが、ある意味ではバタバタし、またある意味では何もありませんでした。

私はその三日間によって、以前にも増してギターの腕が上達したわけでも、胸がほっこりする思い出を作れたわけでもありません。

そこにあるのは、ただ三日間が過ぎた、という事実だけです。

詳しく説明し始める前に、例の三日間の前日。言うならば「0日目」のことから話します。

「0日目」、お弁当を食べながら、純がいきなり叫んだのです。



【0日目・梓】

純「やったー!」

ムシャムシャとパンを食べていたかと思うと、いきなり純は歓喜の声をあげました。

喜んでるみたいだけど、どうせ大したことないんだろうなぁ。
そうは考えても、少しは気になってしまうのがヒトの性です。

しかしここで食いついてしまったら、目を輝かせて私たちの反応を心待ちにしている純の思う壺になってしまいます。ううむ。

憂「どうしたの、純ちゃん?」

私よりも先に憂が聞いてくれました。
さすが憂。私なんかよりずっとぴゅあぴゅあはーとです。

純「うん、明日から三連休だからさ!」

憂「そうなんだぁ」

三連休。年に数回ほどしかないであろう貴重な三日間だ。
大したことだった。ごめんね、純。


こうして私は、もとい私たちは、来たる三連休への喜びとゴールデンチョコパンをムシャムシャと噛み締めていたのです。うむ、甘い。



【0日目・純】

ゴールデンチョコパンをゲットして意気揚々と教室に帰った私は気がつきました。

明日から三連休が始まるということに!

純「やったー!」

歯にこびり付いたチョコも気にせず、声をあげました。

梓と憂は気付いてるかなぁ?
そう思って2人の反応を伺いました。
なんだか梓が複雑な表情をしています。どうしたんだろう?

憂「どうしたの、純ちゃん?」

純「うん、明日から三連休だからさ!」

よくぞ聞いてくれた、憂!
一瞬だけ無視されるかと思っちゃったよ。

憂「そうなんだぁ」

とにかく2人とも三連休のことは知らなかったみたいです。
梓の頬が緩むのが見えました。

それにしても、明日から三連休だと思うと、ゴールデンチョコパンもいつもより甘く感じます。甘い。

ああ、早く明日にならないかなぁ。



【0日目・憂】

憂「そうなんだぁ」

三連休かぁ……。
純ちゃんから少し分けてもらったパンを食べながら、私は三連休に何をしようかと考えていました。

お姉ちゃんの家に遊びに行こうかな?
それとも、お姉ちゃんを家に招待しようかな?

と、そこでお姉ちゃんのことばかり考えている自分が恥ずかしくなりました。
ダメダメ。お姉ちゃんは大学生なんだから忙しいんだっ。

明日からは自分のやりたいことをやろう。
そう決めてから、ゴールデンチョコパンをまた一口食べました。
それにしても、甘いです。



【一日目・純】

純「ふぁ~~あ」

今は何時だろう?
枕元をまさぐりましたが、携帯が見当たりません。昨日の夜はあったはずなのに……。

リビングに降りて、時計を確認します。
10月7日のAM10:30。
どうやら私はなかなかグッスリ眠れたようです。

純「お母さんご飯ー」

ボサボサの髪を直すのもそこそこに、私は朝ご飯を要求しました。

しかし、いつまで経ってもお母さん、すなわち朝ご飯は現れません。
おかしいと思って台所を覗いて見ても、誰もいないのです。

純「あれー?」

出掛ける用事なんてまったく聞いてません。
せめて書き置きでも残しておいてくれれば良かったのに……。

仕方ないので、私は自分で簡単な朝ご飯を作ることにしました。

器にコーンフレークを入れ、上から牛乳をかけます。
純特製の朝ご飯です。簡単です。


コーンフレークを食べ終わり、器に残った牛乳を飲み干した後、私はあることに気付きました。

辺りがやけに静かすぎる、と。
もう昼前だというのに、外から人の気配が感じられないのです。

外でなにかあったのかな?

純「よしっ」

パン、と手を叩いてから、私は外出する準備を始めました。
私は、考えるより先に行動を起こすタイプなのです。



【一日目・憂】

寝過ぎたかなぁ?
と思い、目覚時計を見やると、短針が9の数字を指していました。

憂「たっ、大変!」

ベッドから飛び起きて洗面所へ向かったところで思い出しました。

憂「……三連休だぁ」

三連休――休日とは、究極的には何もしなくていい日なのです。
お姉ちゃんもいないですし。

私は余裕をもって髪を整えてから、コーヒーを淹れました。

玄関から取ってきた新聞を広げます。ちょっぴりインテリになった気分です。

一番目を引いたニュースは、とある有名なロックバンドが、今日解散ライブを行うというニュースでした。
梓ちゃんは知ってるのかなぁ、と思いながら私は新聞をめくりました。

昼食を済ませた後、私は携帯に着信が入っていることに気付きました。

相手は純ちゃんでした。
遊びに行く約束でもしようとしたのでしょう。ワクワクしながら電話をかけている姿が目に浮かびます。

私はすぐに純ちゃんに電話をかけ直しました。つまりは私もヒマだったのです。

しかし、結論から言えば、純ちゃんが電話に出ることはありませんでした。

電源が切られているわけでも、留電に繋がるわけでもなく、いくら待ってもコール音が鳴り続くだけでした。

少し不安になりましたが、純ちゃんのことです。きっと心配ないでしょう。
……なんて言ったら純ちゃんは怒るかな。

本当にヒマになった私は、この三連休の間に出された宿題に取り掛かりました。学生の本分です。
もともと勉強は嫌いじゃないので、勉強はヒマを潰すにはもってこいなのです。

こんな風にして、私は三連休の一日目を終えました。

誰とも会うことはありませんでした。



【一日目・梓】

その日は何故だか早くに目が覚めました。

両親とも不在だったのですが、そう珍しいことではないので、私は記念すべき三連休の初日に一人でいられることにむしろ解放感を覚えました。

梓「自由だーっ」

自分で言ったちょっと古いお笑い芸人のギャグに恥ずかしくなります。

これが三連休の魔力なのです。きっとそうだ。

昼過ぎには出掛けようと決めました。

確かこの三日間、楽器店でセールをやっていたはずです。
どうも私はセールという言葉に弱いですね。

それからトンちゃん。彼にご飯をあげなきゃいけません。

楽器店を経由してからの桜高。
進むべきルートを頭の中でなぞりつつ、朝ご飯を食べました。

昼過ぎ。
私は身だしなみを整え、家を出ました。

ここで私はある異変に気付きます。

あれ、人がいない……?

中野家の周りは、もともと人や車のあまり通らない一帯ではあったのですが、それらの人の気配や車のエンジン音がまったく聞こえなかったのです。
本当にまったく聞こえません。

珍しいこともあるもんだなぁ。
私は、その程度にしか考えていませんでした。

楽器店へ向かう途中の大通りに出た時も、街の様子は相変わらずで、その時やっと、私は少し不安になってきました。

梓「なんで……?」


案の定、商店街にある全てのお店は絶賛営業停止中で、お目当ての楽器店も例外ではありませんでした。

梓「セール……」

こんな時にもセールを気にする私は、意外と鈍い性格なのかもしれません。

若干の予定変更にもめげず、私は桜高へと足を運びます。

道中、奇怪な街の様子についての考察を始めました。

どうして誰もいないのだろう?
休みだからみんな寝てるのかな?
私以外に起きてる人はいるのかな?
憂は? 純は?

考えれば考えるほど疑問ばかりが浮かんできたので、私は考えることをやめました。私は鈍い性格なのです。

桜高の校門をくぐった時、これまでの楽観的な考えが打ち砕かれてしまいました。

梓「わ、わっ」

桜高の窓ガラスが無残にも粉々に破られていたのです。メタメタです。

誰もいない街角。叩き破られた母校の窓。
それらを前にして、私が一番心配したのは、他でもないスッポンモドキのトンちゃんでした。

梓「トンちゃんっ」

私は部室に向かって走り出しました。
学校には守衛のおじさんさえいなかったので、面倒臭い手続きをすることなく校舎に入れました。

梓「はぁ……はぁ……」

勢いよく部室の戸を開けました。

どうやら破られていたのは一階の窓ガラスだけだったようで、部室の窓ガラスはすっかり無事でした。

梓「トンちゃん!」

もちろん、窓ガラスが破られていたとしても、私は意に介しません。
私の頭の中はトンちゃんでいっぱいだからです。ああ、トンちゃん。

水槽の中で、トンちゃんは元気いっぱいに泳いでいました。
私の気配に気付いたのか、短い手足を一生懸命に動かしてこちらに可愛いお鼻を向けてきます。

ああ、トンちゃん。よくぞご無事で!

スッポンモドキという名のか弱いお姫様を助け出す王子様さながらに、私は水槽を抱えて桜高を後にしました。

校舎一階の窓ガラスと同じように、トンちゃんのお家が粉々に砕かれる可能性がないとは言い切れなかったからです。

──────────────

梓「うわ、暗い」

家に帰ってから、ギターの練習をしたり、トンちゃんと引っ張り合いをして遊んだりしていると、いつの間にか夜になっていました。

淡い期待を抱いて窓の外を見てみるものの、相変わらず、外には文字通りの閑静な住宅街が広がるばかりです。

夜になると、不安な気持ちは増幅してくる気がします。
これは夢だ。きっとそうだ。

少しでも不安を紛らせようと、トンちゃんにご飯をあげることにしました。

梓「ご飯だよー、トンちゃん」

トンちゃんはスイスイと寄って来て、自慢のお鼻でご飯をつっつきました。

しかし、彼はすぐにプイと顔を背けると、水槽の底へと戻っていってしまいました。

どうしたんだろう?
トンちゃんはご飯が大好きなはずです。
満腹な時と体調が悪い時以外は夢中になってご飯を食べます。

トンちゃんには、毎日決められた時間に、私が責任を持ってご飯をあげているので、今日に限って満腹であるはずがありません。

さっきまで元気に遊んでいたので、体調が悪いとも思えません。

梓「トンちゃんどうしたの? ご飯、食べないの?」

心配する私をよそに、トンちゃんは鼻をヒクヒクさせるばかりです。

梓「トンちゃんが食べないんだったら私が食べちゃうよ? いいの?」

ヒクヒク。ヒクヒク。

いくら私とトンちゃんが仲良しでも、ヒクヒクだけじゃ伝わらないことだってあるのです。

梓「もうトンちゃんなんて知らないっ」

私はギターの練習に戻りました。

──────────────

しばらくすると、眠気が襲ってきました。

カーテン越しに街の様子を伺います。
実際に見なくても、状況に変化がないであろうことはなんとなく分かりました。

ふと水槽に目をやると、トンちゃんが心配そうに私を見上げています。

梓「トンちゃん……」

トンちゃんは私を見捨てないでいてくれます。

世界に私とトンちゃんしかいないような気がしました。
案外、本当にそうなのかもしれません。

梓「ありがとね、トンちゃん。きっと夢なんだよね。明日になったら、全部もとに戻ってるよね」

トンちゃんの鼻の穴がヒクヒクと動きました。
これはトンちゃんなりの相槌に違いありません。私とトンちゃんは仲良しなのです。

さっきはごめんね、トンちゃん。

トンちゃんから元気を貰った私は、眠ることにしました。

ベッドにもぐり目を瞑ると、あっという間に意識が遠のいていくのが感じられました。



【二日目・純】

それにしても、スケールの大きな夢だったなぁ。
私以外の人間がみんないなくなるなんて。

確かそんな設定の映画があったような気がしますが、生憎私はあそこまでヘビーな現実を受け止める強いハートを持ち合わせてはいません。

昨日は、「これは夢に違いない」と判断するやいなや、家に帰ってグウグウと眠りこけてしまいました。

さぁ、気を取り直して、三連休をエンジョイするぞっ。
朝の日差しが眩しいっ。

枕元の携帯を開きました。
そういえば昨日の夢では携帯が見つからなかったっけ。

ディスプレイに表示された日付が私の目に写ります。
10月8日。

おや?
一瞬の思考停止。

昨日、リビングで確認した日付は10月の7日。そして今日は8日。

一見当たり前のようにも見えますが、ここで言う「昨日」というのは、まるまる一日が私の夢だった「昨日」のはずです。

私の10月7日は何処へ!

まさか昨日は一日中眠っていたんじゃ……。
いや、一日中寝ているなんて、私のお母さんが許すはずありません。
彼女は私がどれだけ寝ていたとしても、お昼には叩き起こしにやって来ます。

じゃあどうして?

答えは一つしか考えられません。
昨日の10月7日が「現実」だったのです。

いやいやまさかそんな。
そんなバカな。そんな……。

純「お母さぁーん!」

私は急いで階下に降りていきました。

純「はぁ……、お母さんっ?」

お母さんはいません。
やっぱり、という気持ちになり、続いて私はパジャマ姿のまま家から飛び出しました。

──────────────

数十分後。
私はまだ上手く状況を掴めずにいました。

もしかしたら!
という気持ちでもう一度携帯を確認しました。
10月8日。

やはり10月8日に変わりはなかったのですが、先ほどと違ったことがありました。
携帯に着信が入っていたのです。

相手は憂。

純「ういいいいい!!」

ほとんど泣きそうになりながら、震える手で憂に電話をかけました。


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最終更新:2010年10月17日 01:08