【第七:過去2】

律と交合った日から一ヶ月が経った。

あの日から私は律とは会っていない。

目が見えないから律の家へ行く事も出来ずに私はただ彼女を待ち続けた。

あの日……律は見合いを断ると言っていた。
もしかして親と何かあったのだろうか?

思えば律と出会ってから毎日のように彼女と会っていた。

律が私の部屋に来て私を外へ連れ出して……辺りの風景や花の名前を教えてくれる。

そんな日々が一ヶ月も無い。

私には律と一ヶ月会っていないだけで拷問のように感じる。
早く律と会いたい。

また彼女に辺りの風景や花の名前を教えてもらいたい。


この日も律が私の家へ来る事は無いだろう。

そう思い床に着いて寝ようとした時に律は来た。

一ヶ月振りに聞く彼女の声はとても新鮮だった。

律「澪、またせてごめんな」

澪「り、律か?」

律「あぁ……私だ」

今まで何をしていたんだ。ずっと待っていたんだぞ……とは言えなかった。

彼女が泣き始めたからだ。

律「澪ぉっ……私無理矢理……無理矢理っ!」

澪「どうしたんだ?」

彼女が泣く声は始めて聞いた。
ヒグラシが鳴く声よりも悲しい声だ。

律「無理矢理、婚約させられたっ……!」

澪「無理矢理?」

律「だから……逃げて来たんだ……なぁどうすりゃいい?」

澪「…………私の家に住めばいい」

律「ダメだ……私が毎日お前の家に行っている事は親にバレている」

澪「律の親が訪ねて来ても嘘を付けばいいじゃないか!」

律「嘘はいずれバレもんだ……その場凌ぎにしかならないさ」

澪「じゃあ……どうする?」

律「…………」

澪「とにかく今日は此処に泊まれ親が来ても私が嘘を付いて追い払うから」

律「あぁ…………」

幸いこの日は律の親は来なかった。

後で聞いた話だと律と見合いをした相手は有名な歌舞伎役者で金を腐る程に持っているらしい。

だから、無理矢理。婚約させられたのか……律が不敏で仕方が無かった。

好きでも無い者と契りを交わす。

私の想像以上に彼女は深く傷付いただろう。

今は疲れて寝息をたてている律を手探りで探す。

手が頭に触れ彼女の頭をそっと撫でた。

私も寝よう……そう思い彼女の横に寝転んだ時にトントンっと家の戸をを叩く音が聞こえた。

体を起こし耳を澄ましてみる。
トントントントン。

澪「来た……か」

律を踏まないように慎重に立ち上がり戸を開けてみる。

聡「姉ちゃん……いますよね?」

幼い少年の声が聞こえた。

そう言えば律は弟がいると言っていた。
こんな夜中に小さな弟を私の家へ差し向けるとは……何と言う親だ。

澪「……いないよ」

律の弟には悪いが帰って貰おう。

聡「嘘……ですよね?姉ちゃんが行きそうな所って此処以外に無いですもん」

澪「だからいない……悪いが帰ってくれ」

聡「姉ちゃんと合わせて下さいよ!」

澪「何度も言わせるな律はいない」

聡「…………」

律「聡……か?」

いつの間にか律が私の後ろに立っていた。

今出て来たら連れ戻されるのに……何を考えているんだ。

律「澪、聡は大丈夫だよ。私が逃げられたのは聡のおかげなんだ」

澪「……え?」

話しを聞いた。
親に見張られ逃げ出せない律を救ったのは弟らしい。

律「こんな夜中に外を出歩いたら危ないだろ!」

聡「姉ちゃんごめん……でも、心配だったから」

律「心配するのは私だって……」

澪「とりあえず。朝まで此処に止まるといいよ」

聡「ありがとうございます……」

律「全く……」

心配して来たのにその言い草は無いだろう。
そう言いたかったがこの状況だ彼女を攻める事は出来ない。

律「聡、今日もう寝ろ」

聡「うん……あ、母ちゃん達には言わないから」

律「当たり前だ」

聡「それじゃあ……おやすみ」

律「あぁ……おやすみ」

澪「良い弟さんじゃないか」

律「……そうか?」

澪「あぁとても姉思いの弟さんだ」

律「やめろよ……聡が聞いてるだろ……ってもう寝てる」

澪「疲れたんだろう。ゆっくり休ませてやろう」


律「なぁ……澪?」

澪「どうしたんだ?」

律「私、夢を見たんだ」

澪「寝てる時なら誰だって夢ぐらいみるさ」

律「違う……何か現実的な夢だったんだ。怖くて目が覚めたら聡がいるんだもんびっくりしたよ」

よっぽど怖かったのだろう。
律の額には汗が光っていた。

澪「どんな夢を見たんだ?」

律「私がお前を殺す夢……恐ろしいかった」

澪「大丈夫ただの夢だ安心しろ」

律「あ、あぁ……」

澪「そろそろ私達も寝るか……」

律「そうだな……おやすみ澪」

澪「おやすみ律」



ドンドンドンドンドンドンドンドン。
五月蝿い……。

戸が激しく叩き付けられている。

律「来た……」

聡「姉ちゃんどうするの?」

澪「二人共隠れてて私が何とかするから」

律「わ、わかった……聡隠れるぞ」

聡「うん……」

戸を開けた瞬間、誰かが私の肩を力強く掴んだ。

「律は律は何処なの!?」

肩を揺さぶられながら甲高い女の声が聞こえた。

「ここにいるんだろ!出せ!」

次に野太い男の声……律の両親だ。

澪「律はここにはいません。律に何かあったのですか?」

「ここにいるのは分かってるの!早く律を出して頂戴」

澪「だからいません!帰って下さい」

「早く出せ!」

私の言葉を聞く耳を持っていない……か。
どうやって追い返そう?

澪「だからいないって言ってますよね!帰って下さいよ」

「もういい!退け!」

体が強く押され尻餅を付く。

「律!此処にいるんだろ?相手は金持ちなんだ!無理矢理にでもお前を結婚させるぞ」

驚いた……この両親。
律を金持ちと結婚させて自分達だけ楽をするつもりか……。

澪「いくら探してもいないって言ってるだろ!早く帰れ!」

「五月蝿いわ!目が見えない癖に生意気な小娘ね」

左頬に鋭い痛みが走った。

澪「うぅっ……」

律「澪に手はだすなよ!」

澪「り、律……」

今、出て来たら連れ戻されるぞ。

「見付けた……」

「ほら、帰るわよ!」

律「嫌だ!私は……私は絶対帰らない」

「五月蝿いんだよ!だから、コイツを岡場所か吉原に稼ぎを送らせればよかったんだ!」

澪「…………」

腹の底から……黒い感情が巻き上がって来る。

「男なら俺の仕事の跡を継げるが男じゃない……対して金も稼ぐ事すら出来ない!ただ婚約するだけで金持ちになれるんだ早く来い!」

律「絶対に……嫌だ!」

「いいから早く来なさい!」

私は手探りで探していた。
確かここら辺に私の杖があったはずだ。

澪「……あった」

手に硬い感触。
紛れも無い私の杖だ。

杖を持ち立ち上がる。

言い争う声で分かる……律の両親が居る場所。

声がする方向に私は杖を振りかざす。

律「み、澪……?」

力強く……杖を振ると硬い物が何かに当たった。

「ぐぅっ……」

見事に当たったようだ……。

澪「律!早く逃げろ!」

律「あ、あぁ……!お前も一緒に来い!」

律は私の手を取り走り出した。
そして、私達は疲れなど忘れてひたすら走り続けた。

律「はぁっはぁっはぁっはぁっ」

澪「はぁっはぁっはぁっはぁっ」

律「あは……あははははこんなに走ったのは久しぶりだな澪!」

澪「はぁっはぁっ……そうだな」

律「お前の三味線が取られた時もこんなにいっぱい走ったよな」

澪「そんな事もあったな……」

律「あぁ、あの時の澪の顔と来たらもう傑作だったよ!」

澪「………………」

律「まるでさ!猿のような顔をしてさ私の商売道具がー!商売道具がーってさ叫んでてさ!」

澪「………………」

律「三味線を澪から奪った男をさ……二人で走って追い掛けて……楽しかった」

澪「………………」

律「あの時が1番楽しかった……もう、あの頃には戻れないのかな?」

澪「………………」

律「何か言ってくれよ……なぁ澪!」

澪「分からない……ごめん分からないよ律」

律「……だよな。私はこれからどうしよう」

澪「私の家で一緒に住もう!」

律「ダメだ……また私の親が来る。何よりお前に迷惑が掛かるし……」

澪「……じゃあ二人で何処か遠くに行こう」

律「もうお前に迷惑は掛けたくないんだ……澪」

澪「掛けていい!沢山掛けていいから……」

律「…………結構ツライんだよ」

澪「ツライ……?」

律「好きな奴に迷惑を掛けるのってツライんだ」

澪「律…………」

律「なぁ澪?私の最後の頼みを聞いてくれるか?」

澪「あぁ……何でも聞くよ」

律「……一緒に心中しよう」


第七話
おわり



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最終更新:2010年10月17日 22:05