【第八話:過去3】
私は小さい頃から親に虐待をされていた。
茶をこぼしたら殴られ夜遅くまで起きていたら全裸で家の外に出されたりした。
弟の方は私と比べてみると親の対応が違くもの凄く可愛いがられていた。
憎くは無かった。
ただ、羨ましかった。
私には見せた事は無い母親笑顔を聡は毎日のように見ていたんだから。
私が十八才を過ぎた頃……街を歩いていると三味線の音色が聞こえた。
綺麗な音色だ……そう思って三味線の音色の方へ無意識に足が動きだしていた。
三味線を弾いている人は綺麗な人だった。
長い黒髪に細く白い指。
私は三味線の音色と彼女の美しさに目を奪われ、ただ三味線を弾く彼女をジッと見詰めていた。
彼女は三味線を弾き終わり、しゃがんで地面に何かの絵を書いていた。
いいや、絵を書いているんじゃない。
小銭が入った椀を手探りで探していた。
彼女は目が見えていない。
そうわかった瞬間、私は椀を拾いあげ彼女にソッと手渡した。
ありがとう。
最初に聞いた彼女のこの言葉を今でも鮮明に思い出せる。
それから、私達は日が落ちるまで話し続けた。
親近感……そんな物を感じたのは私の方では無かったと思う。
この日から私は澪と友人となった。
家に招待され夜が明けるまで狂ったように話続けた。
喜怒哀楽をあまり人に見せない人間なんだろう。
澪はあまり笑わない。
笑う時は愛らしい笑顔を見せるのだけど。
月日が経つにつれて私達は更に仲が良くなった。
笑顔も当たり前のように私に見せてくれた。
喜怒哀楽の感情も全て私に見せてくれた。
喜んだ時は子供のようにあどけなく怒った時は凄く怖い。
悲しんでいる時は私まで悲しくなり楽しんでいる時は私まで楽しい気分になる。
澪は私の光だ。
澪「……心中か」
長い沈黙を破り彼女はポツリと呟いた。
家族からも見捨てられた……だけど私は一人では生きてはいけない。
このまま澪と暮らすのは悪くは無いが彼女にまた迷惑は掛けたく無い。
いや、一緒に心中死をする事も彼女にとっては大きな迷惑だ。
本当に我が儘な頼みだ。
私は何て馬鹿なんだろう……さっきの話は無しにしよう……そう言おうとした瞬間、澪がまた沈黙を破った。
澪「心中者は死後の世で結ばれると言われている」
律「……え?」
澪「死後……来世に至ってまで変わらぬ己変わらぬ愛を誓う」
律「なぁ澪?……さっきの話しは……」
澪「お前と心中するのも……悪くは無いかもな」
律「…………澪」
澪「お前と心中し……死後の世界でも私達は結ばれる。来世でも結ばれる……何故、心中死は大罪扱いされるんだろうな律」
律「…………」
澪「私は律となら心中をしても良いよ」
律「死ぬのが怖くないのか?」
澪「怖いよ。だけど、お前のこれから先の人生を考えるともっと怖い」
律「……………」
澪「心中をしよう律……死んだ後も極楽浄土で同じ蓮華の上で生まれよう」
律「本当に……いいのか?」
澪「あぁ、来世ではお前の顔が見られるかも知れないしな」
私達は二人で川へと向かった。
近くに止めてあった船から縄を調達しお互いの体に巻き付けた。
律「……本当にいいのか?」
澪「あぁ……」
澪の生唾を飲み込む音が聞こえた。
律「やっぱり私……親の元に帰り婚約するよ」
澪「それだけは駄目だ!……駄目だ。嫌なんだ律が他の人の物になるのは……お前が悲しい思いをするのも嫌なんだ」
律「…………もし、生きてたらどうする?」
澪「その事は考えないようにしよう……良い事だけを考えながら死のう」
律「……そうだな」
澪「じゃあ……行こうか……」
律「……うん」
私達は川の中へと歩を進めた。
冷たい水が気持ち良い。
律「また来世で会えるかな?」
澪「会えるさ必ず……」
律「………………」
川が急に深くなり私達は足を取られ沈んだ。
死ぬと言う恐怖の中、私達はお互いに抱き締め合い接吻を交わした。
二人の体が水の中へ沈んで行く。
段々と意識が薄くなる……。
目をうっすらと開いて澪を見た。
彼女は最初に私に見せたあの笑顔を私に見せてくれた……。
死んだ後も……極楽浄土で……同じ蓮華の上で生まれよう。
犬……の声が聞こえる。
澪「ん……ふぅ……」
何も見えないは目が見えないから当たり前か……。
そうだ、もし私が死んだのなら律がいるはずだ。
音を頼りに彼女を探してみるが犬の声以外、何も聞こえない。
和「あ、やっと目を覚ましたみたいね」
知らない声が聞こえた。
この声の主は神様なんだろうか?
澪「アナタは神様ですか?律は何処にいるんですか?」
和「え……違うし知らないわよ。それより大丈夫なの?アナタ川の浅瀬で倒れていたのよ?」
澪「……え?」
和「見付けた時は顔が青白かったの。最初は死んでいると思ったけど……生きててよかったわ」
生きてて……生きててよかった?
澪「ここは極楽浄土では無いんですか?」
和「いいえ。違うわよ」
澪「嘘だ…私は死んでいるんですよね?」
和「何処からどう見ても生きてるわよ?」
じゃあ私は……私達は。
澪「律は?律は何処にいるんですか!?川で私を見付けたんですよね?女がもう一人いませんでしたか?」
和「いなかったわね……」
私達は……心中を失敗した。
澪「律、律……ううっ……」
律はあのまま川の底へと沈んだのだろうか?
それとも、流されたのだろうか?
もしかしたら……もしかしたら律は生きているのかも知れない。
唯「ワン!」
さっきよりも近くで犬の声が聞こえた。
憂「あ!お姉ちゃん!」
足に何かが這い身震いをした。
唯「クゥーン……クゥーン……」
多分、犬が私の足を舐めているのだろう。
憂「ご、ごめんなさい……」
澪「………………」
唯「クゥーン……」
律を……律を探さなきゃ。
立ち上がり歩くが何かにぶつかる。
澪「痛っ……」
憂「だ、大丈夫ですか?」
和「……貴女、もしかして目が見えないの?」
澪「……はい」
和「やっぱり……最初、私と話す時、人の目を見て話さないから人見知りだと思っていたけど……憂、彼女の体を支えてあげて」
憂「はい!」
憂と呼ばれた女が私の肩を掴んだ。
足元には犬がいるのだろう毛が私の足をくすぐっている。
和「ねぇ?よかったらでいいんだけど何で川で倒れていたのか教えてくれない?」
澪「…………誰にも言わないと約束してくれますか?」
和「勿論、約束するわ」
澪「心中したんです……最愛の女性と……」
憂「し、心中!?」
澪「お互いの体を縄で縛って……川で心中をしようとしたんですけど……」
和「そう……辛いだろうからそれ以上は話さなくていいわ……見付けたのが私でよかったわね」
澪「……ありがとうございます」
もし見付かったのがこの人では無かったら……今頃、私は酷い仕打ちを受けていただろう。
澪「律を……律を探さなきゃ」
和「その律と言う人は一緒に心中をした人?」
澪「……はい、今も何処かで私を待っているかも知れません……だから探さないと」
和「でも、貴女以外の人は川にいなかったわ……その律と言う人はもう……」
澪「……川に連れて行って下さい。律はまだ生きています……」
根拠は無かった……。
だけど、律がまだ生きている……そう思わなければ救われ無かった。
和「わかったわ……じゃあ憂この人を川まで連れて行ってあげて」
憂「あ、はい!分かりました」
澪「……ありがとうございます」
憂「いえ……それじゃあ行きましょっか!お姉ちゃん行くよ」
唯「ワン!」
今、この人は犬に向かってお姉ちゃんと呼んでいたのか?
もし、そうだとしたら……犬をお姉ちゃんと呼んでいる人はこの人だったのか。
憂「着きましたよ!」
唯「ワン!」
澪「……誰か人はいないですか?」
憂「私達、以外は誰もいませんね」
澪「そうですか……」
その場に座り込む。
涼しい風が心地良い。
澪「今日は私……ここにいます。付き合わせる分けにもいきませんし……帰っていいですよ」
憂「え?で、でも…………」
澪「お願いします……一人になりたいんです」
憂「分かりました……それじゃあ私達はこれで……行くよお姉ちゃん」
唯「ワン!」
澪「…………わざわざ送って貰いありがとうございます」
憂「いえ……いいんですよ……あの、死んじゃ駄目ですよ!」
澪「はい……律を見付けるまでは死ねません」
憂「……律さん見付かると良いですね!じゃあさようなら」
唯「ワンワーン!」
澪「さようなら……」
いくら待っても律は私の目の前には現れなかった。
少し肌寒い。
鈴虫の鳴く声がちらほらと聞こえる。
澪「律……まだかな」
寂しさを紛らしたくて一人言を呟いてみた。
誰も返事はしてくれない。
余計に寂しくなるだけだった。
澪「律……何処にいるんだろう?」
ジャリ……背後で足音がした。
澪「まさか……律?」
紬「ごめんなさい。人違いだわ」
澪「…………」
律じゃ無かった……。
紬「こんな夜に一人でずっと座ってるわね~気になって来ちゃったわぁ~」
澪「ほっといて下さい……」
紬「ほっとけ無いわよ!」
お節介な人だな。
私にあまり関わって欲しくない。
紬「貴女、探し物があるんじゃない?」
澪「……え?」
紬「何かを無くしたからこんな所でずっと座っているんでしょう?」
澪「…………」
紬「もしよかったら私も貴女が無くした物を探すのを手伝うわ」
澪「簡単に見付かる物じゃないですよ……」
紬「そうなの?それじゃあ一人で探すのは不安よね~どう?私と一緒に貴女が無くした物を探してみない?」
澪「…………」
紬「私は探し屋と言う仕事をやっているの。私にまかせれば貴女の探し物すぐに見付かるわ!」
第八話
おわり
最終更新:2010年10月17日 22:06