【第九話:一蓮托生】

澪「ぐうっ……く、苦しい……」

見た私は見た。

澪「やめ……やめてっ……」

いくら待っても姿を現らわさない律の姿を私は見た。

暗闇の中、蛍の光りのような淡い光を放ちながら私の首を絞める律の姿を見た。

澪「苦しい……ぐるじっ……」

確かに律の姿を私はこの目で見た。


……

梓「はぁー……」

お腹が減り過ぎて絵を書く気にもならない。

梓「団子が食べたい…」

何故、私はこんなにも金が無いのだ。

紬「梓ちゃーん!」

梓「……ん?」

どうやら来客のようだ。
家の外から紬さんの声が聞こえた。

梓「どうしたんですか?」

紬「饅頭怖くない?」

梓「いえ怖くないです」

紬「私には梓ちゃんが饅頭を恐れてるように見えるわ~」

何を言ってるのか全く理解が出来ない。

梓「何で私が饅頭を怖がるんですか?」

紬「素直に饅頭怖いと言っていれば梓ちゃんに饅頭をご馳走したのに……」

あぁ……成る程、落語か全然気付か無かった。

梓「饅頭怖いです!」

紬「じゃあ一緒に饅頭を食べに行きましょう!」

梓「え?……いいんですか?」

紬「勿論よ」

この前の団子の時もそうだが紬さんは人に色々と食べ物をご馳走するのが好きらしい。

有り難いのだが何か裏がありそうで怖い。

紬「早く行きましょう!」

梓「あ、はい!」

まぁ、タダで饅頭が食えるのだ。
先の事は考えないようしよう。

饅頭屋に辿り着いた私と紬さんは席に座り饅頭を頼んだ。

梓「饅頭なんて久しぶりに食べますよ!」

紬「売れない絵師だからあんまり饅頭が食べれないのね!」

梓「失礼な!頑張って絵を書いてるんですからね!」

紬「梓ちゃんの絵って見ていて面白くないのよね~」

梓「なっ……何ぃっ!」

紬「色使いも下手だし……この前に見た燕の絵なんて死んでいる燕を見ているみたいだったわ~」

随分と真っ直ぐに色々と言ってくれる……。

梓「あはは……」

紬「まぁ頑張ってね梓ちゃん!」

梓「はい……」

紬「あ、ほら!饅頭が来たわよ~」

梓「饅頭!」

梓「饅頭……美味しいです」

紬「そう?よかったわぁ~」

梓「紬さんも食べないんですか?」

紬「口の中に物を入れて話さないの」

梓「あ……すみません!」

紬「私は饅頭は食べなくていいわぁ~」

梓「そうですか。じゃあここにある饅頭は全部……」

紬「梓ちゃんのよ~」

梓「本当ですか!ありがとうございます!」

紬「これで梓ちゃんは私の助手になったわね!」

梓「ぶっふーっ!」

思わず饅頭を吐き出してしまった。
今……この人は何て言った?

梓「じょ……助手?」

紬「梓ちゃんは今日から私の助手よ~」

梓「へ?それは一体どう言う意味ですか?」

紬さんは饅頭を指差した。

梓「あ…………」

紬「私の助手になれば饅頭沢山食べられるわよ!」

梓「饅頭……沢山……」

紬「毎日毎日、饅頭が食べられるわよ?団子も食べられるわよ?」

梓「饅頭……団子……」

紬「もっと沢山食べたいわよね?」

梓「饅頭……団子……沢山食べたい……」

紬「じゃあ助手になる?」

梓「な、なります!」

紬「それじゃあ決定ね~」

食べ物につられて助手となった分けだが……何とも情けない話だ。

梓「はぁ……」

まぁいいだろう。
探し物を探すだけで饅頭や団子が沢山食べれる。
以外と悪くは無い話なのかも知れない。

紬「あら?饅頭もう全部食べ終わったの?流石、食いしん坊の梓ちゃんね!」

何度でも言うが私は食いしん坊では無い。
ただ、死にそうなぐらい腹が減っているだけだ。

紬「それじゃあ探し物を探しに行くわよ」

梓「えー!もうですか!」

紬「当たり前よ。ほら、早くと立ち上がって」

梓「はぁ……分かりました」

紬「梓ちゃん凄い怠け者ね~」

私は怠け者じゃない。
飯を沢山食った後は動くのが面倒なだけだ。

梓「あ、そう言えば何を探すんですか?」

紬「澪ちゃんの恋人よ~」

梓「澪さんの恋人……?」

澪さんに恋人なんていたのか……。
行方不明にでもなったのだろうか?

紬「頼まれた日から探しているんだけど中々見付からなくてね~困ってるの」

梓「へぇ~何時、頼まれたんですか?」

紬「去年の夏よ~」

梓「去年の夏!?」

紬「そうよ~本当に見付から無いの~」

私のむったんや憂の布を探し当てた紬さんでも見付けられない物があるみたいだ。

でも、この人が見付られないんじゃ……私が手伝っても無駄だと思うんだけどなぁ。

梓「澪さんの恋人ってどんな人なんですか?」

紬「分からないわ~律と言う名前と女性って事は分かってるんだけどね~」

あぁ……そうか。
澪さん目が見えないから容姿を伝えようにも伝えられないのか。

梓「ん?……女性?」

紬「どうかしたの?」

梓「あれ?女性って言いました?」

紬「言ったけどそれがどうしたの?」

梓「澪さんの恋人を探すんですよね?何で女性なんですか?」

紬「澪ちゃんの恋人は女性なのよ~」

梓「は、はぁ?それって……同性愛ですか?」

紬「そうよ~いい物よね~」

ここは突っ込まないようにして置こう。

梓「澪さんの恋人は女性何ですね……」

紬「あ、こんな所で長話してないで早く行きましょうよ」

梓「は、はぁ……」

去年の夏から行方不明になった澪さんの恋人。
本当に探しても見付かるのだろうか?

梓「まずは何処に行くんですか?」

紬「此処から少し離れた場所に川があるでしょう?そこに行きましょ!」

梓「何で川なんですか?」

紬「澪ちゃんとその恋人はそこで別れたらしいの~」

梓「別れた?」

紬「えぇ!別れたって言っていたわ!」

梓「別れたのなら澪さんは律さんが何処に行くか聞いてるんじゃないんですか?」

紬「さぁどうかしら?私も詳しい事は彼女に聞いていないのよね~律と言う女を探して欲しいとしか聞いていないの~」

梓「名前と性別が分かった所で本当に見付かるんですかね?」

紬「先の事は分からないわ~それじゃあ川に行きましょう?」

梓「あ、はい!」


川へと着いた私達は律と言う女がいないかすぐに探した。

だが、私達以外に人の姿は見えない。

梓「人一人いませんね……無駄足でしたね」

紬「いいえまだ分からないわ!座りながら人が通るのを待って、その人が律さんかどうか聞くのよ~」

梓「は、はぁ……」

紬「日が落ちるまで梓ちゃん聞き込み頼んだわよ!」

梓「えぇー!私がですか?」

紬「……饅頭」

梓「もう……分かりましたよ」

梓「はぁ……でも、此処人通りますかね?」

こんな場所に川があったなんて始めてしった。

紬「時々、来るわよ?」

梓「時々ですか……」

紬「ほらほら!背筋伸ばして!そんなんじゃ探し物を見付けられないわよ!」

梓「うぅ……あれ?」

私の視界の隅っこで何かが動き物影に隠れた。
イタチや猫かと思ったがどう考えても大きさが違う。

梓「今、何かいましたよ」

紬「本当?猫かイタチじゃない?」

梓「いえ……人間一人分の大きさでしたよ」

紬「じゃあ行ってみましょう!律さんかも知れないわ!」

梓「はい!」

私達は物影に隠れた人を見る為に歩き出した……が。

どうやら、そこまで行く必要は無かったようだ。
物影に隠れた人はひょっこりと頭を出し額の汗を拭っていた。

紬「あら?澪ちゃん?」

私が見た人は澪さんだった。
それにしても……額に凄い汗が出ているなぁ。

澪「紬さん……?」

紬「そうよ~澪ちゃんどうしたの?凄い汗ね~」

布を取り出して澪さんの汗を拭いながら紬さんは言った。

澪「髪留めを無くしたみたいで……探しているんです」

あぁ、だからこんなに汗を流していたのか。

紬「髪留めを無くしたの?よかったら私達も一緒に探そうか?」

澪「はい……お願いします」

紬「それじゃあ梓ちゃん探すわよ~」

梓「あ、はい!分かりました」

落とした物を見付ける……そんな簡単な事でさえも目が見えない彼女にとっては、山に落とした針を見付ける事ぐらいに難しい事なのだろう。

私達は目を凝らしと澪さんの髪留めを見付け始め……。

紬「澪ちゃんの髪留め見付けたわよ~」

流石だ早い。

澪「ありがとうございます……見付かってよかった」

紬「いいのよ~」

梓「紬さん早かったですね……」

紬「そうかしら?」

澪「あの……そちらの幼い声の方は?」

幼い声……。
これでも二十歳なのにそんな事を言われるのは始めてだ。

紬「あ、まだ紹介していなかったわね~私の助手であり売れない絵師でもある梓ちゃんよ~」

売れない絵師は余計だ。

梓「こんにちは……貴女の事は紬さんから聞いてます」

澪「そうですか……」

紬「澪ちゃんまた律さんを待っていたの?」

澪「はい……」

紬「本当に何処に行ったのかしらね~全然見付けられなくてごめんね」

澪「いえ、いいんです」

ん?澪さんの首筋に何か黒い痣がある。
よく見てみると人間の手の様な痣だ。

澪「紬さん……?」

紬「なぁに?」

澪「今朝……律を見たんです」

見た?彼女は目が見えていないはずだ。

紬「そう、よかったわね~」

紬さんは澪さんに髪留めを渡しながら言った。
紬さんは澪さんが言った事に疑問を抱いていない……そんな表情をしていた。

澪「だから……此処に行けば律とまた会えるそんな気がして……」

梓「あぁ!私律さんを見付ける為にいい事を思い付きました!」

紬「いい事?」

梓「何で今まで気が付かなかったんだろ……番屋ですよ!番屋に言えばいいんじゃないですか?」

澪「それだけは辞めて下さい!」

澪さんは怒鳴るように言った。

澪「番屋だけはダメなんです……それだけはダメなんです!」

梓「何で番屋じゃダメなんですか?」

澪「とにかく番屋じゃダメなんです……」

行方不明を手っ取り早く探すには番屋に言うのが1番なのに……番屋に頼れない理由が何かあるのか?

澪「お願いします……番屋には言わないで下さい」

梓「わ、分かりました……」

紬「ねぇ澪ちゃん?」

澪「……何ですか?」

紬「澪ちゃんさっき律さんを見たって言ったわよね?」

澪「はい……」

紬「どんな容姿をしてたか分かる?」

澪「分かりません……覚えていないんです」

紬「覚えていない?」

澪「確かにこの目で始めて律を見ました……だけど容姿が思い出せないんです」

紬「そう、それなら仕方がないわね~」

目が見えないのにどうやって律さんを見る事が出来る?
何故、大事な恋人の姿を始めて見たのに思い出せない?

考えた結果、私の頭にある事が思い浮かんだ。

彼女は夢を見ていたのではないだろうか?

私も幸せな夢を見ていて朝起きると全く思い出せない事が多々ある。

例えば夢の中で団子をお腹いっぱいに食べるが、朝起きると夢の中で何をお腹いっぱい食べていたのか思い出せない……そんな事が多々ある。

だけど彼女に貴女が律さんを見たのは夢なんじゃないですか?なんて言えるはずがない

そんな事、残酷過ぎてとても私には言えない。

紬「あ、気になっていたんだけどその首の痣はどうしたの?」

澪「首に痣なんかありますか?」

紬「えぇ、まるで人の手のような痣があるわよ」

澪「きっと律の手だ。今朝私の元に現れて律に首を絞められましたから……」

梓「首を絞められた……?」

澪「はい……」

紬「澪ちゃん律さんに首を絞められるような事を何かしたの?」

澪「してないです……」

紬「何もしていない?じゃあなんで大事な恋人の首を絞めるのかしら?」

澪「きっと……律は怒っているんです」

紬「怒っている?」

澪「約束を破ってしまったから……」

紬「律さんと何かを約束していたの?」

澪「はい……これから言う事は絶対誰にも言わないで下さい」

……全て聞いた。
律さんの親の事も心中死しようとした事も全て聞いた。

澪さんは大粒の涙を流しながら全て話してくれた。

紬「ありがとう全部話してくれて……」

澪「ずっと……罪悪感を感じていたんです……お金も取らず理由も聞かずに律を探してくれている紬さんにずっと罪悪感を感じていたんです……」

紬「ううん、いいのよ……」

澪「ずっと律を探してくれて本当に本当にありがとうございます……」

紬「澪ちゃん今日は疲れたでしょう?家まで送ってあげるからゆっくり休んだ方がいいわ」

澪「はい……そうします……」

紬「梓ちゃん行きましょ?」

梓「はい……」

澪さんにこんな悲しい過去があった何て……私は知らなかった。

そして、彼女の大事な恋人を意地でも探したいと思った。

澪さんを送り届けた後、私達は近くの飯屋へと入った。

梓「澪さん……可哀相ですよね」

心中をしようとして失敗……今も生きているか分からない恋人を探す為に暗闇の中を生き続ける……そんなの悲し過ぎる。

紬「梓ちゃん?」

梓「はい……どうしたんですか?」

紬「律さんが見付からない訳がわかったわ」

梓「……え?」

紬「死人に口無し……いくら私でも広い川の中に沈んだ死体を探すのは難しい……」

梓「それって……」

律さんが死んだって事なのか?

紬「探すのを投げ出した分けじゃないわ……これは飽くまで私の予想よ」

梓「じゃあもしかしたら律さんは生きているのかも知れないって事ですか?」

紬「可能性は低いわね……」

梓「……じゃあ澪さんの首の痣は……アレは律さんが付けたんですよね。それが本当なら律さんは生きているはずです!」

紬「そうね。生きているといいわね……」

紬さんは何かを悟っているような口調で私に言った。

紬「私も律さんに生きていて欲しいわ……澪ちゃんの為にもね」

紬「そろそろ行きましょうか」

梓「行くって何処にですか?」

紬「澪ちゃんの家よ。私の予想が当たっていれば今夜律さんの行方が分かるわ」

梓「ほ、本当ですか!?」

紬「多分……律さんの姿は生か死か今日、全てが分かる」


第九話
おわり



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最終更新:2010年10月17日 22:07