その日、私は深く寝入ってしまって夢一つ見ませんでした。
 薬によってもたらされた人工的な睡魔は私を十数時間の眠りの海へと落とし、なかなか上がらせてくれなかったのです。

 けれど、私の寝ている間に何か大変なことが起きていたようです。
 もうろうとした意識の向こう側で、何か大事なものが離れていくのを感じたのですから。
 けれども薬の睡魔は私を目覚めさせまいと押さえつけ、結局その感覚も起きる頃には忘れてしまいました。

 目覚めの間際、最初に違和感を覚えたのは空っぽの手でした。
 私はいつしか窓から差し込んでいた日光に薄目を開け、まぶしすぎる光から逃げるために布団の中へと潜り込みます。
 けれど、その布団の中にはあるべき存在が消えていたのです。

 それに気がついて、ガラスが割れたかような驚きと恐怖に私はすぐ目を覚ましました。

憂「なんで……? お姉ちゃんが、いなくなってる……!」

 飛び起きて部屋中を見渡しても、お姉ちゃんは影も形もなくなっていたのです。

 そこで初めて部屋の時計を見ると、もうお昼の十二時を過ぎたところでした。
 睡眠薬を飲んだせいで必要以上に眠りすぎてしまったことに、初めて気が付きました。

 ……そうだよ、勘違いだよ。お姉ちゃんがこの家からいなくなるはずない。
 お姉ちゃんは起きてこの家のどこかにいるんだ。

 私はそれを確かめるためにお姉ちゃんの部屋を飛び出しました。
 リビング、私の部屋、ベランダ、トイレ、さまざまなところを探します。
 けれども――お姉ちゃんは、この家のどこにも見つかりませんでした。

 私がリビングの真ん中で倒れそうになったとき、遠くで玄関の開く音が聞こえました。


 呼吸のリズムがおかしくなってひどいめまいにも襲われながら、私は手すりにもたれるように玄関へと向かいます。
 昨日までずっとそばにいたはずのお姉ちゃんが消えてしまった。
 不安を覚えた時、体調を崩した時、いつでも抱きしめてくれたあの優しい腕が……私を残して消えてしまった。
 私の心がばらばらになるのには、それだけで十分すぎるほどだったのです。

憂「けほっ…おねぇ――ごほっ、はぁっ…おねえ、ぢゃん……」

 支えてくれた腕を失って、一人では何度も倒れてしまいそうになりながら私は急いで玄関に向かいます。
 手足が上手く動かせずに、何度も階段で転びそうになりながら。
 私はたぶん、陸地に上げられた魚のように過呼吸に苦しみよろめいているんです。

 どうにか最後の階段を下りたちょうどその時、私は廊下でいきおいよく抱きしめられました。

唯「……うい! ちょ――ごめんね、大丈夫?!」

 ……それは外から帰ってきたばかりの、制服姿のお姉ちゃんだったのです。

 ローファーも脱がずに廊下に飛び出したお姉ちゃんに抱き抱えられ、私は玄関の向こう側に見知った人影を見つけました。
 同じく中学校の制服を着た、和ちゃんと純ちゃんです。
 和ちゃんはカバンの中から何かを取り出そうとしてあせって中身を床にばらまいてしまい、
 純ちゃんも発作を起こして手足を震わせる私にどうすることもできずあたふたと立ちすくんでいます。

唯「和ちゃんはお薬持ってきて! 私の部屋の勉強机の下から三番目、花田メンタルクリニックって書いてあるやつ! いそいで!!」

和「――わ、わかったわ」

 震える手足を押さえつけながら背中をさするお姉ちゃんが、強い声を上げました。
 お姉ちゃんの声を聞いて和ちゃんはすぐに階段を駆け上がります。

唯「純ちゃん、コップに水、あと紙袋! ……いいから、靴とか脱がなくて!!」

純「は、はいすいません!」

 和ちゃんに続いて純ちゃんもリビングの方へと飛び出して行きました。
 それからお姉ちゃんはずっと耳元で「だいじょうぶ、だいじょうぶ」とささやきながら背中をさすってくれました。

憂「はぁ…はあっ……おねえ、ちゃんっ……」

唯「だいじょうぶだよぉ、うい。心配ないからね、お姉ちゃん、ずっとういのそばにいるからね」

 大丈夫。心配ない。ずっと、そばにいる。
 不安でばらばらにされた私の心を拾い集めて戻すように、お姉ちゃんは耳元でずっとささやきます。
 お姉ちゃんの声はこんな時でも子守唄のように優しく伝わって、耳にあたる息と共に少しずつ呼吸もおさまってきました。

 私は腕の中で、お姉ちゃんの顔を見上げました。
 髪の毛もはねたまま、制服のスカーフも半分ほどけたような状態のお姉ちゃんは……泣いていました。

憂「……おねえ、ちゃん…」

唯「ういぃ、ごめんね……憂のこと、勝手において、外へ出てっちゃったりして、私が引きこもりだから…」

 涙と鼻水でひどい顔のお姉ちゃんが発作を起こした私を抑えるのを見て、
 悪いのは全部私なのに自分のせいだと謝り続けるのを聞いて、
 ……もう私は、耐えられなくなってしまいました。

憂「――違うよっ、病気なのは私の方だよ! お姉ちゃんは私のために引きこもりのふりをしてただけだもん!」

 九月のある晴れた金曜日。
 半年ずっと私たちを守ってくれた、二人で守ってきた嘘を――私は一思いに壊しました。


――――――

 三年ぐらい前の話になります。
 そのとき私は小学五年生で、たしか四月ぐらいだったでしょうか。

 その年、お姉ちゃんと和ちゃんが小六から塾に通い始めました。
 その塾は関東一帯にチェーン展開する大規模なものだったのですが、私たちは中学受験をするつもりなんてありませんでした。
 遊んでばかりだとよくないし、英語でも習ってみたらどうか。
 お母さんがお姉ちゃんを塾に入れたのはそんな軽い気持ちからだったようです。
 その頃からなんでもお姉ちゃんと一緒がよかった私は、後を追うように入塾しました。

 今にして思えば、たまたま運が良くて、他の生徒よりも少しだけ勉強をがんばっただけなんだと思います。
 けれども私は六月の五年生対象の塾内テストで、全塾生中で三位の成績を取ってしまったのです。

 和ちゃんは目を見開いて驚き、お姉ちゃんはうれしそうに抱きしめてくれました。
 お母さんやお父さんにも頭をなでられて、なんだかちょっとてれくさかったです。

 ――うい、よくがんばったね。

 そう言ってお姉ちゃんは冗談で、ほっぺたにキスをしてくれたのを今でも覚えています。

 もののはずみとは言ってもそんな成績を取ってしまった私は塾長から特別進学クラスへの転入を勧められました。
 お母さんやお父さんは応援してくれましたし、和ちゃんもがんばってみたらと後押ししてくれました。
 お姉ちゃんは転入した方がいいとは言いませんでしたが「憂がやりたいならおうえんするね」と励ましてくれました。

 転入した先のクラスで私は純ちゃんと知り合いました。
 はじめ新しいクラスにうまくなじめないでいる私を気にせず、純ちゃんは今と変わらない様子で話しかけてくれました。
 純ちゃんはもともとご両親の意向で都内の私立中学を志望していたみたいです。
 なので授業が終わった帰り道、純ちゃんはため息まじりに不満をもらしていました。

純「べーっつに、いい学校とか行く必要ないんだけどさー。そこの桜中でいいじゃんっていうね」

憂「うーん、でもいい学校に行けたら家族のみんながよろこぶんじゃないかな?」

純「自分が楽しくなきゃ意味ないよ、そんなの」

 特進クラスの生徒は教室の中だと私語一つ口にしないまじめな生徒ばかりでした。
 なので、純ちゃんみたいな子と一緒にいると……なんだかいつも気が楽になったのです。

 私が小学六年生になった年、お姉ちゃんと和ちゃんは市立の中学に進学しました。
 和ちゃんも成績は優秀だったのですが、授業料のことを考えて最初から中学入試は考えなかったそうです。

 受験生となった私は今まで以上に課題が増え、塾の授業後に家で勉強するだけでは時間が足りなくなってきました。
 特進クラスは小学一年の頃からずっと勉強をしてきた人もたくさんいました。
 ですので、そんな生徒たちに追いつくためには人一倍努力しなきゃいけなかったんです。

 そののち私は学校でも休み時間も昼休みも塾の課題に費やして、学校の友達ともほとんど遊べなくなりました。
 勉強しても勉強しても成績が伸びず、学校だとそれを相談する相手もいません。
 はじめクラスメイトたちはものめずらしそうに私の勉強を見ていましたが、やがて距離は開いていきました。

 そうして九月も半ばを過ぎた頃、学校で運動会が開かれました。
 小学校生活最後の、クラス対抗大縄跳びにクラスのみんなが活気だっていたのは輪の外の私にも分かりました。
 ですが、塾であまり練習に参加できず首都圏模試への対策のことばかり考えていた私は縄に引っかかってしまいます。
 次の日、登校すると私は誰とも口を利いてもらえなくなり、遠巻きに陰口をささやかれるようになっていました。

 あの日グラウンドで、一歩でも踏み出すタイミングが違っていたら。
 もしかしたら私の人生は大きく変わっていたのかもしれないです。


 誰とも話せないまま、ひとりぼっちの教室で黙々と鉛筆を動かしていると、自分がどこにいるのか分からなくなります。
 あたかも私とほかのみんなの間は見えないガラスで隔てられている気がして、ひどい孤立感にさいなまれるのでした。
 教室の中を泳ぐように行き来するクラスメイトたちも、屈折したガラスのこちら側からは別の生き物のようです。
 ときどき窓の向こうから耳鳴りのように響いては私を傷つける言葉から身を守るように、ますます勉強へと逃避していきました。

 中学の学年末テストの季節になると、和ちゃんがいつもうちに来てお姉ちゃんに勉強を教えていました。
 和ちゃんは私に会う度に「勉強がんばったらいいことあるわよ」と励ましてくれました。
 そんな和ちゃんの前で学校でうまくいかなくなった話をするのは、勉強のせいにしているみたいで申し訳なかったんです。

 そういえば、塾の先生も同じようなことを言っていたのを思い出します。
 先生たちは私たち生徒にはちまきを渡して、喉をからすまでかけ声を上げさせ、受験に合格すればすべて良い方向に向かうと説きました。

純「……なんかさ、もう宗教だよね。これ」

 塾の夏合宿の休み時間、純ちゃんはうんざりしたような顔ではちまきを握って私に耳打ちしました。
 もうなにが正しいのかよく分からなかったのですが、とにかく私は懸命に泳ぎ続けようとしたのです。

 私が夜遅くまで勉強するようになると、お隣のとみおばあちゃんがうちに来て晩ごはんを作ってくれるようになりました。
 小さい頃から会社の仕事で海外を飛び回る両親はよくとみおばあちゃんに私たち姉妹を預けていたので、家族以上に家族のような関係でした。

 そういえば私が小学五年の冬、誕生日になってブリュッセルから高級なお菓子が送られてきたことがありました。
 お菓子に付いていた封筒を開くと「今年は受験生です。頑張ってください 父より」という手紙と三万円が入っていました。
 お父さんもお父さんなりの形で応援してくれている。
 私はそう思いたかったのですが、お姉ちゃんは私以上にその手紙に怒っていました。

 私たちが家に引きこもるようになったときも、お姉ちゃんはこう言っていました。

唯「あの人たちはお金だけ出す係なんだよ。家族は憂一人で十分だよ」

 いけないことだとは知りつつも、そんなお姉ちゃんが一瞬お父さんのように頼もしく感じてしまったのは事実です。
 もしかしたら、私たちは夫婦のような関係を演じてたのかもしれません。

 純ちゃんがふいに中学受験をやめたのは、十月ごろのことでした。

 いつだか塾の先生に成績が伸び悩んでいることを指摘された日に、しばらく欠席の続いていた純ちゃんのことにを尋ねてみました。
 すると先生は口をにごし、憂ちゃんはがんばって成功をつかみ取るようにと肩を叩かれました。
 気になってもう一度問い直すと、鈴木さんは合わなくてやめてしまったと聞かされました。

 あわてて純ちゃんの携帯に電話すると、今までと変わらない眠そうな声が聞こえたのでとても安心したのを覚えています。
 どうやら純ちゃんの家でもお父さんとお母さんで受験するかどうかを言い争っていたようでした。
 なんども話し合った結果、純ちゃんの意思で桜ヶ丘中学に通うことに決めたそうです。

純「憂も無理しないでよー? 憂ってほら、人にほめられるとがんばりすぎて自分のこと忘れるタイプだし」

 笑い声交じりに、だけど後半はまじめな口調で純ちゃんはそう言いました。

 純ちゃんとはその後もたまに電話をかけたり仲良くしていたのですが、小学校は違ったので普段話す機会もなくなりました。
 私は学校でも塾でも話し相手を見つけられず、ただただ問題集と格闘する日々を続けます。
 自然と高くそびえ立ってしまった透明な壁の中で、ひとり深海に潜りこむように勉強を続けたのです。

 過呼吸やけいれんといった症状が最初に起きたのはその年の冬辺りでした。
 十一月末の理科の授業中、私は教室でふいに息が出来なくなりました。
 息を吸い込もうとすればするほど苦しくなって、まるで水が喉に入ったかのようにむせてしまうんです。
 暗い曇り空のために窓際の席にいた私の姿がガラス窓に映りこんだのが、今もはっきり目に焼きついて残っています。

 私が発作を引き起こした時、クラスメイトたちはどうするでもなくただビデオを見続けていました。
 ちょうどその時は地球の構造に関するビデオを見ていた時で、教科担任の先生も職員室で作業をしていたようです。
 自分でも分からない急な呼吸困難に陥った私は誰にも助けを求められないまま、喉をおさえて呼吸を取り戻そうとします。

 『深海は水圧がとても高く、普通の魚は生きていけない世界です。』

 ――ビデオの音声が頭に反響して吐き気をもよおします。
 涙が勝手にあふれてここがどこにいるのかさえ分からなくなってきます。
 めまいがあまりに酷くて、足元の床が崩れていくような錯覚さえ覚えました。

 『また、水圧の高い深海から急浮上すると、急な圧力の変化で「潜水病」を引き起こしてしまいます。』

 めまいのせいで、ビデオに映る奇怪な深海魚と私を不安げに見やるクラスメイトの顔とが交錯します。
 身体が内側からおかしな圧力で壊れていきそうで、このまま死んでしまうとさえ思いました。

 私はそこに居もしないお姉ちゃんに心の中で助けを求めました。
 職員室から戻ってきた先生が私を保健室に連れて行く間も、ずっとずっとお姉ちゃんの名前だけを唱えていたのです。
 こんな時、本当につらい時に助けを求められるのはお姉ちゃんしかいないと決め込んでいたんです。
 そしてそれは、今だってあまり変わっていないと思います。


 発作を起こした日、保健室の白いベッドの中で小さいころの夢を見ました。

 夢の中で私はお姉ちゃんと二人で手をつないで家の近くの公園まで散歩しました。
 錆び付いたジャングルジムや、揺れるたびにきいきいと音の鳴るブランコ。
 数年前まで和ちゃんを入れた三人でよく遊びに行っていた、あの公園です。

唯「ねぇうい、あっちいこうよ」

 お姉ちゃんが指差したのは足元に鮮やかな木陰が揺れる小さなベンチでした。
 そういえば私とお姉ちゃんが二人で公園に来たときは、いつもこのベンチで遊んだものです。
 おままごとをしたり、カスタネットを叩いたり、アルプス一万尺の速さを競ったり……どれも懐かしい思い出でした。

 ベンチに腰掛けたお姉ちゃんは手をぎゅっとにぎって、もう片方の腕でそっと私を抱きしめました。
 それから何かをささやいた気がしたのですが、うまく聞き取れなかったです。
 つないだ手の感触はやがてリアルなものへと変わっていき――私は目を覚まします。

 そこには手をにぎったままベッドで眠るお姉ちゃんがいました。
 子どものような寝顔をよく見ると、まぶたが赤くはれているようです。

唯「あ…ういー。げんきになった……?」

 ついさっきまで泣き顔だったような真っ赤な目を細めて、お姉ちゃんは安心したようにほほえみました。
 こらえきれなくなって、その日は私からお姉ちゃんに抱きついてしまいました。

 それからこのような発作は入試の当日までたびたび起きてしまいます。
 授業中に起きたのは一番重かったあの一度きりでしたが、休み時間や登下校中や塾の授業前などで軽い過呼吸は何度もわずらいました。

 発作が起こるたびに「このままだと私は死んじゃうのかもしれない」としか思えなくなります。
 いつしか私は、一度発作が起きた場所を無意識に遠ざけるようになってしまいました。
 登下校でもわざと最短の市道を避けたり、塾のエレベーターを使わずに階段で移動したり。
 そうやって発作の起きた場所を避けていくたびに行動範囲が狭まると、見えない網に閉じ込められていく気がしてとても怖かったです。

 お姉ちゃんは学校や保健室の先生、それに和ちゃんから教えてもらったパソコンを使って私の発作のことを真剣に考えてくれました。
 過呼吸は紙袋を使って呼吸を整えるのがいいとか、この発作だけで死ぬことは絶対にないとか、私はお姉ちゃんからいろいろなことを聞きました。

唯「いつでもういのそばに居られるわけじゃないから、できることは一緒のときにしておきたいんだよね」

 私が気づかうと、お姉ちゃんはいつもそんな言葉で安心させてくれます。
 発作のこと以外でも、勉強している私の代わりに朝のごみ捨てに行ってくれて、トーストを焼いてくれてといろいろしてくれました。

 お姉ちゃんのために、受験はがんばらなきゃいけない。
 受験に合格したらお姉ちゃんが喜んでくれるんだ。

 ――けれども、そう思えば思うほど入試会場で発作を起こしそうな気がしてしまったのです。

 予感はいつも、悪い方ばかり当たってきたような気がします。

 当日、私は入試会場に一時間前に着いて自分の席で持ち物を確認していました。
 鉛筆は六本削ってとがらせましたし、消しゴムも新品に両面テープをしっかり貼っておきました。
 ティッシュペーパー、塾でもらったお守り、お弁当、紙袋……それから、大事なお財布。

 私は財布のカード入れのところから、プリクラ写真を一枚取り出しました。
 年明けに私とお姉ちゃんで撮ったものです。
 あの日お姉ちゃんはふざけてキスしようとして、思わずよけようとしてしまいました。
 けれどもお姉ちゃんは私をつかまえて、唇はあきらめてもほっぺにとキスをしてしまいました。

 『ゆい&うい』 『としこし!』 『ずっといっしょだよ』

 できあがったのは、ハートマークの背景にお姉ちゃんが書いたそんな言葉が並ぶプリクラです。
 そんなプリクラなのでちょっと誰かに見られるのは恥ずかしいのですが、やっぱり一番のお守りでした。
 私はそれをお財布にしまって、社会の年表を開きなおしました。

 やがて試験時間になって、受験票の照合が始まり机の上を片付けることになりました。
 寸前に私はカバンの中でお財布を探し、プリクラに触れてから試験を受けようとしたのです。


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最終更新:2010年10月23日 00:39