唯「ちーわー、やっと掃除当番終わったぁ。もうヘトヘトだよー…」

紬「お疲れ様。ささ、唯ちゃんも座って。今日はブッシュ・ド・ノエルよ」サッ

唯「おぉ!やったね、私ブッシュ・ド・ノエル大好きだよ!」

澪「そうなのか?それは初耳だな」

唯「うん!だってなんか語感がいいじゃない。ブッってなってドッって」

律「語感かよ…。ほらほら、早く食べて練習するぞ」

唯「待ってよ律っちゃん、まだ一口も食べて無いんだからさ!…あれ、そいやあずにゃんは」

澪「あぁ、梓なら風邪気味らしくて今日は帰るって言ってたぞ」

唯「ほほぅ…」

紬「それじゃ唯ちゃんにもお茶入れるわね」サッ

唯「あ、ちょっと待ってよムギちゃん!ストップ、ストップだよ!」ガバッ

澪「な、なんだよ唯…!いきなり大きな声を出すな」

紬「ど、どうしたの唯ちゃん?」

唯「私、今日はあのカップで飲みたいよ!」ビッ

律「あのって…、アレは梓のカップじゃねぇか。唯は自分の分があるだろ」

唯「そうだけどさぁ。あずにゃんのカップカワイイじゃん!一回飲んで見たかったんだよ。いいかなムギちゃん」

紬「そうね。梓ちゃんは今日はお休みだしね」サッ

唯「やったぁ!ささ、早く注いで!」

ズズズズ…

唯「はふぅ…。うーん、やっぱりあずにゃんカップはひと味もふた味も違うねぇ。紅茶の深みが更に増してるよ」

律「増してねーよ。別に私と一緒の普通のカップだろ」

唯「ふふっ、可哀相な律っちゃん…。あずにゃんカップの素敵さが分からないなんてさ」ズズズズ…

律「分かんねーよそんなの。なんだその哀れんだ目は!」

澪「しかし、プラシーボ効果と言う物もあるしな。唯の言ってる事もあながち間違って無いかもな」

唯「プラシーボ効果…?何なのかなそれは」ズズズズ…

澪「例えば、ただのビタミン剤をクスリだと言われて飲むと普通よりも治りが良くなったりするんだ」

律「は…?なんでだよ、ビタミン剤はビタミン剤だろ。そんなの変らないだろ」

紬「思い込みによる効果といった所かしら」

唯「うーん…、良く分からないけどあずにゃんカップは凄いって事だよね!」

律「なるほどなぁ、思い込みの効果なら唯には絶大な訳だぜ」

唯「ふふふ、律っちゃんには貸してあげないよ。このカップは」ズズズズ

律「いや、別にいらねーし。私にとったら普通のカップだもん」

唯「違うよー、あずにゃんカップは特別なの!普通じゃないんだよ」

澪「はいはい、二人ともそこまで。そろそろ練習始めるぞ」

紬「そうね、じゃあ片付けましょうか。唯ちゃん、カップを取ってくれるかしら?」

唯「あ、ちょっと待ってね。ここにも紅茶がちょっと垂れてきちゃって…」かぷっ

律「何やってんだよ唯?取っ手なんか咥えたら汚いだろ」

唯「汚くないよぅ、この取っ手も猫のしっぽになっててカワイイんだよー」ペロペロ

澪「やれやれ、随分と気に入ったんだな。梓のカップを」



梓「ふぇっくしょん!!」

憂「わっ!?梓ちゃん大丈夫?」

梓「うん…。なんか急に背筋に寒気がしちゃって…」

憂「風邪は引き始めが大事って言うからね。今日は、部活を早退して正解だよ」

梓「うん。まぁ、それはそれで心配なんだけどさ…」

純「そだ、丁度いいから駅前のアウトレットモールに行かない?新しく出来たのよ」

梓「あのねぇ…、私達の話聞いて無かったの?部活早退したんだけど」

純「だからじゃない。普段一緒に帰れないんだし、こういう時じゃないとね!」

梓「私はパス…、頭フラフラするし。行きたかっら憂と二人で行きなよ」スタスタ

憂「あ、待ってよ梓ちゃん。…純ちゃん、それはまた今度の休みにしようよ」

純「ちぇっ、仕方ないなぁ。…こら、待ってよ梓!」



=次の日=

梓「くしゅん!」

憂「どう?まだ、治りそうに無いかな」

梓「昨日より大分マシになったと思うんだけ……くっしゅん!」

純「ほほぅ、だったら梓!今日こそは行こうじゃないの、アウトレッ…」

梓「行かない。今日は部室に顔だすから」

純「ちょっと、最後まで言わせてよ!」

憂「部室に…?大丈夫なの、今日も早退した方がいいんじゃないかな」

梓「やっぱり気になるからさ、唯先輩達ちゃんと練習してるのか…」

唯「………………」チラッチラッ

憂「あれ?あそこのドアから何度も覗いてるのってお姉ちゃんかな」

純「噂をすればなんとやらってヤツだね。ほら、行っておいでよ」

梓「私の教室まで来るなんて…。どうしたのかな?」スタスタ

梓「唯先輩、どうしたんですか?こんな所まで」

唯「あずにゃん、どうかな調子は?気になってさぁ」

梓「有り難うございます。まだちょっと頭がフラフラするけど、今日は顔を出しますね」

唯「…………え?」

梓「どうしたんですか?ハトが豆鉄砲食らったような顔して」

唯「ま、待ってあずにゃん!気をしっかり持つんだよ!」バッ

梓「なんですか?別に持ってますよ…」

唯「えっとね…、まだ無理しない方が良いと思うんだよ!風邪は引き始めが大事っていうじゃん!」

梓「いえ、もう大分治りかけてますんで大丈夫ですよ」

唯「そ、そうなの!?だったら、アレだよ。風邪は治りかけが大事っていうじゃん!」

梓「言いませんよ…。どうしたんですか今日は。早く部室に行きましょうよ」

唯「違うんだよ!わたしはあずにゃんの身体を、あずにゃんの未来を心配しているんだよ!」

梓「私の…未来?なんですかソレ」

唯「良く考えてごらんあずにゃん、ここで無理しちゃったら今度の試験に影響しゃうかもしれないんだよ!」

梓「いえ、普段勉強してるんで大丈夫です。…大袈裟ですよ、そんなに心配しなくても」

唯「それは心配だよ!だってあずにゃんは未来の軽音部を担う大切な存在。大切な私の後輩なんだから」

梓「ゆ、唯先輩がこんな気遣いを…。いつの間にこんな大人に」

唯「分かってくれたんだね…あずにゃん!」

梓「…って、そんな訳無いでしょ。そうやってまた練習サボるつもりでしょ。ほら行きますよ」グイッ

唯「はぅ!待って、待ってよあずにゃん!話を聞いて」

スタスタ

憂「お姉ちゃん、どうしたの?廊下で暴れたら危ないよ」

唯「う、ういー!?ナイスタイミングだよ!あずにゃんを、あずにゃんを止めてよ憂!」

憂「えっ!?こ、こうかなお姉ちゃん…?」ガッシ

梓「あ、コラ!?離してよ憂!ズルイですよ先輩」

唯「ういー、あずにゃんは無理して部室に来ようとしてるんだよ!お家まで送ってあげてくれないかな」

憂「あ、うん。分かったよお姉ちゃん」

梓「離してー、離しなさいよ憂!」ジタバタ

唯「それじゃ、あずにゃんお大事にねっ!」ダッダッダッ

梓「待ちなさいよ唯センパイー!」



唯「あずあずカップー、あずあずにゃんー♪不思議なカップー、あずあずカップー♪」スタスタ

澪「…うん?どうしたんだ唯。やけに上機嫌じゃないか」

唯「別にぃー、なんでもないよ」

律「とてもそうには見えないけどなぁ。まぁいいや、早速始めようか」

唯「りょーかいだよ律っちゃん!早く、早く!」

澪「珍しいな…。唯がやる気満々だぞ」

紬「そうねぇ。まぁでも良い事じゃないの」

澪「それはそうなんだが…」

唯「はいはいー、それじゃいっくよー!」サッ

ジャジャーン…

唯「ふぅ………」サッ

澪「……なっ」

紬「………これは」

唯「ん?どしたのみんな、律っちゃんが豆鉄砲食らったような顔して」

律「どういう意味だよそれ!?っていうかなんでそんなにタイミングピッタリなんだよ、リズムキープとか完璧じゃねぇか!」バッ

唯「え?そんな事言われても分からないよぅ。そんな事より、今日の練習分終わったよね!」

澪「…え?あぁそうだな、やけにすんなり演奏出来たからな」

唯「よっしー!それじゃ、ムギちゃんお茶にしようよ!」

紬「え?あぁ、そうね。今準備するわね」

律「…まさか唯のヤツ。ティータイムがしたいが為にあんな演奏が出来たのかよ」

澪「そんな訳無い……、事も無いな。唯ならばやりかねないかも」

唯「ムギちゃーん、今日もこのカップにお願いー」サッ

紬「あ、うん。分かったわ」サッ

コポコポ

唯「おぉ!あずにゃんカップに紅茶がトポポー♪あずあずカップー♪」

律「なるほどねぇ。コイツが唯のお目当てって訳かよ」ズズズズ…

澪「そういえば、梓は今日も休みか?」

唯「そだよー、風邪は安静にしてないとね。ねぇ、あずにゃんカップもそう思うよねー」サスサス

律「やれやれ、ギー太並の溺愛っぷりだな…。唯のプラシーボ能力が羨ましいわ」

唯「はふぅ…!やっぱり美味しいよぅ、あずにゃんカップは」サスサス

紬「まだまだ沢山オカワリはあるからね」

唯「やったー、あずにゃんカップなら何杯でもオカワリできるよ!」サッ

澪「さてと…、そろそろ片付けて帰るとするか」

唯「えー、もう帰るの?もっとあずにゃんカップと一緒に居たいよぉ」サスサス

律「そんなに飲んだらお腹タプタプになっちまうだろ。夜中にお漏らししても知らないぞ」

唯「何言ってるの律っちゃん。もう高校生なんだら、そんなの大丈夫だよー。それにいざとなったら憂がいるしね!」

律「いや、それ大丈夫じゃねぇよ!?憂ちゃんをどうするつもりだお前!」

カチャカチャ

澪「ほらほら、そんな馬鹿な事言ってないで。今日は唯が当番だろ、早くしないと日が暮れちゃうぞ」

唯「あ、そういやそうだったね?それじゃ洗ってくるよ」サッ

カチャカチャ


運動部の掛け声であろう鼓舞をぼんやりと耳にしながら、おぼつかない足取りで私は手洗い場にかたどり着く。そして、蛇口から流れる水道の音を辺りに鳴り響かせながら、四つのカップを次々と洗剤を付けたスポンジで擦っていく。

「うんしょっ、うんしょっ…。おわっ、危ない!」

…何度やっても、洗剤を付けてカップを洗うという行為は慣れない。何故かというと、今の状態のカップは酷く滑りやすいのである。
気を抜くとまるで新鮮なネコジャラシの様に私の手のひらから抜け出してしまうからだ。なので、私はこの時ばかりは演奏の時が如く、神経を張り詰めて作業に挑むのである。

「よーし、残りは一つだね。早く終わられないと…」

手を伸ばして、その最後の一つに取り掛かろうとした瞬間、まるで金縛りにでもあったかのように私の身体は動きを止める。しかし、その視線はある一点を凝視していた。

唯「あずにゃんカップ…。はぁ…、やっぱりカワイイよぅ」

まるでギー太を愛でるかの様な手付きで、私は優しく…、そして繊細にあずにゃんカップを手に取る。

「よーし、このカップはより丹念に洗ってあげよーっと。きっとあずにゃんカップも喜ぶよぅ」

「あら、唯じゃない。何やってるの?そろそろ完全下校時刻よ」

私は聞き慣れたその声の方向に、勢い良く振り向く。刹那、足元から激しい衝撃音。
振り向いた目に映ったのは、予想通り和ちゃんであった。

「うん、分かってるよー。このあずにゃんカップを洗い終わったら帰るよ!……ってアレ?」

「あずにゃんカップって、その床で粉々になってるソレ?」

和ちゃんの言葉に、私は足元に視線を向ける。そこには、無残にも砕け散った陶器の欠片があった。

「の、和ちゅあぁぁぁぁぁん!?なっ、なんなのコレ!一体誰があずにゃんカップにこんな酷い事を!!?」

「誰って…アナタじゃないのよ。仕方ないわねぇ、私も片付けるのを手伝ってあげるから」

「ど…ど…どうしよ…。どーしよぅ和ちゃん……」

私の身体の震えは、家電量販店の最新マッサージ器を凌駕する勢いであった。


……

澪「それにしても遅いな唯…。一体何をしてるんだ」

律「どっかで寄り道してるんじゃねぇの?茶道部の匂いに惹かれてフラフラとか」

紬「そんな、蝶々じゃないんだから。お茶菓子はもう沢山食べたし大丈夫よ」

バッタンー!!

唯「律っちゃぁぁぁぁんっ!どうじよう゛!律っちゃぁぁぁんっ!!」ガバーッ

律「な、なんだぁ?落ち着けよ唯。どうした、なんかあったかの?」

唯「落ち着いてなんか居られないよ!えまーじぇんしーなんだよ!!リッチャンエマージェンシーなんだよっ!」

律「なんだよそのエマージェンシーは…?いいから、何があったんだ」

唯「あずにゃんが……あずにゃんが……」

澪「梓が!?まさか梓の身に何かあったのか!」

紬「それは本当なの!?まさか病気が悪化して入院とか!」

唯「違うの…!そのあずにゃんじゃなくて……あずにゃんカップが。あずにゃんカップがこんな酷い事に…」ガチャガチャ……

紬「……………あら」

律・澪「……………ぁ」

唯「へ、へるぴみー…リッチャン…」ガクガク

律「お前何やってんだよ!?よりにもよって梓のカップを割るなんて」

唯「ま…、まさかこんな事になるなんて…、どうしてあずにゃんカップなの……。私か律っちゃんのカップなら良かったのにね…」ガクッ

律「いや、良くねぇよ!何さり気なく私もカップも巻込んでんだよ!謝れ、私のカップに謝れ!」

唯「うぅ…、ゴメンなさい律っちゃんカップ」ペコリ

紬「落ち着いて唯ちゃん!カップに謝っても梓ちゃんのカップは返ってこないわ」

律「あーぁ、梓が部室に来たら怒られるぞ。入部してからずっと使ってたもんなぁ」

唯「やっぱりそうかな…?あずにゃん怒るかな…」

律「もしかしたら、唯が夜道を歩いてるときに背後からムスタングで…」

唯「む、…ムスタングで!?むすたんぐで私どうなっちゃうの!?」ビクッ

律「いや、そればっかりは私の口からは…。ただ月の無い夜には気を付けるんだぜ…」ポン

唯「ちょっと!気になるよ律っちゃん!?ねぇ澪ちゃん、月のない夜っていつかな、今日じゃないよねっ!!」

澪「知らないよ、そんなの…。いいから落ち着けって。律も無駄に煽るんじゃない」

律「でもよ、実際問題どうするんだよ。この割れ方はボンドでくっつけるのは無理じゃねーか?」ガチャガチャ

唯「だ、大丈夫だよ!憂はパズルとか得意なんだよ、憂に頼めばきっとなんとかなるよ!」

律「いや、もうパズルってレベルじゃねーぞ。これは考古学クラスなんじゃないか」

唯「こ、考古学!?だったら考古学部に持っていこうよ!」

澪「そんな部ないよ、いいから落ち着けって。なぁムギ?」

紬「はい?何かしら澪ちゃん」

澪「このカップってどこで買ったヤツなのかな?もしかしたら同じヤツが売ってるかも」

唯「そ、そうか!?澪ちゃん流石だよ!あずにゃんカップが無いならあずにゃんカップを買えばいいんだよ!」

紬「えーっと…、どこだったかしら?確か…」

唯「どこかなムギちゃん!?…そうだ、ムギちゃんの事だから海外なのかな!スイス王室御用達のカップ!?」

紬「……あ、そうだわ思い出したわ!」ポンッ

唯「スイスって海外だよねっ!どうしよう律っちゃん、私パスポート持って無いよ!?律っちゃん持ってるかな?海外って何を持っていけばいいの律っちゃん!何が必要なの!」

律「うるせぇよ!どんだけテンパってんだよ!?今お前が必要なモンはパスポートじゃなくて平常心だっ!」

紬「ふふ、安心して唯ちゃん。あのカップを買ったのは国内よ」

唯「…え?それは本当なの!」


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最終更新:2010年10月23日 21:14