私の一日の始まり。

自分の机まで全力疾走、そして邪魔なカバンをスラムダンク。

「姫ちゃん、おはよう!」

おはよう、の挨拶がわりに全力でハグ。

くんかくんか。唯クン、シャンプー変えたね。


この小動物は平沢唯。隣の席の可愛いペット。

「うむぅー、姫ちゃんくすぐったいー」

構わずにくせっ毛頭をワシャワシャ。

あらら、必死に直そうとしてますね。苦労してセットしたんだろうな。

あきらめたまえ。君が可愛すぎるのがいけないんだ。

「もぉー、姫ちゃんの意地悪」

そうさ、私はイジワルさ。

イジワルだから、こんなことだってしちゃう。

「いはいいはいー、ひっはらないれー」

何言ってるかわからないからスルー。そしてほっぺフニフニ。

ほっぺを楽しみながら髪をくんかくんか。最高の贅沢だね。

今日のキミはレモンの香り。キミにぴったりだよ。ラベンダーも捨てがたいけどね。

「ひめひゃん、やめへよぉー。ふぇえ……」

あらら、涙目。そろそろ離してあげますか。

半泣きでほっぺを戻そうとする唯。あはは、変な顔。可愛いけど。

「もう姫ちゃんなんか、知らない」

ふくれっ面でそっぽを向く唯。

そういう仕草の一つ一つが罪なんだよ。わからないかなぁ。

「姫ちゃんなんかあっち行け!」

はいはい、行きますよ。もうすぐホームルームだから、すぐ戻ってくるけどね。


一時間目がスタート。

古文は嫌いだな、受けたくないな。

あれれ、唯ったらどうしたの。カバンをごそごそして。

「姫ちゃん……教科書見せて」

前言撤回。古文最高です。たまらないです。

あれれ?でも唯、さっきなんて言ったっけ。

「うぅ……教科書、見せて下さい」

そんな言葉を聞きたいんじゃないよ。

「姫ちゃんのこと……だ、だ、だいひゅ……だから、見せて!」

よし、合格だよ。

古文の先生は熱心です。わかりやすく教えてくださります。

でも先生、ごめんなさい。私は光源氏よりも、隣で半分寝ている子に夢中なんです。

唯の頭がグラグラ。見ているこっちはクラクラ。

ほらほら、机から落ちちゃうよ。

その前に私が抱き止めてあげるけど。

あまりにも無防備な唯の寝顔。奪っちゃうよ?いろいろと。

試しにヘアピンに手を伸ばす。カナリアイエローのチャームポイント。

前髪に手がふれる。天使にふれたよ。今天使にふれちゃったよ私。

「立花ー、この問題解いてみろ」

ヤバいです。

「どうしたー、解いてみろ」

ごめんなさい先生、聞いてませんでした。いじめないで下さい。

みんなの視線が集中する。止めてそんな見ないで。

自然と私は下を向く。顔が熱いよ恥ずかしいよ。助けて唯助けて。

「三番です」

私の斜め向かいの子が助け舟を出してくれた。

「ありがとう真鍋。立花、もういいぞ」

ありがとう真鍋さん。クールビューティー眼鏡さん。

さすがに唯の乳母なだけはあるね。

安心して。あとは私が完璧に育て上げてみせるから。


休み時間です。

「もぉー、トイレくらい一人で行けるよぉ」

ダメダメ、途中で迷子になったらどうするの?

「自分で歩けるよぉ。歩きづらいから離してよぉ」

ダメダメ、転んだらどうするの?

「止めて下さい!唯先輩が嫌がってるじゃないですか!」

おやおや、お邪魔虫のご登場です。

この子は中野梓。厄介な二年の黒猫クン。

「いい歳して誰かに抱きつくなんておかしいです!離して下さい!」

キミ、さりげに唯を非難してないかい?

「あーずにゃーん。へるぷみー」

唯が腕の中でパタパタする。ソフトボール部員の私に勝てるかな?

「ほら、困ってるじゃないですか!」

おやおや、ジェラシーかい小さな黒猫クン。

「なっ……そんなんじゃありません!」

あれあれ、顔が真っ赤だよ?ウブで可愛いなあ。

「照れてるあずにゃん可愛い~」

唯がするっと腕から抜け出て、黒猫クンに抱きつく。

ダメだよ唯。黒猫は不吉だよ。

縁起が悪いよ。すぐに離れなさい。

「もう、みんな見てますよ!」

そうそう、みんな見てるから離れなきゃ。

っていうか黒猫クン。何でまんざらでもない顔してるんだい?

いい歳して人に抱きつくのはおかしいんだろ?唯にもきつく言いなよ。

公約は守ろうよ。某国の大統領じゃあるまいし。離れなさい。離れてよ、ねえ。

キーンコーンカーンコーン。

チャイムの音が、目の前の悪夢に終止符を打ってくれました。

「ほら、休み時間終わりましたよ」

「あずにゃん分補給完了~」

ちょっと待った。姫ちゃん分の補給がまだだよ。


二時間目です。英語は苦手です。

何故か唯がプルプル震えてます。頬がほんのり赤くて、可愛いことこの上ない。

あれれ?もしかしてこれから告白時間(タイム)?

「ひ……姫ちゃん、あの……」

何?何?言ってみ?準備はできてるよ?

その時、無粋な声が教室に響き渡りました。

「えー、32ページを声に出して読んで下さい」

先生は空気を読んで下さい。

周りがいっせいに下手な英語を唱えはじめます。これじゃあ、告白ムードも台無しです。

「……ジョー……ベン……」

おや?唯が内股をこすりあわせています。とても色っぽいよ、唯クン。

……じゃなくてじゃなくて。これは明らかに何かのメッセージ。考えろ私。

「……ベン……ジョー……」

閃いた。

先生、唯がトイレに行きたがってまーす。

みんながいっせいにこっちを見ます。

唯の色気にメロメロ?でもダメだよ、保護者兼お姫様は私なんだから。

顔を真っ赤にしてトイレに駆け込む唯。

今にも泣き出しそうだけど、私の思いやりに感動しちゃったかな?

ほっぺにチューくらいは許してあげる。


その後、唯は授業が終わるまで帰ってきませんでした。

サボリかな?小悪魔ちゃんめ、お仕置きしてあげなくちゃ。

でもその前に、ほっぺにキ……。

「姫ちゃんのバカ!大っ嫌い!」

え?

唯は泣きそうです。どうやら冗談とかツンデレの類ではなさそうです。

……嘘だよね?嘘だって言って。

嫌だよ唯。そんなの嫌だよ。

私の何がいけなかったの?謝るから、改善するから許して。お願い許して。

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。好きって言って。好きって言ってよ唯。

気がついたら私の目から何かが溢れていました。

きっと心の汗です。私の心が冷や汗をかいているんです。それだけです。

「ご、ごめんね姫ちゃん、泣かないで!」

泣いてなんかないもん。汗だもん。

「嘘だよ!嘘だから!私姫ちゃんが大好きだから!」

本当?

「ほんとだよ!姫ちゃん大好き!」

もう一回言って。

「姫ちゃんが大、大、大好き!ほら、むぎゅーっ」

……えへへ。


その後の授業はまったく覚えてません。

気がついたらお昼の時間です。

唯、私、乳母兼私の救世主の真鍋さん、その他

みんなで机をくっつけます。

もちろん私は唯のとなり。

コンビニのアルバイトってのはいいものです。

期限がヤバい菓子パンやおにぎりをまわしてくれます。

今日はメロンパンとクリームパン。

おや?

唯がこちらをじっと見ています。

なんだい、そんなに目を輝かせて。

もしかして、私に惚れ直しちゃったかい?困ったなぁ。

「姫ちゃんのパン、おいしそう。一口ちょうだい」

おのれ菓子パン、妬いちゃうぞ。

嫉妬の炎でカリカリに焼いちゃうぞ。

とは言っても、目をキラキラさせる唯はたまりません。

そんなにほしいのかい?でもあげないよ。

私は意地悪なキミのお姫様だからね。ほれほれ、取ってみたまえ。

「んー……むー!」

ぱくっ。

え?あら?

一瞬、何がおこったのかわかりませんでした。

メロンパンが半分近く消滅してるとか、そういう問題じゃなくて。

確か今、私の指が唯の可愛らしいお口の中へ……。

私の意識はそこで途切れました。

「ちょ、ちょっと立花さん!」

……おお、わが友よ。救世主よ。

どうやら私はお花畑にトリップしていたようです。危ないところでした。

「唯、謝りなさい!」

いえいえ。いいんですよお義母さん。どうか娘さんを叱らないでやって下さい。

「ごめんなさい、姫ちゃん……」

ああ、そんなにしおらしい目をしないで。上目づかいで見ないで。

ああもう、可愛いなぁ。全然反省してないじゃないのさ。

「おわびに私のお弁当のパセリあげるね」

それはさすがにNO Thank you!


長い長い午後の授業。

唯はお昼寝の時間のようです。

腕を枕にするのはいい。しかしこっちに寝顔を向けるのはいけませんね。

おかげで今、先生が何を話しているのかさっぱりわかりません。

……ノート真っ白でも、この時間がバラ色ならよくね?

……将来、か。

卒業後、私はどうなるんだろ。

親は大学には入っておけって言うけど、あまり乗り気になれません。

かといって就職のアテがあるわけでもないし。むむむ、どうしよう。

……ああ、最後の手段があるじゃないですか。唯に永久就職。


放課後です。

私はカバンを二つに唯のギターを持って、音楽室に向かいます。

「助かるよぉ~。姫ちゃん力持ちだねぇ~」

ソフトボール部をナメてもらっちゃ困るね、お嬢ちゃん。

本当ならキミをおぶっていきたいとこさ。

「いらっしゃい」

軽音部のメンバーは全員そろったようです。

音楽室にいる人数は六人。だけどイスの数は五つ。

これが意味することは一つ。

「唯、私の膝に座りなさい」

「ち、ちょっと待って下さい!」

おやおや、また会ったね生意気な黒猫クン。

「立花先輩は軽音部じゃないでしょう!なんで平然と座ってるんですか!」

そうはいうがキミ、紅茶もケーキもちゃんと六人分用意されているよ。

「ど、どういうことですかムギ先輩!」

そういうことさ。

「だいたい立花先輩は、ソフトボール部じゃないですか!そっちの練習はどうなったんですか!」

高三の運動部員は、だいたい今の時期に引退するのさ。わかったかね世間知らずの子猫ちゃん。

「なら大人しく勉強してて下さいよ!」

さらっと人の悩みを口にしてくれたね、これだからお子様は。

唯を膝に乗せてのティータイムは実に素晴らしいです。

目の前に唯の後ろ頭、腕は唯のお腹に、そして膝の上に唯のお尻。

これほどの歓びが他にあるでしょうか。

しかし、この至福の時間にも弱点が。

「姫ちゃん、食べないの?」

食べたいです。すごく食べたいです。

ですがそれは許されないのです。

二人の関係が生んだ、あまりにも悲しい結末。悲劇です。

「じゃあ、姫ちゃんに食べさせてあげる。あーんして」

ふえ?

唯が膝から滑り降りて、ケーキにフォークを突き刺して。

「ち、ちょっと何をやろうとしてんですか唯先輩!」

そうだよ唯先輩。エイプリルフールには早いよ。

冗談きついって。そんな無垢な笑顔でフォークを差し出さないで。

……マジ?

「はい、あーんして。あーん」

……だ、ダメだよ唯。冗談キツいって。

だ、だって私たち、まだ正式な関係じゃないし。お互いの両親にも会ってないし。

ふ、ふ、不潔だよ唯。後でお仕置きしなくちゃ。ああああでも顔がまともに見れないよ。

ヤバいどうしよ絶対顔真っ赤だよ。唯に全部見られちゃってるよすごい恥ずかしいよ。助けて真鍋さん助けて……。

「た、立花さん立花さん!」

「あらあら大変」

……はっ。

危うく三途の川を渡り終えるところでした。危ない危ない。

「唯……とりあえず謝っとけ」

「姫ちゃん、……またまたごめんなさい」

まったく、罪な女の子だよ。許してあげない。

「おわびに演奏、聞いてくれるかな」

え、演奏してくれるの!?

「……食いついてきた」

ギターを持った私のペット、何度見ても惚れ惚れしちゃう。

一つ癪なのは、あのギターが唯にベッタリなこと。

ギー太なんて名前つけられて、さりげなく胸に密着しおって。このエロギターめ。

「えー、こんにちは。今さらな紹介ですけど、放課後ティータイム、ギターの平沢唯です!」

もちろん割れるような拍手を送る。


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最終更新:2010年10月26日 21:07