澪「It's automatic♪」


携帯電話のラジオから流れるメロディーに合わせて、一緒に歌詞を口ずさむ

それが波の音と溶け合いながら夜の海に消えていく

半月前よりも涼しくなった潮風が髪を撫でてる

少し騒ぎすぎたせいか、ちょっと喉が痛かった

「澪さん」

感傷に浸っていたところで背後から名前を呼ばれた

ビックリして振り返ると…唯?

「あ、いまお姉ちゃんだと思ったでしょ?」

そう言って髪をアップにしてみせする

「憂か…ビックリさせるなよ」

「えへへ、ごめんなさい。眠れないんですか?」

「うん」

「みんなもうグッスリですよ」

携帯の時計に目をやった

すでに午前3時を回っている

私たちは8月21日の律の誕生日会を開くため、軽音部メンバーに和、憂、純を加えた8人でムギの別荘を訪れていた

「この前合宿したばっかじゃねーか!」

と律は駄々をこねたけど、他に良案もなかったからここに落ち着いたのだった

「ホント、髪下ろすと唯にそっくりだよなぁ」

「ありがとうございます、えへへ」

あまり誉めたつもりはなかったけど、本人が喜んでるんだからいっか

「憂も眠れないのか?」

「枕が替わるとどうも…」

「唯のお腹を枕にしてやったら?」

「別の意味で眠れませんよ!」

どんな意味だよ


いつだったか律が

「憂、私の妹になってくれ!」

って言ってたけど、気持ちはよくわかる

聡を見て弟が欲しいとは思わないけど

「それ、なんて曲ですか?」

さっきとは別の曲がラジオから流れている

「なんだっけなー」

 海がありますか

 海がありますか

 あーあーあー、海が

 あなたの街にはありますか

私の街には無かったけど、いま目の前にはあった

「いい歌詞ですね」

「だね」



 都会の空に

 星をください

 雲のすき間に

 星をください

2人で一緒に空を見上げる

星はたくさんあった

「恋人同士だったら」

憂が照れた口調で言う

「あれが君の星だよ、とか言うんですよね?」

「いつの時代の恋人だよ」




「え!いまは言わないんですか!?」

「もし彼氏から言われた体温計で熱計ってやる」

「えぇ!澪さん彼氏いたことあるですか!?」

「ぐ…無いけど…」

「絶対モテと思うんですけどね」

「モテてる…女子高生に」

憂が思わず噴き出した

「クラスの子たちから羨ましがられます」

「なんて言って?」

「澪先輩と仲良くして貰えていいなぁ、って。澪さん綺麗でカッコイいですから」

「…恐縮です」

たまには可愛いと言われたい

「でもお姉ちゃん言ってました」

「なんて?」

「澪ちゃんはホントは甘えん坊なんだよ、って」

…悔しいけど正解

「甘え方がわからないんだよなぁ」

「照れ屋さんですからね」

それも正解

仮に彼氏ができたとしても、甘々な空気は作り出せない気がする

「憂は甘えさせるの上手そうだよな」

「お姉ちゃんのことですか?甘やかしてるつもりまないんですけど…」

「器大きすぎ…憂みたいな人が相手なら甘えれるかも」

「えへへ、嬉しいです」

一度でいいからこんな可愛い照れ笑いをしてみたいものだ

「まだ恥ずかしいですね…」

「ん?何が?」

「呼び捨てにされるの」

「自分から言い出したのに」

「えへへ」

みなさんともっと仲良くなりたいから、呼び捨てでいいです

誕生日会で憂が切り出すと、純もそれに同調した

名前の後ろの"ちゃん"、を取っただけなのに、それまでよりもずっと親密になれた気がした

「唯はどんな感じで甘えるんだ?」

「うーん。アイスー、とか膝枕ー、とか」

「膝枕かぁ。よくママにして貰ってたなぁ」

「してあげましょうか?」

「え?いや、恥ずかしいからいいよ…」

「澪さん照れてる。可愛いです」

久しぶりに可愛いと言われ、さらに照れる


砂浜の上に憂が正座する

「はい。どうぞ澪さん」

「え、ホントにするのか?」

「はい」

そんなにキッパリ言われたら断れないじゃないか…

「じゃあ、ちょっとだけ…」

頭を唯の太ももに載せる

「うわー…」

「どうかしましたか?」

「これはヤバい…」

「何がですか?あんまり良くないですか?」

心配そうな声で憂が聞いてくる

「いや、逆…落ち着きすぎてヤバいんだ…」

「それなら良かった。いっぱい落ち着いてくださいね」

膝枕され、さらに頭を撫でられながら夜の海を見る

波の音がさっきまでとは違って聞こる

いつの間に憂と手をつないでいた

いままでにあったいろんなことを話した

哀しかったことや、いま不安に思っていることも

憂はずっと髪を撫でながら聞いてくれた

目の前の海に包み込まれているような気分になってくる

「うい…」

自分でも驚くぐらい甘えた声

「どうしましたか?」

「だっこ…」

「はい。良いですよ」

どこまでも優しい声

私は起き上がり、憂の胸に顔をうずめた

そっと抱きしめる憂

ゆっくり背中をさすってくれる

「澪さん赤ちゃんみたいです」

憂が笑う

幼児退行というやつだろうか

ホントに赤ん坊になった気分

「うい…」

「どうしましたか?」

「おっぱい…」

「え?おっぱい出ませんよ?」

それは当たり前だ

「…吸いたいんですか?」

「…うん」

憂も赤ん坊をあやしている気分になっているのかもしれない

「…だめ?」

なぜか涙声になる私

その声が母性本能をくすぐったらしい

「恥ずかしいですけど…良いですよ」

「…うん」

シャツの前をはだける憂

小さな膨らみが2つ

その一つに吸いつく

「…くすぐったいです」

それでも吸い続ける

「…美味しいですか?」

吸いながら頷く

ホントに泣きそうになってきた

普段どんなに強がっていても、やっぱり私には甘えさせてくれる人が必要だった

何も言わず、そして何も聞かずに…

さっきの曲が頭の中に流れる

 It's automatic

 側にいるだけで

 愛しいなんて思わない

 ただ必要なだけ

 淋しいからじゃない

 I just need you

いま私には憂が必要だった

「うい…」

「どうしました?」

「呼んだだけ…」

クスッ、と笑う憂

「んー…」

意味不明な唸り声をあげてみる

「どうしました?」

「何でもない…」

さっきと同じ笑い方

「うい…」

「なんですか?」

何度呼びかけても同じ優しさで返事をしてくれる

「ちゅー…」

「え?」

「したい…」

「え?え?」

「…だめ?」

「ほ、ほっぺたなら…」

「ほっぺじゃやだ…」

「えっと…唇ですか?」

「…だめ?」

「し、したことないから…」

「みおもない…」

ついに自分を名前で呼び始めてしまった

「み、澪さん?」

「ちゃん付けちゃやだ…」

「え、でも…」

「みおがいい…」

「えっと、えっと…じゃあいまだけ…」

「ずっと…」

「ふ、二人きりのときだけなら…」

「うん…」

「えっと…それで…キス…するんですか?」

「ちゅーだよ?」

「あ、はい…ちゅーするんですか?」

「…だめ?」

「わかりましたからそんな顔しないで下さい」


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最終更新:2010年10月30日 02:20