唯「ん? なに~、澪ちゃん」

澪「このあと10GIAに弦を買いに行くんだけど、一緒に行かないか? ギー太の弦も大分くたびれてるみたいだし」

唯「そうだねぇ……うん、じゃあ一緒に行こー」

梓「あ、私もついていっていいですか? ピックの買い置きが無くなってしまったので」

唯「おぉ~、じゃああずにゃんも一緒に行こー♪」

梓「ちょっ、唯先輩! いきなり抱き着かないでください!」

澪「………………」

秋風が吹き渡る街を三人で歩く。律は部長会議。ムギは家の用事があるらしく、結局私、唯、梓の三人で馴染みの楽器店まで行くことになった。

唯「うぅ~……寒いぃ」

梓「まだ十月なのにこの冷え込みは堪えますねぇ」

澪「早くもコートが恋しい季節だな」

三人とも同じように背を丸め、ポケットに手を突っ込みながら足早に繁華街を目指した。

唯「えい!」

梓「にゃっ!? もう、唯先輩。だから急に抱き着かないでください」

唯「えへへ~、あったかあったか♪」

口ではそう言いつつも、梓は抱き着いてきた唯を振りほどこうとはしなかった。
されるがままの梓の頬にはうっすらと朱が差している。どうやら満更でもないらしい。

澪「………………」

甘え上手な唯に梓はされるがままだ。
ぴったりと当て嵌まるパズルのピースみたいに相性抜群な二人。

澪(私と律じゃ、こうはいかないなぁ……)

感情や想いを素直に出すのが下手っぴな私には二人の関係が羨ましかった。

二人はそこらの恋人よりも恋人らしく寄り添いながら、少し歩きづらそうに私の前を行く。

澪「……ッ!」

肌寒い秋風が骨身に沁みる。

だからだろうか。

気付けば私は梓を抱きしめる唯をその後ろから抱きしめていた。

唯「澪ちゃん?」

梓「澪先輩?」

きょとんとした顔の二人がこちらに振り返る。

澪「あ……」

いや、これは違うんだ。秋風が寒かっただけなんだ。決して寂しかったからだとか、たまには素直に甘えてみたかったからだとかじゃなくて――

唯「えへへ~♪」

どうしていいか分からず、どぎまぎとしている私に唯が満面の笑みを向けた。
唯「あったかあったかだねぇ、澪ちゃん♪」

その屈託のない笑顔に強張った心が解ける。

澪「……うん、あったかあったか」

梓「……ですね♪ あったかあったかです」

唯「う~ん、でもこれじゃ歩きにくいねぇ」

唯はそう言うと一度私達から離れ、ぎゅうと抱きしめるように腕を絡ませてきた。

唯「これなら歩きやすいよ~」

右腕は梓の左腕に。
左腕は私の右腕に。


唯「これなら冬が来てもへっちゃらだね!」

梓「冬までこうしてる気ですか?」

唯「え? だめぇ?」

梓「べ、別に駄目じゃ、ないです、けど……」

ごにょごにょと口ごもる梓を微笑ましく思いながら、陽の沈みかけた街を歩く。
びゅうとまた秋風が吹き抜ける。
だけど少しも寒くはなかった。
腕には唯の温もりと、胸の奥にはほっこりと温かい気持ち。
この二つがあれば寂しいような寒さもへっちゃらだった。

澪「……あったかあったか♪」



fin.



2
最終更新:2010年11月01日 20:16