「でも驚きました。律先輩リズムキープがかなり正確になりましたね!」
 どこで覚えたのか梓が飴と鞭を使い分けている。律は自分のセンスの良さ、無限の可能性とやらを騒いでいるが確かにリズムキープが正確でビックリしたのは同感だ。これは才能でも何でもなく努力の賜物だろう。
 つまり何も言わなかっただけで律もドラムの練習は欠かさず行っていたということだ。
「さ、梓にも悪いしどんどん練習するぞ」
「えー休憩短いー」
 ムギのお菓子がないとやる気出ないだドラムの据わりが悪いだああだこうだ言い出した。高校からお前は何も変わってないのか。
「律、もうあの時みたいに時間がたくさんないんだ」
 私の意見に梓も同調してくれる。
「そうですよ! 久しぶりに先輩たちのライブ見てガッカリしたくないんでちゃんと練習しましょう!!」
 梓がライブを楽しみにしていると聞いていたが、この言葉を聞けばそれが嘘偽りのない気持ちなのだと理解できた。
「わーってるってー。言ってみただけじゃんかよー」
 ぶつぶつ言いながらも律はスティックを握りなおした。梓の期待を裏切ることは先輩としてできないもんな。私も立てかけていたベースを手に取る。
「それじゃあ、わたしの恋はホッチキスでいいですか?」
 梓の確認に律が答える。
「おう! この曲サビ後のキーボードソロが綺麗なんだよな~」
 知っての通り今の私たちはギター、ベース、ドラムの最小編成バンドでありキーボードの音は鳴らすことが出来ない。
「まあ本番ムギのキーボードを聴くまで完成版はお預けって事だな」
 ムギも練習しているし私たちも頑張ろうと付け加えて律に視線を送る。
「うっし、んじゃやるか!」
 律がスティックを打ち鳴らしイントロのドラムを叩いた。

 スタジオでの練習を終えた私たちはファミレスで夕食をとっていた。一通りの曲を弾き終えた個人的感想は思ったより悪いものではなかった。正直律のドラムが相当に心配だったのでこれが杞憂に終わったことが大きい。
「ふー、良い練習になったぜー」
「律の口から出るといささか不思議なフレーズだな」
「ぶー澪それは私にたいする侮辱ダー!!」
 頬を膨らませ断固抗議するなどと言っている。
「あはは、先輩たちはいくつになっても変わりませんね」
 すっかり落ち着いた印象になった梓にあまり嬉しくないことを言われてしまった。変わってないかな、やっぱり。
「先輩たちの関係はずっとそのままですね」
「まー変われっていまさら言われてもなー!」
 そうこう言いながら梓にちょっかいを出している律を見ると、懐かしい高校時代を思い出さずにはいられなかった。
 時間も押していたので今日の活動はこのまま終了となり梓と別れた私たちは電車内で二人きりになった。ちょっと律に聞きたいことがあったのでこの機会を利用するか。
「なあ律、今日はやたら私の演奏してる姿見ていたけどどっか変わってたか?」
 本人が意識していたかどうかは知らないが、律は私を一日中見ていた。
 いつも一緒に演奏していただけあって、おかしいところがあれば律はすぐに気付くだろうから私の意識していない部分でおかしい箇所があれば是非とも提言してもらいたい。
 ところが律は意外なことを言う。
「いやーその久しぶりに澪の演奏見てたらさ、やっぱうまいなぁとか思って……見惚れてた!!」

 まさか律がこんなことを言う日がくるとは。明日は雪かあるいは槍が降ってきても不思議ではない。しかし本人が気恥ずかしそうにしているのでそんなことは言わない。いや、今の私じゃ言えないだろう。
「バッ馬鹿なこと言うなよ!! いつも一緒に演奏していて何をいまさら」
 顔が瞬間的に沸点まで上がったお湯のように熱くなっている。きっと人様にはとてもじゃないけど見せられない顔色と表情になっているだろう。
「そっそうなんだけどさ、やっぱ毎日一緒にやってると気付かないもんじゃん!? 澪も梓も……ムギや唯だってみんなスッゴイ上手かったんだよな」
 この表情から律が何を考えているのか読み取ることはできない。真面目に話しているのはわかるけど、そんな真剣に話すような内容だろうか。
「確かにな。ムギはキーボードソロで高速トロルもお手の物だし梓もキャリア長いだけあってテクニックあるし唯も音感が抜群に良いし」
 だろーと私の言葉に肯定と笑顔の返答をよこす律は続けて、
「やっぱ私たちは恵まれていたんだな」
 三年間の出来事を全て思い出して一言に集約するかのような口調で言った。そしてすぐにいつも通りの律に戻り、
「だからこそさ、武道館はおいおいとしてもインディーズとして結構イイ線までやれると思うんだよ! そんでいずれはメジャーデビュー!!」
 軽音部が始動したあの日みたいな顔して私たちの未来を描いていた。まったくどこまで本気なんだか。でもこのメンバーでバンドを続けていきたい。
 それは、きっとムギや唯や梓も同じように思っているだろうし、何より律がいればずっと一緒にいられると思った。

 通いなれた道を久しぶりに律と歩いた私は、当日のライブを心待ちにしながら帰宅した。


 カーテンから弱々しい光が差し込む。一日の始まりが終わりの見えないエンドレスリピートを私に告げるのはなんという皮肉なのだろうか。
「そうか、曲作ってる内に寝ちゃっていたのか」
 朝刊をポストから引っ張り出しテレビを点けるとそこには昨日の私が映っていた。
 ライブを終えファンに感謝を告げる自分自身を見つめる……ファンがいるのは嬉しいしありがたいけど、意味も無く生み出した歌に感動されるたび、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 澪さんの歌をいつも聴いて会社へ出勤しています。

 澪ちゃんの歌のお陰で病気と戦おうと思えました。

 あなたの歌が引きこもっていた娘に希望を与えてくれました。

 ごめんなさい。私の歌はどれもこれも上辺だけ飾った役に立たない音の羅列なんです……。いつかあの頃みたいに……純粋に歌を作ることが出来たらそのときはファンの人たちに真っ先に聴いてほしい。
 思ってもいないことを発信し続けるテレビを消した私はシャワーを浴びて歌手秋山澪として今日も一日過ごすこととなる。疲れている自分を朝から実感した。
 歌番組の収録を終えたがすぐに帰れるわけでもない。今日も関係者や出演者から食事や電話番号交換希望の嵐だ。特に男性アイドルの接触方法の多くが陰湿でウンザリする。
 恋人などという存在がいたことはない。寄り付く男性はみな私の外面だけを見ている。今まで体の関係を迫る欲にまみれた地位ある存在を何度も振り払ってきた。馬鹿げている。売れるためにどうして体を弄ばれなければならないのだ。
 こんな状態がデビュー以来続き一時たりとも気の抜けない私がニュートラルになるのは自宅で寝ているときだけである。

 幸い事務所の社長が良くしてくれているのでスキャンダルに巻き込まれたり脅迫まがいの誘いを受けたりしたことはないが、それも歌手秋山澪としてのブランドイメージを損なわないための戦略なのだから私としては複雑な思いだ。
 不本意であるが歌ではなく容姿がビジネスとして使われている。写真集やエッセイなどの企画は全て突っぱねたがそれでも雑誌の表紙やインタビューなどでその容姿を大いに利用された。
 “恨むなら美しい自分の容姿を恨め”と社長に言われ、付け加えて素晴らしい作品を生み出しても世の中は可愛く綺麗なものを応援するのだと投げかけられた。
 完全に当て付けである。ありきたりな例えだが、名も知れぬ誰が作ったともわからない様々な作品が今も人々から愛されている理由は単純に美しいから、それが素敵だからである。つまり私の歌はその程度なのだ。
 どんなにもてはやされ名曲と言われようが所詮は“アイドルより可愛いシンガーソングライターが作った”という付加価値が付随されて輝いているだけである。先述した社長の言葉は私にはこう解釈でき、それがたまらなく悔しかった。
 自分でわかっていることとはいえ他人に見透かされるのは良い気分じゃない。

 夕闇に包まれた時間に昼食を済ませレコーディングスタジオへ足を運ぶ。私にとって最も自由に行動できる場所であり、最も息苦しい場所である。いくら納得していない不完全な存在とはいえ自分で作った曲を形にする作業は楽しかった。
 どこに行っても同じ赤いラインの入ったヘッドホンを耳にかけた私はガラクタに命を吹き込む魔女のように歌声を紡いでいく。
 もう良いのか悪いのかもわからなくなるほど歌った後OKサインが発令され一時休憩と相成った。
 結局今日も同じ事を繰り返して気が付けば時計の針が一番高いところに揃っている。既知感……前にも同じようなことがあった気がする。こんな生活がもう何年も続いているんだからデジャヴにも慣れてしまった。
 そう、実際に前もその前も同じことを繰り返し続けているのだ。人が輪廻に囚われているとすれば、私は延々にこの繰返しをしなければならないのだろうか。
 もしそうなら過去の自分や軽音部のみんなは今の秋山澪に辟易していることだろうな。

 狭いライブハウスに歓声がこだまする。唯のギターもムギのキーボードも律のドラムもいつになく快調で放課後ティータイムは久しぶりだと思えない一体感に包まれていた。
 そしてカレーのちライス、ふでペン~ボールペン~の二曲終えたところでメンバー紹介をすることになった。
「えーっと、改めましてこんにちはー。元桜高軽音部の放課後ティータイムでーす!」
 唯が軽音部のあらましを簡単に説明しメンバー紹介を始める。
「まずはベース! 作詞もやって歌えちゃう~秋山澪ーー!!」
 盛り上げるのは苦手であるが適当にベースを鳴らし歓声に答える。
「キーボード!! ムギちゃんの作曲は世界一ィィィ琴吹紬~~!!」
 和音を使って笑顔を振りまくムギ。
「ドラムー!! 頼りないけど我等がリーダー田井中律ーー!!」
 ドラムを一叩きした後頼りないは余計だー! と律が絶叫するとライブハウスは笑い声に包まれた。
「そしてギター! 澪ちゃんと一緒にボーカルもやる平沢唯でーす!」
 いつの間に覚えたのかテクニック満天のギターソロで自己紹介をする唯。
 その後“それでは平沢唯と愉快な仲間達の演奏をお聴きください”なんて言うから再び律に突っ込まれていた。それにしても唯がこれほどMC上手になっているとは思わなかったな。やっぱり変わっていないようで変わっているんだなみんな。

 当日のライブは梓先導の元リハーサルから本番前までてんてこ舞いであった。律の手際の悪さはできれば唯のMCと一緒に変わっていて欲しかったものだ。そんな梓は憂ちゃんや友達と一緒に私たちの演奏を聴いてくれている。
 さらに先生をはじめ高校時代の友人やら文化祭で軽音部を知った人間やら現軽音部の後輩やら、どこから人を集めたんだと言いたくなるほどライブハウスは人であふれ満員御礼となった。
 他バンドのお客さんもいるだろうけど無名バンドの集まりでこれほど満員になることも珍しい。
「では次の曲、わたしの恋はホッチキス!!!」
 律のドラムからイントロがはじまった。よどみないギターの旋律、美しいキーボードの音色、そして安定した私と律のリズム隊。
 チームワークは前々から悪くないと思っていたが演奏に関しては褒められるレベルになかった私たち……それが明らかにレベルアップしている。それこそ人様に聴かせて恥ずかしくないレベルにまでだ。
 メジャーデビューの野望もあながち不可能じゃないのかな。律の生き生きとした表情を横目で盗んだ私はそんなことを思いながら唯と一緒に歌い続けた。

 スタッフの声で目を覚ます。どうやらうたた寝していたらしい。顔を洗いコーヒーを口にする。まだまだレコーディングは終わらない。次のチェック項目の修正に取り掛かりながら夢を思い出す。
「あの時のライブは本当にうまくいったよな」
 今でも鮮明な記憶である再活動ライブはまるで昨日のことのようだ。全員そろって演奏するのは卒業して以来はじめてだった。バンドとしての記念日というよりもみんなで集まって演奏ができた日、それが大事だったのかもしれない。
 あまり感傷に浸ると泣きたくなる。曲作りに専念するため自分の雑念を振り払った。
 それにしても毎回毎回同じような曲ばかり作っている気がする。しかしそれでも世間が満足してくれるから複雑だ。
 そんなことを考えながらタクシーに揺られていた私はいつもの感情になっていた。レコーディングが私にとって息苦しいのはこの感情によるところが大きい。収録が終わるたび自分の楽曲に自信が持てなくなる。

 こんな完成度の曲を出していいものかと必ず迷い、そしてそんな気持ちで出した曲がファンに愛されていく。これはなんといえばいいのだろうか。矛盾、無矛盾?

 結局、私はルックスだけで売れているのかな。

 一番認めたくない事実が重たくのしかかる。見た目なんてあと五年もしないうちに役立たずになるのに、そうしたらどうすればいいのかわからない。
 世間は私を相手にしなくなりミリオンセラーは忘れ去られるのだろうか。想像すると恐くなった。そのときがいつかくる。私が評価されていたのか私の曲が評価されていたのか。
 あれだけ否定していたのに、後述の理由でもてはやされているとは到底思えない。こんな生活を続ける意味があるのだろうか。
 そんなただぼんやりとした不安を感じた私は、家にたどり着くなりやり場のない気持ちを酒にぶちまけ、そのまま着替えもせず泥のように眠ることとなった。


「これはあくまで復帰の第一歩だからな! 私たちは今までにないバンドとして音楽業界を席巻するんだから!!」
「りっちゃん! やっぱりみんなと演奏するのが一番楽しい!!」
 律の目標についていくと受け取れる唯の言葉がとても嬉しかった。
 ライブ後の打ち上げで律が絶対CD発売しちゃると威勢よく言い出したことに堰を切り、ムギや梓も酒の力か本人たちの本心か放課後ティータイムとして活動していくことを誓った。私はというと、
「澪―お前には選択権ないからな!! あってもYesかはいで選べよ!!」
 なんて律に言われた以上肯定するしかない。でも今日の演奏ならもっともっとたくさんの人たちに聴いてもらいたいと思えたので、さらに練習して足を引っ張らないようにしないといけないな。
「じゃあこれからはちゃんと事前に連絡するし、みんなでできる限り練習しようぜ!!」
「わー律先輩がリーダーっぽいです!!」
 忌憚なき梓の意見にヘッドロックで答える律。
「うふふ、そうしたらみんなで会うときはお茶くらい持っていかないとね♪」
 律と梓のやり取りを見て部室の風景を思い出したのか、ムギが懐かしむように言った。

 こうしてこの日から私たち放課後ティータイムは高校時代と比べ物にならないほどのやる気でバンドをはじめたのだ。新しい曲も数曲作り既存曲も今のレベルに合わせてリテイクした。
 ライブ活動も精力的に行い様々なバンドと交友を深め、それがさらなる創作意欲につながりバンドは急成長した。そしてチャンスが廻ってきた。
 ある日のスタジオ練習。ムギが会社のツテからバンドオーディションへ応募したと私たちに伝える。
「おーでぃしょん?」
 相変わらず天然な唯にムギが答える。
「ええ。オリジナル曲も増えてきたしお客さんもファンの人がけっこういるし、そろそろオーディションに参加してみようかなって」
 最近はライブも身内以外のお客さんが少しずつ混じりインディーズレーベルが問い合わせてくることもあった。確かにそろそろ一つ上に挑戦してみる時期なのかもしれない。
「ムギ! ナイスだぜ!!」
 律がリーダーの割にあまりまとめ役をしていないのは高校から現在まで変わっていない。逆にそれで安心なのもアレだが。
「もちろんコネとか人脈とかは一切ないけど、私たちなら大丈夫よ!!」
 ムギが自らを含めみんなにハッパをかけると梓が当たり前ですと自信をのぞかせた。もちろんその自信はここにいる人間なら誰もが断言できる事実である。放課後ティータイムはもうそこいらのお遊びバンドではなく本気で上を目指しているバンドなのだ。
 オーディションに向けみんなのモチベーションは最高潮に達していった。

 夢、最近昔を思い出すことが多いな。雨が降りしきる都会の朝は重い空気をまとっている。あの毎日が一生懸命だった頃から全てが終わった日までが雨に流されているように感じた。
 深酒が祟り頭を抱えながらシャワーを浴び今日の予定を思い出し反芻するが結局いつも通りの一日である。こんな人生は何もしていない廃人と同じじゃないのか。
 そう思いつつも立ち止まった瞬間足場が崩れ二度とそこから這い出して来られなくなりそうなので私は今日も歌う。いつの間にか希望というヒカリは消えうせていた。
 ゲスト出演のラジオ収録を終えた私は現在雑誌記事のインタビューを受けている。
「なるほど、では今後もしかするとバンド結成とか?」
 音楽ルーツの話となり対談者にこんなことを聞かれた。当然私は、
「それはないですね、一人が好きなんで」
 嘘と本当が半々の答えを口にする。バンドを結成することはあり得ないしバンドに入ることも二度とないだろう。この部分までは本当だ。嘘は後半の一人が好き……この部分である。一人は何よりも怖い。けれど今の私は一人でいる他ないのだからこう答えた。

 当たり障りのないインタビューを終え、そのまま夜の生放送番組に出演し来週発売の新曲を披露していた。今回の歌はくじけずに夢を追えば結果はどうあれ自分のためになるというメッセージソングである。
 我ながらこうも思ってないことをポンポン文字にして歌にして、ましてやそれをよく自分で歌えるなと感心してしまう。
 自分の矛盾に気付くころには引き返せない地位にいて人を動かしている。のびのびと音楽活動をしているほかのアーティストがうらやましくなり自分以外の出演者を見回してみた。
 けれど、その中の誰一人としてあの時の私たちのような輝きを放つ存在はいない。結局、こんなものなのだろうか。

 番組終了後、いつも通り声をかけてくる男性たちをあしらい早々にタクシーへ飛び乗った。私があまりにも男性を避けるので男嫌いの秋山なんて言われているらしい。
 まあ本当だし気にもしていないのだが、それでも性懲りなく声をかけてくる彼等の心理が理解できなかった。そんなに男は女と一緒にいたいものなのかな。
 まだまだ一日の活動は終わらない。生番組の勢いそのままに今度は生ラジオのため巨大ラジオ局の社屋へ足を運んだ。
 現在昔から人気のある深夜放送のラジオをやらせてもらっている。特別用事がなければ生放送でリスナーに声を届けたいと思っているのでこれまで録音放送で済ました回数は四回だけだ。
 ラジオ放送は限りなく個人としての秋山澪に近い存在になれる貴重な時間であり、またこの放送を私と関わった色んな人がリアルタイムで聴いてくれているかもしれない。そう思うと録音で済ますことはしたくないと思えた。

 打ち合わせの席で晩御飯を頂く。ロケ弁もあるのだが気を利かせてくれた番組スタッフが出前を用意してくれた。
 まあ毎週の放送なので今更打ち合わせることもない気がするけどさすがにそうはいかない。チャーハンをつつきながらコーナーのおさらいや放送の流れを確認し本番を待った。
 自分の選曲した曲、リスナーが聴きたいと送ってきたリクエスト曲、それらを適度に流しながら私は番組を進行していく。テレビや歌やでてんてこ舞いになる毎日もラジオ放送みたいな流れであれば滅入ることもないのにな。
 リフレッシュするための時間に思えるラジオも終わった深夜四時過ぎに自宅へたどり着いた。明日は大した仕事が入っていない。
 もっとも明日以降はまた怒涛のスケジュール消化をこなすことになるため束の間の休息ではあるが。

 とにかくたっぷり眠ってまた昔を思い出したい……そんなことを考える時点で駄目なヤツだと心底思う。
 いつまでも過去に縛られていたらいけない。けれど今の私には何もない。何もない以上存在するためにはあるところから取り繕わなくてはならない。それが私にとっての過去という存在だ。
 あの日の私に今の自分はどう言い訳すればいいのだろう。あの日のみんなに。


 律に……。


 自問自答に埋もれながら私はあの頃を思い返した。



 放課後ティータイム――その名はインディーズ界で知られる存在となった。オーディションに合格してからというものライブをするたび、CDを売るたびファンが次から次へと増えていった。
「え~わたし可愛くないし~」なんて唯がブリっ子キャラでファンに終始突っ込まれたり、はじめてCDが出来たとき感激のあまり梓が泣き出して暴走したり、みんながみんなそれぞれらしく生き生きとしていた。
 そしてそれは売れに売れメジャーデビューの話もちらほら囁かれてきたあの時でも同じだ。
 インディーズでの活動も長いのに私は相変わらずファンの前でろくすっぽ挨拶できなかったから「秋山澪が喋ったライブは貴重だ」なんて言われていたし、ムギには熱心なファンがついてムギもそれにふわふわと答えていた。
 唯や梓も前述したインディーズデビュー当時から何も変わっていなかった。


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最終更新:2010年11月01日 22:12