憂「……モグモグ……」
私の目の前には大量のさくらんぼ。
甘い甘い、美味しいさくらんぼ。
普段は滅多に食べることはない果実です。
でも、ただ食べてるだけではありません。
少しだけ、少しだけ試したくなっただけですから。
今日、クラスメイトの女の子がこんなことを言っていました。
『あんたの彼氏ってかっこいいよねー』
『かっこいいだけじゃなくて、優しくてキスも上手いんだー』
『へえ、いいなぁ。私の彼氏キス下手でさー。ちょっと痛いし』
『キスと言えば、さくらんぼのヘタを口の中で結べたら上手いらしいよ』
『それ聞いたことあるわ。今度やってもらおうかな。結べなかったりして』
『下手なら結べないんじゃない?』
『かもねー。練習させたろうか』
『それいいね。あはははははは』
――こんな会話だったかと思います。
女子高だって彼氏が居る人は居ます。
彼女達は周りの人より大人っぽかったから
彼氏が居ても不思議ではありません。
純ちゃん達と喋りながら
そんな彼女達の会話に聞き耳を立てていました。
――だって、少し興味があったから。
彼女達のその後の会話はどんどんエスカレートしていき
子どもな私には刺激が強すぎました。
いつか大人の階段を上るのかも知れませんが
まだ早いですよね。多分……。
彼女達の話を聞いてしまったためか
私の身体は熱くなり頬も紅潮していると思います。
少し伏せて熱が治まるのを待ちました。
純「憂、どうしたー?」
梓「お腹でも痛いの?」
憂「ううん。ちょっと熱いかな?」
純「窓開けますか」
憂「大丈夫だよ。もう平気。えへへ」
純「そっかぁ。無理しちゃダメだよ」
憂「うん。ありがとう」
いけないいけない、親友に心配をかけてしまいました。
この話はもう忘れようとしました。
この後も授業がありますからね。
余計なことを考えている場合ではありませんから。
そして今日の授業全て終わり
二人に別れの挨拶を済ませて家へと急ぎました。
憂「あ、今日お買い物行かなきゃ」
お姉ちゃんに美味しい物を食べてもらうために
新鮮な食材は欠かせません。
ほぼ毎日買い物をしてあったかご飯を作ります。
美味しいと言うお姉ちゃんの笑顔が私をそうさせますから。
弾む気持ちでスーパーへ向かいました。
憂「今日は何を作ろうかなぁ」
献立を考えるのも楽しい時間です。
食材を見てるとメニューの内容が浮かびます。
これも良いなあれも良いなと食材を選んでいると
頭の片隅に眠っていた、あの果物が目に飛び込んできました。
――さくらんぼ。
それを手に取ります。
瑞々しい鮮紅色のさくらんぼ。
見ているだけで甘くて美味しそうです。
お値段は――少し高いかもしれないけど
何とはなしにカゴに入れてしまいました。
あの時の話が気になっていたからでしょうかね。
そしてそのまま適当な食材をカゴに入れ
お会計を済ましました。
そして、家に帰り食材を冷蔵庫へ入れます。
後は洗濯物をしまい、軽く掃除をしてから
リビングで一息をいれました。
お夕飯を作るまでまだ時間があります。
――何か飲みたいなぁ
そう思ったので冷蔵庫を開け飲み物を探しました。
飲み物といえばお水や牛乳とオレンジジュースくらい……。
どれを飲もうか考えていると
買ってから手を付けていないさくらんぼが目に付きました。
しばらく見詰めます。
――ヘタを結べるとキスが上手いんだって。
あの言葉が再度頭に流れました。
そういえば昔、幼稚園くらいだったっけ
お姉ちゃんとキスしたことがあったなぁ。
その時はふざけててキスって分からなかったけど
唇を押し付けてたら痛がってたっけ。
今なら上手く出来るかな……?
お夕飯作りまで暇だったので
練習がてらに挑戦してみることにしました。
袋を取るとさくらんぼの甘い匂いが漂ってきました。
普通に美味しそうです。
今度パフェでも作って
お姉ちゃんに食べさせてあげたいくらいです。
こたつテーブルに着き
さくらんぼをお皿に並べ準備は整いました。
一つ摘み口の中へ含みます。
瞬間的に甘味が口の中に広がります。
そして唾液が増えていくのが分かりました。
ついつい笑顔になってしまいます。
女の子なら誰だって甘い物が好きですから。
お姉ちゃんも好きだもんね?
でも味わってる場合ではないので
唾液を飲み込み、先に実だけを食べました。
あ、先に実を取ってからヘタを食べればよかったですね。
ちょっとおっちょこちょいでした。
種を取ったあと
ヘタだけになった口の中で、舌をもごもご動かしました。
こう、舌でヘタを押したり丸めようと必死に動かしますが
上手くいかないようです。
先ほどの実を食べた味が残っていて
唾液もそれなりに湧いてきます。
その状態で舌を動かすと、くちゅと云った音が耳に響き
何かと恥ずかしくなってきました。
憂「ふぅー」
上手くいきません。
掌に出したヘタは最初の状態から変わっておらず。
軽く弧を描いたままです。
結べないということは――キスが下手!?
憂「まだまだ……!」
落胆しつつも再度チャレンジです。
それから時間を忘れてヘタを結ぶ練習をしました。
でも、まったく思い通りにヘタが動いてくれません。
舌の上をつるつる滑っている感覚です。
――もー、どうして上手くいかないの?
苛立ちを隠せず溜め息が漏れました。
落ち着くために目の前のさくらんぼを食べます。
――甘い。
キスも甘いとか云いますけど
まだ私には解りません……。
でも、いつかはするのかもしれません。
どうせやるなら――
唯「憂?」
憂「っ……!」
ゴクンっと唾を飲み込みました。
あ、種まで飲んでしまいました。
振り返るとお姉ちゃんが不思議そうに
こちらを見ていました。
いつの間にか帰ってきたようです。
夢中で気付かなかったなぁ……。
唯「もー、居るなら居るって言ってよ」
唯「全然返事ないんだもん」
ふと大きな窓の外を見るとすっかり日が落ちていました。
夢中になりすぎてたようです。
ああご飯の準備も何もしていませんでした。
大失態です……。
憂「あ、ごめんねお姉ちゃん」
憂「すぐ準備するから――」
唯「ういー、これはー?」
お姉ちゃんがお皿を手に取って言いました。
憂「あ、えーと……」
唯「さくらんぼだねー。美味しそう」
憂「うん、仕舞っちゃうから貸して」
唯「一個もーっらい!」
憂「あっ」
お姉ちゃんは一つさくらんぼを摘み、口の中へ入れました。
もごもごと口を動かすお姉ちゃんの顔は真剣です。
そのままさくらんぼを口に入れたままお姉ちゃんが喋ります。
唯「ういーしってるー?」
憂「な、何を?」
唯「むぐ、さくらんぼのヘタを口だけで結べるとキスが上手いんだってー」
うん、知ってるよ。返事代わりに頷きました。
暫くリビングには沈黙が流れ
私はお姉ちゃんを見詰めていました。
唯「んっぺ……」
お姉ちゃんが掌にヘタを吐き出します。
ヘタは結ばれて――はおらず
強く押しすぎたせいか少し折れている感じでした。
唯「うーん、やっぱり上手くいかないなぁ」
てへへと頭を撫でながら苦笑いのお姉ちゃん。
惜しいよ!お姉ちゃん!!
可愛いよ!お姉ちゃん!!
唯「練習してたんだけどなぁ」
そう言ってお姉ちゃんは
また一つさくらんぼを手に取りました。
練習?お姉ちゃんも?どうして?
頭の中が少し混乱している間
お姉ちゃんはさくらんぼを見詰めながら言います。
唯「ういもさー、練習してたんだよね?」
唯「ヘタを口だけで結ぶのを」
ドキっと一瞬鼓動が早くなりました。
何て返事をすればいいのでしょう。
お姉ちゃんとのキスを上手くやりたいから――。
そんなことを言ったらどんな顔をされるか……。
憂「えっと……」
唯「ううん、隠さなくてもいいんだよー」
お姉ちゃんがニッコリ笑顔で言いました。
憂「う、うん。練習……してた」
唯「そっかーそっかー。」
お姉ちゃんは静かにほくそ笑みました。
そしてそのままゆっくり私の隣へ座り
身を乗り出す感じで顔を近づけてきました。
唯「じゃあさ、一緒に練習、してみる……?」
憂「練習……?」
唯「うん練習。ムギちゃんが教えてくれたやり方――」
どことなく緊張の面持ちのお姉ちゃん。
私も困惑の表情をしていると思います。
お姉ちゃんの頬が段々朱くなり
何となく意味が解った私は言います。
憂「お姉ちゃん……それって、キ――」
言い終わる前にお姉ちゃんの人差し指が
私の唇に押し付けられました。
しーっと小さな子どもをあやす様な仕草と
唇に残る指の肌触りが
私の気持ちを高ぶらせていきました。
唯「したいの?したくないの?」
ずるいよ……。
そんな言いかたされたら――。
憂「し……たい……」
喉の奥から搾り出したような声でした。
最終更新:2010年11月02日 22:46