それはなんてことはない、普通の日の昼休み。
突然、純は卵焼きをむしゃむしゃと食べながら言ったんだ。
「そういえば好きな人、いるの?」って――

「へ?」
「へ、じゃないよ。いるの?いないの?」
「えっと……。っていうか第一なんでそんなこと急に言い出すのよ、ここ女子高だし……」
「女子高だからよけい気になるの!つーか梓知ってる?先輩とかと付き合ってる子、結構いるんだよ?」

私はもう一度、「へ?」と言って純を見た。折角のミートボールが机の上に転がった。
純は転がったそれを掴みひょいっと自分の口に入れると、「何梓、もしかして梓もそっちの気、あるの?」
と冗談交じりに聞いてきた。
私は慌ててぶるぶると首を振ったけど、内心図星でばれちゃった!?と心の中で叫んだ。
けどそんなことはなかったらしく、純は頬杖をつきながら「そーだよね」って言った。

うん、普通はそう、だよね。女の子が、女の子を好きになるなんて、普通ありえないよ。

ありえない、ありえないけど……。
私はちらり、と純の横顔を盗み見た。
同性が好きなんて、普通ありえないのに――

私は、純が好き。

いつ頃からだろう、この気持ちを意識し始めたのは。多分、一年生の終わりごろからだった
と思う。いつのまにかいつも純のことばかりを目で追っていて、純が傍に居るだけで私の心臓は
早鐘を打つようになった。それが恋だってわかるのにそう時間はかからなかった。
けど、相手は女の子。私は気付いたその日、夜も眠れないくらい悩んだ。悩んで悩んで悩みまくって、
そして出した答えは「この気持ちを隠しとおす」

伝えられない想いだけど、勝手に想うくらいならいいよね?

と、それまで黙って話を聞いていた憂が「そんなことないんじゃない」って言った。
純と私が同時に憂を見た。

「どういうこと?」
「だって純ちゃん。好きなら性別とか……家族、とか、そんなことも関係ないんじゃ
ないかなって……」

憂が俯きながらそう言った。さっきまで手際よく進んでいた箸の動きが完全に止まってる。
私と純は顔を見合わせた。憂、家族って言ったよね。

「……もしかして」
「なに、梓ちゃん?」
「憂って、えっと……唯先輩のこと、好き、なの?」

途端に憂の顔がぼっと真っ赤になった。耳まで赤い。まるで澪先輩みたいだ。
憂でもこんな顔することあるんだなあ。
いや、それよりも……。

「本当なの!?」

私の代わりに純ががばっと立ち上がって憂に詰め寄った。

憂が「え?」と一歩後ろに退いちゃうくらいの迫力。
クラスの視線が一気に私たちに集まった。それで純も我に返ったらしく、
ごめんって言うと自分の椅子に座りなおした。

「それで……、今のマジ?」
「……うん。やっぱり、変だよね……。純ちゃんや梓ちゃんならわかってくれるかもって
思ったから、言ってみたんだけど……、やっぱりおかしいよね、二人とも、引いちゃうよね」

そんなことはないよ、憂!
私が言おうとしたらまた純に先を越された。

「そんなことはないよ、憂!」

じゅ、純?
私と憂が困惑して純を見ると、純が「あー、ごめん」と憂の元に乗り出していた身を慌てて引いた。

「ううん、大丈夫だけど……、純ちゃん、本当に?」
「うん、本当の本当!あ、いや、だからって別に私にそっちの気があるかって言われたら
えっと、そうじゃない、んだけどね!」

純が言い訳するように、しどろもどろになりながら言った。
うん、そうだよね。純が女の子を好きになるなんて、ありえないよね。

半ば期待してしまった自分を叱りつつ、落ち込んだ自分を慰める。

「梓ちゃんは?」
「え?」
「やっぱり、変、だと思う?」
「そ、そんなことはないよ!」

あ、純と同じこと言っちゃった。案の定、純が「それ私の言ったのと同じだってー」と
笑ってる。私は頬を膨らまし「うるさい!」って言ってから憂に向き直った。

「ほんとにそんなことないから憂!っていうか唯先輩なら私も協力する!」

「へ?」

今度は憂と純が同時に私を見た。
あれ?私なんか変なこと言ったかな?

「い、いいの?」
「う、うん……」

頷くと、純が「んー」と大きく伸びをしながら「じゃあ私もしよっかな」って
のんびりした口調で言った。憂の瞳がきらきらと嬉しそうに輝いた。

何かよくわかんない方向に話が進んじゃったけど、大丈夫かな?
けど純が協力するってことは、同性同士の恋愛に偏見を持ってないって解釈して
良いんだよね?

――――― ――

「こんにちはー」

少し緊張気味に、私は部室の扉を開けた。部室にはいつもどおり、先輩方四人の
のんびりとした姿があった。お目当ての人を見つけると、私は「いるよ」って純と憂に
合図を送った。

「やっほー、あずにゃん!」
「おう、梓」
「こんにちは、梓ちゃん」
「梓、どうしたんだ?入らないの?」

私は次々に話しかけてくる先輩方の前にもじもじと固まっている憂を引き出した。
そしてついでに入ってきた純も横に並ばせて、「ぶ、部活見学がしたいそうです!」と
半ばやけになりながら叫んだ。


純の考えた作戦はこうだった。
まず、私が憂と純を部活見学に来たと言って部室に入らせる。それから平沢姉妹が
いい雰囲気になったら(そこまでは憂に自力で頑張ってもらうとして)、純と私で先輩方を
部室の外に追い出して、憂に告白させる――と。
けど、平沢姉妹はいつでも仲いいし、ある意味いい雰囲気だと思うんだけどな。


まず第一関門をクリアした私たちは、律先輩に勧められた椅子にちょこんと座って
お茶を飲んでいた。純がさりげなく唯先輩の隣に動かした椅子の上に憂が恥かしそうに
縮こまっている。そして純は私の隣に座っていた。

「いやあ、にしても二人がまた部活見学ってことはもしかしたらもしかしてー、っての
期待していいのかしらん?」

律先輩、ちょっとキャラがおかしくなってます。

「け、け、けどこれってチャンスだよな!み、み、皆練習しよう!」

澪先輩はちょっと落ち着いて。っていうかそこまでテンパることないじゃないですか。
ムギ先輩は「極上のお茶にしてみたのー」とニコニコ笑ってる。いや、もうニヤニヤに近いな。

そしてこうなった元凶(?)である唯先輩はというと、憂に「このお茶美味しいねー」
なんて笑いかけてる。まあ、この人はいつもどおりだな。憂も「そうだねお姉ちゃん」って
普段どおりに会話してる。


やっぱり私たちの協力なんて必要ないんじゃ――って思いながら見てると、突然律先輩が
立ち上がった。

「あー、そういえば私、呼び出されてるんだったっけー。ちょっと行ってくるわー」

む、なんかわざとらしい。けど助かった。そろそろ純に出ない?って言おうと思ってたけど
先輩たちをどうやって外に出そうかまでちゃんと考えてなかったから。
すると伝染したように「あ、私も和に用事あるんだったー」と澪先輩が、わざとらしく立ち上がった。
律先輩が澪先輩に「じゃ、一緒に行くかー」と部室を出て行った。

あとはムギ先輩を――

って、あれ?ムギ先輩も少し名残惜しそうではあるけど、「私もー」と律先輩たちに
着いて行った。よくわからないけどこれで何とかなった、かな?
後は私たちが出て行くだけ。なのに、純は動かなかった。

「ちょっと、純」

袖を引っ張ると、純ではなく唯先輩が立ち上がった。
だ、だめ!何で唯先輩が立ち上がるんですか!

「私も和ちゃんとこ行こっと!」
「ゆ、唯先輩!」

慌てて引きとめようとすると、それを制すように憂が立ち上がった。そして純に謎の
「頑張って」を言うと、「お姉ちゃん、行こ」って唯先輩の手を引いて部室を出て行った。

あ、あれ?
何か最初の作戦と違わない?何で憂と唯先輩じゃなくて、純と私が部室で二人きりになってるの?






「梓」


「にゃっ!?」

「にゃって何よ」

純が苦笑した。私は慌てて「くせだよくせ!」と言い訳した。くせってよけいに
どうかと思うけど。
純は「へえ」って言って笑った。

あぁ、だめだ。心臓が苦しいくらい早くなってる。
何でこんなことになったんだろう。それになんで純は自分の作戦が違ってるのに
そんなに落ち着いてられるの?
それに……、こんなだだっ広い部室で二人きり。何も、思わないのかな?

私はこんなにも、純に触れたいって思っちゃうのに。


それはそうだよねって自分に言い聞かせた。だって、純は私みたいに女の子が
好きなわけじゃないんだもんね。そんなこと思うほうが、どうかしてるよ。

「ねえ、梓」

自分の中で自己嫌悪に陥って泣きそうになっていると、純が突然私の名前を呼んだ。
私は「な、なに?」と出来るだけ泣き声にならないように気をつけ答えた。けど、
純には通じなかった。

「梓、泣いてるの?」

純はそう言って、私の顔を覗きこんできた。
どきん。
心臓が一際大きく脈打った。純、だめだよ、そんなことしちゃ。
そんなことしたら、私の理性が飛び散っちゃうよ。純を傷付けちゃう、
私が、傷付いてしまう――

「泣いてないっ」

私は顔を逸らして言った。純は全くもう、って溜息を吐くと、私の頭に手を置いた。
そして、優しく優しく撫でてくれた。
唯先輩や澪先輩みたいに優しくはないけど、律先輩みたいに乱暴でもなくって。
私が安心出来る、暖かな手。

「ねえ、梓」

純はもう一回私の名前を呼んだ。私が顔を見ずに「なに?」って言うと、「こっち見て」って
言われて顎を持たれ強引に純のほうに向かされた。純の瞳は今まで見たこと無いくらい、
真剣な瞳だった。

「梓、私が梓のこと、好きって言ったらどうする?」


「へ?」




私の頭は文字通り、真っ白になった。何、どういうこと?
純が私のことを好き?そんなわけ――




「ないよねー!」





純が私からぱっと手を離すと、あははっと笑った。私もつられて笑った。けど、
私は気付いてしまった。純の頬が赤く染まってることに。

「……純、私は……、嫌、じゃないよ」

「え?」

私は純の顔を見ないようにしながら必死に言葉を紡いだ。怖くて、恥かしくて、
喉の奥にへばりついて出てくれない声を必死に絞り出す。







「私、純のこと、好き、だから」

「……梓」

そっと顔を上げてみた。見えた純の顔はというと――

「ぷっ、あははっははっ!」
「なっ、純!?人がせっかく……!」
「あー、ごめんごめん、だって梓があんまり可愛くってさー」

笑い転げる純に詰め寄ると、純は笑いすぎて目尻にたまった涙を拭って言った。
それを聞いて赤くなった私を見て純はさらに笑い出す。

「な、何よもう!」

私が頬を膨らませると、ふいに純が真面目な顔になった。

「梓、ありがと」

急に視界が真っ暗になった。気が付くと、私は純の腕の中に居た。
純の心臓の音が聞こえる。私と同じくらい、純の心臓の音はとくとくと早かった。

「……私さ、梓に自分の気持ち伝えるの怖かったんだ。だから憂と話してたときも
あんなこと言っちゃって……。いざ自分から気持ちを伝えようとすればさっきみたいに
冗談にしちゃおうとするし、そんでもって結局梓に言わせちゃうし臆病っていうか、へたれだよね、私」

「そ、そんなことは……」

「だから梓ありがと。私、すっごく嬉しかったんだよ?」

「……うん」

「それで、なんだけど。……改めて言うのはなんか恥かしいんだけどさ。
私も梓のこと、好きだよ。だからその……、私と付き合ってくれませんか」

私の背中にまわされた純の腕の力が一際強くなった。私ももっと強く純を抱き締めると
ただ嬉しくて嬉しくて、大きく頷いた。

「はーい、そこまでねー」

その時、バーンと大きく音をたてて扉が開いて律先輩たちが入ってきた。
「せ、先輩方!?」と驚く私を無視して、律先輩と唯先輩が純に近付いてよしよしと
頭を撫でた。

「純ちゃんよく頑張ったねー」
「いえいえー、唯先輩と憂の協力無しじゃ出来なかったですから」

はい?
憂を見ると、憂はにこにこと私を見ていた。


純たちの話によれば、軽音部全体で一芝居打っていたらしい。元々唯先輩と憂は
そういう関係で、純は私のことを憂に相談していたらしく、純と私が二人きりになれるよう
軽音部の先輩方も同性同士ということに偏見がない(特にムギ先輩)らしく快く協力して
くれていたらしい。


「な、なんなんですかそれー!」
「おー、梓が赤くなったぞー!」
「あずにゃんかわいいー!」

律先輩と唯先輩にからかわれながらも、それでも心の中では「そっか」って納得して
たりもした。これなら先輩たちが次々部室出て行った理由もよくわかる。

「で、えっと、梓と純ちゃんはいつまでそうしているつもりなんだ?」

私が一人うんうんと頷いていると、澪先輩が少し赤い顔で言った。ムギ先輩が少し
離れたところでビデオカメラを構えてる。

「あ……」

私たちは抱き合ったままだった。慌てて離れようとすると、純が「いいじゃん別に」って
囁いてきた。

あぁ、けどなんだかもう……。
私は耳まで赤くなった顔を純の胸に埋めながら、「幸せだ」なんて思ってしまった。


終わり。



最終更新:2010年11月02日 23:04