憂が好きです。

ずっとずっと、今までずーっと好きでした。
そして、これからもずーっと好きです。

いつも一緒に居たい。離れたくない。
憂を抱きしめた時の
腕の中に残るぬくもりが恋しいから。


目を瞑れば憂の笑顔が浮かびます。
真っ暗闇の中に居ても
憂の笑顔は眩しいくらいに輝いていました。


憂――大好きだよ。


紬「唯ちゃん?どうしたの?」

目を瞑っていた私にムギちゃんが問いかけました。

何でもないよ、と笑顔で返事をします。

紬「そう。あんまり思いつめちゃダメよ」

そう言い、私の目の前に
今日のデザートである美味しそうなパフェを置きました。

小さな透明カップに入れられ
下から、コーンフレーク、チョコ、生クリーム
リンゴ、バナナなどの果物が断層に重ねられています。

そして一番上にちょこんと小さな果実。
そう、久しぶりに見ました。

――さくらんぼ。

紬「さあ、食べましょう」

唯「うん、いただきます」

甘くて美味しいパフェ。
甘いのなら何でも好きです。

ムギちゃんが持ってくるお菓子も好きだけど
やっぱり一番は憂が作ってくれたお菓子です。

――憂のお菓子が食べたいなぁ。

紬「美味しい?唯ちゃん」

唯「うん。とーっても」

ムギちゃんはよかった、と笑顔で言います。

少しの間カチャカチャと云う
スプーンとカップが触れ合う音だけ部室に響きました。

話を切り出さない私を見るに見かねたのか
間を置いてからムギちゃんが優しく言ってくれました。

紬「それで相談と言うのは?」

唯「うん……」

紬「まあ、大体分かるけどね。憂ちゃんのことでしょ?」

私はこくりと頷きました。
何でもお見通しなムギちゃんは凄いです。
やっぱり相談事はムギちゃんに限ります。

普段おっとりしているけど
人一倍、皆のこと大切に想っていて
優しく接してくれるムギちゃんは天使の様です。

唯「私さ……憂のことが好きなんだ」

紬「でしょうね。普段の唯ちゃんを見てれば分かるわ」

唯「……軽蔑しない?」

ムギちゃんは、前に女の子同士が
イチャついているのを見るのが好きと言ってました。

でも憂――妹のことが好きだとどうなるか不安でした。

ムギちゃんは否定することなく優しい笑顔で
素敵なことじゃない、と言ってくれました。

そして椅子から立ち上がり、私の隣へ移動してきました。

紬「人が人を好きになるのに、性別や血縁何て関係ないもの」

紬「皆、その人だから好きになるのよ」

紬「唯ちゃんは憂ちゃんね」

ムギちゃんの言葉を聞くと、胸の奥が軽くなった気がします。
空々しい発言では無いことが表情から分かりました。

月並みな言葉かも知れませんが
ムギちゃんから言われたことが嬉しくて
それがすーっと安堵感で私を充たしてくれます。

やっぱりムギちゃんに相談して正解でした。
私の不安を一瞬でかき消してくれます。

紬「唯ちゃん泣いちゃダメよ」

いつの間にか涙が頬を伝い制服へと零れていきました。
そして私の口にも。

――しょっぱかった。

ムギちゃんがハンカチで涙を優しく拭いてくれました。

唯「でも、憂に何て言えばいいのか」

紬「唯ちゃん達に必要なのは切っ掛けよ」

唯「切っ掛け……?」

紬「そう。二人を後押ししてくれる切っ掛け」

唯「でも、切っ掛けって……」

ムギちゃんは「うーん、そうね」と軽く唸りました。
その間私はムギちゃんから目を逸らし
目の前の食べかけのパフェを見詰めました。

殆ど食べてしまい、さくらんぼだけが取り残されています。
私は、パフェのさくらんぼを最後に食べるのが好きです。

素手で掴み、食べようかな、と口へ運ぼうとしたら
ムギちゃんが手の平をポンっと叩いて言いました。

紬「それだわ!」

目は凄くきらきら輝いていました。

唯「さくらんぼ?」

紬「そう、さくらんぼ」

こんなただのさくらんぼが何の役に立つのか
私にはさっぱりでした。

普通の甘い果実。
食べる以外に使い道が?

紬「唯ちゃん、見てて」

ムギちゃんはそう言うと
自分のカップのさくらんぼを掴み、口の中へと運びます。

そして、もごもごと口を動かしました。

そんなムギちゃんを不思議に思い、じっと見詰めました。

十秒くらい経ったころでしょうか。
ムギちゃんが手の平に先程のさくらんぼを取り出しました。

種と一緒に出てきたヘタは綺麗な輪っかを描いていました。

口元をハンカチで拭い、ムギちゃんは言います。

紬「どう?唯ちゃん」

唯「んー綺麗に輪っか出来てるね」

紬「口の中で舌を使って結ぶのよ」

紬「唯ちゃんもやってみて」

食べるように勧められてさくらんぼを口へ含みました。

少しぬるくなったさくらんぼ。
舌の上でころころ転がします。

あ、先に実を取ってからヘタを食べればよかったですね。
ムギちゃんみたいに
実を食べながらヘタを残すのは難しいかな……。

一度口から取り出し、実だけを先に食べました。
ムギちゃんがクスクスと笑っています。
私もテレ笑いで返しました。

そして再びヘタを口の中へ。
ムギちゃんと同じ様に舌をもごもご動かします。

こう、舌でヘタを押したり丸めようと必死に動かしますが
上手くいかないようです。

諦めてヘタを手の平に吐き出しました。
当然結ばれてはおらず、元の状態でした。

紬「あら、残念ね」

唯「無理だよ。むずかしいよ」

紬「結構簡単だけどね」

紬「舌で輪っか作って、歯を使って端っこを通すの」

紬「後はスッと吸っていけば完成ね」

ムギちゃんは、簡単そうに言いました。
いっぱい練習でもしたのでしょか。

紬「唯ちゃんにも、そのうち出来るようになるわ」

唯「そうかな……でもこれが何の役に?」

ムギちゃんはそっと私の耳元に顔を近づけささやきました。

紬「――――――」

唯「…………っ!」

ムギちゃんの言葉を聞くと
私は見る見る顔が紅くなっていくのが分かりました。

紬「わっ。唯ちゃん顔真っ赤。かわいい!」

唯「ムギちゃんが……そんなこと言うから……」

ムギちゃんが勢いよく抱きついてきます。

私は恥ずかしさから
最後のほうは、もごもごと口ごもってしまいました。

唯「でもでも、そんなことしたら――」

言い終わる前に
ムギちゃんの人差し指が私の唇に優しく触れました。

紬「言ったでしょ。唯ちゃん達に必要なのは切っ掛けだって」

そしてそのまま唇に付いていたパフェを指で拭き取ってくれました。

紬「唯ちゃんはお姉ちゃんなんだから。リードしてあげなきゃ!」

唯「リード……」

紬「さっ。お話はもう終わり。帰りましょ」

唯「ふぇ?もう?」

部室から押し出されるように出ました。

帰り道では、胸の中が不安いっぱいで
気が気ではありませんでした。

紬「そんな暗い顔しないの」

唯「うん……」

紬「後は唯ちゃん次第よ」

紬「じゃあね。また、明日」

唯「うん。またね。今日はありがとう」

バイバイと手を振ります。
一人になると寂しくなります。

――憂に会いたい。

――けど……。

ふらふらと重い足取りで家へと向かいました。

途中でアイスを買ったりしていたら
家につく頃にはすっかり空が暗くなっていました。

でも、家の電気が点いていません。
憂は居ないのでしょうか。


唯「ういーただいま」

唯「ういー?居ないのー?」

返事がありません。
でも靴はあります。

いつもなら笑顔で出迎えてくれるのに。

――ご飯作っているだけだよね?
――泥棒に捕まっていないよね?

なんて思いながら
恐る恐る二階へ行きました。

二階へ上がると憂が居ました。
こちら側に背を向けて
こたつの前で何かもそもそと何か食べてる感じです。

でもご飯の匂いも全くしないのに
何を食べてるんだろうと思い、近づきました。

歩く音にも気付かないのか、憂は何かに夢中です。

とりあえず声をかけましょう。

唯「憂?」

憂「っ……!」

憂は目を丸くしてこちらに振り向きました。

ただ声をかけただけなのに
そんなにビックリすることないのにね。

唯「もー、居るなら居るって言ってよ」

唯「全然返事ないんだもん」

――心配したよ。本当に。

憂「あ、ごめんねお姉ちゃん」

憂「すぐ準備するから――」

ふとこたつに目をやると
お皿の上には大量のさくらんぼがありました。

さくらんぼ――ムギちゃんの言葉が頭に浮かびます。

もう一回やってみようかな、そう思いました。

お皿を手に取り一つ口へ運びます。
さっき練習したとおり動かすけどうまくいきません。
歯を使うって言ってもね、難しいんだよね。

憂が不思議そうな、でも、ちょっぴり不安な顔をしていました。
ていうか憂は何でさくらんぼを食べてたんだろう。
パフェとかに入れるわけでもなく。
さくらんぼだけを、何で?

さくらんぼ――ちょっと聞いてみよう。

唯「ういーしってるー?」

憂「な、何を?」

――さくらんぼのヘタを口だけで結べるとキスが美味いんだってー。

憂がこくりと頷きます。

ちょっとだけ私の鼓動が早くなるのを感じました。
憂の前でキスと言ったことと
そう言ったことで何か部屋の空気が変わった気がしたからかな……。

そんな私を憂は黙って見詰めています。
そんなに見詰められると恥ずかしいよ……憂。

唯「んっぺ……」

手の平に出されたヘタは、やっぱり結ばれていません。

うまくいかないことが恥ずかしくて、思わずテレてしまいます。

唯「練習してたんだけどなぁ」

練習だよね。うん。練習。

――何の?


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最終更新:2010年11月02日 23:18