唯「姫っっ子ちゃん!」

唯が急に後ろから体当たりしてきた。

姫子「な、何。///」

唯「うーんとね」

キラキラした表情で言ってる。

かわいい。

かわいすぎるだろ、こいつ。

いぢくりたい。

ぷにぷに頬っぺた。

柔らかそう。

唯「な、何するさー」

気がつくと、私は唯の頬っぺたを、むちむちのホクホクの頬っぺたを上下左右と両手で揉みしだいていた。

唯「は、はにするの~」

最後に左右に伸ばして終わり!って私ったら何してるのー!

唯「エヘヘ///照れ臭いやい!」

ふざけた調子で笑う唯。すると唯はキッと真面目な顔になる。少し上目遣い。

唯「せ、責任取ってよね!」

唯に、恥ずかしそうにじっと見つめられると…

ふしゅー

顔が真っ赤になって、蒸気がポッポッと出て。

唯「あはははー!姫子ちゃん真っ赤っか!あれ?」

フリーズ。炭素冷凍。ハン・ソロ状態。

唯「あれー?どおしちゃったんだい、この子は。澪ちゃんじゃああるまいし」

ニヤリッ

唯が小悪魔の顔をした!かわいいよ~抱き締めたい。でもカラダウゴカナイ。

唯「お返しだ~!」

唯帝国の逆襲。

唯は私のあんまし柔らかくない頬っぺたをつねる。

唯「どうだーこれでもか~」

姫「―――///」

顔、顔近っいー!

唯「へへへ♪触れば触るほど赤くなるー。おもろい!」

唯は私が動けないのをいいことに、

頬を揉みしだき、鼻をつまみ、おでこをなで、そして唇を――

って、えー!

唯「姫、目覚めのキスを――」

唯はそう言って唇――のそばの頬っぺたにキスした。

唯「さんざん弄んだから、お詫びだよ、頬っぺちゃん♪」ウインク。

萌え尽きた。もう真っ白だよ、ジョー。

唯「ありゃりゃ?キスしても起きないかー」

いや、キスがトドメだから。

もう死んでもいい。

でも。

唯「…へ?」

私は、床にへたりこんで、涙を流した。

唯「どうしたの?私、嫌なことしちゃったかな」

違う。

嬉しいのに。

唯にキスされて嬉しかったのに。

唯は、私とのキスなんて、おふざけ程度で出来るんだって、思ったら。

涙が、止まらなかった。

姫「ひく。ひっく」

しゃっくり。

泣くといつもそう。

唯「ごめんね」

温かな感触に包まれる。

唯「ギュー」

抱きしめられた。あやすみたいに。

唯「姫子ちゃん」

唯は、見たこともないような真面目な顔で、私を見つめた。

唯「私――」

ガラガラ。

和「あら、唯に立花さん」

和が教室に入ってくる。夕陽に染まった教室には、唯と私と和の三人の影が伸びていく。

和「立花さん、どうした――」

私は床に落ちていたカバンを持って、教室から逃げた。

和「ちょ、立花さん?」

私は校舎の廊下を、泣きながら走った。




和「あら、立花さん」

数日後。

ソフトボールの練習を終え、教室にカバンを取りにくると真鍋さんがいた。

姫「真鍋さん…」

気まずい。

先日の事を、真鍋さんはどう思っているんだろう?

それでなくとも、苦手。理由は単純。

唯の幼なじみ。

和「立花さん、時間ある?」

姫「あるけど、なに?」

ほら、私はまた彼女に対してケンカ腰。

自分でも抑えられない。

和「唯の事なんだけど」

単刀直入。

さすが生徒会長。

私は動揺する。

和「唯、最近元気ないのよ、様子がオカシイといってもいいわね」

元気がない?

唯は今日だって軽音部の子達と仲良くはしゃいで。

姫「そう?私には分かんなかったけど。…幼なじみだから、気がつく?」

最後の言葉は言わなければ良かった。

和「憂―唯の妹がね、心配してたの。家で元気がないって」

憂。たしか完璧超人だと噂の妹か。

姫「でも、私には関係ない――」

和「そうかしら?」

真鍋さんは、笑っても怒ってもいなかった。

和「私、見たわ。立花さんが泣いてるの。隣に唯もいた」

射抜かれる。

そんなメガネ越しの瞳。

和「なにがあったの?」

優しい声。

それが私を苛立たせる。

姫「真鍋さんには関係ないし、私は唯の事、ほとんど知らない」

体温が高いこと。

頬っぺたが柔らかいこと。誰にでも優しくて、明るい太陽みたいなところ。

それくらいしか、私は唯を知らない。

和「…」

沈黙。

私は席を立とうとする。すると、真鍋さんはふふっと笑った。

和「立花さんには、ザリガニの話をしたかしら?」

何かに思い当たった。そんな顔だった。

姫「?」

真鍋さんは柔らかく、懐かしむように微笑む。

綺麗だ。

和「昔ね、唯と遊んでたの。公園でね。私が花を摘んだり、

砂遊びしてるんだけど、唯はバケツを持って、ずっと走り回ってるの」

姫「いつの話?」

和「中2」

姫「中2っ―?」

中2で砂遊びっておい!

和「冗談っ!」

姫「なんだぁ。真鍋さんも冗談言うんだね~」

和「あら、そんな風に見えてたの?」

姫「で、続きは?」

和「そう、それで、いよいよ陽が暮れてきて。私は家に帰ってテレビ見てたんだけどね、

唯はまだバケツ持って走ってるのよ。何してるのかと思って、付いていったら、私の家の浴槽が、ザリガニで一杯で」

姫「へ?」

和「ザリガニ取りに夢中になっちゃったのね。唯」

姫「なんかシュール」

和「今でも変わってないわ」

姫「ザリガニ取りが?」

和「ぷっ。違うわよ。唯は一つの事に夢中になると、一直線で周りが見えなくなるってこと」

姫「でもどうして私にそんな話」

真鍋さんはうんと頷いてから。

和「なにが立花さんと唯にあったか知らないけど、唯は一直線だから、許してあげて」

和「頑張って」

真鍋さんは、とても高校生とは思えない、大人っぽい顔で笑う。

彼女は気がついてしまったのだろうか。

私の気持に。

それでいて頑張れと言った。

応援してくれるのだろうか。

もしそうだとしても。

私は、真鍋さんが苦手。嫉妬してしまう。

私の知らない唯を沢山知っている、唯の幼なじみに。




律「澪ー♪」

りっちゃんが澪ちゃんにふざけて抱きつく。

澪「ふざけるな!」

りっちゃんが胸を触り出したところで、澪ちゃんの鉄拳が振るわれた。

ムギちゃんは、いつも以上にキラキラした光線を、律澪に送っている。

そんな楽しい午後なのに。

心はどんよりだった。

理由は簡単。

姫子ちゃん。

姫子ちゃんの拒絶。

泣いて、嫌がった。

私の、キス。

そして、走って逃げていった。

私の思いを聞くまでもなく。

律「なー唯?」

笑いながら、りっちゃんが言った。

唯「はははーそうだね~」

何の話をしていたのか、わらなかったけど、笑う。

軽音部の、ぽわぽわした大切な空気を壊したくないもん。


……

憂「お姉ちゃん、ご飯ー」

食欲がない。

数日前までは、私の胃は四次元だ!と豪語してたのに。

恋は盲目というけれど。どうやら私はお腹にくるらしい。

唯「ギー太、どうしたらいいかな~?」

ギー太は何も言わない。きっと乙女の恋心なんて、ギー太にわかんないんだ。

憂「冷めちゃうよー」

唯「今行くよー」

階段を降りる。

憂「お、お姉ちゃん///」

唯「なんだい、憂?」

憂「服、服着てー。下着のまんまだよ~」

へ?

自分を見る。

確かに下着しかつけてない。


憂「いいから着てきて~」

あ、ギー太に着せたまんまだ、私の服。

憂「お姉ちゃん、最近変。なんか上の空だし、食欲ないし」

唯「…いやー夏バテで」

憂「まだ6月だよ?」

唯「じゃあ梅雨バテってことで」

憂「う、うん」

え?納得しちゃうんだ、憂。

ご飯を食べて、部屋に戻る。

ギー太。

姫子ちゃん、ギー太が私の彼氏みたいなんて言ってたな。

ちょっと近寄り難くて。大人っぽい姫子ちゃん。数日、話すらしてない。大好きな姫子ちゃん。

失恋、しちゃったかな。

唯「ギー太、上手くいかないね~」

ギー太は無口。

でも、弦に触れると、なんだか慰められてる気がする。

唯「ギー太ー!」

ポロポロ。

くぅ。汗が目に染みるぜぇい。

唯「ふぇ、く、――わぁーん」

私は一晩ぐずぐず泣いて、決心した。

立ち直らなくちゃ。

憧れ。

大人の人。

クリスティーナさんみたいな人だったら、きっと自分の心にけじめをつける。

そう決心して、私は学校に向かう。

階段を降りて。

床に滑りそうになっても。

玄関のドアを開ける!


憂「お、お姉ちゃん、パジャマのまんま~!」

へ?

憂「もう。ホントに変。お姉ちゃん。はぁ」

妹にため息つかれた。

唯「い、いや~寝不足なもんで」

まだまだ立ち直るのは大変そう。


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最終更新:2010年11月03日 01:35