紬(その疑問にぶち当たって丸一日……私はようやく答えを見つけた。私にとっての軽音部とはそう――)

紬「――家族なのよっ!」ダンッ!

ビクッ!

律「え? いきなりどうしたんだ? ムギ」

紬「いきなりじゃないわ……今日一日ずっと、心の中で痞えていたものが取れたんだもの」

澪「いや、一言の相談も言葉も無しに机叩かれたらいきなりだと思うぞ……」

梓「しかも普通に文化祭の曲目決めているところでしたしね」

唯「なんの繋がりも無いよ、ムギちゃん」

紬「ティータアァイム!」

ビクッ!

紬「ふふ……ごめんなさい。何とか落ち着いたわ」

律「……今の叫び声はなんなんだ?」

澪「さぁ……?」

唯「きっとツッコんだから負けなんだよ」

梓「澪先輩以外はツッコめませんね」

澪「何故私ならいけると思う? 梓」

紬「文化祭での曲を決めてるところごめんなさい……ちょっと皆に聞いて欲しい話があるの」

澪「えっと……今じゃないとダメか?」

紬「今の方がありがたいかな」

澪「そうか……」

唯「んまぁ、お茶を飲めるのはムギちゃんのおかげだし、とりあえず曲決めるのは後回しにしようよ」

紬「ありがとう、唯ちゃん。そんな唯ちゃんには後でケーキをサービスしちゃいま~す♪」

唯「やった~!」

律「あっ、ズリィ! 私もすぐに話を聞いても良いと思ってたんだぞ!」

梓「……意地汚いですね、律先輩」

律「そういう梓だって食べたいんだろ?」

梓「そ、そんなこと無いです! おいしいことに違いはありませんが、今は別に大丈夫です!」

律「ま、その点澪はまたダイエット中だから争いには参加しないだろうけど」

澪「うるさいな……その通りだけど」

紬「私の! 話は! 聞いて! くれないの!?」

澪「ひぃっ!」

律「ご、ごめんごめん。聞く聞く、聞くから」

紬「……こほん。まあ、こうやって皆が盛り上がるのは、私としても嬉しいんだけど。
  それだけ仲が良い証でもあるんだし」

澪「じゃあなんでさっきは怒ったんだよ……」

紬「本当には怒ってないわ。ただちょっと私らしくないことがしてみたくなっただけの」

律「なんでまた……」

紬「テンションが上がり過ぎてるのかしら~」

唯「何か嬉しいことでもあったの? ムギちゃん」

紬「ええ。それが、今回の話題――ひいては、私がティータイムにおいて主役になる話になるの」

梓「ティータイムの主役、ですか」

紬「ええ。今まで私ってば、基本的に皆の話を聞いたり、皆のお茶の準備をしたり、影から支えることばかりしてきたと思うの」

唯「あっ、いつもゴメンね、ムギちゃん」

紬「ううん。それに不満があるわけじゃないの。
  そういうのをするのが楽しいって一面が私の中にあるのも事実だから」

澪「でも確かに、いつもムギに負担ばかりかけてるのは悪いな……」

紬「私が勝手にしてることよ、澪ちゃん。気にしないで」

梓「でも、気にしてるから“ティータイムの主役”だなんて言い出したんじゃないのか?」

紬「違う違う、そんな大それたことじゃないの。ただ、たまには主役になってみたいだけ。
  いつもの雑談じゃなくて、私が話題を提供する側に立ってみたくなっただけなの。
  ほら、裏方にも主役のチャンスを、的なね」

梓「その発想自体、ムギ先輩にしては珍しいですね」

紬「そうかしら?」

梓「そうですよ。いつもは私たちの話を聞いたり、話してるのを見てるだけで満足そうじゃないですか」

律(女の子同士だからか……)

紬「そう言われればそうね。
  ……う~ん……でも結局、この話題提供の後もそういうのを見続けることになるから、あまり変わらないと思うわ」

律「で、話題提供ってのは一体なんなんだ?」

唯「ムギちゃんのテンションが上がって、らしくないことをしてみたくなる、なんてのはよほどのことだと思うんだけど」

紬「確かに。よほどのことかもしれないわね。
  だって私自身、この答えに辿り着くのに、丸一日かかっちゃったんだもの」

澪「なんだ? クイズとかナゾナゾとか、そういうのか?」

紬「ある意味においてはそうかもしれないわね」

梓(ある意味……?)

紬「率直に聞くわ。私が抱いた疑問を、そのまま訊ねます。
  ……皆にとっての軽音部とは、なに?」

唯「友達!」

澪「仲間、かな?」

律「大切な場所だ」

梓「楽しい居場所、ですかね」

紬「どうして!?」バンッ!

ビクッ!

律「……え? なにが?」

紬「どうして私が悩みに悩んだことを皆はそんなあっさりと答えられるの!?」

律「いや、どうしても何も……なあ?」

唯「うん……自然と答えが出ちゃったし」

紬「……そうね……そのことについて私が責めるのは違うわよね。ごめんなさい」

梓「いえ。と言うか何を謝ってるんですか?」

紬「私も、一度は皆と同じ答えに辿り付いたの。
  でもね、それだけの言葉じゃ軽い、って気がして、もっともっと良い言葉が、ピッタリな言葉があると思ったの。
  そして私はそれから、ずっとずっと、考えた」

澪「それで、答えを見つけたのか?」

紬「ええ。考えて考えて……昨日の放課後の帰り道で抱いたこの疑問の答えを考えに考えて、今ようやっと、ふっと神様が降り立ったかのように答えを導き出せたの」

律「表現が危ねぇなぁ、オイ」

紬「その答えというのがそう……家族」

律「家族……」

唯「ほほぅ」

梓「ムギ先輩らしい、良い言葉ですね」

澪「ああ。確かにその答えを聞いた後だと、私の答えなんて小さなもののように感じるよ。
  なんせ、家族の中には、私たちが言ったものも含まれているからな」

梓「そうですね」

紬「ありがとう、みんな」

律「でもさ、それと話題の中心になるってさっきの話と、一体何の関係があるんだ?」

紬「さすがりっちゃん。鋭いわね」

律「いや、誰でも気付くことだと思うぞ……」

紬「そう。家族、という答えに辿り付いたとき、同時に私はこうも思ったの。
  じゃあ誰が父親で誰が母親、誰が姉で誰が妹で誰が末っ子か、ってね」

唯「分かった! それをこれから皆で考えるんだねっ!」

紬「その通りよ唯ちゃん!!」

澪(ムギのテンションがいつもより高いな……)

梓(なんだか、いつものムギ先輩と違って、テンションがおかしな方向にいってる気がする……)

「皆で考えて、それぞれで書いて、皆がそれぞれのことをどう思ってるのかを知りたいの!」

律「……いや、知ってどうするんだ?」

紬「知識の探求だよ、律お父さん」

律「誰がお父さんかっ!」

唯「あ~、でもりっちゃんってお父さんって感じがするよね」

律「唯まで!? 大体お父さんって性別変わっちゃってるじゃんか! そんなの私はイヤだね!」

澪「じゃあ律は誰がお父さんだと思うんだ?」

律「そりゃ、お父さんと言えば一家の大黒柱だからな。しっかりとしてる人じゃないとダメだ。
  ならやっぱり澪じゃないか」

澪「私!?」

律「ああ。澪お・と・う・さ・ん♪」

澪「誰がお父さんか誰が!」

紬「ほらりっちゃん。これで分かったでしょ?」

律「……確かに。悔しいけどコレはすごく気になるな。
  皆が皆、それぞれのことをどう思ってるのか分かるだけにな」

紬「そういうこと。だから私も知りたいの」

梓(……妄想の肥やしにするつもりでしょうか、ムギ先輩は)

紬「だからほら、普通の世間話だと思って、気楽に考えて発表していきましょ」

澪「でも発表って言ったって、どうするつもりだ?」

紬「この場には都合よく、ホワイトボードがあるじゃない。コレを使わない手は無いわ」

紬「まず、ホワイトボードにそれぞれの役職を書きます。
  そうね……『お父さん』『お母さん』『長女』『次女』『末っ子』でいきましょうか。
  それで後はそれぞれが名前を書いていくんだけど……書く大きさは、このA4のルーズリーフ二枚で隠れる程度にしてもらいましょう。
  書いたら、隠すように上からマグネットで押さえてね」

唯「どうして隠す必要があるの?」

紬「他の人の意見を聞いた後だと、思わず納得しちゃって自分の意見が変わっちゃうかもしれないでしょ?
  それじゃ、今の皆の気持ちが分からないじゃない」

唯「なるほど」

紬「そうして書き終えた後は、それぞれプレゼンして、それぞれの意見を聞いてみましょう」

唯「おもしろそうだね!」

紬「でしょ!?」

澪(無駄に凝ってるなぁ……)

紬「書いてる間はホワイトボードを見えないように背を向けて配置して……プレゼン形式にするときはソファの方に移動しましょ」

紬「それじゃ、ルールも決まったことだし、早速私から書いてくるわね」

ガタッ

…………

律「それじゃ、次は私な~」

ガタッ

…………

唯「んじゃ次は私~」

ガタッ

…………

澪「それじゃあ梓、先に行かせてもらうな」

ガタッ

…………

梓「最後に私ですね」

ガタッ

…………

紬「……さて、皆に書いてもらって、ソファにも移動してもらった。
  という訳で、発表会よ~」

唯「わ~~~」

律「よっ、待ってました!」

澪「そんなに待ってなかったくせに」

梓「でもこれって、皆さんがそれぞれのことをどう思っているかが分かるんですよね」

紬「そう! そこが今回のおもしろいところよ梓ちゃん!」

澪(テンション高いままだなぁ……)

紬「と言う訳で! 言いだしっぺのわたくし、琴吹紬が、最初にプレゼンをさせて頂きますっ! よろしくお願いします!
  という訳で、ルーズリーフオープン!!」


お父さん:りっちゃん

お母さん:みおちゃん

長女:ゆいちゃん

次女:琴吹紬

三女:あずさちゃん

紬「どう!?」

律「やっぱり私がお父さんかっ!」

澪「お母さんって……私、そんなに老けて見えるのか……?」

唯「おお~! ムギちゃん妹にあずにゃん妹だねっ!」

梓「なんですかその語尾の妹は……」

紬「りっちゃんがお父さんは私的にテッパンだと思うの~」

律「なんでだよ! さっきも律お父さんって呼んでたけどなんでだよっ!」

紬「だって~、軽音部の部長って、そのまま軽音部の大黒柱ってことでしょ?
  それってやっぱりお父さんってことじゃない?」

律「うっ……! んまぁ、そう言われたら悪い気もしないかな……」

紬「まぁりっちゃんが男の人だったらモテモテなほどエスコート上手ってのもあるんだけど」

律「ちくしょうっ!」

紬「それで、そうなってくるとお嫁さんは必然的に幼馴染の澪ちゃんかなって」

澪「と言うことは、老けて見えるとか、そういうのじゃないんだなっ!?」

紬「そうね……確かに澪ちゃんは大人っぽいからそれもあるけどけど」

澪「がーんっ!」

梓(口で言った!?)

紬「でもそれ以上に、りっちゃんと二人合わされば皆を完璧に引っ張っていけるって印象の方が強いかな~」

澪「律と二人なら……?」

紬「そ。しっかりしてる澪ちゃんがテンパった時、りっちゃんならしっかりと筋道を戻してくれそうな気がするの~」

律「……確かにそうかもなぁ」

澪「そうか? 私的には、律の暴走を私が止めてる気がするんだけど」

律「何おう!」

紬「確かに、そういうのもあるかしら~」

律「がーんっ!」

梓(コッチもっ!?)

梓「それよりも私的に、唯先輩がムギ先輩よりお姉さんなのが不思議でなりません」

唯「あずにゃんひどいっ!」ガーン!

紬「でも唯ちゃんって、憂ちゃんっていう本物の妹がいるじゃない?
  つまり本物のお姉ちゃんなのよ。だからかな、妙に安心するところがあるの」

梓「確かにそうかもしれませんが……」

紬「それになんだかんだで、私唯ちゃんみたいなお姉ちゃんがいてくれたら楽しいと思うし」

梓「確かにそうですね、迷惑掛けてくる的な意味で毎日賑やかになるとは思います」

唯「やっぱりあずにゃんひどいっ!」ガーン!

紬「あと梓ちゃんは、ただ単に私が梓ちゃんに甘えられたいって願望があるから一番下なの」

梓「……甘えませんよ?」

紬「そんなぁ~……」シューン

律「でも確かに、梓に甘えられたいってのは分かるな」

澪「うんうん」

唯「私も私も~」

梓「皆さんまでっ!?」

紬「という訳で、私が考えた軽音部の家族構成は――

『イザという時に頼りになるお父さんを引っ張る、
 イザという時に頼りにならないけれどいつも頼りになるお母さん。
 そんな姉さん女房な親子の後をのびのびとした長女と、
 おっとりとした次女が追いかけて、
 足取りが遅れそうになったら背中を押してくれる三女がいる』

紬「――ってとこかしら~♪」

律(つまりこれが、ムギの中での軽音部ってことか)

澪(あれ? 今さり気なく酷いこと言われてた……?)

唯(ムギちゃんとあずにゃんが妹かぁ~……私がしっかりしないとねっ)フンス

梓(ムギ先輩の中で私は頼りにされてるんだな……ってアレ?
  この構図ってもしかして……ムギ先輩がとんでもなく幸せになってる構図?)

梓(律先輩と澪先輩の幼馴染の絡みが見れて、
  唯先輩と私の絡みも見れて、
  時に唯先輩がムギ先輩自身に抱きついたり……
  しかもこの構図になった場合、私が相談相手に選ぶのは確実にムギ先輩だから……なんてムギ先輩にとって得するシステムッ!!
  考え尽くされてる! さすがっ!!)

律「よっし! じゃあ次は私な!」

紬「お願いね、りっちゃん!」


2
最終更新:2010年11月03日 21:27