澪「はあああ……」
律「どうした~?ため息なんて、澪らし……いか」
澪「何だよそれ?」
律「べ~つに~~~。で、何なのさ?」
澪「何が?」
律「ため息の理由だよ」
澪「ああ……」
律「…………ムギをむぎゅぅとしたいって~~!!!?」
澪「バカ!!声がでかい!!!」
律「あ、わるい……」
律「んでも、なんでまた?」
澪「いや、実はさ……」
唯「なになに~~~なんの相談~~~?」
律「唯さんには関係ございません」
唯「ぶ~~除け者ヒドいよ~~~」
……放課後のいつもの光景、違うのはそう、澪の様子だけだった……
梓に唯を押し付けて、私、
田井中律は今日も澪の相談に乗った。
そう、澪の相談を真っ先に受けるのは、いつも私。
………『私』なのだ。
律「ここなら、誰にも聞かれないぜ?」
澪「別に女子トイレまで来る事ないだろ」
律「ムギは日直で遅れてたけど、聞かれたくないんだろ?」
澪「……ん、まぁな」
律「で、『ムギをむぎゅぅ』って、澪しゃんらしくない発言なんだけど」
澪「そ、その……むぎゅぅって言うか、好きって言うか……」
律「はいぃぃぃぃ!!!?」
澪「あああ、い、い、今のは違うぞ、いや違わないような……」
律「何なんだよ一体」
澪「だ、だ、だ、だから、むぎゅぅってのは、その愛情表現の1つで
……って、な、何言ってるか分かんないだろ、このバカ律!!!!」
律「何でいきなりバカになるんだよ!!」
澪「あ、ご、ごめん」
律「あ~もう、じゃ、澪はムギが好きだってのかよ?」
澪「う、うん……//」コクン
私は、ただただ驚いた。
もちろん澪がムギを好きになる理由なら幾らでもある。
でも、パッと思いついた理由だけでは、今の澪の表情までには至らないと思った。
律「い、いつから………だよ?」
澪「きょ、去年の文化祭くらいかな……」
律「はああああ、一年越しって訳ですか」
澪「い、いや……。まあ、で、でもいいんだ。このままでさ」
律「何で?」
澪「最後の文化祭前だろ?わ、私の個人的な理由で迷惑掛けたくないし……」
澪らしいと思った。
ああそうだ、まるで澪らしい。
だけど私は、それが分かっていながら、まるで正反対の言葉を投げ掛けた。
律「バッカじゃないの?」
澪「バ、バカとはなんだ!!私は真剣に……」
律「真剣なら、何で私達の迷惑考えんだよ?」
澪「……だ、だって」
律「ムギに告白しました。ダメでした。気まずいです。
責任取って軽音部やめます。こんな風に考えてんじゃないだろうな?」
澪「そ、それは……」
律「やっぱりか」
律「あんな、澪。私達にしちゃ、そんなしょぼくれた顔で演奏される方が
迷惑なんだよ」
私は一喝した。
もちろんトイレだから、大声は出さない。
澪「律……」
律「何の切っ掛けがあったのかは知らないけど、今日私に伝えてくれたのは、
もう、ムギへの想いが溢れ過ぎてこぼれちゃったからだろ?」
澪「ん……」
律「だからさ、迷うなよ。応援するから」
澪「お、応援………してくれるのか?」
律「もっちろん!!この田井中律にまっかせなさい!!」
そんな安請け合いをして、私と澪は部室に戻った。
キーボードの音が扉越しに聴こえて来るから、日直だったムギも合流したみたいだ。
律「田井中班、ただいま戻りました!!」
唯「むっ、りっちゃん隊員、部室周辺の様子は!!?」
律「ハッ、特に異常無しであります!!」
唯「うむ、では引き続き任務にあたってくれたまえへ」ピシッ!!
律「ハハッ!!」ピシッ!!
澪「バカやってないで練習するぞ」
唯「ノリ悪いよ~~みおちゃ~ん」
平静を装っていたけど、澪は、キーボードと何やら格闘している
ムギを見ようとはしなかった。こりゃなかなかの難物だ。
律「まあ、澪の言う事も一理あるな。唯、今日位は真面目に練習するか」
梓「律先輩の言葉とは思えません」キリッ
唯「律先輩の言葉とは思えません」キリッ
律「お前らなあああああ~~~~」
紬「よし、出来たわぁ」
律「ん、なんだ?」
紬「今度の新曲の、『カレーはおかず』の音作りよ」
唯「ごはん……なんですけど」
それから私達は、学園祭用に作った新曲『U&I』と、
カレー…じゃない『ごはんはおかず』を重点的に練習して家路に就いた。
ちなみに、練習中も澪はムギと一言も話さなかった。
普段から特別話し合っている2人でもないけれど、あんな話を聞いた後では
猛烈に意識してるようにしか見えなかった。
唯「んじゃ~、またね~」
梓「では、また明日」
紬「さようなら~」
律「おう、気を付けて帰れよ~!!」
澪「お前がな」
律「澪しゃん酷いです」
澪「本当の事だろ。こないだだって……」
律「あ~~、あの話はやめてくれ~~~~」
高校生にもなって、小学生のような失敗をした私の話をしようという澪に、
私はムギの話題に素早く切り替えた。
律「そ、そういや澪、今日、練習中全然ムギ見てなかったじゃないか」
澪「そ、そうか……な?」
律「話もしないしさ。やっぱり私が思ってる以上に澪って恥ずかしがり屋だよな」
澪「きょ、今日はたまたま話す事が無かっただけで……」
律「ていうか、その調子じゃ、告白までにどれだけ掛かるか」
澪「そ、それを応援してくれるんだろ?」
律「なんだよな~」
ため息混じりに言うと、私の見通しは暗かった。
何故なら、私だって応援出来る程、恋路に明るい訳じゃない。
ましてや、よく知る2人とあっては……。
律「作戦でも練るか」
澪「作戦?」
律「思うに、ムギって基本的に私達の事好きだろ?恋愛感情かは別としてさ」
澪「ん、まあ、そうだな」
律「だとしたら、後は切っ掛けだけだと思うんだよな~。
何かちょっとした事で、ムギも澪一筋になれると思うんだ」
澪「わ、わたし一筋……///」
早速想像の世界で、澪はムギと恋のバカンス中だ。
これが表向きに出れば、良くも悪くも話は早いんだけど……。
律「そこでだ。私がさ、何とかしてムギと澪のデートプランを計画するよ」
澪「で、でででで、デートォォォォ!!!?」
律「……だって、告白するんだろ?」
澪「い、いや、まあ、そうだけど……」
律「一番手っ取り早いじゃん。ムード作ってさ~。夜の公園で抱き合って
『愛してるよ、紬。』………なんてな~~~!!」
澪「ハッ……」ボッ!!
律「………しまった、妄想させ過ぎたか……」
妄想の世界から帰って来なかった澪と別れた後、
私は家で今日起こった事を反芻していた。
思えば、3年近くの高校生活で、一番衝撃的だった日かもしれない。
律「澪がねえ……」
ちょうど机にあった中学生の澪とのツーショットの写真を手に取ると
私はベッドに寝そべった。
律「バカ澪。気付いてないんだもんな……」
律「こっちは小学生からだっつーのに」
苦笑いをかみ殺した私の頬に、一筋の涙が伝った。
翌日、授業中はいつも通りの私達の時間。
ならばと、放課後、様子が違っていたのは他ならぬ、ムギだった。
予め『早めに部活に来てくれないか?』とムギに頼んでおいた私は、
唯や澪より先に部活の階段を上がる。
すると、今日は一番乗りなのだろうか、ピアノの音が部室から聴こえて来た。
律「なんだ、クラシックか~?」
私は部室の扉を開けた。
部室の中で独り、ムギが物悲しそうな曲を奏でていた……。
一曲が終わった所で私はやっとムギに声を掛けれた。
それほど真に迫っている演奏だったのだ。
律「ムギ……いいか?」
紬「あ、ごめんなさい。ちょっと夢中になっちゃって」
律「今の、何て曲なんだ?」
紬「『ベートーベン』の『テンペスト』という曲なんだけど……。
旋律がとても綺麗で、大好きな曲なの。」
律「はぁ、さすがムギだな。クラシック弾けるんだもんな~。」
紬「そんな事ないわよ~」
聴き慣れないものを聴いたからか、しばらく私達はお互い話せなかった。
そんな中、ムギがやはりと言うか、こう切り出して来た。
紬「りっちゃん、とりあえずお茶にしましょうか?」
律「あ、待ってくれ。呼び出したのにはちゃんと理由があるんだ」
紬「そう?」
律「うん。……あのさ、実はお願いがあるんだけど」
紬「りっちゃんのお願いなら、どんと来いっ」フンッ!
律「……いや、そこまで気合入れなくても、実は澪の事でお願いなんだけど」
紬「澪ちゃん?」
律「うん。澪の奴さ、ムギとデートしたいって言ってるんだよ」
直球過ぎるこの物言いでもムギは断らない、私には確信があった。
果たせるかな………ムギの返事は明るかった。
紬「本当に!?」
律「ダメ……かな?」
紬「いやいや、全然オッケーです!!もちろん大丈夫です!!」
律「そ、そうか。じゃあ、澪にも言っとくな」
紬「まさか澪ちゃんから誘ってくれるなんて思わなかったわ~」
律「直接自分で言えって言ったんだけどな~。まあ、澪だし」
紬「ううん、嬉しいわ。ありがとう、りっちゃん」
律「べ、別に、礼を言われる程じゃないぜ……///」
その後、澪達が合流してからの放課後の部室は、いつにも増して明るかった。
ムギの入れてくれた紅茶が、今日は特別に美味しい。
なるほど、ムギも澪の誘いに素直に喜んでいるようだ。
もちろんムギが受け入れてくれたのは、恋愛感情なんかとは別の物が働いてだ。
それは、3年近く一緒に過ごして来た私が一番よく分かってる。
それでも、事実が大切なのだ。
澪はやれば出来るんだから。
そう、澪はやれば出来る。
放課後、私は澪に、ムギとあった事実を伝えた。
律「というわけで、ムギは全面的にオッケーしてくれました、りっちゃん偉い!!」
澪「あ、あ、あ、あわわわわわわ……/////」
まあ驚くだろう。
知らない間に、自分が誘った事になってるんだから。
律「澪ちゃ~ん、どうしましたか~?」
澪「バ、バ、バカ律!!!!もうちょっと、言葉を選んでだな!!!」
律「最終的には『デートしてくれ。』って言うんだからいいじゃん」
澪「うぅぅ……」
律「デートコースぐらいは考えても良いけど、後は澪次第だぜ?」
澪「わ、分かったよ……」
悩める澪と別れて、私は夕食もそこそこに、今日もすぐさまベッドに寝そべる。
疲れが一気に吹き出して来た。
慣れない空気に、私の身体も相当参っていたようだ。
今日はこのまま寝ようかと思うと、携帯のメールの着信音が鳴った。
澪だった。
『今度の日曜日、駅前に10時で話付けたから、後は何とかしてくれ!!』
なんていう一方的なメール。
律「誰がデートするんだよ」
私は簡潔に『わかったわかった、おやすみ~~』と返して携帯を手放すと
そのまま眠りに落ちていった。
土曜日の午後、私は澪の部屋に居た。
当然、明日の作戦会議だ。
まず、私はムギと2人で遊びに行った時の事を澪に話した。
駄菓子屋なんて使えないとは思うが、何かの参考にはなると思ったからだ。
律「要するに、ムギはオシャレなモノより庶民的なモノの方が喜ぶんだよな」
澪「それは私だって分かってるよ。だから何にするかって話だろ?」
律「お前、自分で考える気無いだろ?」
澪「律の手だって借りたい状況なんだ、私は」
律「へいへい」
そうして私達は、インターネットや、コンビニで買って来た『桜ヶ丘ウォーカー』
を見ながら、同じようなやりとりを何回も繰り返す。
結局、大方のルートが決まったのは、夕方になってからだった。
そのルートは至ってシンプル。
外の情報を得なくたって、考え付くようなプランだった。
それでも、私にはある種の達成感があった。
まあ、澪はまだ納得してないようだが。
律「よし、じゃこの手筈で行くか!!」
澪「大丈夫か~?」
律「大丈夫大丈夫。さっき電話したら、まだチケットあっただろ?
残り2枚だったなんて、運がいいぜ~。」
澪「それが心配なんだよなぁ。何でロックのライブがデートに入るんだよ……」
律「軽音部だから」
澪「何か私は、とんでもない過ちを犯そうとしているんじゃないだろうか……」
律「ええい、ここまで来てウジウジするな!!
そうだ、今日は景気付けにカラオケでも行こうぜ!!」
澪「い、今からか!?」
律「今からです」
澪「はぁ……強引だなあ、律は……」
なんて言いながら、行ったら行ったでマイクを離さないのが
秋山澪だ。
今日も多分に漏れず、私は澪のリサイタルを聴かされた。
それでも誘った事を後悔はしない。
帰り際の澪の顔が、晴れやかだったからだ。
最終更新:2010年11月07日 00:37