梓「どう考えてもバンドって感じの人じゃないのに…」

梓「それに、他の先輩方に比べて謎が多すぎるよね…」

梓「人の心読んだり急にいなくなったり…」

梓「…」

梓「…て、考えてもわかるわけないよね。」

梓「ムギ先輩はなんで軽音部にいるんだろう。」

きっかけは部室で二人っきりになったこと。
その時、初めて私はムギ先輩のことをあまり知らないことに気付いた。

「ムギちゃんはムギちゃんだもん!」

唯先輩はこう言っていた。実際、ムギ先輩は軽音部にとってかけがえの無い存在だし
別に細かいことなど知らなくたって、私はムギ先輩が好きだと自信を持って言える。

…いや、好きっていうのは先輩としてということであって、深い意味は無いよ?
勿論他の先輩方のことは好きだし、一番憧れているのは澪先輩かなって思う。

でも、もう1年半もの付き合いになるって言うのに私はあまりにも
ムギ先輩のことを知らなすぎる。

一体、何を考えているんだろうか。すごく興味がある。




証言者1・律先輩   練習前の部室にて

律「え?ムギのこと?」

梓「はい。なんか、ムギ先輩って色々わからないというか謎というか。」

律「ん~?そう言えばそうか。あたしはあんま気にしたことなかったなあ。
  まあ、いいじゃん。細かいことは気にすんなよ。」

梓「細かいことって…」

ああそうだ、この人はこういう人だ。やたらと人に絡みまくる割には、妙にドライ
というかいい加減というか、そんな面がある。

律「なんだ梓、ムギのことが気になるのかぁ?」

律先輩はニヤッと笑う。

梓「いえ、そういうわけじゃ…ただ、私あまりにもムギ先輩のことを知らなすぎる
  と思って」

律「やっぱ気になってんじゃんか。まあ、確かにあたしも2年半の付き合いの割には
  あんまり詳しく知らないな。」

梓「家がお金持ちとか、別荘いっぱい持ってるとか、そんな次元ですよね。」

律「ん~、それじゃ本人に直接聞いてみるか。今から。」

梓「えぇ!? いきなりですか!?」

律「別に聞かれて困るようなことでもないっしょ。ムギが来たら…」

紬「こんにちは~。」

律「お、ちょうど良いところに。お~い、ムギ。ちょっと聞きたいことが…」

梓「り、律先輩!!ストップストップ!!」

紬「?どうしたの、二人とも?聞きたいことって??」

律「ああ、実はだな…」

梓「律先輩っ!!」

律「……」

紬「??」

律「……」

梓「り、律先輩…?」

律「梓…そういや、何を聞くんだっけ?」

思わずイスからズッコケ落ちそうになる。ああ、そうだ。この人はこういう人だ。
行き当たりばったりのノープランで前進し、まさに細かいことは気にしない。

紬「二人とも、どうしたの?聞きたいことって…?」

ムギ先輩は怪訝そうな顔で私たちを見ている。そりゃそうだろう。私だって目の前で
急にこんなコントみたいなことをされたら、意味も何もわからないだろう。

梓「…何でもないですよ、ムギ先輩。」

律「えっ、梓。さっきのことは……」

梓「先輩っ!!」

大声で律先輩を制する。あんまり、ややこしいことになっても面倒だ。

梓「お茶にしましょう! 先輩!!」

律「おおぅ! 梓の口からそんな言葉が出てくるとはっ!!」

紬「珍しいわね~。何かあったの?」

梓「そ、そんな気分の日もありますよ! ムギ先輩! 手伝いますから一緒にやりましょう!!」

我ながら焦りすぎだろう…そう思う。でも、この場はなんとかごまかそう。
そのストレートさ、裏表の無さは魅力的な面ではあるんですけど、少しは
デリカシーってものを持ってください、律先輩。

紬「あら、嬉しいわ♪じゃあ、一緒にやろっか。」

ムギ先輩も、あんまり細かいことを気にしない人だよなぁ…さっきまでのやり取りとか
質問のこととかまるで突っ込んでこない。でも、今はその姿勢に救われる。

律「…よーくわかんない奴。」

律先輩はそう呟いた。私に対してかムギ先輩に対してか、どっちに言ったのだろうか。
とりあえず、スルーしとこう。




証言者2・唯先輩   部活後の帰り道にて


唯「え~、ムギちゃんはムギちゃんじゃん~。」

いきなり出鼻を挫いてくれるなこの人は。

梓「で、でも少しは気になったりしません?」

唯「ん~?別にないなあ。だって、ムギちゃんはムギちゃんだし。
  優しいし、暖かいし、お茶はおいしいし、お菓子もおいしいし、えーっと、それから……」

…途中から食べ物の話になってますよ唯先輩。この人は、将来悪い人に餌付けされたり
しないだろうか。ちょっと心配だ。

梓「でも、親密になってくると相手のことを知りたくなったりしません?」

唯「えー、さっきからわたし言ってるよ。わたしの知ってるムギちゃんのこと。」

梓「ああ…そうですね。」

なんで私の周りには、細かいことは気にしない性質の人が多いのだろうか。
なんか、これじゃ私のほうが変みたいじゃない。

梓「…そういえば、ムギ先輩って中学のときとかどんな感じだったんでしょうか。」

仕方なく、あえて話を絞り込む。もし聞いたことがあれば、唯先輩なら喋ってくれるはず。
もし、聞いたことが無いのなら…

唯「んー、わかんないや。聞いたことないもん。」

ああ、やっぱりですか。

唯「そーいえば、気にしたことなかったなー…まあでもいいじゃん!」

いや、私はあんまり良くないですよ。聞けば聞くほど気になるばかりですよ。

唯「お~、そうだ!」

なんですか。何か思い出しました?

唯「明日ムギちゃん、ケーキ持ってきてくれるって言ってたな~。楽しみ~♪」

…ああもうこの人は。こんな性質で、この先の人生は大丈夫なんだろうか。
…そして、私は何故唯先輩の人生を心配しているんだろう。





証言者3・澪先輩   部室にて


澪「えっ?ムギのこと?」

梓「はい。なんか、私あまりにもムギ先輩のことを知らないものですから。」

今日は、他の先輩方は誰もいない。受験勉強が忙しくなり部室に来る機会も減ってきているし、
本来なら澪先輩にくっついて来る律先輩も今日はいない。なんでも、あまりにも澪先輩の勉強
にひっついてくるものだから、たまには冷たく突き放したとのこと。そして、律先輩は泣く泣く
和先輩に教えを請いに行ったと…て、結局誰かを頼るんですね、あの人は。

澪「ムギのことか…うーん……」

梓「?」

澪先輩は何やら唸っている。
…まさか、澪先輩も…なんてことはありませんよね?

澪「梓。」

梓「は、はい!」

澪「…ごめん、あまり…詳しくは知らない。」

そのまさかでしたか。しかし、律先輩や唯先輩ならともかく、澪先輩すら知らないなんて…
どんだけ謎なんですか、あの人は。

澪「そうだ…もう二年半にもなるのに……」

何やら澪先輩がブツブツ言っている…あれ、もしかして。
私、地雷踏んじゃいましたか。

澪「なあ梓…ムギって、私のこと友達と思ってくれているのかな。」

ビンゴ。やっちゃいましたよ。澪先輩は一度気付くと凄く気にするタイプだった。

梓「み、澪先輩…何を言うんですか急に。」

澪「だって…もう2年以上の付き合いのなのに、私ムギのことあんまり知らないんだ。」

澪「ムギから語ってくれることも殆どないし。」

澪「私って結構面倒な性格だって律にも言われるから…」

澪「本当はムギ、私のこと避けてるんじゃないかって…」

はい、今の澪先輩は少し面倒です…なんて、酷いこと考えるな私!
違う。悪いのは語らないムギ先輩であって…じゃなくて、どう慰めたらいいんだろうか。
とりあえず、今までの経緯を話そう。

梓「あ、あの…澪先輩。実はですね……」


少し後

澪「律と唯もなのか。」

梓「そうなんです。だから、澪先輩にも聞いてみたくて。」

澪「うん、そうだな…確かに、昔の話なんかしてる時はムギは聞き手にまわってることが多いな。」

梓「そういう時、誰も話振らなかったんですか?」

澪「不思議とな。会話にもあまり割り込んでこないし。」

澪「なんていうのかな、そういう時に存在感がすごく希薄になっているというか…」

読心、ワープと来て今度はステルスですか?
なんか、聞けば聞くほどどんどん人間離れしていってない?

梓「澪先輩は気になりません?色々と。」

澪「そうだな…私ももっと知りたいよ、ムギのこと。」

やった。ようやく、同じ考えを持つ同士に出会えた。これを逃す手は無い。
一人ではやりにくいことでも、二人いれば勇気がわいてくる。
赤信号、皆で渡れば怖くないです!…いや、渡りませんよ。ものの例えですよ?

梓「じゃ、じゃあ澪先輩からもそれとなく話振ってみてくれませんか?私も機会が
  あれば何かお話しますし。」

澪「ああ、わかったよ。私のこと、友達と見てくれているのか心配だし…」

…もうその暗い考えはやめてください。こっちも暗くなりますよ。




その日の夜


ベッドに寝転がりながら今日までのことを考える。

しかし、まさか先輩方もほとんど何も知らないとは意外だった。

もしかして、語りたくない?
本心では、私たちのことを信じていない?

後ろ暗い考えが浮かんでは消える。違う、そんなはずはない。
これじゃ、まるで私のほうが先輩を信じていないみたいじゃないか。

ああ…私って嫌な性格しているな。

でも、私だって先輩とはもう1年以上の付き合いなんだ。
聞こう。いっぱいお話しよう。絶対答えてくれるよ。

決意する。

…けど、澪先輩がやってくれるとありがたいな。

……zzz



数日後

梓「…今日は誰も来ないかな。」

私は一人部室で練習の準備をする。今日は模試の返却があったらしい。そして、その復習の
ために勉強会をやるのだそうだ。と、唯先輩と澪先輩からメールが来た。

寂しいけど、わがままも言っていられない。一人でもちゃんと練習しよう。


ガラッ


不意に部室の戸が開く。そこに現われたのはムギ先輩だった。
あれ、今日は勉強会じゃなかったんだろうか…

梓「あ、ムギ先輩!こんにち…」

紬「梓ちゃんっ!!」

梓「にゃっ!?」

急に抱きついてきた。
…な、何この展開?何?この人はなんで急に抱きついてきたんですか?

紬「かまって!」

か、かまってって…事態が飲み込めない。落ち着け、落ち着くんだ。
いつもの冷静(?)な私に戻れ…カムバック私!!

梓「ああ、そういうことですか…」

ややあって、ようやく落ち着いた私はムギ先輩から事情を聞いた。要するに、唯先輩と和先輩が、
律先輩と澪先輩が一緒に勉強することになって、一人取り残されたと。

梓「でも、それだったら家に帰って勉強すれば良かったんじゃ。」

紬「うん、そうなんだけど…なんか、ちょっと淋しかったから」

梓「はは、そうですか…」

確かに、最近は皆さん部室で勉強することが多かった。私はその端で、一人ギターの
練習をする。そう、一人で…そう考えると、私の中に意地悪な考えが浮かぶ。

梓「でも、ムギ先輩。」

紬「うん?」

梓「最近、皆さん4人で勉強することが多かったですよね。その横で、私は一人練習。」

梓「淋しかったのは、むしろ私のほうですよ。」

梓「私のほうが、場違いな感じになってましたもん。」

紬「そ、それは…」

ああ、言っちゃったよ私。いい性格してると我ながらに思う。

紬「そ、そうよね…ごめんなさい……」

あ、シュンとしちゃった。可愛いな。
…じゃなくて。悪ノリが過ぎた。謝らないと。

梓「…すいません。冗談です。」


梓「ホントは私、皆さんが来てくれて嬉しいですよ。」

紬「…ホント?」

梓「本当です!すいません、さっきはちょっと意地悪してみたくなっただけですっ。」

紬「……」

梓「……」

紬「…ぷ。」

梓「…?」

紬「ふふ…珍しいわね、梓ちゃんがそんな事言うなんて。」

あ、笑った。この人も大概立ち直りの早い人だよな。

梓「すいません。」

紬「いいわ、気にしてないわ。お茶でも淹れようか?」

梓「あ、じゃあお願いしま」

…と、ストップ!
よくよく考えると、先輩にはいつもお茶を淹れてもらっている。後輩の私が先輩に
そういうことをさせるのは本来よろしくない。

梓「っと、ムギ先輩!」

紬「!?…」

急な大声に先輩はポカーんとしている。
そりゃそうだ、いきなり叫ばれてびっくりしない人もそうそういないだろう。

梓「や、やっぱりいいです…」

紬「?…どうしたの、梓ちゃん。今日は何か変ね?」

梓「あ、いや…その……お茶はいいので。な、何かお話しません?」

紬「?…お話するのなら、お茶があったほうが良いんじゃない?」

梓「そ、それもそうですけど……な、なら私がやりますよ。先輩は座っててくださいっ。」

紬「…そう? それならお願いしようかしら。」

そう言って、ムギ先輩は自分の席に腰掛けた。
ふう、危なかった…いや、何が危ないんだか私にもよくわからないんだけど。なんとなく、ね。

…て、そういや私、お茶なんて淹れたことないや。いや、でもこの前手伝ったときの
ことを思い出せば…て、私食器の準備しかしなかったような気が。

……えーい!
考えてても仕方が無い。見よう見まねで何とかする!

梓「頑張れ、私!」


2
最終更新:2010年11月07日 02:51