気がつくと、見慣れてはいるけど、しかし私の部屋のものではない天井が広がっていた。考えるまでもない。澪の部屋だ。
貧血を起こした時の独特の視界の歪みが徐々に消えてゆく。
立ち上がろうとして、ふと首元にシャリシャリとした感触とヌルリとした生温かさを感じた。
「……気がついたか? まったく、いきなり気絶するから本当にびっくりして心配したんだぞ」
「澪……?」
すぐ後ろに澪の声がした。ということは、なんだ、このうなじの辺りのコレは、つまり、
「んぁっ……! ば、ばか律ぅ……イったばかりで敏感になってるんだからな」
私は澪の股間を枕代わりにしていたわけか、こりゃあ一本取られた。あはは。
見れば、私もスッポンポンじゃないか。なるほど、気絶した親友を優しく介抱するうちにムラムラきちゃったこのメンヘラは、あろう事か意識のないことをいいことに、
「お前、ホンッと最低だな。どんだけ溜まってんだよ、このレイプ魔」
「なっ、なんだと! か、勘違いするなよ、私はただ気絶した律を運んだだけだ! 聡も帰ってきたみたいだから、それで仕方なく私の部屋に」
「じゃあなんで私は裸なんだ? どうみても事後じゃねーかおい」
「違う、まだ律はイってない!」
クラクラする頭を押さえながら、目の前で意味不明の言い訳をわめき散らすきれいな顔に、水平チョップ。
小指の辺りに眼球のぐにゃりとした柔らかさが伝わり、なんとも気持ち悪い。
「違うんだ律、聞いてくれ」
「聞こう。でもその前に、一発腹を殴らせてくれ」
返事を待たず、やっぱり蹴りに変更して澪のふっくらとした白いお腹にかかとを振り下ろした。こいつ、体重の事は気にするくせして意思弱いからすぐリバウンドするんだよな。
贅肉の反動を利用して、もう一発目はシャープな顎目掛けて足を振り上げる。ガチ、と歯が噛みあう音。
「ご、ごめんってば律ぅ……なーんて、うふふ。力、全然入ってないぞ」
「むかつく……まあいいや。とりあえず服返して。帰って一人エッチするから」
「ごめんなさい、ごめんなさいってば律ーっ! わ、悪かったよぉ、本当に悪かったってばぁ!」
「……お前、ホントどれだけ性欲の奴隷なの?」
マジ泣きの入った澪をやっぱり私は宥めるのだ。適当にキスして、不本意ながら澪の大きな手に体を委ねたりしながら、澪の癇癪にも似た性欲を静めてあげる。
恥ずかしながら、こういう時の澪は非常に可愛い。普段はツリ目がちな瞳をトロンとさせて、舌をだらしなく口の端から覗かせながら、
「りつぅ……」
なんて甘えてくる。お姉ちゃんでなくとも、この攻撃には勝てる気がしないのだが、どうだろう。月曜日にでもムギに聞いてみるか。
……。
……。
……。
澪の家の風呂に入る気にもなれず、ベッドで全裸で寝息を立てている澪を起こさないようにして、私は身支度を整えた。
「よし」
カチューシャをおでこに差し込み、りっちゃん完成。
静かに眠っている澪の額にかかる髪を手で払ってあげると、口をもごもごさせた。眠っている分には人には害をなさない気狂いJKは、今夜はもう目を覚ます事はない。いわゆる、体力の限界ってやつだ。
その点、私は違う。澪と違って、イった振りという高等テクニックが使える私は体力をさほど消耗せずにセックスに臨めるのだから。
静かに部屋を出る。澪のお母さんに一言断って、私は澪の家を後にした。
家に帰ると仁王立ちの聡が出迎えてくれた。
「姉ちゃん、どこ行ってたんだよ」
「澪ん家。どうした、そんな怖い顔して」
「……映画館。連れてってくれる約束だったろ」
「あっ……ごめん、また忘れてたわ」
「これで一体何度目だと思ってるんだよ」
「えっと……5回目?」
「7回目だよ。ったく、俺もいい加減疲れちゃったよ。いい加減、早く成仏したいんだけど」
そういって踵を返す聡の背中は赤黒い血で染まっていた。やはり、その中心には鈍く光るナイフが突き刺さっている。
階段を滑るようにして昇っていく聡に私は、
「わかってるんだけどさ、いっつも忘れちゃうんだよな。わりーな」
「相変わらずだな、姉ちゃんは。まあ……だからこそ、姉ちゃんには感謝してるんだけどね」
浮いてるんだか、階段に半身がめり込んでいるのかわからないが、とにかく聡は階段の途中に止まっていた。
背中にあんなものが刺さっているのに、口調も表情も以前のそれとまったく変わらない。
だからこそ、私は思ってしまう。本当に聡は死んでしまったのかと。
「お母さんもお父さんも、ホントおかしくなったみたいに泣いてさ、落ち込んでさ。でも、姉ちゃんだけが変わらないでいてくれたから」
「そりゃあ、お姉ちゃんだからな。お姉ちゃんは強いんだぞ」
「そうだね。ちょっと俺も悲しくなるくらい元気だよな、姉ちゃん。そのお陰で最近はお母さんも元気になってきたみたいだし」
聡の言うとおりだ。この前なんか、料理している時に、これ聡が好きだったわね、なんて笑ってたっけ。
お父さんもお父さんで、最近は一緒に晩御飯を食べるようになった。初めの方は毎晩酔っ払って帰ってきてたのに。泣いてたのに。
「姉ちゃん、ありがと」
「やめろよ、恥ずかしい」
聡が悪戯っぽく笑ったので、自然と私もつられて笑ってしまう。
「あとは……澪姉ちゃんだけかな」
聡の表情が途端に曇って、心なしか顔色が青くなっていく。いや、比喩ではなく、薄く透き通るような青に変色していく。
「大丈夫だって。そのうち澪も良くなるって」
「そうかな。でも……俺、もうあんな澪姉ちゃん見たくない。どうせだったら、もう少し家から離れた所で刺されれば良かったのに」
聡が刺された日、私は聡と映画に行く約束をすっぽかし、澪とデートをしていた。あの恥ずかしがり屋の澪から誘われたデート。断るわけにもいかなかった。
結果として、血だまりで息絶えた聡の第一発見者となった澪は、あんな風になってしまった。
「そんな事言うなよ。お前も中学生なんだから、なんだかんだ言って嬉しいんじゃないか? このエロガキめ」
「うっわー、それ死んだ弟に言う台詞かよ……あはは、やっぱり姉ちゃんは姉ちゃんだな」
「余計なお世話だよ。だから……澪の事も心配するな。私さえしっかりしていれば、いずれ澪は元に戻る……まあ、元に戻ったら戻ったで少し残念だけど」
エッチできなくなるから? というマセた弟の問いかけに、うるせーと一喝する私。
「まったく、チュー坊のくせに……とにかく、お前は何も心配しなくていいから、さっさと楽になれよ」
「はいはい……って、だから、その前に映画に連れてってよ」
「また今度な。来週は忘れないから。多分」
「必ずだからね! じゃないと、死んでも死に切れないっての」
もう一回、私達は顔を見合わせて笑った。
そして、聡は階段の奥へと消えた。
自室に戻り、ベッドへ体を投げ出した。
聡の言った言葉を反芻しながら、私はまたどうでもいい事を考え始める。
澪の事だ。澪の、狂ってしまった理由について。
聡の言うとおり、刺殺体となった私の弟は澪の精神に、それはもう計り知れないダメージを与えた事は言うまでもない。澪のお母さんから、その時の様子も聞いてるし、泣きじゃくる澪を宥めたのも事実だ。
しかし、確かに澪は怖がりだし臆病で、痛い話にも弱いのだが、だからといってその程度で精神を病んでしまうとは考えられないのだ。どう考えても。
なぜなら、
『……わ、わたし……りつが、律が一緒にいてくれるなら……』
私 > 聡
この不等式は既に澪の心の中で確固たるものとして、築かれていたのだ。だらこそ、聡との約束のある私を、澪は多少強引にデートへ誘ってきたんだ。
たとえその事が災いして聡が死んでも、私は生きているのだから、澪の芯は折れるはずがない。仮に死んだのが私だったら、まだ納得が行くのだが事実は異なる。
「そうなんだよなぁ……おかしいんだよな、どうも」
澪が狂ってしまった理由は、結局今のところわからない。気がついたらああなっていた、としか言いようがないのだ。時期が時期だけに、最初、私も聡のことが心労となってしまったのだと信じて疑わなかったのだから。
思考の波が怒涛の如く押し寄せてはひき、またそれを繰り返す。船酔いを起こしそうだ。
「あぁ……ううー……」
口から意味のない言葉が漏れる。
頭が重くなってきた。
少し難しい事を考えすぎたせいなのか、それとも、澪とのセックスで演技をしていたつもりが実は本当に絶頂を迎えていたとか。
……どっちでもいいや。とにかくもう考えるのは無理だ。疲れた。
今日はもう寝よう。
月曜日。
制服に身を包んだ澪を小突きながら教室に入ると、なんとも心地よい喧騒が響いてきた。鬱屈した自室で澪と肌を重ねるより、やっぱり学校の方が楽しい。
まあ、そんな事を口にすると澪が泣きそうなので心の中にしまっておくが。
「おはよう、ムギ」
「おはよう、りっちゃん、澪ちゃん。今日も仲良しね~」
澪がムギの言葉に顔を赤くして口をもごもごさせながら、そうかな? なんて殊勝に照れてやがる。相変わらず意味がわからない。
程なくして唯がやってきて、朝の雑談に花を咲かせた。昨日のドラマがどうとか、憂ちゃんが梓とどうとか、他愛のない話で盛り上がる。
ふと、澪の顔を眺めてみた。
休日の時ほど狂った様子はないが、心なしか目元に疲れが見える。夜遅くまで新譜の詞でも考えていたのだろうか。あるいは、
「はーい、みんなー、席についてー」
教室の扉が開き、さわちゃんが入ってきた。時計を見ればもうHRの時間になっていた。3人に別れを告げ、私は自席へと戻る。
さわちゃんが教室をぐるりと見渡し、手にした名簿に出欠の有無を記入している。そうして、何か朝の職員会議で決まった事を業務的に淡々と述べた後は、1限目の授業の準備に追われるのだった。
学校の先生ってのも大変だな。ちょっと同情さえしてしまうのは、あの年になって浮いた話のひとつも無いさわちゃんに対し、お節介にも似たお姉ちゃん的心情が作用したせいだろうか。
そんな私の視線に気付いたらしいさわちゃん。無言の睨みがとても恐ろしい。
「あの、先生?」
隣の子が先生のただならぬ様子に、堪らず声をかけた。えっ? と我に返ったさわちゃんが慌てて取り繕う姿勢はいつ見ても滑稽だったが、ここで笑ってしまうと今度は頬をつねられかねないので、私はそれっきり1限終了まで口を噤んだ。
2限、3限、4限、と気だるい気持ちで過ごした私は、現国の担当の禿げ上がった頭を眺めながら、またどうでもいい事を考え始めた。
澪との関係や、それをやたら小難しく、このままでいいのかとか、セックス以外恋人らしい事していないのではないかとか、私はいつまでお姉ちゃんでいればいいのか、とか。
ぐるりぐるりと澪の顔が頭に浮かんでは消え、そしてまた浮かんでは消えた。
「ここテストに出すからきちんと理解しておくようにな」
機械的なチャイムの音が昼休みの開始を告げた。
私はいの一番に弁当袋を引っさげて、唯の机へとダイブした。腹が減ってはなんとやら、JKっていうのはすぐお腹がすくものなのだ。私だって例外じゃない。
「りっちゃん元気だね~」
「おーともよ!」
「うるさいぞ律。ちょっとどけてくれ、私も座る」
「……何自然に人の上に座ろうとしてるんだこのやろう。お前の席はこっち」
「あらあら、りっちゃん達仲良しね」
お約束の展開をこなして、昼食を取り始める。
「そーいやさ、ムギに聞きたいことあったんだよね」
「なあに?」
「ムギってさ、澪の事どう思う? その、可愛いとか可愛くないとか」
「えっ? それは可愛いに決まってるわ」
そう言うと思った。でも、私の聞きたいことはそういうことじゃなくて、アレをしているときの澪の様子を見た反応なのだ。
しかし、当然、今ここでおっ始めるワケにもいかないので、そっと耳打ちをして伝えた。瞬間、色白のムギの耳から頬にかけてが、ボンっと漫画みたいに赤くなった。
勿論、セックスしたという事実は伏せて、澪の一人オナニーという話しにしておいた。流石に澪と肌を重ねた事実は口に出来ない。
「おい律! なにムギに変な事してるんだ! この変態! 変態!」
「なーに勘違いしてるんだよ。耳打ちしただけだ」
「何言ったんだよ? まさか、今どんなパンツはいてオナニーしてるの? とか聞いたんじゃないだろうな」
澪の椅子を力の限り後ろに引っ張り倒してやった。何だってこいつは、こうも言動が腐ってるのだろうか。それは狂ってるからです、と自問自答完結。
「りっちゃんやり過ぎよ……あっ……もしかして、それも……え、エッチの一つなの?」
「馬鹿澪。お前のせいでムギまでおかしくなったらどうすんだ。ムギ、お前の想像は壮絶に間違ってるから、そこだけは覚えておいてくれ」
「う、うん……で、さっきの話だけど……その」
「ねえねえ、何の話ー?」
「澪ちゃんが、その……自分のおっぱいを……? そ、そうね……たしかに可愛いけれど、その……」
そういってムギが恥ずかしそうに体をモジモジさせながら、澪の痴態についての感想を述べ始めた。HTTは思春期真っ只中のJKから構成されているので、こういったお昼ご飯時間は珍しくも何ともない。
「りっちゃんのから揚げもーらいっ!」
ただ一人、唯という天使を除いて。
……。
……。
「すみません、掃除当番で遅れました!」
息を荒げた梓が部室に駆け込んだきた。さて、軽音部の活動が始まる。
「遅いぞ梓ー。バナナタルト、危うく食べちまうとこだったぞ」
「り、律先輩!? ……あ、すみません、大きな声出して」
そんなにバナナタルトが好きだったのか、梓の驚愕の様子は尋常じゃなかった。可愛らしく口元に手を当てて目を見開いている。
「じ、冗談だよ……ほら、早く座って食べな」
「えっ、あ、はい……失礼します」
私の斜め横に腰を下ろした梓を、澪が睨んでいた。ギリギリ、なんて音が聞こえそうなほど壮絶な形相の澪。おかしい頭とは言え、素直に怖い。
「梓」
「はい、なんでしょう」
「なんでもないよ」
「えっ……あ、はい」
それにしても恐ろしい表情をしている。口から血を流すのではないかと思うほど、澪の頬が引きつっている。
私の視線に気付いたのか、澪の強張った顔がニヤけ面に変わった。
「なあ、律」
「なんだ」
「キスしようよ」
ざけんな、と口にするより早く、全員が私を見た。唯はポカンとして、ムギは目を爛々とさせ、梓だけがまともに赤面して……ん? この場合そのリアクションが正解なのだろうか。わからない。
「ねえってば。今キスしたら、きっとすごく甘くて、トロトロだぞ」
「甘いってのは同意できなくもないけど、なんだそのトロトロってのは」
「んえっ」
澪の口が開き、中に何かキラキラした液体が入っていた。あれはなんだろー、なんて考えるまでも無く、唾液だ。
聞いたことがある。甘いものを食べた後の唾液は粘性が増すって話。コーラ飲んだときなんかまさにそうだが、あの何とも言えない不快な感覚は思い出すだけで嫌になる。
というわけで、机下から澪のスネを蹴り上げた私。
……裏目に出た。思わぬ攻撃を受けた澪は、そう、高出力の唾液砲を私目掛けて射出したのだった。
「死ね。全力で今すぐ死ね」
「そんなこと言うなよぉ……ゴホッ、ごほ。今のは律が悪いんじゃないか」
「秋山さんが悪いと思う人挙手ー」
3名の同志を得た私は席を立った。もちろん、澪の頭部を殴打するために。でもその前に、
「うわあぁ、もうきったねーな! ちょっと顔洗ってくるー! 唯、私の分のケーキ食べるなよ!」
「ふあーい」
部室等のトイレに駆け込み、カチューシャを急いで取って鏡を見た。うえっ、おでこにまでしっかりかかってやがる。
あの気の触れた澪のした事とは言え、この所業には耐えられない。そりゃあ、セックスする時はもっと汚いトコ……でも澪のなら汚くないよ? なんて歯の浮く台詞は言わずとも恥丘を舐めたりするのだが、それとこれとは話が別。
「きたねーな……ふざけんなよぉ……」
ギュッと目を閉じ、手に掬った冷水を思い切りかける。何度も、何度も、少し顔がヒリヒリするまで水洗いを続けた。
ついでに、口の中もゆすいだ。
顔を上げる。目を強く瞑りすぎたせいなのか、一瞬視界が真っ赤に染まって見えた。はっとして、もう一度、洗顔を始める。
ジャブジャブジャブジャブジャブ。
「ひどいな、そんなに嫌がることないだろ」
「おわあっ!? わぶぶぅ!! ……バカ澪?」
「バカは余計だ」
「いきなり声かけんな……ゲホッ、ごほ。あー……鼻に水はいったー……」
「そんなに私の、汚くないのにな」
それを決めるのは私だ。ってか、普通にきたねーよ。
スカートからハンカチを取り出し、急いで顔を拭く。なぜ急ぐかって言うと、澪が来たからだ。
「何しに来た」
「心配して来たに決まってるだろ」
「嘘付くなよ。どうせまた……って、言ってるそばから服脱ぐんじゃねーよ!」
「りつぅぅっ!!」
ガシっと両肩をつかまれそのまま個室の方へと追いやられた。何て馬鹿力だろう。普通に痛い。
離せ、と必死に腕をつねりあげても髪の毛を引っ張ってもまるで意に介さない澪。見る見るうちに息が荒くなって、顔がその、なんというか、エロくなっていった。
盛りのついたメス犬。メスでも盛りはつくんだな。
最終更新:2010年11月08日 00:16