火曜日。
布団を押しのけてゆっくりと時計を確認してみると、なるほど完全に遅刻していた。朝のHR開始時刻を2時間ばかり過ぎてる故、1限はとっくに終わっている。
隣に澪の姿は無かった。あのやろう、自分だけ支度を整えて学校に行きやがったのか。
ぼんやりとする頭でこれからどうするべきかを考えた。
遅刻、ということで3限あたりから授業に参加してもいいのだが、寝坊で遅刻ってのも物凄くかっこ悪いし、何か気だるい。
かといって学校を休むのもなあ。
「ああ、もういいや、寝ちゃおう寝ちゃおう寝ちゃおう……」
懐かしいフレーズを冗談っぽく口にして、私は再度布団にもぐる事にした。いわゆる仮病ってやつだけど、そこら辺はお母さんが上手く取計らってくれるはず。
……。
次に目覚めた時には、既に窓から真っ赤な西陽が差し込んでいた。こんなに寝てしまうなんて、本当に私は体調が悪かったのかもしれない。
頭だけ動かして時計を見やると、5時を少し過ぎたくらいだった。
寝たっきりで腰が痛くなったので、私はぬくぬくとした誘惑を断ち切り体を起こした。
ふあぁ、と欠伸が出た。
「皆今ごろ部活してんのかなぁ……」
澪、ムギ、唯、梓。不意に皆の顔が頭に浮かんで、どういうわけか知らないけれど、胸が締め付けられるような切ない気持ちになる。
澪はまた意味不明な事を言ってるのかな。心配だった。
他の3人はまた部活を抜け出してどこかに……どこかに? そうだ、あいつらは部活そっちのけで何かしているのだった。
障害者のような言動の澪を放っていなくなるなんて、少し可哀想じゃないかと想う一方、私は、
「探すか」
寝巻きから制服に着替え、3人の捜索に向かった。
そうだ、あいつらが何をやっているのか突き止めなくちゃ。部長として、澪の恋人として放っておくわけにはいかない。
「ちょっと外に出てくるわ」
「いってらっしゃい、姉ちゃん」
聡が階段から半身だけ出して手を振っている。
ちょっと待て、今日は火曜日であって土曜日じゃない。どういうことだ。
「お前、なんでいるんだよ」
「さあ。俺にもわかんないけど、気が付いたらいた」
「おかしくね、それ? お前、映画が見れなかったから成仏できないんじゃないの?」
「そのはずだけど……あっ」
「なんだよ」
「映画じゃなかったんだ」
「なにが」
「俺が成仏できない理由。そっか、そうだった。何でこんなこと忘れてたんだろう……澪姉ちゃんのせいかなぁ?」
「なんでそこに澪が出て来るんだよ? ってか、その成仏できない理由って一体なんだよ」
うーん、と聡が唸った。言おうか言うまいか、考えあぐねているような風情を見せている。
私は早くムギ達を探しに行きたいのだが、聡のもったいぶった態度も気になって仕方が無い。
「早く言えよ。お姉ちゃん命令だ」
「うーん……でもなぁ……なんか俺から言うのは澪姉ちゃんに悪い気がするしなー。悪いけど、自分で確認してよ」
「はあ?」
「多分、テレビ見てればわかると思うよ。ニュースってどこも同じのやってるし。……あー、そっかぁ、これで姉ちゃんとも澪姉ちゃんともお別れなのか」
聡の言ってる事の意味が何一つ理解できないまま、私は好奇心の赴くまま、居間へと向かった。
……テレビがない。
居間においてあった大型液晶テレビが、無い。
なぜか。
なぜテレビが無くなっているのか考えると、すぐに答えが浮かんだ。
前に澪が、
『聡のやつ、よくここでテレビゲームしてたよな。おばさん達、テレビ見るたびその事思い出しちゃうんじゃないか?』
澪が聡の話題から少しでも遠ざけたいとか何とか言って、うちの両親に撤去させたのだ。
あれは聡が死んですぐの事だったと記憶している。
そういえば事件を忘れさせるためにも、という理由で新聞まで解約したはずだ。今の今まで忘れていたけど、そうだ。
「お節介なやつ……私のお姉ちゃんパワーのありがたみゼロじゃん。結局、澪がうちの両親を元気にしたみたいじゃん」
「そんな事無いよ。姉ちゃんは澪姉ちゃんの事元気付けたじゃん。おあいこだよ、おあいこ」
「そういわれてもなぁ……あー、なんか納得できねー! っていうか、澪が狂っちまった時点で私ダメじゃん」
「あ、それは言えてる」
兎にも角にも、このままでは聡の真意がわからないままだし、ムギ達の挙動も謎のままだ。ここはまず、動いた方が吉。
まずは街に出かけて3人を探すところから始めよう。見つからなかったら見つからなかったで、帰りに電気屋にでも寄って聡の言いたい事を確認できる。
どういっても無駄足にはなるまい。さすがりっちゃん、頭がいい!
「出かけるの?」
「ああ。帰りに線香か何か買ってきてやるよ」
「いや、多分もういらないよ。あーあ、映画見に行きたかったなぁー」
「何言ってんだよ? 変な奴だな。とにかく留守番頼んだぞ」
「死んだ弟に言う台詞かよそれ! あははは、姉ちゃんらしいな」
「それじゃあいってきます」
「バイバイ、姉ちゃん」
……。
……。
私は3人を探した。
街中をどう歩いて、どういう建物の中を探したのかは全く思い出せないのだが、なんとかムギ達を見つけることができた。
ところが、
「本当よかったわね、澪ちゃん……!」
3人に加えて、澪までいたのだった。
なんだよ、リーダーの私がいないとHTTはまともに部活をやらないのか。私が言えた事じゃないが、すこしたるみ過ぎだと思う。
ここはマックらしい。外を見渡せる2階窓際のテーブル席に4人はいた。
私はそこからすこし離れた席で4人を見ていた。制服姿の生徒は他にもちらほらと見受けられ、私一人が紛れ込んでいても完全に風景の一部にしか映らない。
念の為、トレンドマークでもある黄色のカチューシャを外してワックスで髪型を変えているから、そんな簡単には見つからないはずだ。
あいつら、何を話しているんだろう。
聞き耳を立てると、なぜかしっかりと会話の内容が理解できた。私はエスパーだったのか!
「ああ、本当によかった……みんなのお陰だよ」
「そんなことないよ。ほとんどムギちゃんのお陰だよ。私とあずにゃんなんか指くわえて見てただけだし、ね?」
「せ、先輩と一緒にしないでください! 私もしっかり犯人の情報集めました」
「そうだっけ?」
「そうです!」
「まあまあ、2人とも。でも、本当によかった……これで聡君も無事に成仏できるわね」
聡の成仏? ムギの奴何言ってるんだろう。
あいつもテレビを見たのだろうか。一体、テレビで何がやっているのだろう。
聡は
ニュースがどうとか言ってた気がするが。
遠くに4人の姿を見つつ、やきもきしていると私の隣に誰かが腰を下ろした。
すると、急に隣の席からノイズ交じりの音声が聞こえた。
見ると、サラリーマン風のおっさんがワンセグテレビを携帯で見ていた。
ラッキー。
さり気なく体勢をずらし、おっさんの後ろからテレビを覗き込む。
『……本日4時ごろ、』
あ、聡の写真だ。
スーツ姿のニュースキャスターが何か喋っている斜め横に、写真が写っていた。しかも、
「あっ……律っ!?」
店内に澪の大きな声が響いた。
その声に私はひどく驚く。そしてそれは向こうの4人も同じだったらしい。
「な、なにしてるんだこんなところで? まさか……わ、私に会いたくて会いたくて、それで切なくなって探しに来たのか? あ、あはは」
「んなわけねーだろ。ってかちょっと待て。私がそっちに行くまで一切口閉じてろ、いいな?」
「んー……律が閉じさせて」
「……恥ずかしさで死にそうだ」
周りの視線を嫌というほど浴びながら早足で窓際に移動した。着席と同時に、殴り心地の良い澪の頭部に拳骨をくれてやり、ポテトを口に放り込んで黙らせた。
そういえば、澪はこんな変態女だった。危うい。
「場所をわきまえろ、な?」
「りつぅ、会いたかったよぉ」
「ごまかすんじゃねーよ。言えよ、本当のこと」
「えっ」
「えっ?」
本当のことって何だろう。自然と口をついて出たその自身の言葉に、私が一番困惑した。
最終更新:2010年11月08日 00:24