一瞬、先生の発言を理解できなかった
だって、私は今までずっと誰かが隣にいると優しくなれるから
だから『憂』なんだって思ってたから
実際それを聞いた友達はみんな納得してくれてた


純「違いますよ~隣に『人』が来ると優しくなれるから『憂』なんですっ!」


先生「あ~そういう解釈もあるのか」

先生「まぁ先生達から見れば平沢は優秀が制服着て歩いてるみたいなもんだからなあ」

純「あーまぁそれは確かにその通りですけど…」

憂「違います! 私優秀なんかじゃありませんっ!」

梓「憂?」


そうだ、私は優秀じゃない
私は二人みたいに部活をやってない
家事を済ませた後お姉ちゃんが帰ってくるまで退屈だから
だから勉強をしているだけ


先生「うーん、まぁ平沢は謙虚だからな」

先生「でも悪い意味じゃないだろう? ひとつの意見として捉えてもらえば良い」

梓「だってさ、憂」

憂「……」

純「憂?」

憂「う、うん…」


悪い意味じゃない?そんなことない
そもそも私は人と比べられるのが嫌いだ
私はテストで良い点を取れたけどそれで人の価値がすべて決まるわけじゃない
テスト以外でも人にはいろいろ評価出来ることがある
それを無視して私の方が優秀だなんて間違ってる


憂「……」

梓「憂、どうかした?」

憂「いやっなんでもないよっ!」

純「はい、嘘バレバレね~」

憂「えぇっ!?」

梓「はぁ~…ま、何考えてるかは大体分かるけどさ」

純「だね、憂は良い子なんだから! もう!」

憂「そんな事ないってば……」

純「余裕であるって」

梓「まぁ先生も悪気があって言ったんじゃないんだし! 深く考えないほうが良いよ」

純「そうそう憂は自分の事そんな風に思ってないって事ちゃんと分かってるからさ」

憂「純ちゃん梓ちゃん、ありがとう」

梓「良いって! それより間違ってるところ質問していい?」

憂「うん、いいよ!」


二人とも凄い
私が何で落ち込んでるのか一瞬で判断して慰めてくれた
やっぱり親友って良いな



憂「はぁ…」


それから時間が経ち放課後になった
二人に考えないようにって言われてたけど駄目だった
先生の言っていた言葉がやっぱり気になってしまう
私は結局あれからずっと悩んでいた


純「じゃあ私ジャズ研行ってくるから」

憂「…」

梓「うん、私も軽音部行こっと」

憂「…」

純梓「じゃあまた明日ね~」

憂「…」

憂「…」

純梓「って、こらぁ~っ!!」

憂「わわっ!? ど、どうしたの二人とも!」

梓「どうしたもこうしたもないよ、憂」

純「もぉ~あんたって子は本当に……まーだ悩んでるんでしょ?」

憂「うぅ…やっぱり考えないようにってのは無理だよぉ」

梓「純、手っ取り早く解決する為にはもう…」

純「うん、唯先輩しかいないね」

憂「あっ、それ駄目!」

純「行くよ、憂!」

憂「だ、駄目駄目! お姉ちゃんだけは止めて!」

憂「それに純ちゃんはジャズ研に行かないと!」

純「憂の為ならサボり余裕だよっ!」

梓「純の場合は軽音部に参加したいだけなんじゃないの~?」

純「ぜーんぜん参加したくありません~ジャズ研最高ですぅ」

純「ほら! 憂立って!」

憂「んぐぐっ……お姉ちゃんにだけは……」

純「うわっ強っ!憂ちから強っ!」

梓「任せて!二人で引っ張ろう!」

純梓「んんんんういーーーっ!!」

憂「んぐぐぐぐ……わぁっ!」

梓「よしっこのまま連行するよ!」

純「了解!」


――――――――――――――――――

――――――――――――

――――――


純「と、いうわけで憂は今落ち込んでるんですよ」

澪「なるほどな」

紬「憂ちゃん頭も良いのね」

律「いやいやいや! 憂ちゃんは先生に優秀だなって褒められただけだろっ?」

梓「まぁ簡単に言えばそうですね」

律「だったら落ち込む必要なんてなくない!? むしろ私なら自慢するけどね」

澪「……」

梓「………はぁ」

律「ため息っ!?」

澪「すまん、律は成績で人に褒められたことがないから…」

梓「あぁ、了解です…」

律「お、お前らぁ~~!!」

唯「憂は人が褒められた時の方が喜ぶからね~」

梓「はいです! 他人の幸せを喜ぶタイプです!」

梓「どう取り繕っても憂が優秀なのは変わりませんから」

憂「そ、それは違うけど……」

梓「だから憂を誰かと比べた場合、どうしても誰かが下に見られてしまうんです」

律「あぁ~、なるほどぉ」

純「あとは自分の名前をそういう風に解釈されるのが嫌だったから…」

純「人と比べたとき優秀だと分かる、なんて憂の性格を考えたら一番許しがたい由来ですからね」

純「だよね、憂?」


……あれ? う~~~ん、ちょっと違うなぁ…
先生に言われた名前の由来が嫌だって言うのは表面的な部分
私が本当に落ち込んでる原因は自分の名前と性格を信じられなくなってしまったこと

でも、名前は一生変わらない
この悩みを皆さんに伝えたところで解決の方法なんか無いんだ……
だったら私はこの表面的な理由を解決して皆さんを安心させたほうが良い

憂「うん、変な悩みですよね、えへへ」

紬「でもそんな悩みを持っちゃうのも憂ちゃんらしいかも」

澪「ああ、律なら絶対持てない悩みだな」

律「くっそぉ~もういいだろっ」

憂「あっ、でも皆さん面白くてなんか悩みも吹き飛んじゃいました」

律「おっ、そう? なら私も馬鹿にされた甲斐があるってもんだなぁハハハ~」

憂「えへへ、律さんありがとうございます」

唯「うーいー?」

憂「なぁに、お姉ちゃん?」

唯「……いい加減にしないとお姉ちゃん、本当に怒るよ~?」

澪「ひぃっ!?」

憂「お、お姉ちゃん……?」

純「えぇっ!? これが原因じゃないの!?」

梓「わ、私もてっきりそうだと思ってた!」

純「憂の事なんでも分かってるみたいな顔しちゃってたよ…」

梓「私も……今考えると相当恥ずかしいよね」

澪「唯こわい…」

律「おい澪、一体いつまで…」

澪「ひぃっ!?」

律「いや怯えすぎっ!!」

唯「どうして落ち込んでるの?」

唯「憂がいつもの笑顔になるまで私は聞くよ」

律「それにしても本当に分っかんねえ…いつもと同じようにしか見えないぞ…」

梓「はい、いつもの優しい笑顔です」


紬「憂ちゃん、本当にもう心配事は無いの?」

憂「え、えっと……」


お姉ちゃん、本当に私の気持ちが分かってるみたい
でもどうして? 皆だっていつもと同じ表情だって言ってるのに


唯「あのね、憂」

唯「私達いつも一緒に、一番近くで暮らしてきたよね」

憂「うん…」

唯「だからかな? 私、目を閉じるとちゃんと憂の笑顔が思い出せるんだよ」

唯「いつも輝いてるんだよ」

唯「今の憂の笑顔は輝いてないよ?」

憂「そ、そんな事…」

唯「……怒ってごめんね」

憂「ううん……」

唯「でもちゃんと話してよ憂」

唯「辛い事があったらもっと頼ってよ」

唯「私、頼りないかもしれないけど……でもっ、憂の事守ってあげたいんだよ!」

憂「……!」


お姉ちゃんは私が何か言わなくたってちゃんと私を見てくれてるんだ
なのに私はそんなお姉ちゃんを騙そうとしてた
私だってお姉ちゃんに隠し事されるのは嫌だ
いつでも頼ってもらいたいし、お姉ちゃんの笑顔が見たいから


憂「お姉ちゃんは頼りなくなんてないよ!」

唯「憂…」

憂「ありがとうお姉ちゃん」


だから私も話すよ
そしてちゃんと笑顔を見せてあげたい


憂「あのね……」

憂「私、自分の名前が怖いの」

唯「名前が怖い?」

憂「私は今まで自分の名前がちょっと好きだった」

憂「それはね、ちゃんと私の名前には由来があったから」

純「人が隣に来ると優しくなれる…」

憂「うん、純ちゃん昔かっこいいって言ってくれたよね」

純「あぁあの時ね、本当にそう思ったもん」

憂「あの時は私もただかっこいいなぁって思ってたんだ」

憂「でも、大きくなって『憂』の持つ意味も分かるようになった」

憂「『憂』って印象の悪い漢字でしょ?」

澪「まぁ…否定できないな」

憂「はい、だから私も名前の由来を聞かれることが多くなったんです」

憂「でもそんな時、隣に人がいると優しくなれるって教えてあげると皆納得してくれたんです」

憂「どうして私は『憂』なんて悲しい名前なんだろう?」

憂「私が名前の事で不安になった時、いつもこの由来が私を守ってくれました」

憂「純ちゃんみたいに褒めてくれる子もたくさんいたよね」

純「あぁ~そうだったねぇ、まぁ実際に憂は優しかったからね」

憂「ありがと、だから性格通りって言ってもらえる自分の名前もちょっと気に入ってたの」

憂「でも、さっき先生の言ってた私の名前の由来」

梓「でも、あれは先生が憂の事をよく知らないから!」

憂「うーん、そうかもしれないけどそういう解釈もあるんだって思った」

憂「もしかしたらそういう風に思ってる人は他にもたくさんいるかもしれない」

紬「下に見られる立場からすると確かに良い気分とは言い難いもんね…」

憂「はい、その人達から見たら私は立派な嫌な人間なんです…」

梓「憂が嫌な子なんてあるわけ…」

律「そうだよ、憂ちゃんは真面目すぎっ!」

憂「でも、そう考え出したら止まらなくなって…ずっと信じてきた由来が信じられなくなって……」

憂「私は隣に人がいるから無理やり優しい自分を演じてるんだって考えるようになっちゃってた……」


憂「そして私は気付いたの…」

憂「私は『憂』じゃなくて『優』になりたかったんだって」

憂「私の優しさは『憂』を『優』に見せる為の手段に過ぎない」

憂「私は『人』を利用して『優』になろうとしてたんです」

憂「だからきっと、私は今まで本当の自分を偽ってきていたんです…」

憂「自分の名前も自分の性格も…もう今は、信じられないっ……」

律「そういうことか…」

澪「それが……憂ちゃんの悩んでいた本当の理由か?」

憂「はい…」

純「ま、待ってよ憂! 憂の性格が演技なんてあり得ないよ!」

梓「そうだよ! 憂の今の性格は絶対本物だよ!」

憂「でも『憂』の悪いイメージを消す為に努力してたのは確かだよ」

純「でもさ、こういう考え方も出来ない?」

憂「?」

純「人に優しくしようと努力するのも、十分優しさなんじゃないの?」

純「私だってたまには人に何かしてあげよっかなって思うっ……あ、本当にたまにはだけど」

純「でもそれを実行に移そうと思うとなかなか出来ないもんだよ」

梓「そうだよ! 例え憂の性格が名前の後付けだったとしても皆に評価されるくらい優しいもん」

梓「人に優しく出来る! それで十分だよ」

梓「ちゃんと努力が実った本当の憂の姿なんだよ」

憂「純ちゃん、梓ちゃん…」

純「だから名前の由来なんて関係なしに憂は優しいと思う! これ絶対!!」


二人の暖かい想いがすっと心に染み渡る
でも、名前の由来が関係ないなんて…
私が今までこの由来に守られてきたのも事実
いまさら関係ないなんて言えない…言いたくない……


唯「ね、憂」

唯「確か憂が小学3年生の時だっけ? 嬉しそうに名前の由来を教えてくれたのって」

憂「お姉ちゃん、そんな事ちゃんと覚えてくれてたんだ」

唯「うん、憂がそれで満足してたから何も言わなかったけど私は絶対違うって思ってたよ」

憂「えっ?」


関係ないどころか間違ってる?
なんだか訳が分からなくなってきた


唯「だってさ、隣に人がいなくたって憂は優しいもん」

純「あ、確かに」

唯「それに誰かと比べなくたって憂が優秀なことくらい分かるよ」

梓「はい、それも間違いないです」

唯「あと憂はもともと優しいよ? その由来を知るもっともっと前からね!」

唯「私は生まれた時から憂の事を見てるから分かるよ」

唯「憂、もっと自分を信じて良いんだよ?」

憂「で、でもぉ…だったら名前の由来は…」

純「いらないんじゃない?」

梓「だね」

憂「えぇっ!?」

純「だってさ、それって初対面の先生に教えてもらった由来じゃん?」

純「唯先輩みたいにがっつり否定は出来ないけど信用も出来ないね!」

純「憂の事もっとよく知ってる人が言ったんだったら間違いないだろうけど」

梓「そうそう、私達は憂の名前よりも憂自身を信用してるよ」

純「そーゆーこと! だから捨てちゃえばいいんだってば! ねっ!」


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最終更新:2010年11月08日 21:01