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帰り道

澪「じゃあ、また明日な」

律「じゃあなー」

唯「また明日ね、二人ともー」

梓「お疲れ様でした。また……」

澪先輩と律先輩、二人の先輩と別れる横断歩道

今日はムギ先輩も居ないから、唯先輩と二人きりです

本当に都合が良かったです

本来なら、いったん帰ったあとに唯先輩の家に行く予定でしたが

唯「じゃあ帰ろっか、あずにゃん」

梓「は、はい!」

唯「二人きりで帰るのは久しぶりだねぇ」

梓「……」

ここで怖じ気づいちゃダメなんだ

唯「あずにゃん、今日の練習すごかったねー。凄くよかったよー」

梓「あ、ありがとうございます……」

唯「私ももっと上手くならないとなー」

梓「……」

心臓の音がいやに高く聞こえます

自分の体の中で反響して、うるさいくらいです

聞こえてないかな?唯先輩に聞こえてないかな?

唯「それでねー、あずにゃん――」

言わなくちゃダメなんです

ここで、はっきりと

唯「そこでりっちゃんったらねー」

梓「ゆ、唯先輩!」

きょとん、とした顔で唯先輩は私を見ました

唯「どうしたのー?あずにゃん」

梓「あ、あの!その……だ、大事なお話があります。そ、そこの公園で、少しだけお時間貰ってもいいですか……?」


公園

人気の無い公園のベンチで、並んで座ります

唯先輩と、人一人分のスペースを空けて私

私と唯先輩の距離は、本当にこのスペース分だけなのでしょうか?

私はこれから、この途方も無く開いた距離を埋めようとしているのです

正直、自信はありません

でも、スペースを埋めるためには思いつく限りの手段を取りたい

唯「話ってなに?あずにゃん」

梓「はい。あの……」

心の中を整理して、静かに深呼吸します


梓「聞いて欲しいことがあるんです。でも、その前に一つだけ」

唯「うん」

梓「先輩に、謝らなきゃいけないことがあります」

唯「それは……あずにゃんが告白してくれた事と、関係あるの?」

梓「……はい」

唯「だったらそれは、もういいよ。終わったことだもん」

梓「そ、それじゃダメなんです!」


梓「それじゃあ……前の告白と一緒じゃ、ないんです」

唯「……謝りたいことって何?」

梓「前、唯先輩、私に彼氏とか居るって聞きましたよね」

その時、僅かではありますが、唯先輩の顔が歪みました

本当にほんの小さな変化でしたが、私にはそれで十分でした

梓「その時私、今は居ないけど、前は途切れさせたことがなかった、って言いましたよね」

唯「……いいじゃん。それはそれで、私が聞いて、あずにゃんが答えてくれただけなんだから。だからもう、その話は蒸し返さないでくれるかな……」

梓「違うんです!その、その時の話は」

梓「その時に唯先輩に言った話、あれ、嘘なんですよ……」

唯「え……」

梓「すみませんでした!」

頭を下げます

頭を下げたら、唯先輩の膝しか見えないけれど、唯先輩が私の方を見ているのがわかります

目を見つめながら謝った方がよかったのでしょうか

もう何が正しいのかわかりません

唯「な、なんで……」

梓「本当は私、今まで誰とも付き合ったことないんです。それで、唯先輩がそういうこと聞いてくれて」

梓「もしかして両思いかもって思って。それでも、もし付き合ったこと無いって知られたら、幻滅というか」

梓「か、軽く告白に応じちゃうような女の子だって思ってもらいたくなくて。それで……」

唯「それで、嘘ついたの?」

唯先輩の口から発せられる『嘘』という響きに、胸に何かが刺さったような感じを受けます

まるで、その一文字が棘だらけであるかのようです

梓「はい……すみませんでした」

唯先輩は何も言いませんでした

ただ、ずっと私の方を見ずに、ブランコの上の方を見ていました

私も何も言えません。言い訳なんかしたくないし、これ以上他の言葉で繕っても、きっと私の伝えたい事とは遠くなる気がしましたから

唯「あずにゃん、さ……」

ようやく唯先輩が話してくれたのは、何分くらいたった後でしょうか

一時間のような気もするし、五分のような気もします

唯「私、あの時勇気出して、真面目に聞いたんだよ?」

梓「……」

唯「私の気持ちわかっちゃうかもって。警戒されちゃうかもって。でも、そういうの覚悟して聞いたんだよ?」

梓「……」

唯「何で嘘つくのさ……酷いよあずにゃん……」

全ての言葉が心臓に刺さるような錯覚を覚えます

唯「私それ真に受けて、私みたいな経験無いのじゃダメだって、そう思ったんだよ?」

唯「でも。それでも、頑張ろうって思ったんだよ?一生懸命あずにゃんに見て貰おうって、頑張ったんだよ?」

唯「あずにゃんの方が進んでるし、私は全然経験ないし、でも、それでもっ……さあっ……」

唯先輩は泣いていました

一生懸命に言葉を紡ぎながら、泣いていました

ふと、私は唯先輩を傷つけているのではないかと思いました

忘れようとしていた傷口を、また開いてしまっているのではないかと

唯「それでも、わ、私、頑張ろうって思ってたもん!真面目な気持ちだから、ふざけてなんか無いからっ!」

唯「納得しようとしたもん!高校生だから、恋人が居るのが普通だから!だから、納得しようとしたのに……」

唯「あずにゃん、エッチの話までするもん……!悔しいじゃん……!私の知らない人とあずにゃんがさぁ!大好きな人が、そんなさぁ……!」

唯「何でもっと早く会えなかったんだろうって、思うじゃん!気持ち悪いのはわかってるよ……でも仕方ないじゃん……大好きだもん……」

唯「でも、もう我慢出来なかったから泣いちゃったの。いちごちゃんに電話して、慰めてもらって。それくらい、私にとっては重要だったの」

ズッと唯先輩が鼻をすすります

唯「あずにゃんが好きだって話は、前々からいちごちゃんに言ってたから。言ってたというか、聞いてもらってただけだけど」

唯先輩が私に向き直ります

唯「そこで、いちごちゃんが言ってくれたの。『じゃあ、私と付き合おうか』って」

唯「『今は私のことをそんなに好きじゃなくてもいいから、側にいてあげる』って」

梓「そう、ですか……」

いちご先輩はすごいな、と思いました

だって、好きな人に「好きじゃなくてもいいから」なんて、簡単には言えません

唯「うん。それが、いちごちゃんと付き合った経緯」

唯「……それで?あずにゃんが嘘付いたのはわかったし、謝ってももらったよ。じゃあ、話って何?」


梓「……」

本題です

まずは謝罪をして、それから、自分の本心を伝える

計画としては、おおざっぱですがそうでした

でも

でも、私は怖じ気づいていました

いちご先輩は、唯先輩のことを思って、唯先輩の側にいるのでしょう

唯先輩だって、それが分かってるから、いちご先輩と付き合ったはずです

寂しいから、なんて自分勝手な理由で、誰でもいいから側に居て欲しかったからなんて理由で付き合う人ではありません

じゃあ、私は?

いちご先輩と同じ立場だったら、唯先輩に同じようなことを言えますか?

唯先輩と同じ立場だったら、側に居る人間を選ぶことが出来ますか?

私は

私は、この二人に釣り合うような人間でしょうか

梓「あ……」

私は、この二人の仲を裂けるような、そういう権利を持つような人間でしょうか

梓「わ、私は……」

唯先輩は何も言わず、私を見つめています

私はその視線をまともに受け止めることができません

この期に及んで私は

本当に笑ってしまいますが

自分の矮小さを好きな人にさらけ出すのが、怖くなったのです

本当に、救いようのない人間です

梓「うっ……ひっ」

嗚咽を飲み込みます

泣いてはいけません

それは卑怯な行為です

それだけは、やってはいけないことです

梓「わたし、は……」

その瞬間、一昨日の夜のあの人の言葉が蘇りました

『一生、後悔するよ』

何故かその台詞だけが、他の言葉と違っていました

何故かはわからないけれど、その言葉だけは、重みが全然違いました

梓「唯先輩」

唯「うん」

梓「好きなんです、唯先輩のこと」

それは、私が意識して出した台詞じゃありませんでした

あの人の台詞が蘇った時、自然と、押し出されるように出てきました

唯「……あずにゃん」

梓「大好きなんです。新歓ライブで初めてみた時から、ずっと好きだったんです」

梓「他の人となんて比べものにならないくらい、本当に大切な人なんです」

梓「唯先輩が他の人と付き合って、それで初めて気づいたんです。自分が思ってる以上に、唯先輩が好きなんです」

梓「唯先輩が居ないと、私本当にダメなんですよ……私が軽音部に居る理由、全部唯先輩ですもん……」

梓「お願いです。大好きなんです……」

最後の方は、しっかり言えてなかったと思います

涙をこらえるので精一杯で

梓「お願いですから、もう一度だけ、私のこと好きになってください……」


カッコ悪いです

本当になりふり構わず、必死で

唯先輩だって、引いてるかもしれません

でも、ここまで来たなら引き返せません

もう体面も気にせず思いを伝えて伝えて、そして



唯「ダメだよあずにゃん……」

梓「……」

唯「言ったじゃん。私、いちごちゃんと付き合ってるって。いちごちゃんは私に色々してくれたのに、私は何もして上げてないもん……」

ふ、振られたんですか?

でも、
でもまだです!

梓「な、なら!」

唯「ん?」

梓「私といちご先輩、……どっちが好きですか?」

唯「え……」

梓「唯先輩がいちご先輩のことを本気で好きって言うんなら、諦めます。きっぱり諦めて、軽音部も辞めます」

唯「ちょ、ちょっと、それ脅し?」

梓「脅しじゃないです。言いましたよね、私。軽音部に居る理由は唯先輩だって。入部するきっかけが唯先輩なら、辞める時だって唯先輩です」

唯「い、言ってることがめちゃくちゃだよ」

梓「わかってます、そんなこと。でも、だから、本気なんです。唯先輩の本音、聞かせてください!」

唯「……」

唯「ずるいよ、あずにゃん……」


梓「はい、ずるいです」

言った

全部言い切った

もう、唯先輩の心を引きつけるために必要な、私の本音は全部出しました

これでダメなら、もうダメだ

悔いは残るでしょう

あの時あんな嘘を付かなければ、とか

早く嘘だって言って、自分から告白すれば、とか

でも、それでも

何もしないよりは、遙かにマシだと思いたいです

唯「あずにゃん……」

梓「はい」

唯「どっちが好きかなんてさ」

梓「はい」

唯「……あずにゃんに、決まってるじゃん」
梓「」

唯「卑怯だよ……あずにゃんにあの話聞かされてから、まだそんなに時間経ってないじゃん」

唯「どれだけ私があずにゃんのこと想ってたか知ってる?そんな、簡単に忘れられるような、軽い気持ちじゃないもん」

唯「どうしよう私……助けてもらったいちごちゃんに酷いことしてるよ……」

唯「あずにゃんのせいだよぉ……」

梓「」

唯「本当、どうすればいいんだろう……いちごちゃんを傷つけちゃう……私のこと、あんなに心配してくれてたのに……」

梓「」

唯「あずにゃん、聞いてる……?」

梓「は、はい!」

え、ど、どうしよう、夢?

え、うわ、本当、なにこれ

梓「あ、あの、もう一度、私のこと好きになってもらえるんですか!?」

唯「もう一度って言うか……まだ好きだよ。変わらず」

梓「」

唯「だってね。さっきあずにゃんが、あの事を嘘って言ってくれた時ね」

唯「怒るって感情よりも、ほっとしちゃった。嬉しさの方が勝っちゃったもん」

梓「は、はあ……」

その言葉の意味が、少し遅れて心に染みこんできた時

唯「ちょ、ちょっとあずにゃん!?」

情けない話ですが、腰が抜けてしまいました

唯「だ、大丈夫?」

梓「は、はい、すみません……」

唯先輩に抱きかかえられるようにして、ベンチに座りなおします

その時です

梓「あ」

何かにドキリとしました

それが何か、少し経ってわかります。それは、久しぶりに感じる唯先輩の体温でした

梓「ひ……ひっ……えぐっ……」
もう涙が押えきれませんでした

唯「あ、あずにゃん、泣かないでよぉ」

よしよしと頭をなでられて、その体温のせいでまた涙腺がゆるみます

もうカッコ悪いことこの上ないです

余裕すらありません。私に、恋の駆け引きは無理です

梓「唯先輩、ごめんなさい……本当に……ごめんなさい……!」

唯「うん。もういいよー。謝ってくれたし、気持ちはちゃんと伝わったから」

梓「本当に……ごめ……」

唯「いいってばー。……あずにゃん、私と付き合いたいの?」

梓「はい……」

唯「じゃあ、付き合おっか。いちごちゃんには……私から謝っておくから」

梓「わ、私も謝ります!いちご先輩には、い、色々と失礼なこととか……」

唯「あれ、あずにゃん、いちごちゃんと話したことあるんだ?」

梓「は、はい。土下座モノの失礼を……」

唯「じゃあ、二人で土下座だねー。ごめんなさいって言うのと、――ありがとうって言うの」

梓「はい!」


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最終更新:2010年11月08日 22:24