ここでふと冷静になって考える
このあからさまにドをつけたくなるような、ど・あからさまな状況
ここで私が変な気を起こした瞬間
急にドアが開いて
律「どっきり、大せいこ~う」
などといわれたら
中野梓一生の不覚である
入った穴に一生閉じこもって日々泣きながら暮らす私の後世が見て取れる
そう考えると
疑心暗鬼に陥るではないか
そもそも律先輩は本当に下戸であろうか
そんなこと初めて聞いたし
よし、こうすることにしよう
私が考えた手順はこうだ
①唯先輩に変な気を起こす(振りをする)
②玄関のインターホンがなる(鳴らなかったら、ゴクリ)
③律先輩が入ってくるより先に玄関に行き
④「やっぱり律先輩の仕込みですか」→ネタバレで寒い空気にする
我ながら完璧な構図である
私は早速実行に移した
こう見えても行動力のある女であるのだ
梓「唯先輩、おきてくれないとこのまま食べちゃいますよ?」
ピンポーン!
急に背後でインターホンがなった!
やっぱりな
私を出し抜くにはまだまだである
玄関まで行って鍵を開ける
梓「やっぱり律先輩のしこ」
あれ?
憂「あ、梓ちゃん、来てたんだ」
梓「ゆ、憂どうしたの?」
憂「さっき何か、おねえちゃんの部屋で変な音しなかった?」
「だから、おねえちゃんが心配で様子見に来たんだよ」
この人は平沢憂
私の桜高時代の同級生
今は唯先輩と同じN女子大学に通い
隣のアパートに住んでいる
勉学も運動も優秀で容姿端麗
料理の腕もいちりゅ
憂「梓ちゃん、何を言ってるのかな、かな?」
ひぃぃぃ
梓「あのう、憂さん」
憂「何かな?」
梓「その、何で、ほ、包丁もってるのかな、かな?なんちゃって」
憂「ああ、料理中だったし、急なことだったからあわてて、ね」
ひぃぃぃ
憂「梓ちゃん、さっきお姉ちゃんの部屋で不自然な音がしなかった?」
この部屋に
隠しカメラはないか?
盗聴器はないか?
壁に穴はないか?
憂「そう言えば、さっきテレビで見たんだけど、昔の人って怖いこと言うよね」
「壁に耳あり、障子に目ありだよ?」
梓「」
梓「わ、私、明日学校あるから帰るね!」
「ゆ、ゆ、唯先輩寝ちゃってるから、憂戸締りお願い!」
それだけ言って私は一目散に『メゾン・ソアラ』を後にした
久しぶりに自転車をたちこぎし
帰って家のドアをチェーンロックまでした
窓もカーテンをきっちりしめた
次の日14時30分
懲りずに自転車で『メゾン・ソアラ』の前に到着した
メールで指定された集合場所がここだったのである
唯「あずにゃーん」ダキッ
梓「ゆ、唯先輩、離れてください!」
唯「いやがる姿もかわいいねえ」
ふと隣のアパートを見上げる
カーテンが少しあいている
憂が窓際にいるのがチラッと見える
一瞬目が合った
笑顔で手を振ってる
ひぃぃぃ
律「ん、梓、どうしたんだ?」
澪「行くぞー」
先頭の二人はすたすたと歩き出す
梓「ゆ、唯先輩!離れてくださいよ!」
唯「ええーまだ肌寒いじゃん」
私はさっきから背筋が凍傷を起こしそうなんだが
紬「あらあら」
唯先輩を無理やりに引き剥がして歩いて
スタジオに入った
時間は15時丁度である
澪「じゃあまずはじめに一曲聴いてくれないか」
律「じゃあやるか、ワン・ツー」
珍しくスタジオに着くとさっそく弾きだした
この曲は聞きなれたフレーズである
梓「(それにしても、澪先輩と紬先輩はさらに磨きがかって、まさに無類だなあ)」
「(律先輩は上達したけど相変わらず…らしいなあ)ふふ」
先輩達がうまくなっていて
うれしい気持ちと
その上今までと変わってなかったことに
思わずにやけてしまう
梓「(それにしても、唯先輩は)」
なんというか
私の語彙が少なくて申し訳ないが
演奏技術が上達自体はしているのだが
天真爛漫っぷりが増したとでも表現するのが正しいのだろうか
芸術家だったら
これこそ天才って言う人と
カスって言う人で論争が起きるのであろう
―ジャーン
澪「どうだった?」
梓「うーん」
この演奏を全体で捕らえるのはどう表現したら良いものだろうか
梓「あまり上手じゃないですね!」
全体的にまとめた結果出た結論がこれであった
真にこのバンドの演奏を一言で言い表している
我ながら素晴らしい表現だ
結論
全体的に見ると『あまり上手じゃない』
澪「ガーン!」
律「なにおう!」
唯「じゃあ、次はあずにゃん一緒にも弾こうよー!」
紬「そうね」
梓「え、私もですか?」
「それじゃ、今日来た意味が…」
唯「じゃあ行くよ」
梓「ちょ、ちょっと待ってください、準備を」
律「行くぞ、ワン・ツー!」
澪「」ガーン
律「おい、弾けよ」
TAKE2
♪~♪♪
律「(お、)」
「(やっぱり、梓はうまいなあ)」
澪「(全体が安定するだけじゃなくて、唯のギターが急に生き生きするよ)」
「(安定した実力があっても、これはやっぱり梓だからこそ出来るんだろうな)」
律「(縁の下の力持ちって言うのはまさしくこのことをいうんだろうな、澪)」チラ
澪「(私達もがんばらないとな、律)」チラ
紬「(それでもやっぱり、澪律と唯梓のカップリングこそ無類ね!)」
澪「(わ、私達のシリアスなシーンが!)」ガーン
律「(このこのガチレズ野郎!)」
紬「あー、今日は楽しかったわ」
律澪梓「(お前は個人的な妄想がだろ!)」
唯「楽しかったねー」
律「それにしても、梓が一番はしゃいでたな」
梓「へ」
律「唯にアドバイスまでしてくれてたしな」
梓「え」
律「ここはこうしないと駄目です!」
「何て言ってな」ニヤニヤ
梓「……それ、誰のまねですか?さむいですよ?」
律「しまいにゃ、『先輩、卒業しないでぇ』なんて言ったり」
梓「ぶ」
律「アッハッハ!」
駅にて
澪「じゃあ私達はここで」
紬「私も」
律「じゃあなー」
唯「ばいばーい」
梓「さようなら、澪先輩、紬先輩」ペコリ
「永遠にさようなら、律先輩」なむなむ
律「おい」
駅構内
律「そういえば、何か忘れているような」
澪「ん、どうしたんだ、律?」
律「何か重要なことを忘れているような」
紬「忘れ物は……ないわよね」
律「あ!」
「梓に加入するかの意思確認忘れた」
澪紬「あ」
律「ま、いっか」
澪「そうだな」
紬「そうね」
―駅から唯のアパートまでの帰り道
唯「今日は楽しかったね、あずにゃんー」
梓「そうですね、ただ、くっつくのだけは止めてくれませんか」
唯「なんでー」
梓「ちょっと、こちらの事情で」
「(めちゃくちゃ背筋が寒くなるんで)」
唯「そっかー」
唯「ところであずにゃん、また私達といっしょにバンド組んでくれる?」
梓「そうですね、そういう話があったことは頭の片隅に入れておきます」
唯「ありがとー、あずにゃん!」ダキ
梓「まだ入るとは言ってないですよ、てかくっつかないでって言ってるじゃないですか」
「(まぁ、いっか)」
梓「では、唯先輩、また」
唯「へ、帰っちゃうの?近いんだし、ゆっくりしていけばいいのに」
梓「いえ、明日の準備がありますし、昨日もおじゃましたので」
唯「そっかあ」
梓「今度の練習までに今日言ったところ練習しておいてくださいね」
唯「あ、あずにゃん、それじゃ…」
梓「では」
唯先輩との会話を早々に打ち切って自転車で走り出した
べ、別に照れくさかったわけじゃないもん!
夕暮れの帰り道
なんとなく思い立って私は唯先輩のアパートと私のアパートの間にある神社に立ち寄った
梓「ここ古河原神社っていうんだ」
自転車を止めて古河原神社の境内に入った
梓「(そういえば、あの時も神社におまいりしたなあ)」
「(あれはそう、先輩達の大学入試のとき)」
「(10円×100回分で、1000円お賽銭箱に放り込んだんだっけ)」
「ふふ」
昔のことを思い出して思わず一人で笑ってしまった
梓「(あの時は先輩達の事ばっかり頭にあって、自分のことなんてお願いする気にもならなかったなあ)」
財布から10円玉を取り出しながら思った
梓「(さて、何をお願いしようかな)」
ちょっとばかり考え込んだものの
何をお願いすればいいものか
梓「(改めて考えると、自分のことってお願いすることがあんまり思いつかないなあ)」
求めよ、さすれば与えられん
私の好きな言葉の一つである
高校2年生のとき私が言ったら
唯先輩が歌詞に入れるって言って
結局『欲張れ乙女 与えられん、さらば』
になっちゃったんだっけ、ふふふ
梓「大学生活が高校生活と同じように、いや、高校生活以上に楽しい毎日になりますように!」
そう言ってお賽銭箱に10円玉を投げ入れた
別に神様にお願いしてしてもらわなくても
勝手に自分が楽しくやっていくからそれでいいんだけどね
笑顔で神社を後にした
求めよ、さすれば与えられん
一般参拝客A「あの娘、あんなに若いのに、これから大変ねえ」ヒソヒソ
一般参拝客B「今の娘は早いものよ」ヒソヒソ
一般参拝客A「それにしても、あんなに長い時間一生懸命お願いしていたじゃない」ヒソヒソ
一般参拝客B「一見まじめそうな娘なのにねえ」ヒソヒソ
古河原神社
『安産』の神様
おしまい
最終更新:2010年11月09日 22:38