「すーる?」
放課後。
いつもどおりの部室にて。
軽音部のお嬢様一名を除き、全員が首を傾げた。
「そう、姉妹(スール)制度をうちの軽音部でもやってみない?」
律「えっと、そのスールってなに?」
紬「私の知り合いで、リリアン女学園っていう学校に通ってる子がいるんだけど、
その子が教えてくれたの」
澪「いかにもお金持ちって感じの学校だな……」
紬「リリアンには姉妹制度っていうのがあって、上級生と下級生が
『姉妹』になって特別親しい間柄になるんですって。
ただ、軽音部じゃ下級生は梓ちゃんしかいないから、先輩後輩っていうのは
無しにして、一度やってみない?」
唯「でもでもムギちゃん、軽音部は五人だよ?」
梓「『姉妹』になるのは二人一組ですよね?」
紬「えぇ、そうよ。でも私は見ているだけでいいわ。四人の中でペアを作って」
紬はそう言うと、ふふっと笑い言った。
律は「おもしろそうだなあ」と言うと、唯も「やろうやろう!」と乗り気になった。
澪「でもさ、ムギ」
紬「なに、澪ちゃん?」
澪「その『姉妹』になったとして、具体的に何をするんだ?」
律「確かにそれは聞いてなかったなあ。それに特別親しい間柄になるって言っても
私たちはもうそんな感じじゃん?」
紬「りっちゃんったら」
律「何赤くなってるんだ、ムギ」
紬「あら、ごめんなさい。そうね、別に『姉妹』になったって何も特別なことはしなくて
いいわ。ただ、どんなときでも一緒にいること。それだけかしら?」
(ずっと一緒に居たらそれだけで仲睦まじくなるものだもの)
紬は内心でうふふっと笑いながら、首をかしげて澪と律の質問に答えた。
梓「どんなときでもって、家に帰るときとかはどうするんですか?」
紬「その時は仕方ないわ。別にずっと一緒に居たかったらいてもいいけど」
梓「いえ、いいです」
紬「そう?それじゃあ、誰と誰が姉妹になる?姉妹になったら、姉と妹も
決めてね。妹になったら姉のことを『お姉さま』って呼ぶの」
律「え……何それ恥かしい」
唯「えー、いいじゃん!私あずにゃんに『お姉さま』って言ってもらいたい!」
梓「い、嫌ですよ!」
澪「呼ぶほうも呼ばれるほうも何か照れるよな……」
紬「素敵じゃない、『お姉さま』って」
(まさに百合の王道よね!)
律「ま、いーや。じゃ私、澪と組む」
唯「私はあずにゃん!」
紬「だめよ!」
律・唯「え?」
紬は大きな声で話の流れを止めると、鼻息荒くもう一度「だめなの!」と言うと、
澪と梓を見た。
澪・梓「ひっ!?」
紬「元々特別親しい間柄の人とじゃいけないわ!やっぱりみおあ……、いえ、
澪ちゃんと梓ちゃん、二人が姉妹になるべきよ!」
澪「……う、うん?」
梓「はあ……」
澪と梓は紬の勢いにただ頷いた。
紬「そしてりっちゃん唯ちゃん!やっぱり今の時代はゆいり……いえ、何でもないわ。
唯ちゃんとりっちゃんが姉妹になるべきなの!」
律「お、おう?」
唯「……へえ?」
律・澪・唯・梓(結局ムギ(ちゃん・先輩)が決めてるじゃん)
律「で、でもさムギ?一応軽音部って皆同じように仲良いし、そもそも姉妹になる
ことなんてなくねーか?」
律(澪と『姉妹』になれないんなら、やる意味ないし)
唯「そうだよね!やっぱりやらなくていいよ!」
唯(あずにゃんが澪ちゃんに『お姉さま』なんて言ってるとこなんて見たくない……)
紬「でも……」
澪「私はやってみてもいいと思うけどな」
澪(律のお守しなくてよくなるなら別にいい、かな?)
梓「私も澪先輩の意見に賛成です!」
梓(憧れの澪先輩と仲良くなれるんだから……)
紬「澪ちゃんと梓ちゃんが良いって言ったんだし決定ね!」
律・唯「えぇー」
紬「大丈夫よ、一週間だけのお試しだから!」
紬がチャームポイントである眉毛を吊り上げそう力説すると、
律と唯が「まあいっか」と顔を見合わせた。
律「まあ別にいいけど……面白そうだし」
唯「うん……で、りっちゃん。もちろんりっちゃんが『お姉さま』って呼んでくれる
んだよね?」
律「えぇ!?無理、恥かしいじゃん!唯が私のことそう呼べよ!」
唯「りっちゃんがお姉さまなんて変だよう!」
律「お前が言うな!」
紬「……澪ちゃんと梓ちゃんは、どうするの?」
唯と律はとりあえずほっておき、紬は苦笑しながら澪と梓に訊ねた。
澪「うーん、そうだなあ。別に私はどっちでもいいけど」
梓「私はその……、『姉妹』って元々先輩後輩がなるものなんですよね?
それなら私が澪先輩のことを『お姉さま』って呼んだほうが良いんじゃないかなと……」
紬「そうね、それがいいわそうしなさい!」
澪「な、なんでムギがそんなに興奮してるんだ……」
紬「梓ちゃん、一回澪ちゃんのこと『お姉さま』って呼んでみて!」
梓「は、はい……?えっと……、お姉、さま」
紬に言われて、梓は若干戸惑いながらも澪のほうを向くと言った。
上目遣いで、頬を赤く染めながら。
紬(……いい、いいわ!これこそ姉妹!)
律「おーい、ムギ。鼻血出てるぞ鼻血」
澪「やっぱり、なんか照れるな……」
梓「は、はい……」
律(くっ、なんかすっげーむかつく!)
照れて赤くなる澪と梓から目を逸らすと、律は唯の肩をがしっと掴んだ。
唯も梓たちの様子を見ていたのか、突然肩を掴まれて変な声を出した。
律「唯!」
唯「ひゃ、ひゃい!?」
律「やっぱりここは、唯が私のことを『お姉さま』って言うべきだ!」
紬「だめよ!」
紬(私が求めているのは唯律よ、唯律!律澪のときの攻めりっちゃんじゃなくって、
攻められる乙女りっちゃんが見たいのよ私は!だからここはやっぱり!)
紬「りっちゃんが唯ちゃんのことを『お姉さま』って言うべきなのよ!」
律「へ?」
唯「そうだよりっちゃん!ムギちゃんの言う通りだよ!決定だよりっちゃん!
ほら、呼んでみて、私のこと『お姉さま』って!」
律は何を言っても意味がないことを悟ったのか、大きく溜息をつくと、
恥かしそうに、呟くような声でその単語を唇から紡ぎだした。
律「……、お姉さま」
律(屈辱的だ、唯のことを『お姉さま』なんて!)
紬(いいわ、これよ私の求めていたものは!なんて乙女りっちゃん!)
唯「うーん、りっちゃんに『お姉さま』って言われるなんてなんか清清しい!」
律「うっさいわ!」
紬「あ、言い忘れてたけど、妹はお姉さまに絶対服従ね」
唯「ほんとっ!?ふふっ、りっちゃん覚悟してね?」
律「さ、最悪だあああああああ!」
梓「うわ……」
澪「大丈夫、梓。別に私は無茶なこととか言わないから」
梓「で、ですよねえ……」
梓(でもちょっと複雑、かも……。べ、別に唯先輩と姉妹になりたかったわけじゃないけど!)
紬「楽しみねえ」
律・澪「何がだよ」
紬「何でも。あ、あともう一つ、大切なことを忘れてたわ」
突然、何かを思い出したらしく、自分の制服のポケットから何かを取り出した紬。
紬の手には二つのロザリオが握られていた。
紬「ロザリオなんだけど」
梓「ロザリオ?」
紬「本当の『姉妹』になりたかったらこれを妹の首にかければいいの。
それでスールの契りは成立。ただ今はまだ、『お試し期間』だからかけなくても
いいわ。もし、お試しじゃなくって本当に『姉妹』になりたくなったらいつでも
使って」
言い終えるや否や、紬は澪と唯にそれぞれ一つロザリオを握らせると、
清清しい表情で言った。
紬「それじゃあ今日は解散!」
律「それ、私の台詞じゃ……」
.
<澪梓サイド>
澪「姉妹は二人で下校するってムギが言ってたけど……」
梓「いつもどおり、ですね……」
いつもどおりと言えばいつもどおり。
ただ、律たちがいないだけ。
だけど澪は、それが少し寂しいと感じてしまっていた。
澪(あのうるさい奴等がいないだけで、こんなにも静かなんだな……)
梓「澪先輩」
一人物思いに耽っていると、名前を呼ばれて澪は慌てて梓を見た。
それからあることを思い出して、「そういえば」と呟いた。
澪「えっと、『お姉さま』、じゃなかったっけ?」
梓「あ……、ま、まさかムギ先輩がいないとこでもちゃんとやる気だったんですか……?」
澪「え?違うのか?」
梓「違うって言うか、澪先輩のことだから誰も居ないとこだと普段どおりなのかなって……」
澪「あぁ……、いや、なんというか」
澪(正直『お姉さま』が気に入ったっていうか……)
澪は梓から目を逸らすと、なんとなく、といった言葉で誤魔化した。
梓「はあ……?あ、ところで澪せんぱ……じゃなかった。お姉さま」
澪「う、うん?」
梓「私、あそこの角で曲がるんですけど……」
澪「あ、そうなんだ」
梓「一応、姉妹ですし、一緒に帰ったほうがいいんですよね?私、お姉さまの家まで……」
澪「あ……、いや、いいよ!」
澪(ばったり律と出くわしたりするのもなんか嫌だし)
梓「でも……」
澪「なら私が梓を送っていくよ。一応、姉、なんだし」
梓「いいんですか?結構遠いし遅くなっちゃいますよ?」
澪「大丈夫。あそこで曲がるんだよね?暗くなる前に早く帰ろう」
澪はそう言うと、何となく梓の手に自分の手を重ねてみた。
梓が一瞬驚いたように手を離そうとしたけど、すぐにそっと握ってきた。
二人はそのまま、少しだけ微笑み合うと、再び歩き出した。
.
<唯律サイド>
一方、律たちは別の方向から帰っていた。
唯が、紬から貰ったロザリオを目の前でかざしながら溜息を吐いた。
唯「綺麗だねえ。りっちゃんにあげるのが勿体無いや」
律「それは悪うござんした。つーか別にかけてくれなくてもいいし」
唯「だよねえ……。りっちゃん、澪ちゃんと一緒が良かったんでしょ?」
律「……別に?唯こそ梓とが良かったんだろ?」
唯「……、りっちゃん」
律「え、な、何急に?」
唯「『お姉さま』……」
律「は?」
唯「『お姉さま』だよりっちゃん!唯じゃなくってお姉さま!」
律「えぇ……今は別にいいじゃん、ムギいないんだし」
唯「だめだよ!」
唯はそう言うと、立ち止まってぐっと律に詰め寄った。
唯「ほら、お姉さまは?りっちゃん」
律「……う。ゆ、唯だけずるいだろ!」
唯「え?りっちゃんもお姉さまって呼んで欲しいの?でもだめだよ、ムギちゃんが
私が姉って決めたんだから」
律「違う。そうじゃなくって、いや、確かにお姉さまとか呼ばれてみたいけど
どっちにしても恥かしいし、突然呼び方変えるのが無理っていうか……」
もごもごと言う律に対し、「どういうこと?」と唯が首を傾げた。
律は「だからさ」と言うと、さらに言い難そうに俯いた。
律「私だけ呼び方変えるんじゃなくって、唯も呼び方変えて欲しいっていうか……」
唯「……りっちゃん妹」
律「なんでだよ!」
唯「えー、じゃありっちゃん隊員。あ、これいつもどおりだよね」
律「そうだぞ、唯隊員。って乗らせるな」
唯「りっちゃんが勝手に乗ってきたんじゃん。そうだねえ、じゃあ……」
うーん、と考え込むと、唯は突然「あ!」と声を上げた。
そして、律を見るとふふっと笑いを漏らした。
律「な、なんだよ……?」
唯「りつ」
律「……へ?」
唯「律。これならいいでしょ、りっちゃん?澪ちゃんと一緒の呼び方だよー」
えへへ、と笑いながら唯が言うと、律は無言で目を逸らした。
少しだけ、頬が赤くなっていた。
唯「あれー、りっちゃん顔赤いよ?」
律「うるさいっ」
顔を覗き込もうとしてくる唯を避けながら、律は歩き出した。
それでもまだからかうように声を掛けてくる唯を、律は立ち止まると振り向いた。
唯「ねえねえ、りっちゃん!」
律「りっちゃんじゃないだろ、お姉さま」
唯「あ……、えと、律。……ほんとだねえ、なんだか照れちゃうや」
照れ笑いを浮かべた唯は、立ち止まった律の隣に並んだ。
二人同時に歩き出す。
唯「今日はどうしよっか」
律「んー、そうだな……。んじゃ、家に招待しますわ、お姉さま」
唯「似合わないよー、そんなお嬢様言葉!」
律「う……」
唯「それじゃあ行こっか、律」
拗ねて再び立ち止まった律に、唯は笑いかけると手を差し出した。
最終更新:2010年11月12日 00:45