唯「梓ちゃんカワイーだって。女の子にモテモテだねぇ」
梓「そ、そんなことないです…///それに、女の子にモテたって嬉しくないです」
唯「その割には、おねーさんにギュッてされて嬉しそうだったねー」
梓「え…?唯先輩、見て…。ち、違うんです!あれはっ」
唯「ごめん、私疲れちゃったから先に寝るね?」
梓「ちょっと唯先輩、私の話を…」
唯「おやすみー」
バタン
梓「…ふぅ」
付き合い始めてから知ったこと。唯先輩は嫉妬深い。
ファンの女の子相手で不可抗力なのに、家に帰る度この騒ぎ。
まあ…キレイな女の人達に可愛がられてふにゃってしちゃう私も悪いんだけど…
※
―――――――――
――――――
唯「あずにゃん。あずにゃん」
梓「ん……んー…」ムニャムニャ
唯「ねぇ起きてよあずにゃん」
梓「ん……ゆいせんぱいおはようございます」ムニャ
唯「もう、お寝坊さんだねあずにゃんは」
唯先輩はそう言って私の頭を撫で、少し大人びた微笑みを私に向けた。最近は唯先輩の方が早く起きることが多い。
唯先輩はまだ怒っているんだと思う。なのにそんな素振りを見せず大人っぽく振る舞う唯先輩が遠くの人のように思えた。
既に用意されたトーストとベーコンの匂いが今の私には辛かった。
梓「唯先輩、今日は久しぶりのオフですし二人ででかけませんか」
唯「うーん」
唯先輩は思案しているようだが心の中では行こうと思ってくれているはずだ。
私達だって今の関係のままでいいとは思っていない。でも唯先輩にも意地があるのだろう。
梓「嫌ならいいですよ。誰か他の人を誘いますから」
唯「ううん。私行くよ。どうせ暇だしね」
唯先輩は涼しげな表情で言うとトーストをかじりコーヒーを口に含んだ。
素直になればいいのに。
今の私達は高校時代とは立場が逆転しているような気がする。
唯「いい天気だね~」
梓「そうですねえ」
秋の柔らかい日差しを受けながら私達は並んで歩いていた。
昔と変わらない歩幅と距離感を保てている内はまだ大丈夫だろう。
唯「どこに行く?」
梓「そうですね。とりあえずそこらのお店をブラブラしながら決めましょうか」
唯「オッケー」
唯「あ、あずにゃん。私あのカフェ初めて見るよ」
梓「私もです。この辺りに来るのも久しぶりですし、最近できたのかもしれませんね」
唯「入ってみない?」
梓「いいですね、行きましょう」
私達は最近できたのであろうアンティークなお店に入った。
唯「へぇ~いい雰囲気だね、このお店」
梓「はい」
店内はそれなりに賑わっていた。男女のカップルや若い女性客、ビジネスマン風の男性など
年齢、性別問わず人気のようだ。
唯「パンはセルフサービスみたいだから私取って来るね」
梓「あ、ありがとうございます」
唯先輩を見送った後私は改めて店内を見渡した。何だか私達が子どもっぽく思えてきた。
来月唯先輩は21、私は20になるのに見た目的には高校生でも通りそうだ。
女A「ねぇあれってもしかして……」
女B「あーHTTの……」
ふと私の方を見て話している二人組の存在に気付いた。
梓「あのー」
梓「はい、そうですけど」
女B「私達ファンなんですよ!一週間前のライブにも行きました!まさかこんな所で会えるなんて!」
私達はテレビに出たりすることは滅多にないマイナーなバンドだが
意外なことに若い女性からかなりの支持を集めているようだ。
彼女達は見たところ大学生のようだ。
女A「この辺りに住んでいるんですか?」
女B「他のメンバーはいないんですか?」
彼女達は興奮しているようだが私は冷や汗をかいていた。
私のことを知らない他のお客さんには奇異の目で見られるし、
何よりこんなところ唯先輩には見せたく……。
そう言えば唯先輩はまだかな?
女A「あの!握手してもらえませんか?」
女B「あーずるーい!私もお願いします!」
梓「はぁ、いいですよ」
私はとっととこの人達を追い払いたかったので素直に応じることにした。
女A「うわ~柔らか~い」
女B「ちっちゃくてかわい~」
ちっちゃいというのは失礼じゃないですか?私は一応は笑顔で対応しながらも唯先輩がどこにいるのか探した。
そうして私がよそ見していた時だった。
ドンッ 女A「きゃっ」ダキッ
梓「!?」
後ろを通ったビジネスマンにぶつかられて女の人が私の方に倒れてきた。
結果的に彼女が私に抱きつく形となった。
いい匂い。
一瞬でもそんなことを考えた自分に嫌悪感が湧いた。
女A「あ、ごめんなさい」
彼女は五秒ほど抱きついていたかと思うと身を離した。
女B「大丈夫ですか?中野さん。もぉーあのおじさん謝ることくらいしなさいよ」
そう言いながらも連れの方を見て「うらやましい」とつぶやいたのを私は見逃さなかった。
しばし会話をして手帳にサインをした後、ようやく彼女達は行ってくれた。
梓「はぁ」
私は誰かに求められることを拒めない、いやむしろ積極的に受容してしまうところがある。
唯先輩が見てないとはいえまた悪い癖が出てしまった。
唯「あずにゃんお待たせー!」
ようやく唯先輩が戻って来た。時計を見ると二十分も経過していた。
梓「お、遅かったですね」
私は後ろめたさからどもってしまった。
唯「いや~ちょっと混んでてねぇ。しかもやっと順番が回って来たかと思ったら品切れだったんだよ。ひどいよね」
唯先輩が手ぶらであることに今になって気付いた。
梓「えっと、それじゃあ……」
唯「一杯飲んだら出ようか」
唯先輩は席につくとコーヒーカップを手に取った。
私もコーヒーを口にした。ひどく冷めていた。
カフェを出た私達はファミレスで昼食を取った後映画館に向かうことになった。
この間の私達の会話は、今後のバンド活動に関する話とか来月五人で行く予定の旅行の話とかばかり。
淡々とした事務的な会話だった。
唯「旅行楽しみだね」
梓「はい。久々にのんびり出来そうですからね」
唯「やだなぁ。今日だってのんびりしてるじゃん」
「そんなことないです」と言いかけてやめた。やっぱりさっきのことは伝えたくない。
唯「どしたの、あずにゃん?」
梓「何でもないです。どの映画を見ようかと考えていたんです」
ああ、また自己嫌悪。
私達が見た映画は
コメディだった。
二人の主人公が色々なトラブルに巻き込まれながらもどうにかこうにか上手くやっていくストーリー。
リアリティーはないものの主人公達の明るさ、ポジティブさが眩しかった。
唯「面白かったね」
梓「はい。でも話に起伏が無さすぎだったと思います」
唯「いやいやそこがいいんだよ。荒んだ現代人の心を癒してくれるいい作品だったよ」
唯先輩は冗談めかして言ったが本心なのではないだろうか。
高校生の頃はこんなことはなかった。
唯先輩は悩み事もない様子で自由に振る舞い、私は呆れながらもついていく。
怖いもの知らずだったあの頃が懐かしい。
あの頃は唯先輩と一緒にいれるだけで幸せだったのに
唯「次は服でも見に行こっか」
梓「そうですね。じゃああそこに」
唯「あ、ここに来るのも久しぶりだね」
梓「はい。前は頻繁に来てましたけどね」
唯「うん」
梓「唯先輩。私に似合いそうな服を選んでくれますか?」
唯「えぇ~私には荷が重いな~」
梓「前は私のこと着せ替え人形みたいにしてたくせに」
唯「えへへ~」
私はつい「前」にこだわってしまう。でもいいんだ。
私は何とかして「前」を取り戻したいから。
淡い期待を抱きながら私達は思い出深い洋服店に入る。
モブ子「あ、もしかして唯?」
唯「え?あ、モブ子ちゃん!久しぶりだね。ここの店員さんなの?」
モブ子「バイトだよバイト。唯がよくここに来てるって言ってたからここで働き始めたのに全然来てくれなかったね」
唯「えへへ、すいませんねぇ。ご無沙汰してまして」
梓「あの~……」
唯「ああ、あずにゃん。この人は私の元クラスメートのモブ子ちゃん」
モブ子「よろしくねあずにゃんちゃん。へぇ、君が…」
梓「? なんですか?」
モブ子「んー、君が唯の愛しきあずにゃんちゃんなんだなーって」
梓「なっ!?」
唯「も、もう。モブ子ちゃんたら」
それから唯先輩はモブ子さんと喋り始めたので私は一人で服を見ることになった。
唯先輩と同い年とは思えないくらい大人びた人だな、モブ子さんって。
唯「それでさ~」
モブ子「あはは。唯は変わらないね~」
唯先輩、楽しそうだなぁ。モブ子さんは唯先輩に色々な服を薦めて、唯先輩も嬉しそうに手に取ったり試着したりしている。
唯先輩のあんな笑顔、久しぶりに見た。
モブ子「あずにゃんちゃん、こんなのどうかな?」
ボーッとしているとモブ子さんが服を手にして声を掛けてきた。
唯先輩は今試着室の中だ。
梓「あの、あずにゃんっていうの、やめてもらえませんか?」
モブ子「え~?唯だってそう呼んでるじゃない」
梓「そ、それは……」
モブ子「唯先輩は特別なんです!あはは、冗談冗談。そんな顔しないでよ、梓ちゃん」
私はどんな顔をしていたのだろう。
モブ子「それにしても、しばらく会ってなかったけど唯は元気そうでよかったよ」
梓「はい。元気なことだけが取り柄みたいな人ですからね」
最近は元気がないけどそう答えた。
モブ子「唯は全然変わらないよね。何だか安心しちゃった」
梓「ええ。いくつになっても子どもみたいな人です」
すっかり変わってしまったけどそう答えた。
モブ子「ふふ」
梓「何ですか?」
モブ子「面倒臭い子だね。唯も梓ちゃんも」
梓「はい?」
モブ子「何ていうのかなぁ?大好きすぎることがかえって重りになってるっていうか」
梓「大好きってほど好きじゃないですよ」
モブ子「じゃあさっき私に向けていたジトッとした目線は何だったのかな?」
梓「それは……」
モブ子「私の唯先輩を取らないでー!」
梓「……モブ子さんみたいな綺麗な人と仲がいい唯先輩に嫉妬してたんです」
モブ子「あらあら嬉しいこと言ってくれるじゃない」
梓「はい」
モブ子「……でもね。これ以上唯を傷つけるのはよしなよ」
梓「え? 」
モブ子「私だって気付いてるよ、唯が変わったことくらい」
梓「唯先輩は変わってませんよ」
モブ子「そうやって隠し事するのも人に踏み込んでもらいたくない関係になっているからなのかな?」
梓「何とでも言ってください」
モブ子「まぁ君のことはあまり知らないから何とも言えないけどね。でもね、君が唯にとって特別な存在だってことはわかるよ」
モブ子さんは落ち着き払った調子で話を進める。
モブ子「唯は元々周囲の人みんなに好意を向ける子だったよね。『好き』に順位付けしたりするような子じゃなかった」
私は黙って話を聞く。
モブ子「唯からしたら、みんなと仲良くなれればそれでよかったんだと思う。でも例外が出来た。
『仲良く』じゃなくて『自分のもの』にしたい人が表れた」
モブ子さんは私の目をじっと見つめた。
モブ子「ねぇ、よく考えて。どうして君が唯の特別になれたのか。君は唯にとって何なのか」
唯「お待たせー。モブ子ちゃん、あずにゃん」
タイミング良く?唯先輩が戻って来た。
唯「私、これとこれ買うね。あずにゃんはどうする?」
梓「私は……今回は遠慮しておきます」
唯「え~?モブ子ちゃんに悪いし何か買って行きなよ~」
モブ子「いいのよ、唯。今日は梓ちゃんと仲良くなれただけでも満足だから」
唯「あ、二人共仲良くなれたんだ。嬉しいよ~」
モブ子「ええ、私も」
モブ子さんがウィンクしてきたが、私は目を逸らした。
会計を済ませてからも唯先輩はモブ子さんと話し込んでいたが、モブ子さんが機転をきかせて話を切り上げてくれた。
唯先輩は別れを惜しみながらも店を出る決心をしてくれた。
唯「いや~仲がよかった人に久しぶりに会うと話が弾むね」
梓「はぁ、そうですね」
唯先輩が少し元気になってくれてよかったけど、複雑な気分だ。
だって唯先輩を元気にしたのは私じゃないから。
唯「さて、次はどこに行こっか、っと」
梓「どうしたんですか?」
唯先輩の視線を追うとそこには楽器店があった。私達が高校時代度々通った場所。
梓「……行きますか?」
唯「……うん」
しんみりとした気分になりつつも私達はゆっくり歩を進めた。
?「いらっしゃいませー」
唯梓「「あ」」
?「あ」
梓「純……どうしたの」
純「……見ての通りバイトよ」
唯「へ~。いつの間に」
純「唯先輩。ご無沙汰しています。一応憂には教えていたんですが……」
唯「あ~そういえば憂がそんなこと言ってたような言ってなかったような」
純「はぁ……そうですか」
梓「どうして私には教えてぐれなかったよ」
純「だって冷やかしに来そうだしぃ」
梓「……そんなことしないよ。たぶん」
唯「まぁ積もる話もあるだろうしゆっくり話してなよ」
梓「唯先輩!」
唯先輩はさっさと店の奥の方へ消えていった。
純「あらら……デートの邪魔しちゃった?」
梓「……まぁね」
純「おっと。変なところで素直じゃないの」
梓「あんたには隠す必要ないしね」
純は私と唯先輩の関係を知っている。
純「まぁいいじゃない。相変わらずラブラブみたいだし、今は私との旧交をふかめようよ」
梓「ラブラブ、ねぇ」
純「んー?」
梓 「一緒に暮らして、一緒に仕事して、一緒に遊ぶ。そりゃあ確かにラブラブかもね」
純「ノロケないでよ」
梓「実際そんな甘いものじゃないんだよ」
純「その若さで倦怠期?」
梓「お互い飽きたわけじゃないんだよ。むしろ大好きすぎておかしなことになってるんだよ」
純「やっぱりノロケじゃん」
梓「純にはわからないかなぁ」
純「まぁまぁせめて話くらい聞かせてよ。愚痴聞くくらいならできるからさ」
私は今までの私達の生活を純に話した。
高校卒業してすぐに先輩達を追いかけて、バンド活動と大学生活に追われて、
だらしない唯先輩に世話を焼いている内に知らず知らずの内に二人で暮らし始めて、
初めの内は家事の分担もうまくやれて楽しく暮らしていたのに最近は気付いた方が料理して、洗濯して、といった調子で。
長い話の最中も純は意外にも茶々を入れてくることはなかった。
純「うん。リア充爆発しろ」
梓「は?」
純「いや何でもない。でもさぁ、一体どこに仲がこじれる要素があるの?うまくやってんじゃん」
梓「いやだから最近一緒に寝ることさえないんだよ。辛いんだよ、もう」
純「あぁそうですか。最近ねぇ」
純は人差し指を口に当てて思案した。
純「あっ」
梓「どうしたの?」
純「三週間前のライブで、梓ボーカルの曲の時、唯先輩、凄く嫌そうな顔してたよ」
梓「え…そうなの?」
最終更新:2010年11月12日 03:50