# 優しさと強さと・・・


 それは中学三年生のときの話。

純「憂ちゃん」

憂「なぁに? 純ちゃん」

純「鼻毛出てるよ」

憂「!?」

 当時の私の何気ない一言は、彼女の顔を紅潮させた。
 自分でも発言した後に気づく。
 「やば、言わないほうがよかった」

 しかし時すでに遅し。

憂「うわーん!!」

純「あっ、ちょっと!?」

 彼女は猛ダッシュでトイレに駆け込んだ。

純「……」

クラスメイト「純…あれはないって」

純「いやだって…出てたからつい…」

 そう、悪気はなかったのだ。
 ただ憂ちゃんの鼻からそよそよと鼻毛が顔を出していたのに気づき

 「あ、鼻毛じゃん!」

 と思ったことをストレートに口にしてしまっただけなのだ。
 決して悪気はない。

クラスメイト「だからってそんな直球に言ったら傷つくし」

純「だよね~…やっちゃった」

 だがやはり、自分のやった行いは正しくない。
 彼女を悲しませてしまった。
 ここは素直に謝りに行こう。 
 私は憂ちゃんを追ってトイレに向かった。

純「はぁ…口には気をつけないとな~」

 憂ちゃんとは三年生になって初めて出会った。
 第一印象はいつもニコニコして、優しそうな人。
 席が近かったこともあり、すぐに打ち解けた。

純「なんて言って謝ろうかなー…」

 人畜無害、誰かに悪口を言ったりイジメたりしない子。
 むしろ人の良いところしか見ようとしない。
 そんな純粋な子を傷つけてしまった。大罪だ。

純「あ…着いた」

 色々と考えているうちに私はトイレの入り口まで来ていた。

純「憂ちゃん…?」

憂「じゅ、純ちゃん…」

 憂ちゃんは鏡の前にいた。
 鼻が真っ赤になっている。
 恐らく鏡で自分の鼻を見ながら鼻毛を抜いていたのだろう。

 恥ずかしいのか、憂ちゃんは私と目を合わせるとすぐに手で顔を隠した。

憂「見ないで~!」

純「と、とりあえず落ち着いて!」

憂「うぅ…」

純「え~っと…」

 顔を隠すということは、まだ鼻毛が抜けていないということだ。 
 よく見ると耳たぶが真っ赤になっている。
 想像以上の羞恥な事態なのだろう。

純「憂ちゃん…」

憂「ちょっと待って! もうちょっと待ってて!!」

 恥ずかしそうにジタバタしている彼女を見て、改めて申し訳ない気持ちになった。
 ここまで彼女を追い詰めてしまうとは…自分は何てことをしてしまったのだろう。

純「……」

 謝るだけではダメだ、なにか罪滅ぼしをしなければ。
 それが今の私にできること、やらなければいけないこと。

純「憂!!」

 私は強く彼女の名前を呼ぶ。
 無意識のうちに呼び捨てになっていたが、気にせず言葉を続けた。

純「鼻毛…私が抜いてあげる」

憂「え…?」

 指の隙間から、憂の顔が少し見えた。
 涙目でこちらを覗いている。

純「ごめんねさっきは…つい口がすべっちゃって…」

憂「……」

純「本当にごめん! 憂の気持ちも考えないで…」

憂「純ちゃん…」

純「ごめん憂!!」

憂「…ううん、私こそ。急に逃げ出しちゃってごめんね」

 顔を隠していた手が解除された。
 憂の鼻には、まだ鼻毛が鼻息に吹かれなびいている。

純「鼻毛抜くの…手伝うよ」

憂「うん…ありがとう」

 私の誠意が伝わったのか、鼻毛排除の許可を得る事ができた。

純「抜きづらかった?」

憂「うん…」

純「…楽して抜ける鼻毛がないのはどこも一緒だね。まかせて」

 私は指先で憂の鼻毛をつまんだ。
 少しひっぱる。

憂「いたっ」

純「あっ、ごめん」

憂「気にしないで…思いっきり抜いていいよ。自分じゃ怖くてできなかったから…」

純「分かった」

 再度鼻毛をつまむ。

純「じゃあいい? 抜いちゃうよ?」

憂「うん! 一気に抜いちゃって!」

純「すぅ…」

 深く息を吸う。

純「せいやー!!」

 そして私は力の限り、鼻毛を引き抜いた。

憂「ひゃうっ!?」

純(抜けた!?)

 自分の指先を確認した。
 そこにあるのは黒く長い一本の毛。
 何毛?

 鼻毛だ。

 みごと抜くことに成功したのだ。

純「やったよ憂! ほら!」

憂「ほ、本当だ…」

 憂は鼻をおさえている。
 目も少し涙ぐんでいた。

憂「やった…ありがとう純ちゃん!」

純「そんな…これぐらい当然だよ」

 私は鼻毛をそこら辺にポイっと捨てた。

純「ごめんね憂…私のせいで」

憂「でも、純ちゃんのおかげで抜くことができたんだし…むしろ感謝してるよ」

 この子は本当に優しい子だ。
 私のことを、こうも簡単に許すなんて。

純「…憂は強いね」

憂「え?」

純「前になにかで聞いたんだけどさ、『許すということは、強さの証』なんだって」

 そう、どっかの偉人が言っていたように、まさにその通りだ。
 人を許すためには、相手の心をわかってあげようとする思いやりとやさしさが必要。

 『真の勇気とやさしさは、共に手を携えていく。勇敢な人間は、度量が広く寛大である』
 『寛大さほど強いものはなく、真の強さほど寛大なものはない』

 真の強さとやさしさは共存するもの。
 彼女の優しさは、強さでもあるのだ。

純「憂は強い! 私も見習わなきゃ」

 私たちは教室へと戻った。

クラスメイト「あ、おかえり…」

純「ねぇ聞いてよ、憂の鼻毛なんだけどさー」

憂「!」

純「あれ実は鼻毛じゃなくて、落ちたまつ毛がくっついてただけだったんだよねー」

クラスメイト「え? そうだったの?」

純「うん、私の勘違い」

憂「純ちゃん…」

クラスメイト「そそっかしいなー純は」

純「あはは」

 私と憂はアイコンタクトをした。
 お互い言わなくても分かる。

 今日のことは秘密にしよう。
 二人だけの秘密。

憂「ふふっ」

純「えへへ」

 秘密を共有したおかげで、憂との仲が深まった気がした。
 そんな気がした。


―――――――――

――――――

―――

純(…なんてこともあったなぁ)

梓「純? どうしたの?」

純「へ?」

梓「なんかボーっとしてるよ」

純「あぁ…なんでもないなんでもない」

梓「変な純―――…あっ、澪先輩」

純「え!?」

澪「やぁ梓、ちょっといいかな?」

梓「どうしたんですか?」

澪「今度の練習の時なんだけど…」

純(み、澪先輩! 澪先輩が目の前に!!)

澪「大丈夫かな?」

梓「はい、分かりました」

純「あの…澪先輩」

澪「ん?」

純(ど、どうしよう! 特に用はないけど話しかけちゃった!!)

澪「えっと…」

純「鈴木です、鈴木純っていいます!」

澪「鈴木さん…どうしたの?」

純「いや…その…」

純「練習がんばってください!」

澪「え…? ありが…とう」

純「あ…はい」

澪「…じゃあ梓、私は戻るから」

梓「はい、お疲れさまです」

純「……」

純「やったー!」

梓「なにが?」

純「澪先輩と話しちゃたよ~」

梓「喜びすぎ――…あっ」

純「なに? また澪先輩が来た!?」

梓「ち、違くて…」

純「じゃあ何?」

梓「だから…その…」

純「?」

梓「……」

純「はっきり言ってよ」

梓「…ちょっと耳かして」

純「え?」

梓「…………純、鼻毛出てる」ボソッ

純「!?」

純「ま、まさか澪先輩に見られたんじゃ…」

梓「それはー…分かんない」

純「うわーん!!」ダダダッ

梓「純!?」


私は猛ダッシュでトイレに駆け込んだ。


# 優しさと強さと・・・

おわり



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最終更新:2010年11月13日 00:56